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第7話 古代遺跡の守護竜

 

 ルミナリスとソラリスという、二人の獣人姉妹。人間に裏切られ、瀕死の状態だった彼女たちを仲間に加えてから、数日が経った。私たちは、拠点候補地である『古代都市の遺跡』を目指し、魔獣の森の最深部へと進んでいた。


「セレスティア様のあの力......やっぱりすごいですね! あんなに深かった傷が、もう全然痛くありません!」


 私の隣を歩く金狐族のソラリスが、無邪気な笑顔でぴょこぴょこと跳ねる。その背後では、九本の豊かな尻尾が楽しそうに揺れていた。


「ソラリス、はしゃぎすぎだ。セレスティア様とアザゼル様の御迷惑になる」


 姉である銀狼族のルミナリスが、妹を静かに諌める。彼女は、あの時の警戒心こそ解いているものの、未だ私とアザゼルの底知れない力を測りかねている、といった様子だった。


(......仲間、か)


 私は、少し後ろを歩くアザゼルに視線を向けた。彼はいつも通り、無表情で周囲を警戒している。


 数日前まで、私は一人だった。今は、三人の仲間がいる。


(前世でも、こんな経験はなかった)


 チームはあった。でも、本当の意味での「仲間」は、いなかった。ましてや――


 アザゼルと目が合った。彼は僅かに口角を上げ、無言で頷く。


(......この人と、二人きりの時の方が、落ち着く)


 その事実に気づいて、私は慌てて視線を逸らした。


(まあ、無理もないでしょうね) 


 私、セレスティア・ノヴァルーナは、SSS級の『万象錬成術』を持つ転生者。 そして、隣を音もなく歩く美貌の男、アザゼルは、SSS級の『時空支配術』を操る、元魔王の転生者。


 彼女たちからすれば、私たちが規格外の存在であることは、肌感覚で理解できているはずだ。


 その時、森の空気が変わった。それまで私たちを恐れて遠巻きにしていた魔獣たちが、明らかに殺意を持ってこちらに集結してくる。


「......グルルルァァ!」


 木々の間から飛び出してきたのは、A級魔獣に指定される「シャドウパンサー」の群れ。その数、二十匹以上。A級の群れなど、並の騎士団でも壊滅しかねない脅威だ。


「セレスティア」


 アザゼルの声が、すぐ背後から聞こえた。気づけば、彼が私の前に立っている。


「......大丈夫です」


 私がそう答えると、彼は僅かに振り返り、私を見た。


「......分かっている。だが」


 その瞳には、守ろうとする意志が宿っていた。


(......この人は、いつも)


「セレスティア様、アザゼル様!」


 アザゼルが剣に手をかけようとしたのを、ルミナリスが鋭い声で制した。


「ここは、私たち姉妹にお任せください! 助けていただいた御恩、今こそお返しします!」


「そうですよ! 私たち、結構強いんですから!」 ソラリスも、先ほどまでのはしゃいだ雰囲気を消し、九尾を逆立てて臨戦態勢に入る。


 私とアザゼルは、無言で目を見合わせ、頷いた。その時、彼の手が、一瞬だけ私の手に触れた。


「......?」


「何かあれば、すぐに動く」


 彼は静かにそう言って、手を離した。でも、その温もりは残っている。


(......また、この感覚)


 彼女たちの実力、見させてもらいましょう。


「......行くぞ、ソラリス!」「はい、お姉ちゃん!」


 シャドウパンサーが、一斉に飛びかかってきた。 その瞬間。


 ルミナリスの姿が、掻き消えた。


「――!?」


 シャドウパンサーたちも、獲物ルミナリスの姿を見失い、一瞬混乱する。


 次の刹那、閃光が走った。 ルミナリスは、すでに群れの中央に突入していた。 その動きは目で追うことさえできず、まるで月光の残像が敵を切り裂いているかのようだ。 S級スキル「月影殺」の片鱗。 彼女が通過した後には、必ず一匹のシャドウパンサーが、首を正確に切り裂かれて絶命していた。


「お姉ちゃんばっかりずるい! 私も――『九尾解放ナインテイル三重詠唱トリプルキャスト』!」


 ソラリスが、愛らしい声とは裏腹に、恐るべき速度で術式を構築する。


「『インフェルノ』! 『フリージングコフィン』! 『ライトニング』!」


 三つの異なる属性の最上級魔法が、同時に、しかも完璧な精度で群れの残敵に降り注いだ。 A級魔獣の防御などまるで意味をなさず、炎に焼かれ、氷に砕かれ、雷に貫かれ、シャドウパンサーの群れは、わずか十数秒で全滅した。


「……ふぅ。お掃除完了、です!」 ソラリスが、得意げに胸を張る。


「…………」


(……これは)


 私は、思わず内心で感嘆の息を漏らした。 聖レガリア王国の聖騎士団長でも、あの連携コンビネーションの前では瞬殺されるだろう。 S級スキル、その肩書に偽りはない。 ルミナリスの物理的な暗殺術と、ソラリスの広範囲魔法殲滅力。 この二人は、私が思っていた以上に、とんでもない「逸材」だった。


「……どうやら、俺の出番はなかったらしいな」 アザゼルが、肩をすくめる。


「ええ、本当に」 私は満足気に頷き、二人に向き直った。 「素晴らしい戦いでした、ルミナリス、ソラリス。あなたたちの力を、見くびっていたかもしれません」


「「もったいないお言葉です!」」 褒められた二人が、嬉しそうに同時に頭を下げる。


(良い人材なかまを得られた)


 前世の私なら、この確かな手応えに快哉を叫んでいるところだろう。私の「国」は、まだ影も形もない。だが、その礎となる「人」は、確かに集まり始めていた。


「......いい連携だったな」


 アザゼルが、私の隣に並んで歩きながら言った。


「ええ。あの二人なら、どんな状況でも対応できそうです」


「お前もだ」


「......え?」


「お前も、俺との連携は完璧だった。あの時」


 彼は、奴隷商人のキャンプでの出来事を言っているのだろう。時間停止の中で、私を守ってくれた、あの時。


「......そうですね」


 私は、顔が熱くなるのを感じた。


(何を、恥ずかしがっているの、私)


 頼もしい仲間たちと共に、私たちは再び歩き出す。そしてついに、森の最深部、鬱蒼とした木々が途切れ、視界が急に開けた場所に到達した。


 そこに広がっていたのは、言葉を失うほどに荘厳な光景だった。 巨大な石造りの建築物が、蔦に覆われながらも、かつての栄華を今に伝えている。 七神樹の影響が完全に途切れた、魔獣の森の最深部。 ここが、私たちが目指していた『古代都市の遺跡』だ。


「ここを、私たちの国に......」


 私が新たな拠点に一歩足を踏み入れようとした、その時。アザゼルの手が、私の肩を掴んだ。


「待て」


「......?」


 彼の紅い瞳が、鋭く遺跡の奥を睨んでいる。


「......何かいる。それも、とてつもなく強大な」


 ゴゴゴゴゴ......!


 地面が揺れ、遺跡の奥から、山と見紛うほどの巨大な影がゆっくりと姿を現した。


「グルルルル......」


 天を突くほどの巨体。夜空を切り取ったかのような漆黒の鱗。 そして、溶岩のように滾る、二つの巨大な瞳。 エルダードラゴン。SS級を超える、伝説そのものの存在。


「ひっ……!?」 「お姉ちゃん!」


 先ほどの戦闘の自信など微塵も感じさせず、ソラリスが恐怖に引きつる。 ルミナリスも、先ほどのシャドウパンサーとは「格」が違う、絶対的な強者の威圧に、血の気が引いているのが分かった。 「……SS級? いえ、それ以上です! まともに戦っては……!」


 黒竜は、私たちをちっぽけな侵入者と認識したのだろう。 その巨大な顎が開き、世界のすべてを焼き尽くさんばかりの魔力が、ブレスとなって収束していく。


「何人たりとも、この聖域を侵すことは許さぬ」


 地響きのような声が、直接脳に響く。


 しかし、次の瞬間。

 黒竜の動きが止まった。その巨大な瞳が、私を捉えて離さない。


「……待て。その魔力、只者ではないな」


 ブレスが霧散し、黒竜の口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。


「面白い。3000年ぶりだ、このような力の持ち主に出会うのは」


 黒竜の周囲に、突如として三つの黒曜石が現れ、宙に浮かんだ。


「古より定められし掟。この遺跡の主となるには『王の試練』を超えねばならぬ」


 第一の石が輝く。

『汝、最も信頼する者に裏切られた時、如何にする?』


 私は即答した。


「そもそも裏切らせない。利害と感情、両面で縛る。裏切りが『損』である状況を作り上げる」


 第二の石が輝く。

『汝の民が飢えに苦しむ時、如何にする?』


「原因を除去する。私の『万象錬成術』なら、土地そのものを豊穣に変えられる」


 第三の石が輝く。

『汝を不当に追放した者が、助けを求めて来たら?』


 私は冷たく微笑んだ。


「助けるふりをして希望を持たせ、最も絶望が深まる瞬間に『もう遅い』と告げます。一度落として上げて、また落とす。前世で散々やられた『期待させて裏切る』を、そっくりお返しするだけです」


 三つの黒曜石が、同時に砕け散った。


「……見事だ」


 黒竜の瞳に、畏敬の念が宿る。


「だが、最後の試練が残っている。我との戦いだ。力を示せ」


(なるほど、結局は力勝負ですか)


 私は、隣に立つアザゼルを見た。彼も、私を見ている。


「......行けるか?」彼が静かに問う。


「ええ」私は頷いた。「あなたと一緒なら」


 その言葉に、彼の瞳が僅かに揺れた。


「......そうか」


 彼は、私の手をそっと握った。


「......!」


「お前を守る。そして、お前の力を信じる」


 その言葉と、手の温もりが、胸に染み込んでくる。


(......この人と一緒なら、何でもできる気がする)


「アザゼル」


「心得た」


 アザゼルが指を鳴らした瞬間、世界から音と色が消えた。SSS級『時空支配術』。放たれる寸前だった黒竜のブレスが、その口元でピタリと静止している。ルミナリスの驚愕の表情も、ソラリスの恐怖も、すべてが凍りついた。


 私は、止まった時間の中をゆっくりと歩く。そして、静止した黒竜の、巨大すぎる頭部の前に立った。


 アザゼルが、私の背後に立つ。


「......大丈夫か?」


「ええ」


 彼の存在を背中に感じる。それだけで、安心できる。


(これほどの力を持つ存在を、無意味に殺す必要はない)(要求:対象の完全な無力化、および支配権の確立)


 私は、静止した黒竜の鱗に、そっと手を触れた。SSS級『万象錬成術』


(......黒竜の魔力回路を『解析』。その中核に、私への『絶対服従』を『再構築』する)


 蒼白い光が私の手から放たれ、黒竜の魔力中枢を瞬時に書き換えていく。


「......すごいな、お前は」


 アザゼルの声が、静止した世界に響く。


「あなたの力があってこそです」


「......お前は、本当に面白い女だ」


 彼の声に、僅かな笑みが含まれていた。


「......終わりました」「ああ」


 アザゼルが、再び指を鳴らす。世界が、色と音を取り戻した。


「――がっ!?」


 黒竜は、自分がブレスを放ったはずの魔力が、何の抵抗もなく霧散し、それどころか、目の前の小さな人間わたしに対して、抗いようのない絶対的な服従心が芽生えていることに、戦慄した。


「なっ!? 我が魔力が……体が、動かぬ!?」


 黒竜は、生まれて初めての恐怖に狼狽する。私たち二人が、自分を遥かに超越した、神域の存在であることを瞬時に理解したのだ。


「あなたの力は、この遺跡を守るには十分すぎる。ですが、無用な殺生は好みません」 私は、凍りついている黒竜に、冷静に告げた。「その力を、私のために使いなさい」


 黒竜は、数秒間、震え……やがて、その巨大な体が眩い光に包まれた。光が収まった時、そこにいたのは。


 黒髪長髪を後ろで一つに束ね、完璧な執事服に身を包んだ、美しい青年だった。


 彼は、私の前に恭しく片膝をついた。


「……完敗です。我が名はザラキエル。この遺跡の守護者。3000年の長きにわたり、真の主をお待ちしておりました」


 ルミナリスとソラリスが、あまりの展開に呆然としている。


「あなた様こそ、この古代都市の新たな主。このザラキエル、我が全存在を懸けてお仕えいたします」


(SSS級の魔王の次は、SS級のエルダードラゴンですか)


 私は内心で小さくため息をつきつつ、威厳を保って頷いた。


「認めましょう。あなたの力を、私たちの国のために使ってください」


 ザラキエルは恭しく頭を下げたが、その瞳は私とアザゼルを交互に見つめていた。


「ザラキエル」私は、新たな従者に尋ねた。「この遺跡について、教えてください。なぜ、ここは『聖域』なのですか?」


「御意」ザラキエルは、恭しく答えた。


「この大陸、ヴェルサディア大陸には、七つの神樹が存在します。煌天樹(こうてんじゅ)イグドラシル、冥府樹(めいふじゅ)ニヴルヘイム、業火樹(ごうかじゅ)ムスペルヘイム、蒼海樹(そうかいじゅ)アクアマリナ、大地樹(だいちじゅ)テラガイア、嵐樹(らんじゅ)テンペスタ、虚空樹(こくうじゅ)ヴォイドゲート」


「七つの、神樹......」


 ルミナリスとソラリスも、真剣な顔で聞いている。


「七神樹は、正七角形を描くように配置され、それぞれが属性の加護を世界に与えております。そして、この遺跡は――」


 ザラキエルは、地面を指差した。


「七角形の、中心。どの神樹からも等距離。故に、どの加護も届かぬ『空白地帯』でございます」


「......だから、聖域」


 アザゼルが、静かに言った。


「ああ」ザラキエルは頷いた。「千年以上前、神樹同士が争った『神樹大戦』。その戦いで、この中央地帯は焦土と化しました。古代文明は滅び、この地は『呪われた地』として封印された」


「しかし、今は違う」私が続けた。「神樹の力が均衡し、完全な中立地帯になっている」


「御明察」ザラキエルは、感心したように微笑んだ。「故に、どの国の神樹にも属さぬ、独立した土地。建国に、最適でございます」


(......やはり、ここしかない)


「......お二人は、興味深い関係でございますね」


「......?」


「3000年、数多の者を見てまいりました。主従でも友人でもない、対等な協力者。そのような関係は、存外珍しいものです」


 その言葉に、私は思わずアザゼルを見た。彼も、私を見ている。


(......対等な協力者)


 確かに、そう約束した。でも、最近、彼といると妙に落ち着かない。これは一体――


「......余計なことを言うな」アザゼルが、僅かに不機嫌そうに言った。


「失礼いたしました」ザラキエルは、穏やかに微笑んだ。


 こうして私は、追放されてからわずか数日で、世界最強の竜さえも従える、新たな国の礎を手に入れた。そして、隣に立つ彼への感情が、少しずつ変化し始めていることに、まだ気づいていなかった。

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