第6話 獣人姉妹との邂逅
アザゼルという、SSS級スキルを持つ「魔王の転生者」。これ以上ないほど強力な「相棒」を得たことで、私の「魔獣の森・開拓計画」は、開始早々にその規模を大幅に見直す必要が出てきていた。
「それで、セレスティア。当面の計画は?」
私の隣を、彼はまるで影のように音もなく歩く。あの奴隷商人のキャンプ地で手に入れた粗悪な剣は、私の錬成術によって作り替えられ、今は彼の腰で静かに揺れている。その紅い瞳は、私を(あるいは私の能力を)値踏みするように、静かに私を見つめていた。
(......隣にいる)
昨夜、握り合った手の温もりを、まだ覚えている。対等なパートナーとして手を結んだはずなのに、彼が隣を歩いているだけで、なぜか落ち着かない。
(これが、仲間がいるということ......?)
前世でも今世でも、こんな風に誰かと並んで歩いたことはなかった。
「まずは拠点候補地の選定です。この森の最深部には、七神樹の加護が完全に途切れた『空白地帯』があると言われています。そこに、廃墟となった古代都市があるはず」
「なるほど。既存の遺構を再利用するか。合理的だ」
(……思考が合理的で助かる)
前世の私(橘美咲)なら、こういう能力と判断力を兼ね備えた人材こそが、最も信頼できると知っている。 ……たとえ、その正体が「魔王」だったとしても。
そんな会話を交わした、その時だった。ふわり、と風に乗って、濃厚な血の匂いが届いた。
「!」
私とアザゼルは、同時に足を止める。ただの魔獣の血ではない。もっと生々しく、濃い。
彼の手が、反射的に私の腕を掴んだ。
「......!」
「動くな」彼は低く、鋭い声で言った。「まだ、何がいるか分からない」
その手の力は強く、でも痛くはない。守ろうとしているのだと、直感で分かった。
(......この人は)
「......大丈夫です。私にも、力がありますから」
私がそう言うと、彼は僅かに目を細め、手を離した。
「......そうだったな。......セレスティア、むこうだ」
アザゼルが指差す先、鬱蒼とした茂みの奥。私は頷き、二人で音を殺して気配を遮断し、現場へと近づいた。
茂みをかき分けた先。そこに広がっていた光景に、私は息を呑んだ。
倒れているのは、二人の少女だった。いや、正確には「獣人」だ。
一人は、濡れたような銀色の長い髪の女性。ぴんと張った銀色の狼の耳と、豊かな尻尾が見える。 破れた服の隙間から覗く肌は、そのスレンダーな体躯に似合わず、非常に豊満だった。
もう一人は、まだ幼さの残る少女。 鮮やかな金色の髪をツインテールにし、ふわりとした狐の耳。 そして、目を引くのはその背後にある複数の尻尾。 彼女もまた、その幼い見た目とは裏腹に、胸元は大きく膨らんでいた。
銀狼の女性は、金狐の少女を必死に庇うような体勢で、全身に深い傷を負い、意識を失っている。 少女の方も、息も絶え絶えだ。
(……ひどい)
その傷は、魔獣の爪や牙によるものではない。 明らかに、剣や槍……人間が使う武器によるものだった。
「…………」
アザゼルが、無言で剣の柄に手をかける。 彼の紅い瞳が、500年前の「処刑人の魔王」としての冷たい光を宿す。
「どうやら、この森にも『害虫』が紛れ込んでいるらしい。今すぐ『処理』を」 「待ちなさい、アザゼル」
私は彼を制し、倒れている姉妹にゆっくりと近づく。 その姿に、前世、理不尽な要求と非難の中で使い潰された橘美咲の姿が重なる。 一方的な力によって蹂躙され、利用され、捨てられる。
(……また、人間ですか)
私を偽聖女と断罪し、追放した者たちと同じ、人間の仕業。 冷静な思考とは裏腹に、心の奥底で凍てつくような怒りが湧き上がってくる。
「……う……」
私が近づいた気配で、銀狼の女性がわずかに目を開いた。 彼女の焦点の合わない瞳が、私と、私の後ろに立つアザゼルを捉える。
「……っ、ニンゲン……!」
最後の力を振り絞るように、彼女は敵意をむき出しにして、妹を庇う腕に力を込めた。
「お姉ちゃん……だめ……」 金狐の少女が、うわ言のようにか細い声を漏らす。 「ごめ、なさい……わたしが、あの人たちを、信じたから……」
(……人間に裏切られた、か)
状況は把握した。 もはや、躊躇う理由はない。
私は無言で膝をつき、瀕死の姉妹にそっと手をかざした。
「な......にを......」警戒する銀狼の女性に、私は静かに告げる。
「聖属性魔法はE級(役立たず)でして。......でも、これならできます」
(対象の生体組織を、損傷以前の正常な状態に『再構築』する)
私のSSS級スキル『万象錬成術』が発動する。聖女が使うような温かい光ではない。私の手から放たれたのは、物質の最小単位に干渉する、蒼白い光の術式。
「......!?」
銀狼の女性が、目を見開く。深々と抉られ、血が止まらなかった腹部の傷が、まるで映像を巻き戻すかのように塞がっていく。折れていたはずの骨が、あり得ない速度で再構築されていく。
数秒後。あれほど深かった傷は、跡形もなく消え去っていた。
私はそのまま、金狐の少女にも同じ処置を施す。すぐに血色を取り戻し、すーすーと穏やかな寝息が聞こえ始めた。
治療を終えた私が立ち上がろうとした時、ふらりと足がもつれた。
「......!」
瞬時に、アザゼルの腕が私の体を支えた。
「無理をするな」彼は静かに言った。「力を使いすぎている」
「......大丈夫、です」
「大丈夫には見えない」
彼の腕は、しっかりと私を支えている。その温もりが、なぜか心地よかった。
(......また、この感覚)
「少し、休め。俺が見張っている」
「.........ありえない」銀狼の女性は、自分の体を信じられないという顔で触り、それから私を真っ直ぐに見据えた。「あなたは……何者? 聖女教会の人では、ない……」
「セレスティア・ノヴァルーナ。……元、聖女候補。今はただの『追放者』です」 私は立ち上がり、彼女に事実を告げる。
「私を追放したのも、あなたたちをここまで追い詰めたのも、同じ人間。……そうですよね?」
「……っ」 彼女は唇を噛みしめる。 その瞳に宿る人間への憎悪は、私の中の冷たい怒りとよく似ていた。
「行く当てがないなら、私のところに来ませんか」 私は、彼女に手を差し伸べる。 「私は、私を追放した世界(聖レガリア王国)とは無縁の、新しい国をこの地に創ろうとしています」
「……新しい、国?」
「ええ。理不尽に虐げられる者――例えば、あなたたちのような存在が、もう二度と裏切られることなく、安心して暮らせる場所が(私にも)必要ですから」
彼女が、私の顔を見つめた。
「......どのような、国ですか?」
「神樹の加護に支配されない国」
私は、はっきりと答えた。
「この世界では、神樹の加護を強く受ける者が『上位』。受けられない者が『下位』。そんな理不尽な序列で、人の価値が決められている」
「......っ」銀狼の耳がわずかに動き、息の呑んだ。
「人間は、煌天樹の加護を受けやすい。だから、聖レガリア王国では支配階級。でも、獣人は......」
「......嵐樹テンペスタの加護を受けやすい、でも、煌天樹とは相性が悪い」
彼女が苦々しく言った。「だから、『劣等種』......」
「それは間違っています」
私は、彼女の手を取った。
「加護の有無で、人の価値は決まらない。私が創る国では、誰もが対等です」
自由な開拓。それは、前世で果たせなかった「理想の場所」の実現。 そして、その国を栄えさせることが、私を「偽物」と決めつけたあの国への、何よりの報いになるだろう。
銀狼の女性は、私の手と、私の顔を交互に見つめ、数秒間、何かを測るように沈黙した。 やがて、彼女は決意を固めた顔で、私の手を取った。
「......銀狼族のルミナリス。こっちは妹のソラリス」「......ソラリス。金狐族です......」
「......今の私たちには、もうあなたに従う以外の選択肢はない。その代わり......必ず、私たちを裏切った人間たちに、裁きを」
「約束します」私は、追放された「セレスティア」として、力強く頷いた。
ルミナリスの視線が、私の背後に立つアザゼルに向けられた。
「......あの方は?」
「アザゼル。私の――」
言葉に詰まる。何と言えばいいのだろう。仲間? 相棒? パートナー?
「対等な協力者だ」アザゼルが、私に代わって答えた。「セレスティアが主で、俺が従者というわけではない」
その言葉に、ルミナリスは僅かに目を見開いた。
「......対等、ですか。珍しい関係ですね」
彼女の瞳には、何か含みのあるものが宿っていた。まるで、私たちの関係の本質を見抜いているかのような。
「私の仲間になるなら、あなたたちを虐げた者たちへ、相応の結末が訪れることを保証しましょう」




