表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/31

第13話 前編:エーテル鋼の誕生

 

「陛下! この水路、本当に素晴らしいです!」


 建国から一週間。朝の都市を歩いていると、あちこちから声が飛んでくる。


「フィーア先生に、妻が救われました! ありがとうございます!」

「ガルディウス隊長! 今日の訓練、お願いします!」


 訓練場では、狼獣人の青年たちが木剣を振っている。ガルディウスの怒号が響く。

「もっと腰を落とせ! 防衛隊は帝国の盾だぞ!」

 若者たちが、汗を流しながら応える。

「はいっ!」


 医療院の天幕からは、エルフの親子が笑顔で出てくる。フィーアの優しい声。

「大丈夫ですよ。もう熱も下がっています。でも、今日一日は安静にしてくださいね」

 母親が何度も頭を下げながら、娘の手を引いて歩いていく。


 ドワーフの職人たちが誇らしげに石畳を敷き詰め、広場には仮設の市場。金狐族の商人が野菜を並べ、竜人の鍛冶師が簡易な農具を売っている。


 迫害され、すべてを失い、この「空白地帯」に流れ着いた人々。

 その彼らが――今、笑っている。


 わずか一週間で「帝国の民」として、本来の顔つきを取り戻し始めている様子。前世でプロジェクトマネージャーをしていた私は、この「良い循環」がどれほど貴重なものか、痛いほど理解していた。最も重要なリソースは「人」であり、そのモチベーションこそがプロジェクトの成否を分ける。


「......良い顔をしているな」


 ふと、隣を歩いていたアザゼルが低い声で呟く。


「え?」


 振り返ると、彼が見ているのは広場の人々。


「民も」


 それから、彼の紅い瞳が私を捉える。


「お前もだ」


 その視線に、思わず息が詰まる。

 朝日を浴びた彼の横顔は穏やかで、その瞳には――何と表現すればいいのか。優しさ、のようなものが宿っていた。


「これが、お前の創りたかった国の、始まりか」


「......はい」


 胸に込み上げる熱いものを感じながら、私は強く頷く。


「まだ、始まったばかりです」


 広場の隅では、配給所に長い列。私が昨夜、錬成術で作った固いパンと野菜スープ。味気ないが、栄養だけは確保してある。


「セレスティア様、ありがとうございます!」


 パンを受け取ったドワーフの老人が、涙を流しながら言う。

「聖レガリア王国では、私たちドワーフには配給すらありませんでした......」


 その声が、胸に刺さる。

 でも、同時に焦りも。


 この一週間、毎晩、千人分の食料を錬成し続けてきた。昼間は都市の整備。夜は食料の錬成。そして今日は――


「武器も、足りていないな」


 アザゼルが、訓練場の隅を見る。

 そこには、錆びた剣、刃こぼれした斧、ひび割れた盾。難民たちが持ち込んだ武具が無造作に積まれている。これでは、まともな戦闘など望めない。


「ええ。食料も、武器も、すべて私の錬成術に頼り切りです」


 拳を握りしめる。

 インフラという「器」は整った。次は、この国を動かす「血」――経済システムを構築する段階。そして、その切り札となる「商品」を、今日、創り出す。


「だから、今日、それを解決します」


 私はアザゼルを見た。


「私と、あなたの力で」


 彼は僅かに目を見開き――それから、ゆっくりと頷く。


「......分かった」


 その低い声に、絶対的な信頼が込められている。


 私たちは広場を後にして、都市の中心部に新設したばかりの魔法研究所へ。朝の光を浴びた石畳の道を歩きながら、私は今日創り出す「新素材」のシミュレーションを、頭の中で何度も繰り返す。


 研究所の入り口では、ソラリスが九尾を揺らしながら待っていた。

「セレスティア様! おはようございます!」

「おはよう、ソラリス。今日は大事な実験があるから、錬成室を使わせてもらうわ」

「はいっ! もう準備できてます!」


 彼女に案内されて、建物の最奥にある錬成室へ。扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。ソラリスが扉を閉め、私たちだけに。


 石造りの部屋は外光を完全に遮断し、壁には古代文字で描かれた魔法陣が淡く発光。中央には、精密な術式が刻まれた錬成台。その周囲に、私が前世と今世の知識を総動員して設計した、複雑な魔法陣が展開されている。


「......最終工程のシミュレーションを完了しました」


 設計図として書き起こした術式を広げる。羊皮紙に描かれた図面は、この世界の魔法理論と、私の前世――橘美咲が持っていた材料工学の知識を融合させた、まったく新しい理論に基づくもの。


「鉄、ミスリル、オリハルコン、そして魔鉱石」


 錬成台に置かれた素材の粒子に意識を集中する。


「既存の金属をただ混ぜ合わせる『合金』では、限界があります。互いの長所を殺し合ってしまうから」


 手を素材の上にかざす。分子レベルの感覚が、指先に伝わってくる。


「重要なのは、一度すべての物質を原子レベルまで『分解』し、その上で、最も効率的な結晶構造で『再構築』すること」


「......錬成術の本来の領域か」


 アザゼルが、私の手元を真剣な目で見つめている。


「物質の理そのものを書き換えるとは」


 彼がここにいるのは、単なる護衛のためではない。この試作は、彼の力なしでは不可能。


「アザゼル」


 私は彼を見た。


「お願いします」


「あぁ」


 彼の返事は、いつものように簡潔。

 だが――

 彼の手が、そっと錬成陣が描かれた台座に触れる。その動作の中に、私への絶対的な信頼が見える。言葉にせずとも、彼は私の意図を完璧に理解している様子。


「『時空支配術』――領域固定エリア・ロック


 彼の魔力が放たれた瞬間、錬成室の空気が変わる。

 まるで、世界がガラスの箱の中に閉じ込められたような感覚。外部からの僅かな振動も、魔力の揺らぎも、すべてが遮断される。分子レベルの超精密な作業には、完璧な静寂が必要。

 アザゼルの時空術が、それを実現してくれている。


 この絶対的な信頼感。

 私が「お願いします」とだけ言えば、彼は私の意図を完璧に汲み取り、彼にしかできないサポートを実行してくれる。この共同作業の心地よさが、私の集中力を極限まで高める。


(......私たちは、息が合っている)


 まるで長年連れ添った職人のように、息が合う私たち。

 言葉はいらない。

 視線を交わすだけで、次の行動が分かる。


「『万象錬成術』――」


 意識を研ぎ澄ます。

 深呼吸。

 心拍を整える。

 そして――手のひらから、蒼白い光が放たれる。


 素材が、光に包まれる。

 分解された原子たちが、私のイメージ通りに整列していく。鉄の原子、ミスリルの原子、魔鉱石の粒子。それらが、まるで生きているかのように、私の意志に従って動く。


 魔力伝導率を最大化するために、分子の結合を最適化。硬度と靭性を両立させるために、結晶構造を微調整していく。


 前世では、コンピュータの画面の中でしか見られなかった分子構造。

 それが今――

 この手で、現実の物質として、創り出されようとしている。


 膨大な魔力が消費され、視界が白む。だが、MPが無限(∞)である私に、限界はない。

 問題は、この超高密度の物質を、いかにして「剣」という形に留めるか。


「......っ!」


 再構築される物質の密度が、予想を超えて高まっていく。

 圧力が、術式の制御許容量を超え始める。


「圧力が、高すぎる......!」


 エネルギーの奔流が、暴走しかけている。

 制御を失えば、このエネルギーは爆発的に解放される。この研究所どころか、都市全体を吹き飛ばしかねない。


 素材が、光の渦となって回転を始める。

 制御が、効かない――


「アザゼル!」


 私が叫ぶより早く――

 彼の魔力が、さらに高まる。


「分かっている」


 彼の声は、いつもより低く、鋭い。


時間圧縮タイム・コンプレス!」


 次の瞬間、世界の色が変わる。

 私と、錬成中の物質。

 その二点だけを対象に、時間の流れが――変わる。


 いや、違う。

 周囲の時間が「遅く」なっているのだ。


 外部の時間が一秒進む間に、私たちは十秒、百秒分の思考と作業を行うことができる。暴走しかけていたエネルギーの奔流が、まるでスローモーションのように、緩やかに見える。


 アザゼルの呼吸が、聞こえた。

 彼も、相当な魔力を消費しているはず。


(......この試作は、不可能だった)


 この試作は、不可能だった。

 私一人では、制御できなかった。

 でも、彼がいる。

 だから――


 圧縮された時間の中で、術式を再修正する。

 余剰エネルギーを逃がすためのバイパスを作り、それを剣の「鍔」の部分に循環させ、再吸収させる。暴走しかけていたエネルギーが、徐々に、制御下に戻っていく。


 光が、収束していく。

 回転が、止まる。

 そして――


 眩い閃光が、部屋中を白く染め上げた。


 どれほどの時間が経ったのか。

 圧縮されていた時間が元に戻ると、私とアザゼルは、同時に荒い息をつく。


「......はぁ......っ」


 額に、汗が滲む。


「......とんでもない術式だな」


 アザゼルの声には、いつもの冷静さとは違う、純粋な驚愕と――僅かな興奮が混じっていた。


「世界そのものを創り変える気か」


 私たちの目の前。

 台座の上には、一本の長剣が、静かな光を放ちながら鎮座している。


 刀身は、黒とも銀ともつかない、鈍い光沢。まるで、光そのものを吸い込んでいるかのよう。華美な装飾は一切ない。ただ、そこにあるだけで、異常なまでの「存在感」を放つ剣。


「......これが」


 私は、その剣を見つめた。


 アザゼルが、まるで貴重な美術品に触れるかのように、そっと剣の柄を握る。そして、ゆっくりと持ち上げる。


「......」


 彼の紅い瞳が、驚きに見開かれる。


「信じられない。この質量で、この重さ?」


「軽い」


 彼は、剣を軽く振る。


「まるで、羽のようだ」


「ええ。分子レベルで結合を最適化した結果、無駄な質量が一切存在しないから」


 私は、研究所の訓練場へ向かうよう、彼に目で促す。


 錬成室を出て、隣接する訓練場へ。ここは新素材の強度試験用に作られた広い空間で、防御魔法の実験用に置かれていた、直径三メートルはあろうかという巨大な黒曜石が鎮座。防御結界が張られた、防衛試験用の標的。


 アザゼルは、剣を中段に構える。

 特別な魔力も込めていない。

 身体強化も使っていない。

 ただの、素振り。


 そして――


 キィン、と。

 空気が、悲鳴を上げる。


 アザゼルの動きに追従した剣先が、黒曜石に触れる。


 音は、なかった。


 剣は、まるで熱したナイフが分厚いバターを切り裂くように、何の抵抗もなく、黒曜石を両断。

 滑らかすぎる切断面が、室内灯を反射して鈍く光る。


「......」


 アザゼルが、絶句している。

 あの、元魔王であり、常に冷静沈着を崩さなかった彼が――

 自分の手の中にある剣と、真っ二つになった巨岩を、信じられないという顔で交互に見ている。


「......今、俺は」


 彼が、呆然と呟く。


「何もしていない」


「魔力も込めていない。身体強化も使っていない」


 彼は、剣を見つめる。


「ただ、振っただけだ」


「それが、この新素材の特性です」


 高鳴る鼓動を抑えながら説明する。


「強度は、既存の最強金属であるオリハルコンの数十倍。魔力伝導率は、ほぼ損失ゼロ」


「......既存の聖剣級を、遥かに凌駕している」


 アザゼルは、剣を鞘に納めると、ゆっくりと私に向き直る。

 その紅い瞳には、今までに見たことのない、強い光が宿っていた。


「......セレスティア」


 彼が、私の名を呼ぶ。


「お前の頭の中は、本当にどうなっているんだ」


 呆れたような、それでいて心の底から感心したような、複雑な声。


 そして――


 ふっ、と。


 彼の口角が上がり、息が漏れるように、穏やかな笑みがこぼれる。


 その瞬間――


 時間が、止まった。


 彼の、笑顔。

 穏やかで、優しくて、でも、どこか寂しげ。


 いつもはクールで、無表情で、私への忠誠を示す時ですら、どこか一線を引いていた彼が。

 今――

 私のために、笑ってくれている。


(......心臓が、壊れそう)


 心臓が、壊れそうなほど激しく鼓動する。

 呼吸を、忘れた。

 視界が、彼だけに。


 彼が、こんな風に、穏やかに笑う顔を、私は初めて見た。

 それは、奴隷でも魔王でもない、「アザゼル」という一人の人間の笑み。


 純粋な驚嘆と――

 喜びを、私に向けてくれている。


 胸が、苦しい。

 でも、視線を逸らせない。


 彼の紅い瞳が、私を見つめている。

 その視線の重みに、膝が震えそうになる。


 前世でも、今世でも、こんな経験はなかった。

 ただ、一つのことを成し遂げ、その成果を共有し、互いの能力を認め合い、そして、笑う。


 それが、これほどまでに――

 胸の奥を温かく、そして苦しくさせるものだとは、知らなかった。


 顔が、熱い。

 頬が火照っていくのが、自分でも分かる。

 心臓が、うるさい。


 彼の笑顔が、瞼に焼き付く。

 もう、忘れられない。


(......この笑顔を、ずっと見ていたい)


 この笑顔を、ずっと見ていたい。


 何かが、変わった。

 この瞬間、確かに、何かが。


「......これで、我が国の軍事力を確保できます」


 高鳴る鼓動を必死に抑え込み、かろうじて声を絞り出す。

 平静を装わなければ。私は、この国の女帝なのだから。


「軍事力?」


 アザゼルの表情が、即座に「宰相」のものに戻る。


「はい。この新素材を、防衛隊に配備します」


「......だが、それだけではないな」


 彼の鋭い洞察に、私は頷く。


「ええ。これを『商品』として、周辺国に売ります」


「......売る? これほどの戦略物資をか?」


「もちろん、完成品は売りません。売るのは、性能を意図的に落とした『劣化版』です」


 冷徹なプロジェクトマネージャーの顔で、計画を告げる。


「それですら、既存の武器の十倍の性能はあります。周辺国は、喉から手が出るほど欲しがるでしょう」


「......なるほど」


 アザゼルが、私の意図を正確に読み取る。


「価格の決定権を、完全に握る」


「ええ。そして、特定の国には『売らない』という選択も」


「聖レガリア王国、か」


 彼の声が、冷たくなる。


「経済とは、それ自体が『武器』なのです」


 遠く王都の方角を見る。


「血を流さずに敵国を疲弊させ、逆に、味方とする国には圧倒的な力を与えることができる」


「......お前は、本当に」


 アザゼルは、私の横顔を見ていた。


「面白い女だ」


 その言葉に、また顔が熱くなる。


「さあ、次は本番です」


 話題を変えるように言う。


「本番?」


「ええ」


 私は、訓練場の扉の向こう――都市の工業地区の方角を見た。


「ドワーフの鍛冶師たちに、この新素材を見せます」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ