第11話 錬成術による都市創造
建国宣言の夜が明けた。
私たちが「ノヴァ・エデン帝国」と名付けた古代遺跡に、最初の朝日が差し込む。
昨夜、アザゼルと二人で見つめた夕焼け――彼の手が私の手に触れた瞬間、茜色が心臓まで染まった気がした。朝になった今も、その感触は指先から離れない。
足元の割れた石畳には雑草が茂り、かつて広場だったであろう場所は瓦礫で埋まっている。私は、その広場を見下ろす中枢棟のテラスで、アザゼルと二人きりで話していた。
「アザゼル。この国に……民は、集まると思いますか?」
「お前は、集めたいのか?」
「……はい」私は即答した。「私たちは『追放者』です。この大陸には、まだ何千、何万という『居場所のない者』がいるはずです。その人たちに、この国の存在を知らせたい」
「だが、どうやって?」
「あの森で解放した人たちです。彼らは各地に散り、きっと語るはずです。『偽聖女と呼ばれた女が、実は途轍もない力を持っていた』と。『その女が、森の奥で国を創ろうとしている』と」
アザゼルが感心したように頷いた。「噂ほど速く広がるものはない」
「ええ。だから、千人が暮らせる都市を創ります。準備が整っていることを示すために」
「……お前は、本当に」アザゼルが、私の頭にそっと手を置いた。「面白い女だ」
その言葉に、私の胸が熱くなった。
雑草だらけの広場跡に戻ると、すでに仲間たちが集まっていた。
私は足元の瓦礫に手を触れ、表面の滑らかな石のテーブルへと錬成した。その上に、即席で錬成した設計図を広げようとした、その時だった。
「セレスティア様」
ガルディウスが少し緊張した面持ちで口を開いた。
「……正式に、呼び名を決めるべきかと存じます」
「呼び名?」
「はい」彼は真剣な顔で続けた。「昨夜、"ノヴァ・エデン帝国"を建国されました。貴女は我らが女帝。ゆえに、これからは――陛下とお呼びすべきかと」
一瞬、場の空気が静まる。
ソラリスが口を尖らせた。
「えっ、陛下? なんか、急にかしこまっちゃうなぁ……」
フィーアが少し笑いながら言った。
「でも、そう呼ぶのがふさわしいと思います。だって、セレスティア様はこの国を創ったんですもの」
私は少しだけ目を伏せた。陛下。言葉の響きが、少しくすぐったい。
「分かりました」
顔を上げ、静かに言う。
「対外的には、その呼び方でいいと思います。でも――」
皆の視線が集まる。
「あなたたちは、私の最初の仲間です。誰よりも先に、この場所に立ってくれた人たち」
私は一人ひとりの顔を見た。
「だから、私にとってあなたたちは臣下じゃなくて"仲間"です。皆の前では"陛下"で構いませんが……ここでは、"セレスティア"でいてください」
一瞬の沈黙のあと、ルミナリスが口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「了解しました。外では陛下。ここでは――セレスティア様」
「"様"は取れないのね?」
「さすがに、それは無理です」
ソラリスが吹き出し、笑いが広場に広がった。その瞬間、空気がふっと軽くなった。
アザゼルだけが静かに見ていた。
「……いい判断だ。肩書きに心を縛られすぎると、国は歪む」
私は彼に軽く微笑み返す。
「本日より、都市建設を開始します」石のテーブルの上に設計図を広げる。「アザゼル。あなたの『時空支配術』で、この一帯の時間を操作することは可能ですか?」
「……時間の操作?」ガルディウスたちが息を呑む。
「例えば、この遺跡周辺だけ、時間の流れを『加速』させることは?」
アザゼルはすぐに私の意図を汲み取った。「可能だ。ただし、七倍速が限界だろう。外の世界で一日が過ぎる間に、この領域内では七日間が経過する」
「七日間あれば十分です」私は力強く頷いた。
アザゼルが両手を広げると、古代都市の遺跡全体を覆うように、淡い光を放つ透明な半球が私たちを包み込んだ。
「これが時間圧縮の結界だ」
「では、役割分担を発表します」私は仲間たちに視線を送った。「ザラキエル、地下水脈の特定と防衛結界の展開を。ガルディウス、防衛システムの設計を。フィーア、医療院の整備と体調管理を。ルミナリス、周辺地域の情報収集を。ソラリス、魔力灯の準備と内装整備を」
仲間たちが散り、静かになった広場跡で、私とアザゼルは再び設計図を広げた。
「まず、地下水脈から中央広場への導線を確保します。ラインはここから……」
私が設計図に指を滑らせた。
「いや、効率が悪い」アザゼルの指が、私の指のすぐ隣を遮る。「ここに中継点を置けば、魔力負荷は三分の一になる」
彼の指が、私の指先に、触れた。
「……っ」
ピリッとした、静電気のような微かな痺れ。私は慌てて手を引こうとしたが、彼は引かない。それどころか、私の指の上から、確かな圧で場所を特定する。心臓が、耳に響くほど速く打っている。
(……近い)
「すまない」彼は言ったが、その瞳は私を真っ直ぐに見つめていた。「だが、ここが最適解だ」
「……わ、かりました。そこに変更します」平静を装い、なんとか声を絞り出す。
彼が指を離したあとも、私の指先には彼の感触が残っていた。
私は気を取り直し、大地に両手を触れさせた。「時間圧縮領域、第一次作業開始。基幹インフラを構築します」
大地が光を放つ。地下に埋もれた瓦礫が錬成銀の水道管へと姿を変え、青い光の粒子が地下を駆け巡り、水脈と各区画を繋いでいく。
「すごい……!」ソラリスが、井戸から水が溢れ出すのを見て叫んだ。「蛇口をひねったら、本当に水が出る!」
私は休まない。時間圧縮の中では、すでに一日目が経過しようとしていた。下水システム、魔力供給ライン。次々と都市の骨格が形作られていく。
二日目、三日目と錬成作業は続く。ソラリスのために魔導銀を精製し、ガルディウスの設計図を確認し、フィーアの医療院整備を支援する。
四日目、五日目と、私は食事と仮眠以外、全ての時間を錬成に費やした。中央広場から放射状に延びる美しい石畳。各区画を繋ぐ防衛用の城壁。
五日目の夜。フィーアが血相を変えて飛び出してきた。
「陛下……! もう、休まれては」
「大丈夫です。あと少しで――」
「陛下!」彼女が珍しく強い口調で言った。その緑の瞳には、涙が浮かんでいる。「あなたの体が、もう限界だと分かります。お願いです。休んでください」
「……分かりました。少しだけ」
私がそう言い、立ち上がろうとした直後、視界が暗転した。
倒れる――と思った次の瞬間、彼の強い腕が私を抱きとめていた。衝撃は、来ない。ただ、彼の胸の硬さと、確かな熱だけを感じた。
「無理をするな。お前が倒れたら、この国は成り立たない」
彼の腕の中で、私はかろうじて顔を上げた。その紅い瞳には、いつもの冷静さにはない、焦りのような色が浮かんでいる。
「……私が、ですか? あなたがいれば、この国は……」
「違う」彼は、私の言葉を遮り、真剣な顔で言った。「お前がいなければ、意味がない」
(……意味が、ない?)
一拍の沈黙ののち、彼が低く続けた。「……完成はする。だが、"ここ"にはならない」
その言葉の重みが、胸に響いた。彼は私を「有能なリソース」として見ているだけではなかった。
(……この人は、私を)
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。思考が、熱でまとまらない。そのまま私は、意識を手放した。
次に目覚めた時、私は中枢棟の一室で寝台に横たわっていた。
「気がついたか」アザゼルの声。見ると、彼が寝台の横の椅子に座っていた。
「……あなた、ずっとここに?」
「フィーアの治癒で、お前の体力は回復した。だが、念のため俺が見張っていた」
丸一日、私のそばに。
「まだ圧縮六日目の夜だ。お前が眠っている間、ルミナリスたちが地均しと資材整理をしていた」
私は飛び起きた。「最終日が残っています。居住区画の錬成を――」
「セレスティア」アザゼルが、私の肩を掴んだ。「一人で全てを背負うな」
その言葉に、私は息を呑んだ。「俺たちで創るんだろう」
「……ええ。そうですね」
圧縮最終日。私は、アザゼルや仲間たちが見守る中、再び大地に手を触れた。
「『万象錬成術』――『千軒の家』!」
瓦礫だらけだった大地が、私の意志に呼応する。規格化された建材が自動的に組み上がり、美しい二階建ての住居群が次々と出現していく。
その数、千軒。
「う、うわああ……!」「家が、生えてくる!」ソラリスとガルディウスが叫んだ。
最後に、私は中央魔力炉に手をかざす。「全ライン、接続。――『点灯』!」
その瞬間、完成したばかりの都市全域に、魔力灯が一斉に青白い光を灯した。
「……終わった」
私が最後の錬成を終えると、アザゼルが時間圧縮を解除した。私たちを覆っていた半球が、陽炎のように消え去る。
太陽は、ちょうど西の空に沈みかけていた。
「外では、まだ建国宣言から一日しか経っていない」アザゼルが、眼下の都市を見下ろして呟いた。「だが、俺たちは七日間を生き、この都市を完成させた」
仲間たちが、完成した都市に散っていく。ガルディウスは設計図を手に防壁を見上げ、フィーアは「帝国医療院」の看板を嬉しそうになぞっている。ルミナリスとソラリスは、家具の運び込みを始めていた。
日が落ち、完成した都市に本当の夜が訪れた。私は、アザゼルと二人、中央宮殿のバルコニーに立っていた。
眼下には、私たちが創った都市が広がっている。
「お前と俺で創った、最初の街だ」アザゼルが、静かに言った。
「……はい」
その時、背後で静かな気配がした。ルミナリスが音もなく現れ、片膝をついていた。
「陛下、諜報部より第一回報告です」
「どうぞ」
「まず、聖レガリア王国。『追放された偽聖女が、魔獣の森で何かを企んでいる』という噂が広まっています」
私は頷いた。
「そして……」ルミナリスが、僅かに笑みを浮かべた。「陛下が予想された通り、『あの時』解放された人々が、各地で語り始めています」
「……!」
「『偽聖女と呼ばれた女は、実は凄まじい力を持っていた』『奴隷商人を一瞬で無力化し、私たちを救ってくれた』……このような噂が、亜人集落を中心に広がっています」
私は、都市を見下ろした。千軒の住居。そのほとんどは、まだ空いている。
「……それなら、来てくれるかもしれませんね」
「必ず来る」アザゼルが断言した。「居場所を失った者たちは、希望を求めている。お前が創ったこの場所は、その希望だ」
ルミナリスが続ける。「レオンハルト皇太子は偵察隊を派遣しましたが、ザラキエル様の防衛結界に阻まれ、近づけずにいます」
私は何も言わなかった。ただ、遠く王都の方角を一瞥しただけだ。
「下がって結構です」
「はっ」
ルミナリスの気配が消え、バルコニーには再び、私とアザゼルだけが残された。彼の横顔を見る。月明かりに照らされた彼の顔は、穏やかだった。
その時、夜風が強く吹き、私の銀髪が舞った。視界が遮られる。
「……っ」
アザゼルが、その髪を指先でそっと払った。彼の指が、私の頬に、触れた。
(……あ)
熱い。指先が触れただけの場所が、火傷したかのように熱を持っている。鼓動が、また速くなる。
「邪魔だった」彼は何でもないように言った。
でも、その指先が頬に触れた感触が、妙に生々しく残っている。
私たちが創り上げた都市が、静かな夜に輝いている。この光景が、聖レガリア王国に伝わるのは、いつになるだろうか。
「これから、もっと大きくなる」アザゼルが、未来を見据えて言った。「お前となら」
その言葉に、胸が熱くなった。
「ええ。アザゼル」私は、彼を見つめ返した。
(……この人の隣が、私の居場所だ)




