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第10話 建国の決意

 

 フィーアという、死さえも覆す「時を戻す僧侶」を六人目の仲間として迎え入れた私たち。村人たちに少量の食料(もちろん錬成術で生成した)と、フィーアが村に残る理由がないことを冷静に告げ、私たちは目指すべき場所へと戻ってきた。


 遺跡への道を歩きながら、アザゼルが私の横に並んだ。


「......随分と、賑やかになったな」


 彼は、前を歩く四人の仲間たちを見ながら言った。


「ええ。まさか、こんなに早く仲間が集まるとは思いませんでした」


「お前の人徳だ」


「そうでしょうか」


 私は首を傾げた。前世では、部下はいても「仲間」と呼べる存在はいなかった。


「俺は、お前が選んだ人間を信じる」


 アザゼルの言葉が、シンプルで、だからこそ重い。


(......この人は、いつも私を信じてくれる)


 それが、どれほど心強いか。


「ありがとうございます、アザゼル」


「礼を言われることじゃない」


 彼は、僅かに視線を逸らした。照れているのだろうか。そう思うと、少し微笑ましい。


 魔獣の森、最深部。 かつて聖レガリア王国から追放された私たちが、ついに見つけた安住の地。 『古代都市の遺跡』。


「……ここが」


 初めてこの地を目の当たりにしたガルディウスが、その壮麗な廃墟の姿に息を呑む。 フィーアも、その緑の瞳を大きく見開いていた。


「お帰りなさいませ、あるじよ。そして、新たなる同胞たちよ」


 遺跡の入り口で私たちを迎えたのは、完璧な執事服に身を包んだ黒髪の青年、ザラキエル。数日前、私たちに「王の試練」を課し、そして瞬時に無力化された、SS級のエルダードラゴン。


「ひっ……!」


 フィーアが、彼から発せられる尋常ならざる気配オーラに小さな悲鳴を上げた。


「大丈夫だ、フィーア。彼は……ザラキエル。私たちの仲間だ」


 ガルディウスが、自らの盾を構えるのではなく、フィーアを守るように前に立った。


「主より試練を賜り、この地を守護する栄誉をいただいた者。……あなた方と同じ、主の剣、主の盾となる存在です」


 ザラキエルは、完璧な所作で一礼した。その視線が、一瞬だけ私とアザゼルに向けられ、何か含みのある笑みを浮かべた。


(......また、あの表情)


 この竜は、何か気づいているのだろうか。


(元魔王の転生者、S級獣人姉妹、SS級の元黒竜、SS級の元聖騎士、SS級の元僧侶……)


 私の脳内(橘美咲)が、集まった人材リソースの規格外ぶりに、思わず眩暈を覚える。前世(ブラック企業)の私なら、このメンバーでどんな炎上案件プロジェクトだって乗り切ってみせるだろう。


 私は、集まった仲間たち――アザゼル、ルミナリス、ソラリス、ガルディウス、フィーア、そしてザラキエル――を、遺跡の中央広場に見渡した。


「ザラキエル。あなたに確認したいことがあります」 「何なりと、セレスティア様」


「この土地は、聖レガリア王国の……いえ、大陸を支配する『七神樹システム』の影響下にあるのですか?」


 私の問いに、3000年の守護者は、静かに首を横に振った。


「否。この地は、七神樹のいずれの加護も届かぬ『空白地帯』。古代文明が、神樹の干渉を嫌い、あえて作り出した『聖域』でございます」


(……やはり)


「古代文明が滅びた理由を、ご存知ですか?」


 私が尋ねると、ザラキエルは重々しく頷いた。


「神樹大戦。千年以上前、七つの神樹が互いに争った。その力がぶつかり合い、この中央地帯は焦土と化した」


「......それで、呪われた地に」


「ええ。しかし、今は違います。神樹の力が均衡し、完全な中立地帯となっている」


 アザゼルが、私の隣で言った。

「聖レガリア王国は煌天樹に支配され、ネクロポリス魔導帝国は冥府樹に支配されている。他の五つの国も同じだ」


「でも、ここは――」


「どの神樹にも支配されない」私は、地面に手を置いた。「だから、自由な国を創れる」


 フィーアが、目を輝かせた。

「誰もが対等に扱われる、新しい国......」


 アザゼルの『時空支配術』。 フィーアの『時間遡行治癒』。 そして、私の『万象錬成術』。 これらは全て、七神樹の加護システムから逸脱した、世界のことわりそのものに干渉する力。 聖レガリア王国あそこでは、私たちの力は正しく鑑定されることさえなく、「E級」や「異端」として切り捨てられる。


 だが、この場所なら。


 私は、仲間たちを見渡す前に、まずアザゼルを見た。彼だけは、私の決意を知っている。


 彼は、静かに頷いた。その瞳には、迷いも疑いもない。ただ、私を信じる意志だけがあった。


(......この人がいれば、どんなことでもできる)


 その確信が、私に力をくれる。


「……皆さん」


 私は、仲間たち全員の顔を、一人ひとり、見つめた。


「私は『偽聖女』として追放されました。アザゼルは、その力を恐れられ、奴隷として檻の中にいました。ルミナリスとソラリスは、人間に裏切られ、殺されかけていました。ガルディウスは、『役立たず』の烙印を押され、仲間から見捨てられました。フィーアは、その優しすぎる力(禁術)ゆえに、『能無し』と罵倒され、異端として扱われました」


 私たちは皆、あの世界システムの犠牲者だ。理不尽に、その価値を切り捨てられた者たち。


「ですが、もう終わりです」この廃墟の中心に立ち、両手を広げた。


「私たちは、ここに、私たちの国を創ります」


「……!」


 仲間たちの視線が、私に突き刺さる。


「あの国が私たちを『不要』というのなら、私たちは、私たちのための国を創ればいい」


 私の声が、遺跡に響く。


「身分も、種族も、過去も関係ない。ただ、その価値ちからが正当に評価され、理不尽に虐げられることのない、新しい楽園」


 宣言した。前世(橘美咲)の、32年間の過労死プロジェクトマネージャーとしての怨念と。今世セレスティアの、18年間の偽聖女としての屈辱を、その言葉に乗せて。


「――本日、この地をもって、『ノヴァ・エデン帝国』の建国を宣言します!」


(新しい、エデンの園。……私たちの始まりの場所)


「ノヴァ・エデン……!」 フィーアが、その名を感動に震える声で反芻する。


「素晴らしい」 アザゼルが、その紅い瞳に初めて、魔王でも奴隷でもない、心からの歓喜を宿して微笑んだ。


「では、早速ですが……」 私は、プロジェクトマネージャーの顔に戻る。 「新国家の組織チームを発表します」


 私は、仲間たちを指名していく。


「まず、帝国の礎であり、最強の防壁。『帝国防衛隊』隊長に、ガルディウス」

「はっ! この命、盾に代えても!」 ガルディウスが、即座に盾を胸に当てる。


「帝国の生命線ライフライン。『帝国医療院』院長に、フィーア」

「……はい! もう二度と、救える命を諦めません!」 フィーアが、涙を拭って頷く。


「帝国の目であり、耳。あらゆる情報を統括する『帝国諜報部』長官に、ルミナリス」

「……御意。影に紛れ、主の敵を排除します」 ルミナリスが、音もなく片膝をついた。


「帝国の頭脳ブレイン。魔法と技術の革新を担う『帝国魔法研究所』所長に、ソラリス」

「やたっ! 研究所! がんばります、セレスティア様!」 ソラリスが、九尾を揺らして喜ぶ。


「帝国の空を制する、無敵の翼。『帝国竜騎士団』団長に、ザラキエル」

「我が3000年の知識と、この翼。全てをあなた様に」 ザラキエルが、恭しく頭を垂れた。


「そして――」


 私は、隣に立つ、私の「相棒」に向き直る。


「アザゼル」彼の名を呼ぶと、紅い瞳が私を捉えた。


「あなたは、私の右腕として、帝国宰相となり、この国のすべてを私と共に統治してください」


 周囲がざわめいた。宰相という立場は、事実上の共同統治者だ。それを、出会ってまだ日が浅い彼に任せる。


 だが、私に迷いはなかった。


 アザゼルは、私の真っ直ぐな視線を受け止めると、その紅い瞳にふっと笑みを浮かべた。それは、奴隷でも魔王でもない、初めて見る「アザゼル」個人の笑みだった。


「......いいのか? 俺は元魔王だぞ」


「だから、あなたがいいんです」私は即答した。


「前世がどうであれ、今のあなたは、私が最も信頼できる人です」


 その言葉に、彼の瞳が僅かに揺れた。


 彼は、恭しく一礼するでもなく、かといって馴れ馴れしく触れるでもなく、ただ対等な協力者として、力強く頷いた。


「......ああ。お前の望む世界がどのようなものであっても、必ず実現させてやる」


 彼は、一歩私に近づいた。


「俺の『時空支配術』は、そのためにこそある。お前のためにこそ、ある」


 その言葉の重みが、胸に染み込んでくる。


(......この人は、私のために)


 最強の戦力が味方、というだけではない。彼は、私という個人を選んでくれた。


(......最強の戦力が、味方というのは本当に心強い)


 こうして、偽聖女として追放された私は、世界最強の仲間たちと共に、新たな帝国の「女帝」となった。


 建国宣言が終わり、仲間たちがそれぞれ役職について話し合っている中、私は遺跡の端に立ち、夕焼けに染まる森を眺めていた。


「......疲れたか?」


 背後から、アザゼルの声が聞こえた。


「いいえ。むしろ、高揚しています」


 振り返ると、彼が私の隣に立っていた。


「これから、大変だぞ。国を創るというのは」

「分かっています」私は頷いた。

「でも、あなたが隣にいてくれるなら、大丈夫です」


 その言葉に、彼は僅かに驚いたような顔をした。

 そして――彼の手が、そっと私の手に触れた。


「......お前は、本当に」

「本当に?」

「......俺を、信じすぎだ」


 彼は、そう言って笑った。柔らかい、穏やかな笑みだった。

 私は、彼の手の温もりを感じながら、顔が熱くなるのを自覚した。


(......なぜ、こんなに)


 夕日の中、手を重ねたまま、二人並んで立つ。これから始まる国造りは、困難の連続だろう。


 でも、この人と一緒なら――


(......きっと、大丈夫)


 私を追放したあの国が、この事実に気づくのは、もう少し先の話。そして、隣に立つ彼が、私にとってどれほど特別な存在になっているのか――その想いの正体に気づくのも、もう少し先のことだった。

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