光~夢見るホタル~
蛍。コウチュウ目、ホタル科に分類される昆虫の名称。発光することで知られる昆虫。 寿命は、2~3週間といわれている。大変、短い。
メスは翅が退化して飛べない種類があるらしい。
そんなホタルに、何が出来るのだろう。
そして、私の名前もホタル。
私も、飛べないホタル。
偶然か必然か、それとも言霊のせいなのだろうか。
私の命も、決して長くない。20年、生きられるかどうかだ。
そんなホタルに、何が出来るのだろう。
こんにちは日記さん。今日は楽しかったんだよ。
いつもみたいに本を読んでいたらね、ボールが外から部屋に入ってきたの!
私の部屋は2階にあるのに、よく届いたよね。部屋のものはなにも壊れなかったよ。
外を見るとね、まちの子供たちがこっちを見てたわ。私とかわらないぐらいの子供だった。
あきかんとかあきビンとかを倒す遊びをしてたの。
なぜ知ってるかって言うとね。私、コッソリ外に出てちょっと遊んだの。
ぜんぜん当たらなかった。
でも、1番じょうずな子がいてね。その子に教えてもらったら、1本たおれたの!
でも、すぐに疲れちゃったし、せきが出てきちゃった。みんなに気づかれてないといいけど。
1番じょうずな子は、デイブってよばれてた。デイブってことは、デイビットって名前なのかな?
今度、聞いてみよう。来てくれるかな?
そう、それは彼女、ホタルが12のことだった。
彼女は生まれ持ちからだが弱い。外にあまり出たことがなく、学校にも行っていない。
だから、彼女には友達がいない。
話し相手はいるけれど、それは仕事のついで。家に使用人は4、5人いるけれど、たぶん、彼女のことを本当に思っている人はいるだろうか。
メイドのエレンぐらいだろう。おデブで少し変わり、あのエレン。噂好きの情報通という評判だ。
両親は、彼女に興味がない。無関心。愛情がない。
跡取りになれるわけでもなく、働けるわけでもなく、ただ家にいてお金を使うだけの捨て子。
そう、ホタルはこの家の前に捨てられていた。生まれてから、1年足らずのホタルが玄関の前に捨ててあった。
今にも死にそうな状態だった。なんとか、一命を取り留めたが、その後も病気を繰り返すホタル。
そんな手間がかかる子供、誰が欲しがるのだろう。きっと、捨てられた理由も、そんなところだろう。
だけど、この家の人は彼女を育てることにした。もう、跡取りの息子がいるのに。
理由はただ1つ、評判のためだ。下級貴族には、評判が何よりも大切だった。特に、この家の人は評判を良くすることが生きがいだった。
手がかかる娘がいるというだけで、他の貴族から『お気持ち』をもらうことも出来た。
彼女は自分の部屋から出ることは、滅多になかった。
彼女が部屋から出てるのをこの家の人に見られでもしたら、大変だ。
口々に「金だけがかかる役立たず」と言われる。
遠回しに、部屋から出てこないでと言われる。
こんな彼女が生きていることに、幸せを見いだせるだろうか。
唯一、彼女を幸せにしてくれるのは、本の世界と、彼女の空想の中。
1日中本を読んでは、自分が本の中ように冒険したり、遊んだり、恋をしたり、友達を作ったり、想像する。
あとは、噂好きのエレンから聞く噂話も、彼女の楽しみでもあった。
彼女は、常にカーテンを閉めている。暑いときは、窓を開けていて、カーテンが風になびいている。
彼女は、外を見ることをしない。外を見ると、悲しくなるから。
彼女が日記を書くようになったのは、最近のことだ。
彼女は、知ってしまったのだ。自分の命が、後8年もつかどうかだということを、この前、たまたま聞いてしまった。
それから、日記を書き始めた。決して、誰にも見せない。エレンにも、決して見せない。いつも鍵をかけ、その鍵をネックレスのように身につけている。
だから、その中身はホタルしか知らない。
今日も、ホタルは本を読んでいた。文字を追っているその目は、希望と幸せで輝いている反面、悲しそうだった。
本を読む度、自分は不幸な飛べないホタルだということを、嫌でも突き付けられる。
しかし、夢を見ることを彼女はやめることをしなかった。
彼女には、それしかないのだから。
カーテンが風を含み、部屋の中へ膨らむ。ボーッと想像の中に入っているホタルの手にある本が、ページをひとりでに進ませる。
風を切る音。堅い物が、ベッドに落ちる音。
ようやく、ホタルは現実に帰ってきた。
布団に隠れてる足の先に、土色の球体が転がっていた。
掴むとボロボロなことがよくわかる。買い替えればいいのにと、ホタルはボールとにらめっこした。
「いったい、どこから来たの?」
ボールに話しかけるホタル。まだ少し、夢心地のご様子だ。
ここの部屋の物ではないはずだ。ここにある物は全て、清潔で安全で、高価な物ばかり。
こんな、汚くてどこからどう見ても安っぽい物を家に入れるのは、彼女の義母が許さない。
外が騒がしい。これは、子供の遊び道具に見えるが、ここは2階だ、届くだろうか?
そんなことを思いながら、ホタルはカーテンをくぐり外の空気を吸う。
「おーい!こっちに投げてくれー!」
青い空がどこまでも広く、浮かぶ雲がどこまでも自由に見えた。
下の空き地で、影が揺れている。このボールの持ち主だろうか?1人だけじゃないように見えるけれど。
ホタルは、その影とボールとを見比べて、口の端をあげた。
今日は、エレンがお休みをもらう日で、お昼からいない。他の使用人達も家の者がいないことをいいことに、それぞれ好きな場所で仕事をさぼっている。義母に義父、義兄はちょっと隣町へお呼ばれされている。帰るのは明日だと言っていたっけ。
部屋に戻ったホタルは、久しぶりにわくわくしていた。本を読んでいるときもわくわくするけれど、そのわくわくとは全然違うわくわく。
靴のひもも結ばず、寝間着のまま部屋を飛び出した。
滑るように廊下を走り、飛び落ちるように階段を駆け下り、ネズミのように玄関を出た。
久しぶりに肌に感じる、本当の外の世界。
まるで、夢の中にいるように体が軽い。
ダンスでも踊るような足取りで、家の裏にまわる。
そこは、ホタルのベッドのある窓が向いている、空き地。屋敷と屋敷の隙間にたまたま出来てしまった、なんでもない空間。
ホタルがあの部屋に来たときから、その空間は庶民の子供達の遊び場だった。
上から見ていた時は、小さい子供から大きい子供がそれぞれの遊びをしていて、とても騒がしかった。
しかし、最近はそんな騒がしさが聞こえないでいた。
道という土を、久しぶりに踏みしめた。雑草を、久しぶりに近くで見た。
昔は、よく抜け出したものだ。抜け出す度、エレンが義母に怒られていたっけ。
エレンももうおばさんなんだから、いい人を見つけて幸せな家に行けばいいのに。
と、さっきの子供だろう。ホタルのほうへ駆けてくる影が見えた。
久しぶりに外に出たせいか、昔に比べて家の裏までの距離が長くなったような気がした。
彼らの服は、どう見てもホタルのそれとは全然違う。
作りといい、素材といい、見栄えといい、どう考えても差がある。
泥に汚れ、ほつれだらけの彼らの服が、ホタルは少し羨ましかった。
「悪いな。部屋、大丈夫か?」
チームでいうリーダーにあたる子供が、ホタルに手を差し出す。
日焼けをして黒くなった手。まめが出来ていて、形の悪い手。
その手にボールを渡している綺麗な手が、ホタルには恥ずかしかった。
なにも苦労も知らない、綺麗な白い形のいい手。
「うん。大丈夫。なにも壊れなかったよ」
うつむいてボソッと。ホタルにはそれを言うのが精一杯だった。
糸のようにか細く、風の音ぐらい小さい声。
すり減った彼の靴と、土を初めて踏みしめた綺麗な靴が、ホタルの目に映る。
「それなら、よかった。マジ悪かった。じゃぁ」
ボールを握った彼は、ホタルに背を向けると仲間のところへ歩いていった。
その仲間も、彼が歩いていくのと同時に振り返って空き地に向かう。
男女あわせての5,6人。ホタルとそんなに変わらないくらいの子供達。
その中に1人も、ホタルのような服装や肌をしている者はいなかった。
ホタルは、去っていく彼らの背をただ見つめていた。
どうすればいいのか、わからなかった。
せっかくの夢の世界にいたのに、現実に戻ってしまうような気持ち。
悲しい?寂しい?
ホタルには、自分がどうしたいのか考え、行動するだけの知識はあっても、経験がなかった。
と、リーダーのような彼がホタルのほうを振り返った。他の仲間達は笑いあいながら空き地へと向かっていった。気づいた者はいない。気づいていても、気づかないふり。
「お前も一緒に遊ぶか?」
もう一度、夢の世界に戻ったような気分。
差し出された彼の手が、信じられないくらい幸せなものに見えた。
「うん!」
こんなに幸せな気持ちになったのは、いったい何年ぶりだろう。
心からのこんな笑顔、いつ以来だろう。
こんなにも、外の世界が輝いてるなんて、思ってもみなかった。
「あれ?」
ホタルの投げたボールは、形の変な紙ヒコーキみたいに地面に落ちた。
その先には、へこんだ空き缶、ヒビの入ったビン。
これが、彼らの遊びだった。
ボールを投げて、缶やビンを倒して、その数を競う。全部で6本ある的を、1球で何本も倒さないといけない。例えるなら、ボウリング。的も、ボウリングのピンと同じ並びだ。
まだホタルは、ボールをかすらせることも出来ないでいた。
「次は、俺の番だな」
そう言って、さっきの彼は落ちているボールを拾った。
得意げに、ボールを上に投げては掴んで、また上に投げる。そうしながら、投げる位置まで来ると、利き腕を回した。
「いけ!デイブ!全部倒せ!」
「新記録出してやるから、よく見とけよ」
観客席は、ホタルの時と違って騒がしかった。
デイブとよばれた彼は、仲間にとても人気があるようだ。
彼の人柄か、ルックスか、才能か、センスか、何がそんなに人を惹き付けているのかはわからないが、確かに惹き付けられる、何かがある。
「デイブの最高記録は5本ね。ストライクしかないわね。ま、デイブだし」
壁にチョークで書いているイタズラ書きは、どうやら彼らの記録だったようだ。
いったい、いつの間にここを自分たちの物にしていたのだろう。
そう言えば、本の挿絵で見たような秘密基地に似ている。
穴の開いたイスがあって、木の箱に荷物が置いてあったり。カレンダーも、ちゃんと今日になってる。
もしかしたら、知らないうちに彼らの秘密基地になっていたのかもしれない。
カランっ。ガシャーン。騒がしい音が、次々と鳴り響く。
沈黙。そして、拍手喝采。
自分は、こんな大きな音を聞き逃していたのかと驚いた。
「ちぇ。割れちまった」
デイブは拾ったボールを仲間のほうに投げると、ビンの破片をひとつひとつ拾って、ゴミ箱に使っている、木箱に入れた。
割れた物に触ったのに、その手には1滴も血が流れていなかった。
「でも、マジで新記録だぜ!」
デイブの仲間達は、すっかり興奮していた。
帰ってきたデイブを取り囲んで、ハイタッチをしたり、拳同士ぶつけたり、抱き合ったり、本当に嬉しそうにしていた。
ただの遊びなのに。
でもホタルも、すっかりそんなデイブが羨ましくなった。
「どうしたら、そんなにうまく投げられるんだろう」
「教えてやろうか?」
ホタルは目を丸くして、口を押さえた。
心の中で呟いたつもりなのに、声に出てしまったようだ。
そんなホタルを、デイブは投げ位置まで引っ張っていくと、手にボールを持たせた。
「お前、届いてもねぇからなぁ。…真っ直ぐ投げろ。遠くに投げようとして、上の方に向かって投げてるからな。後は、体力の問題だから、練習すれば大丈夫」
「わかった…」
「集中。的をじっくり狙えよ」
「うん…」
集中。集中。
ホタルは自分に言い聞かせた。
1点だけ見つめる。真っ直ぐ、前に。腕を振り上げて、思いっきり。腕をバネのように。前に。
カンッ。
息が切れる。ホタルの息づかいが、響く。
カラン。
空き缶が1本、地面に落ちている。
「やったじゃん!」
「やった…。倒した!私が!」
ホタルは両手を挙げて喜んだ。飛び跳ねて、大きな声で叫んだ。
デイブも、他の仲間達もホタルの周りに集まり、心から喜んでくれる。
今にでも、胴上げをしそうなぐらい。
が、やはり夢は夢のままだった。
夢は覚めるもの。幻影は消えるもの。
ホタルは、現実に戻されてしまう。
「ゲホッゲホッ」
ホタルの体は、健康ではない。忘れたかった、現実。
歓喜溢れていた空気が、一気に心配に変わった。
そんな視線に、ホタルは顔をあげ、咳をおさえて、笑った。
「大丈夫。ちょっと、ふざけすぎただけだよ。ごめん、もう家に帰らないと」
ホタルは、後ろ髪引かれる思いで、その場を立ち去った。
こんなとこ、来るんじゃなかった。
夢を現実にしちゃいけなかった。
覚めない夢なんて、最初からないとわかっていたのに。
夢を見なければ、がっかりせずにすむのに。
それでも、ホタルは夢を見続ける。
ほんの一瞬でも、叶った瞬間。こんなにも嬉しくて、幸せで、何もかも輝いて見える。
彼女は夢を見ることが、明日を生きるための光なのだから。
「なあ、明日も遊ぼうぜ!」
「うん」
「絶対にな」
それは、守れない約束。
それは、ホタルを幸せにする約束。
ホタルは、夢を見ながら現実に帰る。
いつか、夢が覚めることのない、現実になるのを夢見ながら。
蛍。コウチュウ目、ホタル科に分類される昆虫の名称。発光することで知られる昆虫。 寿命は、2~3週間といわれている。大変、短い。
メスは翅が退化して飛べない種類があるらしい。
そんなホタルに、何が出来るのだろう。
そして、私の名前もホタル。
私も、飛べないホタル。
偶然か必然か、それとも言霊のせいなのだろうか。
私の命も、決して長くない。20年、生きられるかどうかだ。
そんなホタルに出来ることは、夢を見て、明日への光を見いだすこと。
そんなホタルに出来ることは、1日1日を、大切にして、1日1日を、ずっと覚えること。
いつ散るかわからないこの命を、大切にすること。
文芸愛好会の部誌用に描いた短編です。
まあ、候補ですけど…。
本当は、デイブとのラブの作品予定だったんですけど
それだと長すぎたので、これだけにしました。
本当は、この後をいろいろと考えて
書きたくてうずうずしてます(泣)
時間があったら、そのうち書くと思います。
いや、たぶん、絶対書きます(笑)
その時は、よろしくお願いします(^^)/