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【BL】短歌で恋する男子たち  作者: 川上桃園
第1章 クラスの王子は短歌で口説く(朝陽×樹)
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第6話 波となる恋

 夏休みも残りわずか。

 なんとなく、源もおれも、海岸に行った日のことは口に出さない。しかし、自習室では一緒に勉強をするし、時間が合えば昼食もとる。

 そんな時だった。弁当を食っていた源が、「うちで花火をやらないか」と誘ってきた。


「花火? それは前、断っただろ」

「あれは花火大会じゃないか。今回は、スーパーで買った花火だよ。だれかとやろうと思ってたくさん買い込んだんだけど、このまま夏休みが終わるのもよくないだろ?」

「へぇ……」


 おれの心は少しぐらついた。結局、海に行くこと以外、めぼしい予定がなかったのだ。最後に花火をして納涼とするのもいいかもしれない。


「わかった。行くよ」

「よし。じゃ、うちの最寄りの駅まで迎えにいくから」


 簡単に予定をすり合わせると、おれと源は別れた。

 帰宅して、親に出かけることを報告し、夜の外出を許してもらった。

 予定通り、夏休みが二日後に終わる日の夕方。おれは源の家があるという最寄りの駅までやってきた。

 そこはやや田舎といった風情で、木造の駅舎がある。

 源が駅舎の中で待っていた。


「榊原、うちはこっちだ」


 源の案内で、家に向かう。周囲は由緒正しそうな家が立ち並び、蛇行した道を歩く。

 源が連れてきたのは、いかにも日本家屋といった門構えのあるお屋敷だった。


「でけー……」

「この辺だとどこもこんな感じだよ」


 源はすたすたと歩き、立派な玄関からおれを家に通した。見た目通り、しっかりした廊下と座敷があった。


「今日は親は仕事で、じいちゃんは旅行中なんだ。気にせずくつろいでいって」

 

 源の部屋も座敷だった。大きな学習机と、陸上でとったらしきトロフィーと、本棚ふたつが印象的だった。

 本棚には歌集もしっかり入っていた。


「へえ、こんな感じのを読むのか」

「そう。……なんだか榊原に頭の中をのぞきこまれている気分だな」


 源は、お盆から麦茶の入ったグラスをふたつ、テーブルに置いた。

 まだ花火の時間には微妙に早い。時間潰しに雑談し、日が暮れたのを見て、玄関先に水入りバケツを置き、チャッカマンを準備した。

 花火セットもしっかりした量がある。小さな打ち上げ花火から色が変化する線香花火まで。

 ふたりで次から次へと火をつけていく。花火はどれも七色の光を放って散っていく。花みたいだ。


「おー、きれいなもんだなあ」

「だからやりたかったんだよ」


 源も満足そうに頷く。

 気づけば、頭と頭が近づいて、至近距離で源と見つめ合っていた。

 薄暗い中でも源の顔だけははっきり見えた。目の中に花火の明かりがちらついて、なんてきれいなんだと見惚れた。

 最後にやっていた線香花火の玉が落ちる。辺りが暗くなる。

 我に返った。


「終わっちゃったな」


 おれがそう言えば、源も気が抜けた様子で告げた。


「片付けようか」


 そこからふたりで黙々と花火の後片付けをした。

 午後八時半。そろそろ帰る時間になっていた。


「駅まで送るよ」

「助かるわ」


 源とともに駅までの道を歩く。道はぽつぽつとある街灯に照らされていた。

 だが、突然、ゴロゴロと鳴ったかと思いきや、思い切り雨粒が落ちてきた。

 源がおれの腕をつかんだ。


「駅舎まで走るぞ!」


 源に言われるがまま、夢中で足を動かし、駅舎に飛び込んだ。木造駅舎で、電車を待っている人はいなかった。

 天井には埃っぽい蛍光灯がぼんやりとした光を放っていた。

 おれも源も、頭からつま先までべっしょりと濡れていた。

 源が水の滴った前髪をかきあげた。


「お互いに濡れちゃったなあ。天気予報では雨にはならないってあったのに」

「だな。源、おれ、ハンカチ持っているから貸すよ」

「いや、自分に使いなよ。俺はすぐに帰れるけど、榊原はそうじゃないだろ」

「なら遠慮なく」


 おれはベンチに座り、ハンカチで顔回りと首などを拭いた。

 電車が来るまでまだ時間があった。

 おれの正面に大きな影が差したのはその時だ。


「源……?」


 源がおれを見下ろしていた。表情はよく見えない。が、おれは改めてみる源のガタイの良さに驚き、落ち着かない心地になる。

 源の手がおれのほうに伸ばされて……だが、途中で止めた。

 おれは立ち上がった。


「どうした、源」

「榊原」


 急に泣きそうな声で呼ばれたと思ったら、おれの体は源の腕にいた。


「ちょ、え、源……!」

「あ、あ、え、ちょ。……ごめん」


 源も、今、初めて気づいたかのようにおれの体を離した。


「なにしてんだろ、俺。ごめんな、榊原。びっくりしただろ」

「いや。いいんだけどさ……」


 おれは、今こそ聞けなかったことを聞くべき時だと思った。


「源。もしかして、おまえの好きなやつって……」

「榊原」


 源はおれの発言を止めると、ポケットから少し端が濡れた紙を取り出した。


「渡そうか、どうしようか、ずっと迷っていたんだ。でもさ、やっぱり渡すことにする。後で読んで」

「お、おう」

「榊原、好きだ。俺と付き合ってほしい」


 一拍。おれは今耳にしたことを処理しきれずにいた。「え、は、え?」みたいな言葉にもならない呻きを発していた気がする。


「じゃ、また学校で」


 源はまだ雨脚の強い中を走って帰っていった。

 電車到着のアナウンスが駅舎を流れていくが、おれはそれどころでなかった。

 おれは何を聞いた。何を告白された。好き? どういう意味だよ。付き合うってなんだ。

 頭を抱えた。


――おれはどうすればいいんだ。


 二両編成の車両が前方に光を当てながら、雨の中をゆっくりとホームへ滑り込んでいった。




はなれてもすぐに会いたいとねがえばさみしい舟になる恋 波に


 一筆箋に書かれた源の字。何度も読んでも恋の文字が入っていた。

 夏休み明け、どんな気持ちで源に会えばいいのだろう。


『榊原、好きだ』


 源らしいストレートな告白だった。今思えば、声にも緊張が滲んでいて、源が真剣なことがわかった。

 机上には今まで源から渡された短歌の紙が並んでいる。

 おれは何度も読み返し、時々、頭を突っ伏した。


電撃が伝わりゆきて指と指隙間なく組み溶けあう夏か


 今思えば、途中から源は本気でおれを口説こうとしていた。

 これまでおれの恋愛対象は女子だけだったし、源もモテるやつだからおれを恋愛対象にしているとは、到底思えず、おれはその問題をどこか棚上げにしていた気がする。

 だが。

 おれは自分の手のひらを見つめた。

 この手に源が触れてきたのだ。たとえば、源の下駄箱前で、教室で、海近くの駅で。


 ――嫌な感じじゃなかったんだよなあ……。


 むしろうれしかった。源がおれを見てくれていると。

 クラスの自己紹介で源が披露した短歌があった。


黒猫の目にはあさひがうつされて いきちがう春の交差点で


 この時には想像していなかったぐらいに、距離は近くなって。そのことに心地よさを感じていた。


「あ、そうか。おれは「黒猫」と同じか……」


 目に朝陽が映されて、自分にとって「特別」になってしまった、と気づく。

 おれは自分にない短歌を詠む源にライバル心とともに、強烈な憧れを抱いたのだ。軽やかな読みぶりがとても心地よかった。

 けれど、源朝陽は人気者で、楽しく短歌を語り合うには遠すぎた。悔しくて、もどかしかった。だから短歌を送りつけた。

 それでも源は返歌をくれた。

 それだけでなくて、朝陽もおれを見つけてくれたのだ。おれの短歌も褒めてくれた。

 短歌のやりとりもとても楽しかったのだ。

 そんな単純なことで好感を抱くものかと思うが、それでも、おれには十分すぎるほど特別な出来事になった。


「樹、入るよ」

「うわっ! ばあちゃん、急に入ってくるなよ、ばか!」


 突然、ノックもなくばあちゃんが顔を覗かせてきたので、椅子をひっくり返そうになるぐらい驚いた。

 源からの短歌を慌てて隠す。


「なんやね。騒々しいなあ。短歌できたからおまえにも披露したろと思ってきたんやんか」


 ばあちゃんはやたら上機嫌である。

 手に持った和綴じの短歌帳に書きつけた短歌をおれに見せびらかしてきた。


恋の闇 見えねども引く手があらばゆけ 雲上に明星ありて


「恋の短歌? ばあちゃん珍しいね」

「びびっときたのよ、雷のようにな」


 ばあちゃんは両手を腰に当てて、むふふとにやつく。


「どうやろ」

「まあ、きれいなんじゃない?」


 それは本心だった。

 恋の闇から明星に続く連想の流れがいいと思った。この短歌には、暗闇の中に希望が見える。

 おれの感想を聞くと、ばあちゃんは頷く。

 

「やろ。……なんかなあ、昔のことを思い出したわ」

「昔のこと?」


 ばあちゃんはちろっとおれを見ながら、ため息混じりに言った。


「……ま、昔はな、心ならずも引き裂かれることがあったってことよ。日本中、どこにもあったわけさ」

「そうだね」

「それと比べりゃ、今はいい時代になったってことさ。そんなことをな、しみじみ思ったのさ」

「ふうん。ならこの短歌はばあちゃんの希望ってわけか」

「まあな」


 おれに褒められてさらに上機嫌になったばあちゃんは、おれから短歌帳を奪い取り、鼻歌混じりで部屋を出ていった。

 おれはもう一度机に向かった。短歌ノートの新しいページを開く。

 短歌ではじまった源との交流。元からおれからはじめたのだ。

 源の告白の短歌に対し、おれが返すのもまた短歌であるべきだと思う。

 嘘いつわりなく、やわらかに、受けて立つべきだ。

 おれは、源に返すべき短歌を考えはじめた。

 返答はすでに決まっている。




 夏休みが静かに明けた。

 クラスメートたちが夏の思い出話に花を咲かせている中、おれは源の席に行く。

 源は藤井と話しているところだったが、おれに気づくと、


「おはよう、榊原」


 と、ややぎこちないながらも笑顔を見せた。


「おはよう。源、あとでちょっと話せるか」


 一瞬、源の目が揺らぐが「わかった」と神妙に頷く。


「放課後に」

「わかった」


 おれたちを見た藤井が不思議そうになる。


「なあ、おまえたち、夏休みになにかあったわけ?」


 おれは答えなかったが、代わりに源が目を伏せて、口元に指を当てた。


「内緒だよ」


 放課後。おれは自習室で勉強しながら、源の時間が空くのを待った。


『部活終わった。迎えにいく』


 源から連絡が来たので、おれは席を立ち上がった。

 自分が自分でないような気持ちで廊下を歩く。手がびっしょりと汗をかいていた。

 ちょうど、玄関で源と交流できた。


「迎えにいくって言ったのに」

「いいだろ。おれも別に焦らしたいわけじゃないんだ」


 折よく、周囲の人気は途切れていた。

 おれは結び文を源の手に落とした。


「これ、例の返事」

「……ありがとう」


 源の顔は強張っている。かさかさと音を立てて、結ばれた紙が解けていく。


「常緑の松は浜辺で舟を待つ うたを重ねて波となる恋……。これって、榊原……」

「和歌だと、『松』の字は動作の『待つ』と掛け言葉になるんだよ。それをふまえて作ってみた。ちゃんと気持ちを込めてみたんだが……伝わったか」


 途中からおれも照れ臭くなってしまって、言葉尻が曖昧になる。


「伝わってる」


 源の目は真っ赤になっていた。


「常緑の、ってさ……。ずっと、ということだろ。榊原、おれは今、信じられない気持ちでいっぱいで……」


 おれはどうにも気恥ずかしくてそっぽをむいた。

 松の緑は落葉しないのでいつも緑色だ。だからこそ和歌の世界では「永遠」や「長寿」といっためでたい意味で詠まれてきたのである。

 

「ずっと、かはわからないがな。ま、多少は祈る気持ちが沸いたっていいだろ」


 おれはさ、と震える声を引き絞る。

 本音を言う時はいつだって怖いものだ。それでも一歩を踏み出す勇気がほしいと今は思った。

 真剣な気持ちに真剣に向き合わなければ、源にも失礼だ。


「今はどこまでの気持ちか、わからないところもあるけれどさ。……おまえが見せてくれた気持ち分だけ返したいとは思っているよ。源は、いいやつだからさ」

「榊原……それってさ、つまり」

「おれにも源は特別だ。好き、だからさ……ちゃんと付き合うよ」


 源の口元が弛んだ。目がキラキラと輝き始める。

 そうだ、やつは「クラスの王子」の異名があった。

 朝陽のような眩しさがおれの目に映った。

 源は大袈裟にガッツポーズを取った。


「やった……! やった、ありがとう、榊原……!」

「お、おう」


 源はがしりとおれの手首を掴んだ。源に引きずられるがまま小走りで玄関を出た。


「ちょ、おま、早いから! 息が切れるわ!」

「あ、ごめん。つい」


 足を止めた源は悪びれた様子もなく謝り、すぐさま言い直した。

 

「じゃあ、帰ろう。で、どこかに寄ろう!」

「おう……どこでも付き合うぜ」

「カラオケも?」

「いや、それはまた今度で」

「冗談だよ。でも、どこにしようか」

「なら本屋行くか。最近気になる歌集があって」


 おれがスマホで歌集の画像を見せると、へぇ、と源が食いついた反応を見せた。

 

「そうか。なら見に行こう。榊原が買うんだったらおれも買いたいし」


 そこからはいつも通り、おれは自転車を引きながら、源と駅まで向かう。


――付き合う、といっても変わり映えしないもんだな。


 そう思ったのだが、おれが自転車のハンドルを握る上に、源の手が重なった。

 無言になる。源の頬も少し赤い気がした。おれのほうは言わずもがな。

 恋というものは、こんなにも恥ずかしくて、うれしくて、やさしいものなのか。

 源とならば、こんな関係も悪くないと思えた。

 俺は源の手をそのままに、いつもよりゆっくりとした歩幅で歩くことにしたのだった。


君だからいいと告げたい夏花火 秋の訪ねで燃えうつる火へ

 

次話からは第2章 海斗×環編です

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