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【BL】短歌で恋する男子たち  作者: 川上桃園
第1章 クラスの王子は短歌で口説く(朝陽×樹)
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第5話 指と指

 夏休み序盤、源から短歌をもらった。


電撃が伝わりゆきて指と指隙間なく組み溶けあう夏か


 ちなみに、このひとつ前におれが送った短歌が、


ビーチボール胸を押されて「あ」と言った。何か生まれる目には稲妻


 である。

 両方を合わせて読んでみると、「稲妻」に関連して、「電撃」から返歌がはじまるのがわかる。それはいい。問題はその後だ。

「指と指隙間なく組み溶けあう夏か」。後半部が妙に色っぽいのである。恋愛っぽいニュアンスを含んでいる。

 おれが作った短歌を恋愛要素として詠み込んだからだろうか。

 まぁ、和歌の分野ではたいてい男女のやりとりには恋愛が絡むし、恋愛の和歌など吐いて捨てるほど存在するわけなので、ある意味、お作法に乗っ取ったと言えなくもない。

 おれが気にしすぎているだけだろう。


 ――また、返歌を作らないといけないな。


 源が「恋愛」を短歌に匂わせてきたのなら、おれの短歌もそれに応じなければならない。そのほうがやりとりとして美しいからだ。

 おれ自身は恋愛の短歌をあまり詠まないが、たまにはいいだろう。おれなりの挑戦だ。


 ――そう、それだけだ。


 おれはまた短歌ノートを開き、思索をはじめたのだった。


離すのが惜しくもありて引かれればあおへかたむくそれでいいのか



 それから何度か源と自習室で一緒に過ごした。夏休みが徐々に進んでいく。

 帰り道にはコンビニに寄ってアイスなどをちょこちょこ買ってはその場で食べた。

 合間にはたわいもない話もした。好きな歌人もそうだが、それ以外のことも。

 源は人の話を聞き出すのがうまい。なるほど、これで交友関係を広げていくのか、勉強になるな、などと思っていると。


「榊原、海に行くのはどうだろう?」

「海? おれはプールだろうと海だろうと泳ぐのは苦手なんだが」

「じゃあ見るだけ。だって、このままじゃ、どこにも行かずに夏休みが終わってしまうだろ? 花火大会も盆踊りも乗り気じゃなかっただろ?」


 源がすねたような顔をするので、身に覚えのあるおれは視線を逸らした。

 地元の花火大会も盆踊りも暑い中に出かけなくちゃならないし、クラスメートに出くわすのもめんどくさかったのだ。


「行こうよ、榊原」


 今までになく、真剣にお願いされて、おれの心もぐらついた。


「……わかったよ。行く」

「よっしゃ、なら明後日な」

「急だなぁ!」

「でも、榊原、ひまだひまだと言ってたじゃない?」

「言った」


 おれは後頭部を少し掻いてから、仕方ないなと椅子に座り直す。


「で、もう行くところには目星がついているのか?」

「もちろん」


 源はあらかじめ計画を練っていたのだった。

 少し歩くが、電車で行ける海岸を探し出し、昼食の取るところも調べてあった。集合場所や電車に乗る時間もばっちりだ。おれは当日に集合場所へたどり着けさえすればいいらしい。


「源も、まめまめしいな。彼女にもそうするのか」


 すると、微妙な雰囲気が流れた。つーっと背中を伝う汗を感じる。


「言ってなかった? 俺に彼女なんていないよ」


 やがて源は静かに告げた。空気が弛緩する。

 

「そ、そうか」

「好きなひとならいるけど」

「そうかい……」


 そうかいってなに、と、おれへの第二波を放った源は腹を抱えて笑う。


「榊原は、どう?」

「どうって、なんだよ」

「好きなひとの話。俺も聞きたいんだけど。榊原の口から」


 おれの口が「あ」の形で開き、そのまま息継ぎを忘れたようになった。


「お、まえ」


 やっとのことでその言葉が出る。


「あんまり、からかうのはよせよな。いくら最近の短歌があれだからって……」

「あれって?」

「ほら……ちょっと恋、みたいになってるだろ」

「うん、そうだね……」


 源にもその自覚はあったらしい。

 源は目を瞑ると、例のいい声で暗唱してみせた。


「電撃が伝わりゆきて指と指隙間なく組み溶けあう夏か。そして――離すのが惜しくもありて引かれればあおへかたむくそれでいいのか。……俺はこれ読んで、榊原を海に連れて行こうと思った」

「海には、入らないぞ」

「でも俺が手を引いたら一緒に沈んでくれるかもしれないだろ」

「おっかねえこと言うな。心中はごめんだ」

「さすがに俺にもそのつもりはないけどさ」


 ははは、と源は爽やかに笑ってみせた。



 海に行く日になった。おれと源は地元の駅に集合した。

 電車を何度か乗り継いでいく。

 地元の県を出て、一度隣県の都会に出たものの、そのまままた南へ行く。次は現金しか取り扱わないような田舎のローカル線の電車に乗る。

 一両きりの電車。景色はやがて海の気配を漂わせるようになっていた。旅情を感じる。

 電車が海岸最寄りの駅についた。見事に何もない。いや、スマホの地図から予想していたけどな。

 それにしても、暑い。インドア派には堪えるな。運動部の源はけろりとしているが。


「榊原、塩タブレットあげようか」

「さすがに持ってきてるから大丈夫だ」


 おれは帽子をしっかりとかぶった。

 アスファルトの照り返しのきつさに辟易としながら、少し坂道をのぼったり下ったりしていると、やがて開けた場所に出た。

 地図アプリを見ていた源が「あそこだ」と指を指す。

 海岸には泳ぐ人の姿が見えた。


「なんだか、テンションがあがってくるな」


 汗をだらだらさせながらおれはつぶやいた。

 ほのかに潮の香りがする風が頬を撫でていく。


「俺はずっとテンション上がりっぱなしだけどなぁ。初めて榊原とお出かけしているわけだし」

「いや、それもわかるんだが、なんかまあ、さらに一段階上がった感じなんだよ。いいじゃねえか」

「まあね。榊原が喜ぶ顔を見られただけで十分だ」


 源の首筋にも汗が流れていた。つくづく、形のよい顎だと感心する。これにやられる女子もさぞ多いことだろう。


『好きなひとはいるけど』


 不意打ちのように源の発言を思い出し、妙にどきりとした。


「じゃ、行くか」

 

 おれはポカリをぐいと飲んでから、最後のひとふんばりと思って、道を下った。

 海、などと聞くと、白い砂浜や透き通った海水の様子がベターだし、旅行番組で流れていく風景も似たような様子だ。

 文学方面でも一ジャンルといってもいいほど、海についてはたくさんのことが語られてきた。

 だが実際は、海岸の砂つぶはごつごつしていて、いちいちスニーカーの中に入り込んでは歩行の邪魔をしてくるし、名も知れぬ藻のようなものや、ごみやら魚の死骸やらも落ちていた。

 とはいえ、遊んでいる親子連れや、波の音には癒された。砂浜に生えた松にも風情がある。

 来ないよりは来たほうがいいな、とは思った。

 おれと源はせっかくだからと海岸をそぞろ歩きし、テトラポットに腰かけて、遠くのほうを見た。近くでは兄弟とおぼしき子どもが遊んでいる。


「あ、できた」


 隣の源が急に言い出し、カバンからメモ帳を取り出した。ボールペンでさらさらと書くと、おれに見せてくる。


おそろいの子どもひとりが蹴りあげてつられてとがる水の自在さ


「お、いいんじゃね? 源の短歌の良さが出てる気がする」

「よかった」


 源は笑ってメモ帳を片付けた。また一緒に海を見る。

 おれもなにか詠みたいものだが、あいにくとネタが思いつかない。

 それに、暑いものは暑かった。

 おれと源は近くのカフェへ涼みに行くついでに昼食をとった。

 ハワイアンテイストの店で、名物のロコモコ丼とパンケーキのセットを食う。


「うまいな」

「だろ?」


 本人も初めて行くと言っていたくせに源の声には自慢げな響きがあった。


「榊原、口にクリームがついてる」

「うわ、まじか。恥ずかしいな」

「大丈夫、大丈夫」


 正面で腰を浮かせた源が流れるような仕草でおれの頬に手を伸ばし、クリームの汚れを取った。


 ――って。今なにが起こった?


 源がなにげなく人差し指についたクリームを舐めていた。


「源、おまえって……」


 言いかけたおれは、はあ、とため息をついた。

 そうだ、忘れてた。こいつは「クラスの王子さま」なんだった。無意識に人の好感度を爆上げしてこようとするやつなんだった。


「そういうことはあんまりよそでやるなよ。男女問わず、相手が本気になったら大変だぞ」

「わかってる」


 源は弾んだ声になった。


「榊原以外にはやらないと思う」

「……そうですかい」


 おれの妙な返事の仕方に、源はまたも爆笑したのだった。

 海岸から駅までの帰り道。幸いにも曇りになって日差しが緩んだ。そして、おれの体力も限界を迎えてきた。


「やべー。空気がむしむししてて、やべー」

「榊原、荷物持とうか?」

「さすがにそこまでは大丈夫……」

「でも熱中症になってからでは遅いだろ」

「そうだけどさ。あ、電車に乗り過ごすかも」


 おれと源は走り出した。が、源の体力におれがついていけるわけもなく。


「……間に合わなかったか」


 目当ての電車を逃してしまった。小さな駅舎で源に謝る。


「ごめんな、おれ、体力ないからさ」

「いいよ、別に。それよりも座って休憩しよう」


 源に促されるがまま、ベンチに座る。しっかり水分も摂った。


「いやー、疲れたわ。夏、満喫したわ。いい短歌作れるかもしれない」

「それはよかった。俺も楽しかったし」

「そうか」


 会話が途切れる。静かに電車の到着を待つ。


「あのさ、榊原」

「どうした?」


 おれが横を向くと、存外、真剣な顔の源がそこにいた。


「手、触ってもいい?」

「手? なんで? 互いに汗でべとべとだぞ?」

「なんでって……」


 源は珍しく言い淀む。しかし、振り切った様子で、


「俺がそうしたいから。……俺も疲れているし」


 別におれの手は栄養ドリンクではないんだが。

 おれは少し考え、いいぞ、と小さく言った。

 源の目が丸くなる。


「いいの!?」

「うるさい。さっさと手を出せ」


 おれは中途半端に出された源の手をがしりと握った。

 源は結ばれたふたりの手をガン見している。

 源はそろそろと自分の指を動かして、確かめるようにおれの手のひらをいじる。源の手は、おれの手より一回り大きく、節くれだっていた。

 結ばれた手と手の形が変わっていく。互いの汗が混じり合う。

 源は、自分にしっくりくる形を探るような手つきでおれに触れている。


 ――あ。震えてる。


 最初に震えた手はどちらのものか。ずっと繋がっているので、まったくわからない。


電撃が伝わりゆきて指と指隙間なく組み溶けあう夏か


 源が送ってきた短歌のことが思い出された。


「……源は、こんなことがしたかったのか」

「そう。……たぶん」

「ならこれで満足したのか」

「いや。どうなんだろう。……満足しているようで、まだ、足りていないのかもしれない」


 源の言うことをもう少し深く聞こうとしたが。

 そこへ、到着のアナウンスがかかる。

 魔法が解けたように、結ばれた手が離れた。


『まだ足りていないのかもしれない』。

 おれは、その先を聞けなかった。

 

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