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【BL】短歌で恋する男子たち  作者: 川上桃園
第1章 クラスの王子は短歌で口説く(朝陽×樹)
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第4話 いかずちは

 季節は春を通り過ぎ、夏を迎えた。

 終業式を間近に控え、もうすぐ夏休みである。

 休日のこの日、家で勉強していると、急に雨音が響いてきた。

 親が出かけているので、おれは家中の窓を閉めにいく。

 一階の階段を降りたところで、ばあちゃんに出くわした。


「一階の窓はもう閉めたで」

「わかった」


 かっ、と窓の外に閃光が走る。ついで大きくゴロゴロと空が鳴く。雨足はますます強くなった。


「こりゃ、あかんなあ。今年は雷が多いかもしれん」

「そうなんだ」

「カンやけどな」


 ばあちゃんは、顎に手を当ててうにゃうにゃと唸った後、こう詠んだ。


いかずちは耳目を奪い根を下ろし天地開闢為す者なり


 さすがばあちゃん。強そうな短歌を詠むな。さすがおれの短歌の師匠だ。

 しかし、ばあちゃんは口を尖らせて、一言。


「微妙な出来やな」

「いや、十分よくないか」

「ビミョーなもんはビミョーなもんや。修行が足りん。一応メモしておくけどな、それだけや」


 ばあちゃんはゆったりとした足取りで自分の部屋に戻っていく。

 おれからしたら、ばあちゃんみたいに壮大で力強い短歌を作るのは理想というか、憧れなのだが、本人はいたって謙虚なのである。あんな小柄なばあちゃんでも出てくるのはバイタリティの塊みたいな短歌なのだから不思議なものだ。

 おれも自分の部屋に戻ると、短歌ノートに手を伸ばした。ネタをちょこちょこメモしているが、まだ構想がまとまらない。


「源の短歌もまだ返歌できてないしなぁ」


 ひとりきりなのをいいことに、思い切り独り言を呟いてみる。

 春。おれと源は短歌のやりとりをきっかけに交流を深めた。

 最初こそはおれが正体を隠していたわけだが、源はすでに気付いていたし、正体を知っても短歌をやりとりしたいと希望した。

 かくして「詠み人知らず」という謎の歌人を装っていたおれは、素の「榊原樹」として源と対峙することになったわけだが。


『榊原と源って、いつのまに仲良くなったんだ?』


 何気なくクラスメートから聞かれるたび、短歌で仲良くなったのだと言い出せないおれは「なんとなく……」と曖昧に誤魔化し、短歌は人目の少ない場でこそこそと源に渡している。

 これはおれ自身が短歌好きということを外にアピールしていないからで、源にも言わないでくれ、とは頼んでいなかったのだが。


『んー。内緒かな』


 おれを横目にしつつ、柔らかく微笑みながら答えた源の反応は意外でもあった。

 互いに秘密を共有している。そんな感覚さえある。

 その割に源とおれの交流は、挨拶と短歌のやりとりばかりになっていて、今どきの男子のように外に出かけたり、スマホで連絡を取り合ったりするわけでもないのだが。


――夏休みになればしばらく会えないな……。


 一瞬のさびしさのようなものが胸をよぎった気がするが、それも仕方ないと思い直す。

 源は、交遊関係が広い。おれのような人間に構っていられるほど退屈していないだろう。よく知らないだけで、彼女だっているかもしれない。


 ――彼女、かあ。


 おれなどはド隠キャすぎて今までもこれからもなかなか縁がなさそうだが、源からしたらリアリティのある存在だ。源の過ごす夏はそれこそ青春のきらきらが詰まっていそうだ。

 はぁ、と勝手にため息が出てきた。

 源への短歌は一週間、できていない。



 何事もなく、終業式になった。

 夏休みの注意事項を担任から聞かされながらも、クラスメートたちはどこか浮ついた雰囲気があった。

 おれが今朝から聞くだけでも、花火大会、夏祭り、旅行や外出の話題が飛び交っている。


「飯田、おまえ、夏休みなにかする予定あるの?」

「配信見る。推しのライブへ行く」

「推しってだれだったっけ」


 飯田が「おれは何度も言ってる」と告げる視線を向けてきた。


「女性声優のやつだ。あとコミケ行きたい」

「暑そうだな。がんばれよ」

「ん」


 飯田はサムズアップをした。古臭い仕草だな。


「そういや、榊原はなにするのさ」

「聞くな。たいした予定は入れてない。盆に墓参りに行くぐらいだ。ま、学校の自習室に気分転換がてら行くぐらいだな」

「本当にたいしたことないじゃん。もっと出かけたらどうだ」

「万年インドア仲間に言われたくないな。いいだろ、別に」

「そりゃそうだ。われわれには自由意志があるのだ。大きく踏み込むべきではないのだ」


 飯田はおおげさなぐらいに肩をすくめた。おそらく今年の夏休み明けまで飯田と会うことはあるまい。せいぜい我が道をエンジョイしてくれ。熱中症に気をつけろ。


「榊原、ちょっといいか」


 絶妙なタイミングで源がおれに声をかけてきた。誘われるがままに廊下に出る。

 廊下にはどこもかしこもおしゃべりが弾む同級生たちがたむろっていた。その隅で、源はおれに紙切れを握らせてきた。


「後で読んで。用はそれだけ。じゃあまた」

「……おう」


 源の目は、こんな酷暑の日でもハイライトが入ったみたいに輝いている。目がつぶれそうなので、メガネの度を低くしようか迷うな。

 去っていく源へ手を振りかえすと、源も少しうれしそうにする。

 手元を見た。

 受け取った紙切れは、おれがいつもそうするみたいに結ばれている。

 開きたいような、そうでないような。

 ふわつく気持ちごとポケットに入れておいた。



 帰宅後そうそうに、カバンをベッドの上に放り、源からの短歌に目を通す。


終業のベルは高らかわれらには夏がある夏飛び出した夏


「うわぁ」


 青春です! 真っ盛りです、さあ遊ぼうぜ!という陽キャまっしぐら短歌であった。

 とりあえず勢いで夏を連呼し、勢いで突っ走っている。源が得意とする短距離走のように、スタートダッシュ逃げ切り型短歌じゃないか。

 おれは呆れ返った。ある意味、おれには作れない短歌である。


――で、これを送って源はどうしたかったんだ?


 うっすらとわかるようで、何をしたかったのか微妙にわからん。

 その時。スマホから着信音。メッセージアプリを開くと源からメッセージが来ていた。

 連絡先を交換したものの、ちっとも稼働していなかったのに、珍しい。


『読んでくれた?』

「読んだけど」


 おれは声に出したままに文字を打ち込む。

 すぐに返信が来た。


『夏休みにどこか行こうよ』

「でも源は忙しいんじゃないか。部活もあるし」

『俺にも休みはあるよ。榊原は次はいつ学校に行く? 自習室なら行くって、飯田に話していただろ?』


 源は、わざわざおれと飯田の会話まで聞いていたらしい。


 ――これじゃあ、本当におれと遊びたがっているみたいだ。


 そんなことがあるだろうか。ただ同じ趣味を持つだけの仲なのに。


「……一応、明後日行くつもりだけど」

『あ、その日は部活で俺も学校に行くよ。ならそのタイミングで話に行くよ』

「ま、俺は自習室にいるだけだから、適当に声かけてくれ」


 返されたのは大きく頷くウサギのスタンプだった。

 ……なるほど、最近の若者はこういうのを使うのか。スタンプ文化をよくわかっていないおれはそんな気持ちでスマホの画面を閉じた。

 ベッドに横たわり、昼寝しようと目を閉じる。ふと源からの短歌を思い出す。


終業のベルは高らかわれらには夏がある夏飛び出した夏


 急に納得がいった。


――源もおれに会いたいと思ってくれているんだな。


 ベルのようにどくどくと、心臓が高らかに音を立てていく心地がした。



ビーチボール胸を押されて「あ」と言った。何か生まれる目には稲妻




 朝早めに家を出て、学校の自習室に行く。自習室は夏でもしっかり冷房完備で涼しい。夏休みの課題をやるのにとても便利だ。おれと同じように自習室を利用している生徒もちらほら見受けられる。

 着席し、ひとまず自分の課題を広げた。

 窓ガラス越しには部活に勤しむ生徒の声がうっすらと聞こえてくる。あれは野球部だ。元気だな。


――今日、源も登校しているんだよな。


 話に来るよ、と言っていたので、源はここをのぞくはずだ。

 昼休みになった。残念なことに自習室は食事禁止なので、教室に行って食べる。


「あつ……」


 夏休み中の教室は冷房が入っていない。冷えた自習室で勉強していると忘れがちだが、今日も殺人的な暑さなのだった。

 コンビニで買ったサンドイッチを手早く放り込もうと大口を開けたところで、がらりと教室の扉が開く。


「榊原、おつかれー」


 Tシャツ姿で鞄を持った源だった。


「ああ、源か。おつかれ。部活の休憩中か」

「休憩というか、今日はもう終わり。暑さ指数が高すぎて、顧問が昼からの練習を中止したんだ」


 源はそう言いながらおれの座っている席の前に座り、机ごと位置を変えた。正面に源の顔が来る。かなり汗をかいているようだ。こうしている間にもじわりとこめかみのあたりを汗が伝っていき、タオルで拭いている。

 制汗剤と思わしき柑橘系の香りが漂ってきた。


「そうなのか。じゃあ、これから帰るのか」

「いや、お昼食べてから勉強するよ」


 源は大きめの弁当箱を鞄から出し、がつがつと食べ始めた。気持ちいいぐらいの食いっぷりである。追加でごくごくと水筒をあおる。さすが運動部だ。隣にいるだけで生のエネルギーをびしばしと感じた。


「榊原、自習室って混んでる?」

「いや、まったく余裕だな」

「じゃあ、榊原の隣に座るわ」

「……そうかよ」


 おれはもう一度、食いかけのサンドイッチをもぐもぐ食べた。おにぎりも頬張る。水も飲む。

 正面から源の視線を感じた。視線がぶつかると、一層、源の黒目が大きくなった気がした。


「どうかしたか? おれの顔に何かついてる?」

「え、俺、見つめてた?」

「ああ、ガン見してた」

「そっかあ。……そうなのかあ」

「なんだよ、その妙な返事は」


 まあまあ、と源はおれの追及をいなし、そうだ、と思いついたように手のひらを差し出してきた。


「その手はなに?」

「榊原が俺に渡したいものがあるんじゃないかと思って待ち構えてる」

「そうかよ」


 おれはため息をつきながら、自分の鞄をごそごそと探り、源の手の上に落としてやった。


「やった」


 うれしそうに源はおれが結んで作った手紙を開く。


「ビーチボール胸を押されて「あ」と言った。何か生まれる目には稲妻……。やわらかい感じの短歌だな」


 源はそれもまた丁寧に皺を伸ばして、透明ファイルに挟んだ。あとで書き写すつもりらしい。源は、互いの短歌のやりとりを逐一、記録にとって保存するのが好きなのだ。そこはスマホよりも紙派らしい。


「普段はカタカナ語をあまり入れないからな。それなりに挑戦してみた」

「へえ。でもこれってなんだか」


 源は言葉を切ると、「何か生まれるのかな。どんなものが生まれるかな」とひとりごとのように呟く。


「榊原はどんな気持ちでこの短歌をつくったの」

「どんな気持ちで……? いや、普通だけど。おまえが夏を押し付けてくるから、夏をビーチボールみたいだと思って。あと、ばあちゃんが雷の話をしていたからなあ」


 思い出しながらつらつらと話していると、源は少し小首をかしげながら聞いている。おれが見ていると気づくと、うれしそうな顔になる。


「なら、次は俺が返す番だ。ちゃんと考えるから待っててよ」

「超特急で作らなくていいからな。それを返さなくちゃいけないおれが息切れする」

「はいはい」


 おれと源は昼食を終えると連れ立って自習室に向かう。席にはかなり余裕があったので、源の希望通り隣合って座る。とはいえ、曇った透明色の仕切り板があるため、隣の気配は感じるものの、個人のプライバシーは守られている。

 最初は隣に源が落ち着かなかったおれも、徐々に勉強へ集中できるようになっていた。

 勉強をはじめて一時間経ったタイミングで背伸びして、トイレに行く。

 隣の源はすっかり勉強に没頭しているようで、真剣な横顔が見えた。

 源がおれよりも成績が良いのがわかる光景だ。

 日がかなり傾き、自習室の解放時間も終わるころになった。昼間の暑さもさすがに少し和らぐタイミングで、家に帰ろうと立ち上がる。


「帰るか」

「そうだね」


 二人連れ立って玄関へ行く。下駄箱から靴を取り出していると、「自習室はよく勉強できるね」と源が話しかけてきた。


「だな。おれはよく利用してる」

「次はいつ登校してくる? また一緒に勉強しよう」

「まあ、いいけど。登校するときは連絡する」

「わかった。ところで……この夏さ、せっかくだし、どこか出かけない?」

「え……」


 なぜか、おれは驚いてしまった。


「いや、おまえも忙しいだろ。ほかの遊びの予定もあるだろうし」

「ないわけじゃないけど。いいじゃん、榊原と遊ぶ予定があったって」

「言っておくが、おれは、遊び先でおまえの友達と仲良くやるのは難しいからな。おまえの友達でも、おれと相性がいいとは限らないし」

「そんなこと、考えてないよ」


 源の言葉には重々しさがあった。


「榊原と遊ぶときは、榊原とだけ。そう、決めてる」

「ならいいけどさ」


 自分の声が変に浮ついた。なんなんだろう、これは。

 駅に行く源とは途中で別れる。じゃ、と手を振り上げかけた源は、急にごそごそと鞄を探った。

 おまえ、まさか。


「もう返歌ができたのかよ……! あいかわらずはえーのな」

「まあね。ほら、受け取って」


 源がおれの手に折りたたんだ紙を握らせた。その際に、汗ばんだ手と手が少し触れ合う。源は何を思ったのか、そのままおれの手の甲を親指でなぞった。


「み、源?」

「俺さ、榊原に触ってもいやじゃないんだよ。どうしてだろうね?」

「さ、さあ……」


 源はおれの手をぱっと離すと、さっさと帰っていく。

 何がしたかったんだ。

 おれは戸惑いを感じつつも自転車にまたがった。

 火照った頬に風が当たって気持ちよかった。


電撃が伝わりゆく指と指隙間なく組み溶けあう夏か


 家でこの短歌を読まされたおれは、度肝を抜かれることになる。

 

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