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【BL】短歌で恋する男子たち  作者: 川上桃園
第3章 三十一文字《みそひともじ》の告白練習(勇×悠馬)
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第3話 自転車を並べてとめたコンビニでアイスを食って帰る残暑

 翌日の放課後。おれは先に校門近くで待っていた勇と合流した。


「おーい、おつかれ、勇」

「おつかれ」


 勇は開いていた文庫本を片付け、おれの自転車とハンドルを並べた。

 自転車にまたがりながら、そうだ、と声をあげる。


「昨日の短歌、おれも改めてしっかり読んでみたぞ」

「……そうか」


 勇の自転車が、一瞬、速度を緩める。

 おれはスマホを取り出しかけ、ここなら人目もあるか、と思い直す。

 そこで通学路途中にある公園まで勇を連れてきた。夕方の小さな公園は人気もなく、ゆっくり話せそうだ。

 入口に自転車をとめ、勇とベンチに座る。今度こそスマホを取り出した。


「ちょっと待て。スマホにメモったから読むな?」


 勇はちいさく頷いた。これから合格発表を迎える受験生みたいな顔をして、ズボンの膝をつかむ手を突っ張らせている。


――そりゃ、そうか。告白の言葉だもんな。


 おれもアドバイザーとしてしっかりやろうと気持ちを奮い立たせた。

 勇がつくった短歌は、


重いのを知りつつほしくなるバット 大胆に振り抜き届かせよ


 だった。だから――。


「えーと、まず「重いのを知りつつほしくなるバット」な。重いってのは、気持ちのことかと思った。でも「ほしくなる」って言ってるのが、なんか良いな。告白する短歌として読むなら、要はためらいながらも、得たいものがあるってわけだ。いいとおもう」

「うん……うん……」


 勇はおれの言葉にひとつひとつ相槌を打っていた。おれは勇の様子を観察しながら言葉を継ぐ。


「で、だ。続きな? 「大胆に振り抜き届かせよ」は、「大胆に」というのがよかった。気持ちがこもってる気がする。振り抜きってことは、ほしかったバッドを手に入れて、一所懸命に振り抜いたってことだよな。で、ここで「届かせよ」とするのは、恋心を暗に球に例えているわけだ。……どうだ、合ってるか?」

「うん、合ってる」


 おれの隣で、勇は小さく笑った。少しだけ安堵したようで、おれもうれしくなった。


「よし。で、全体をみると、野球のモチーフを使っているところが、勇らしくていいと思った!」


 おれは、短歌の感想を総括した。


「前にも短歌を褒めてくれた相手なら、これを読んだら気持ちも届くんじゃないか? 現に、おれにもわかったぐらいだし」


 これを聞いた勇はおれに硬い眼差しを向けてくる。


「……五十嵐も、そうおもうか?」


 おれは勇を勇気づけるように明るい声で言った。


「おぉ! これでいいんじゃね? 勇の告白もばっちり決まるよ! ……どうした、微妙な顔をして」


 途端、勇がおおげさなぐらいに脱力した。勇はぼそぼそと言う。


「……やっぱり、まだ届いていない気がするよ」

「ん? そうか。まだこの短歌だと言い足りないことがあるのか?」

「まぁ、な……。伝わっていないからな」


 勇が小さくため息をつく。


――この短歌、いいと思うんだけどなあ。


 それでも勇からしたらまだ足りないのだろう。


「そうか? 勇もストイックだよなぁ」

「五十嵐。……もう一回、練習したい、告白の」


 勇はしばらく黙っていたが、思い切ったようにおれにまたお願いをしてきた。


「え……? あ、わかった。いいよ。それで自信がつくなら」


 おれが頷けば、勇は「ありがとう」と礼を言い、


「五十嵐は、その、短歌で気持ちを伝えられるのはどうおもう?」


 おれへ意見を求めてきた。

 たしかに、初めてみた時には驚きもあったが。


「え? 勇らしくていいだろ。普通の手紙よりも凝ってる気がするし! ドン引きするようなやつは、勇の気持ちを受け取る資格ないって」


 人の真剣な気持ちなのだ。だれにも笑う資格なんてない。


「五十嵐なら……もらってうれしいか?」


 勇は重ねて聞いてくる。体ごとおれに向け、力のこもった視線を浴びせてきた。

 不覚にも、その仕草にまたどきりとするも、おれは平静を装った。


「相手の精一杯の気持ちがこもっているならうれしいんじゃないかな。……それにしても勇にそこまで想われるやつも幸せだよな! おまえ、いい男だし!」


 勇の背を叩くと、大げさなぐらいに震えた。


「……そうかな」

「そうだよ! 自信もてって! おれは勇の短歌、めちゃくちゃいいと思ってる! また練習付き合ってやるからさ、がんばろうぜ!」

「……おう」


 勇はおれを見ながら小さく口角をあげたのだった。




 週明け。今度は勇から連絡があった。

 放課後まで待ちきれないのか、昼休みにわざわざおれの教室までやってきた勇は、廊下の片隅までおれを連れてきた。

 特別教室が多い廊下で、昼休みでも人が少ない。冷たい柱に背を預けて立った。

 勇は小声でおれに紙切れを渡してきた。


「五十嵐。実は、また手紙を書いた。読んでくれるか?」

「例の短歌か? いいぞ。どれどれ……」


 折られていた紙を開いてみれば、適当に出てこようとしていた言葉が喉元で消えた。


自転車を並べてとめたコンビニでアイスを食って帰る残暑


「……どうだ?」


 勇の声で、我に返った。


「あぁ、うん。またしっかり読み込んでくるからさ、ちょっと待っててよ」


 そう告げている自分の声が、まるで自分のものではないみたいだ。

 からからに喉が渇く。

 冷たいアイス。ガリガリ君、ソーダ味。

 ついこの間、勇と食って帰ったのを思い出す。勇はその時、好きな子がいると告白してきたのだ。


「おう、また聞かせてくれ」


 勇はうつむきがちのまま、ひとつ頷く。

 いまだに恥ずかしそうなのは、友人のおれに告白文を見られているから、のはずだ。

 おれはなにかをごまかすように笑みを浮かべていた。


「そうだ、勇……おまえって、おれ以外ともこうやってアイス食べていたんだな」

「それは……どういうことだ?」


 勇の、不思議そうな顔。おれは、これ以上の反応を見るのが怖くなった。


「いや、気のせいだ、気のせい。変なこと言ってごめんな?」


 そこからは普段通りに話して、別れた。

 ポケットに入った紙切れは、前のものよりかすかに重みを増していた気がした。





 おれは短歌の感想を張り切ってつくった。

 さっそく帰り道が一緒になった際、前回と同じ公園に勇を連れてきた。同じベンチに並んで座る。


「よし、勇。また短歌の感想をスマホにメモってきたぞ」

「おぉ」


 勇から素朴な相槌をもらい、おれはスマホのメモアプリを立ち上げる。


「まず、今回の短歌は、自転車を並べてとめたコンビニでアイスを食って帰る残暑……だったが。これは日常感がよかった」

「うん」

「最初の短歌はまっすぐスポーン、とつらぬく感じだったが、こっちの短歌では、好きな人の存在感が色濃くなってる。つまり、相手がうけとった時、送り手と過ごした出来事が思い起こされるわけだな」

「うん……そうか」


 そこでおれはうっかりにも口を滑らせてしまった。


「かくいう、おれも最初はちょっと、ドキッとしたわけだが……うん、こういう路線も悪くないとおもう。相手は、自分のことをこれだけ大事に思ってくれてるんだ……!と感激するだろう」

「五十嵐も……ドキッとしたのか?」


 勇からの低い問いかけに、おれはバツの悪い思いをした。早口になる。


「そりゃそうだよ。だってさ、おれだって、勇とコンビニアイス食ってるもん。ま、冷静に考えたら、別の子に送る短歌なんだけどな! 意中じゃないはずのおれも動揺したぐらいだ、これも自信を持っていいぞ! あとは勇気をもって、相手に対峙するだけだな!」


 ベンチは隣同士で座っているので、おれはたいして勇のほうを見ていなかったが、勇からの視線は感じている。

 それが、ふと和らいだ。


「相手に対峙する、か……。それができたら、どんなにかいいんだろうな。俺は、いまだに――怯えてる」


 消えそうになっている語尾。本当に、言葉通りに勇は怯えているのがわかった。


「んー? 勇はどうしておびえるんだよ。ま、そりゃあ告白って怖いものだと思うけどさ、振られたって、おれも慰めてやれるし、それで人生終わるわけないじゃん」

「……相手は、友情だと、おもってる。俺が、俺だけがずっと……」


 絞り出すような声。よほど強い気持ちを相手に持っているのだろうと感じられた。


――勇はいいやつだからな……。報われるといいな。


 おれは暗くなってきた空を仰ぐ。まだ星は見えない。


「あ〜、そっか。うーん、それは、つらいかぁ。なんかさ、おれまで苦しくなってくるな、これ」


 勇は中学からの付き合いなのだ。だから同情や共感もする。

 勇の恋は勇にとって苦しいものだったのだ。耐えかねて、どうにもならなくて告白する。そのように思えた。

 本人にとって不毛な恋なのかもしれない。だが、告白は言ってみなければわからないこともあるはずだ。

 おれは勇を元気づけてやりたかった。


「おれ、話だけならいくらでも聞くからさ。遠慮なく頼れよ、な?」

「……五十嵐。まだ付き合ってくれるか……練習」

「告白の練習な、いいぞ」


 おれは力強く頷いた。おれを見つめる勇の眼にも力が入る。


「これで、最後に、する。……ちゃんと、告白する」

「そっか。がんばれよ」


 おれが励ませば、ぎこちなく勇が笑んだ。――おれに向かって。


「あぁ、待ってろ」

「っ…!」


 おれはなぜか勇の顔に、息を呑んだ。


――いや、なんで俺が動揺するんだよ。別におれが告白されるわけじゃないんだからな。


 気づけば、そう自分に言い聞かせているのだった。

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