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【BL】短歌で恋する男子たち  作者: 川上桃園
第2章 純粋わんこは恋を詠《うた》う(海斗×環)
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第6話 「好き」

 文化祭からつづく熱はまだ冷めていなかった。

 僕は自分から広野に話しかけるチャンスをうかがった。

 いざ告白しようと決めたら緊張がとまらなかった。

 朝礼前、休み時間、昼休み、放課後が瞬く間に過ぎていく。

 今日の広野は頭を伏せ、むずかしい顔でノートににらんでいる場面が多かった。なにか考えがまとまらず、煮詰まっているように見えた。

 放課後になっても、同じ姿勢でいる広野に、僕はようやく話しかける勇気を持てた。


「広野、どうかしたか?」


 教室にはすでに人影はない。

 衣替えが終わり、僕と広野は学ラン姿になっていた。

 夕陽は以前よりも早く落ちていき、カーテンが開いた教室内には僕たちの長い影が落ちていた。

 徐々に秋が深まっていく予感があった。


「福永、か」


 広野は諦めたようにペンを置き、椅子に背中を預けて息を吐いた。

 僕は広野の隣の席に横向きに座り、広野へ向いた。


「今日、広野に話しかけようとしていたんだけど、なにかに熱中していたようだね。なにしていたの?」


 広野は視線をさまよわせ、小さく、


「短歌を、つくろうとしていた」

「短歌を?」


 僕の語尾が跳ねあがる。予想もしていなかった答えだ。

 広野の手元のノートにはきっと彼の短歌が書きつけているにちがいない。

 気になったが、そこは我慢する。盗み見をするわけにはいかない。

 広野はそっと両腕を交差させて、ノートの文字を隠した。

 沈黙した後に、尋ねてきたのは「笑うか?」のひとことだった。

 

「まさか!」


 僕は即答した。


「だって、広野が自分からやりたかったんだろ。先に短歌をはじめていた僕からしたら、めちゃくちゃうれしいよ」

「だが、へたなんだ」


 広野は大きな体を身じろぎさせた。視線はやや下を向いている。


「へただろうが、なんだよ。すごいことじゃないか! だって……広野にも短歌で伝えたいことができたってことだろ。それは祝福されるべきことだ」

「そうか」


 広野の眉間に入った力が少しゆるんだ気がした。


「あのさ、広野が僕の短歌を好きだと言ってくれたようにさ、僕も、広野を応援しているからさ」

「応援してくれるのか」

「当たり前だよ! だって、広野はさ、僕にとって大事、だし……」


 かあっと顔が熱くなってくる。

 勢いでうっかり言ってしまいそうになり、言葉尻が弱くなる。


――嘘ではないけどさ。


 だからこそ、気持ちが大きすぎて持て余してしまっている。


「福永。こっちを見てくれないか」


 唐突に名前を呼ばれ、頬に手が添えられた。

 導かれるがままに、中腰になり、視線が動く。

 僕よりも大きく、厚い手が導いた視線の先にあったものは。

 広野が書いていたノート、だ。

 何度も書いては消した後。ぐちゃぐちゃになって読めなくなった文字の中に、大きく丸をつけられた文字列があった。

 それは横書きで、


好きなんだ 君の短歌と君自身 一緒にいたい 言ってくれるか?


 と、あった。

 僕は言葉を失った。

 広野がノートを見下ろしながら、小さく言った。


「好きなんだ 君の短歌と君自身 一緒にいたい 言ってくれるか? ……福永、これはどうだろう」


 広野から僕の返事を待つ気配があった。


「これ、は、広野からもらったら、みんなうれしいっておもうよ」


 どういう回答が「正解」なのかもわからずにそれだけいうが。


「福永は? 俺は、福永の返事が、聞きたい」


 ひとことひとことを区切るように広野は言った。

 眼差しが強い。

 僕はおそるおそる尋ねた。


「これってさ……本気、で言ってる?」

「言ってる。伝えたくて短歌にした」


 だが、と広野は視線を伏せる。


「がんばってみたんだが、福永みたいにきれいな言葉にならなかった。――どうにもならないぐらいに、へたで。直せなかった。それを福永に見られているのは、正直、恥ずかしさもある。ただ」


 広野はもそもそと言い、上目遣いになる。


「俺は福永の短歌だけじゃなくて……福永自身のことも好きになってしまった。ファン失格、だ」


 でも、と広野は僕の手首を掴み、「好きだから」と繰り返した。


「福永、俺と付き合ってくれないか」


 まっすぐに放たれた言葉に、僕の心はぐらぐらと揺れる。

 こんなことがあるのだろうか。

 広野が自分と同じ気持ちを抱いていたなんて。


「福永。……返事を聞かせてくれ」


 広野にも確信は持てていないのだろう。声に震えが混じっていた。

 クラスの中でも群れない彼の、こんな姿を見られるのは、自分だけ。ほのぐらい優越感に心が打ち震えた。


――広野。

 

 僕はポケットから四つ折りの紙を取り出した。


「今日話しかけたのは、これを渡そうと思っていたんだよ。短歌で手紙を書いてみたんだ」

「読んでいいのか」

「うん。広野のために書いたから」


 広野は指先で丁寧に紙を広げた。

 そこにあったのも、短歌だ。


「二文字をかたどるための星砂は壜をあふれてあかるくなる「好き」……」


 広野がはっとした表情になる。

 僕たちのどちらもが、あの時一緒に眺めた星砂を頭に思い浮かべていたに違いない。

 僕は静かに付け加えた。


「僕はこれを渡して、告白するつもりだったんだよ――広野」


 一拍置いて、僕も告げた。


「僕も、広野のことが好きなんだ。広野のことを考えて、たくさん短歌を作ってしまうぐらいには。付き合いたいと思っている……友人でなくて、恋人として」


 広野が大きく息を呑み、吐いた。肩が大きく下がり、フッと笑った。


「なんだ、同じことを考えていたのか」

「みたいだね。そんなことあるかって感じだけど」

「福永は、俺でいいのか」

「広野だからいいんだよ。他のだれかなら、付き合わないし……広野こそ、どうなんだ」

「俺も同じだ」

「その言い方は簡単すぎてずるいなぁ」


 そう言えば、広野の手は僕の頭に置かれ、わしゃわしゃと犬の子にするようにかき乱された。

 信頼と愛情のこもった仕草だった。

 

「ちょっ……なんだ、いきなり」

「こんなことは、他のヤツにはしない」


 手を離した広野の目がなごんでいた。


「恋人、というのも良い距離感だな。福永の一番近くにいられる」

「……そう」


 僕は短歌が書かれたノートを一瞥して、告げた。


「また、短歌をつくるよ。そうしたらまた読んでくれ」

「わかった。福永は……短歌をつくる時、俺のことを思い浮かべているのか」

「う……」

「さっき、告白の中でそんなようなことを言っていたから。合っているか」

「あ、合ってる、よ……!」


 広野の口元が緩んでいた。頬杖をつき、甘い目で僕を見つめてくる。


「なら、よりいっそう、楽しみができた」

「た、たまには広野も短歌を返してこいよ。僕だけ恥ずかしいのは、なんかいやだ」


 広野は神妙に頷いた。


「そうだな。福永だけはずかしいのは、よくないな」


 大真面目にされるのも、それはそれで恥ずかしさがある。


――それでも、悪くない。


 日常が甘やかに変化していく。

 そんな予感があった。


 





僕と広野が付き合いはじめてまもなく。

 広野は文芸部に入部した。

 どうにも僕が短歌をつくっているのを読むうちに触発されたそうだ。だが、ジャンルは固定せず、ゆるやかに活動していきたいらしい。

 季節外れの新しい部員を、文芸部一同大歓迎していた。僕としても男女比の偏りが甚だしい中、広野にいてもらえるのはありがたい話だ。

 僕と広野は、クラス内で付き合っているのを公言していない。特にする必要があるとも思えなかったし、勝手に色眼鏡でみてくる人の相手をするのも面倒だ。

 だからいつも少し隠れるように会って、恋人としてのコミュニケーションをとる。

 とはいえ、それはだれもいない教室での短歌のやりとりだったりするけれども。

 僕たちは短歌を交わして伝え合う。そういう関係なのだ。

 季節は冬になっていた。席替えをしたので、今では僕のほうが広野の前に座っている。

 ちょうど真後ろに広野が座るのだ。

 放課後で、文芸部の活動がない時。

 僕と広野は短歌を詠む。

 暖房が切られたので、教室は少し肌寒かった。互いに上着を羽織り、相聞歌をつくっている。


「短歌だから必ずしも季節を入れる必要はないけどさ、冬の短歌だとわかる言葉は入れたくなるなぁ」

「雪、とかか?」

「そうそう。あ、そろそろ新しい部誌の締切もあるし」

「そうだな」


 僕たちは顔を突き合わせて、黙々と短歌を練る。

 そうしてできた相聞歌が――。


手同士 すりあわせては熱こもる ひとつのポッケに入る幸せ


握手ではなくつなぎたいおまえの手 あたたかくて 歩いていく道


 1首目が僕で、2首目が広野の短歌だ。


――うん、気持ちはわかるが。


「どちらもぼつだな」


 理由は「直球で、あからさますぎること」。

 あんまり気持ちを全面に出しすぎるのもよくなかったな。


「……そうだな。もう少し推敲しよう」


 広野もこの結果をすんなりと受け入れたようだった。

 そこでキリがよかったので、僕と広野は帰ることにした。

 僕と広野は、帰る方向がちがう。

 ほんの少しの距離だけが、一緒に歩く時間なのだ。

 外は、むきだしの手だと少々つらかった。


「手、つなぐか」


 広野はそういって、僕の手を自分の手ごとポケットに突っ込む。コートのポケットの中では、熱のこもった手と手がひそやかな逢瀬を楽しんでいた。

 僕は白い息を吐く。息にも熱が溜まっていくみたいだった。


「さっき作った短歌みたいなことをしているな」


 ひとりごちると、聞いた広野が「そうだな」と肯定した。


「読んだらやってみたくなった。案外、いいな」

「そう」

「福永は?」


 僕は返事の代わりに、ポケットの中の戯れをさらに加速させた。指と指がすきまなく絡むように。

 広野は少し驚いたようだが、負けじと応戦しはじめた。

 ふたりして、馬鹿みたいに浮ついているのだ。

 ちらちらと街中にも雪が散りはじめ、街灯の光が温かく道を照らしていたのだった。




片時をゆるしあう手と手の逢瀬 冬の海では沸きたちのぼせ


ひそやかに繋いだ君の熱い指に合う円環をはめてやりたい

次話からは第3章 三十一文字の告白練習(勇×悠馬)です

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