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プロローグ


 夜の街は疲れた人々を飲み込み、真冬の冷たい風を送りつけてくる。時計の針は日付を変える頃、私はようやく保育園からの残業を終えて、駅までの道をとぼとぼと歩いていた。


「はぁ……今日も残業三時間超えかぁ」


 自嘲気味に笑ってしまう。保育士の仕事自体は大好きだけど、人手不足や行事の準備で毎日が修羅場だった。膝に鉛が詰まっているように重く、肩こりも最高潮。だけど子どもたちの無邪気な笑顔を思い出すと、不思議と「もう少し頑張ろう」と思えるのだ。


 私、羽鳥はとり こころ、二十四歳。子どもが好きで保育の道を選んだ。今の職場は確かにブラックかもしれない。でも子どもたちが「せんせい、だいすき!」と抱きしめてきてくれる瞬間が、何ものにも代えがたい宝物だった。


 帰り道、小腹が空いてコンビニに寄ろうかと考えていたら、遠くでかすかな泣き声が聞こえた。あれは……子どもの声? こんな夜中に?


 忙しいからと見過ごすのはどうにも落ち着かない。私は足早に声のほうへ向かった。すると暗い交差点の先、まだ幼い男の子がうずくまっているのが見えた。自転車が倒れていて、どうやら転んでしまったらしい。


「大丈夫?」


 近付いて声をかけると、男の子はすりむいた膝を押さえながら小さくすすり泣いていた。幸い大きなケガではなさそうだ。ポケットティッシュと絆創膏を取り出しながら、私は子どもの目線に合わせてしゃがみ込む。


「痛かったね。これ貼ろうか」


 そう言ってあげると、男の子ははにかみながら小さくうなずいた。その一瞬、辛かった今日一日が嘘のように胸が温かくなる。やっぱり私は子どもが好きだ。私にできることは少ししかないけれど、それでも誰かの力になれるなら——。


 それが、次の瞬間、突然車のクラクションが鳴り響いた。勢いよく曲がってきたトラックが、この子のすぐそばまで迫っていた。


「危ない——!」


 咄嗟に手を伸ばし、男の子をかばうように抱き寄せる。頬をかすめる冷たい風、そして強烈な衝撃が背中に走った。視界が一瞬で真っ白になり、意識が遠のいていく。


 私、死んじゃうの……? 彼は無事なのかな……? 頭の片隅でそんな思いが回る。まだ誰かの笑顔を守りたかったのに。


 身体は限界だったけれど、最後にふと浮かんだのは、保育園の子どもたちの笑顔と、目の前の男の子の小さな手のぬくもり。そう、子どもたちが幸せに育つ世界……もしそんな場所があるのなら、今度はもっとちゃんと守ってあげたい。


 深い暗闇の中へ落ちていく瞬間、私は微かに光のようなものを感じた——それはまるで“呼び声”のように、私を誘う光だった。

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