アデラ、デヴュタントボールへ。
婚約からもうすぐ6年。
今宵デヴュタント。
すっかり私の令嬢擬態も板に付き、誰もが私を普通だと認識していると思うと万感の思いです。
控えめな私に誂えたシンプルなシルエットの白いドレス。
胸元のオーガンジーの花飾りが華やかです。
朝から準備に大わらわでした。私ではなく侍女が。
お兄様のエスコートで馬車を降り立つとヒヤリとした風が肩を撫でます。
エントランスを抜け、一室で歓談の後、会場に向かいました。
再びお兄様のエスコートで会場に足を踏み入れたとたん、ブワリと音がしたかと思いました。
熱気。音。視線。
暗いようで煌々とともされたシャンデリア。
緩やかに奏でられている楽団と人々の話し声。
白いドレスを着た私たちへの遠慮無い注目。
この熱気。圧。これが大人の仲間入りなのですね。
気がつけば主催のお言葉も照らし出されたボール中心でのダンスも終わっておりました。
挨拶を終え、ドリンク片手に一息ついていたところへノイワット様とネルローディアス様と女性が来てくださいました。
女性はネルローディアス様の婚約者ミーシャ様でした。近々ご結婚の運びです。
「アル!てっきり伯爵がエスコートするのかと思っていたぞ。」
「ネルロ、父上は、、、、贅沢病だ。」
アルベルト兄様は、チラリとノイワット様へ視線を投げた。
「まぁ、お父様はご病気でいらしたの?会場入りされていましたけど大丈夫?」
「・・・・」
私は少し会場を見回す。
他のご家族が目に入り、それぞれ歓談されている様子でした。
また、ちらほらと白いドレスがボールをふわりふわりと舞っていたので少し開放的な印象でした。
「いや、まぁ。アディーはそろそろ婚約者殿と踊っておいで。」
そのタイミングでネルローディアス様はノイワット様を小突かれました。
「レディ、お手をどうぞ。。。。ではなく、私にあなたとダンスする栄誉をお与えください。」
言い間違いで、ミーシャ様に小突かれていましたね。
仲良しさんですね。
不快ではありませんが、モヤっとした掴めない気持ちです。
「喜んで。」
そっと手を添えた。うまく微笑むことができたかしら。
クルクルとボールを駆け抜けるようにノイワット様と2曲ダンスしたところで休憩しました。
ノイワット様は研究関連で呼び止められたので少し場を離れました。
テラスの風が冷たく頬を撫でて気持ちよいです。
ちょっとした達成感もあってぼぅっと庭を眺めていたら、
後ろから女性が複数人テラスへ入ってまいりました。
「アデラ・ウィンシットガルバーニー、あなたがノイワット様と婚約しているのはどういう訳かしら?」
「? どう、とは。」
突進してきたのはシュテム伯爵家のマリージョア様ですね。同じ白いドレスです。名乗られませんでしたね。
その後ろの一人にミュラー公爵家のシュスラン様は、数年前なので、どなたかのシャペロンだったのかしら。
このボールに王女はいなかったのにな?
「ノイワット様は、庶民を救い、新機構の開発もされ、諸外国との架け橋ともなる方。
新興貴族のウィンシットガルバーニーごときが相手になるわけないじゃない!
そんなことも頭にのぼらないのかしら。あぁ、だから厚顔無恥にもその立場でいられるのね。」
「およしなさい、そんなにわめいてはあなたの価値が下がるわ。
あなたも、ごめんなさいね。今日あなたとノイ様をボールで見かけて驚いておりますの。
3曲踊られたらどうしようかと思いましたのよ。これからは1曲で遠慮された方がよろしくてよ。」
こちらを向いて謝罪があったが、やはり名乗られない。むしろ名乗られたら座ったままだと怒られそうですね。
「なぜ婚約者と2曲踊ってはならないのでしょうか?」
「あら。まさかまだ婚約者でいらっしゃると思わなくて、、、ご不快になったかしら。ごめんなさいね。」
「シュスラン様、ノイワット様はお優しいので、そこの新興貴族の行く末を案じていらっしゃるのですわ。
ウィンシットガルバーニー令嬢!あなた、ふさわしい嫁ぎ先が決まるまでと厚かましい振る舞いですわね。」
「そうだったのですね。」
「!」
私は『そうだったのか』と思ったのでそう答えたのですが、なんとも堪えない私の反応からか、マリージョア様は言葉を失った様子。
「では、これも何かの縁ですし、僭越ながらミュラー公爵家が全面的バックアップのもとふさわしいお相手をお選びいたしますわ!」
シュスラン様、喜色満面で言われましたね。そしてさらっと家名を言われましたね。
「いえ、お手を煩わせるようなことはしたくありません。ただ、参考までに、、、」
どんな方がふさわしいのかしら?興味津々です。
「あ、あなた、さっきから座ったままで!!!失礼だとは思わないの????」
突然、我慢しきれなかったようなマリージョア様がぶるぶるしている。大丈夫かな。
そしてやはり怒られたわ。
「? やはり参考までに聞くなんてご迷惑でしわね。お忘れください。」
参考までにどんな方がふさわしいのかは諦めることにしよう。
「違うわよ!シュスラン様に対して何て態度なの!?」
「まぁ、ミュラー公爵家ご令嬢であらせられましたか。ウィンシットガルバーニー伯爵家長女アデラですわ。以後お見知りおきを。」
おもむろに立ち上がってカテーシを取る。
「あら?私ったら、名乗っておりませんでしたのね。皆様既知のご様子でしたから失念しておりましたわぁ。ごめんなさいね。」
よく謝る方ですね。そして面を上げ良いといわれるまで上げないので良いのよね?まぁ疲れるけど、目を合わせなくて良いのはいいわね。
「それに知らなかったら仕方がないわ。マリー許してあげてさしあげて。
それにアデラ様は新しいお相手についてご興味があるご様子。
張り切ってふさわしい方をご推薦いたしますので、期待してくださいませね。」
ミュラー令嬢はにんまりした蛇のような笑顔だった。