第91話 それぞれの思惑
時刻は午後十時頃。
アパートの一室にはスマホを操作するタップ音だけが小さく響いていた。
「……ふぅ、とりあえず最初の分は終わったか」
SNSのDMにて送られて来た大量の『大規模コラボ参加申請』。
その中から実際に参加するメンバー選出の手伝いをしてくれていた『俺』は、肩のコリを解すように腕を回し、疲労の滲む溜め息を吐き出した。
彼に任せていたのは送られて来たダイバーに関する評判や噂から、それらを三つのグループ……即ち、『コラボしても問題ない』『コラボするのはヤバい』『どちらともいえない』に類別する事だった。
これは私がこちらの世界に来るよりも前からダイバーをしており、他のダイバーについても良く知っている彼が適任だと判断したため、私が頼んだのだ。
「お疲れ様です。……すみません、私が勝手に決めた事なのに手伝わせてしまって」
「いや、それは良いよ。正直、生活面では俺の方がその何倍も世話になってるしな……──げっ! もうこんなに募集溜まってんのか!?」
しかし、私の予想していたよりも遥かに多い応募があった為、彼にも負担をかけてしまったようだ。
現に一度仕分けが済んだと思ったDMには既に新たな応募が入ってきており、まるで終わりが見えない。
一応渋谷ダンジョンのダイバー且つ中層を潜れる実力者に限定している為、最大でもそれは超えないのだが……それでも数千人の応募は来るだろう。
いや、規約を守らない者もいる事を考えると更に多くなるか。……そういう人は大抵既に何らかの問題を起こしているので、結局弾かれる事になるのだが。
「さて……ここからは私の仕事ですね」
後はそれぞれのダイバーの探索の様子を彼等のアーカイブで確認し、言動や実力に問題が無いかを私が直接確認する事で振り分けが完了する。
一応『俺』が仕分けをしてくれている途中も確認は進めていたが、流石にこれは直ぐに終わる作業ではないな。まぁ私の場合は睡眠を必要とせず、徹夜で確認が可能なので時間もたっぷりあるのだが。
そんな事を考えながら、彼が『コラボしても問題ない』と断言できるダイバーのリストを優先的に確認していると……
「なんか……ラウンズのダイバーが多いですね?」
「ん? ああ、それは俺も意外に思ってたんだ。あそこは先のエリアに進むとか、強くなるとかは二の次で趣味に全力って印象だったからな」
恐らく世間一般のラウンズに対する印象も、彼の抱いていた物と大差は無いだろう。クランの創設者兼リーダーである春葉アト自身、『ラウンズはラウンズサーガのファンクラブ』と大々的に喧伝している。
クランメンバーはラウンズ関連のイベントやグッズ確保の為の資金稼ぎを目的にダイバーになっており、それぞれが緊急の時の資金援助や取れなかったグッズのトレード等の為の集まりがラウンズと言うクランなのだ。
それぞれがダンジョンで一人でも稼げるようにと、春葉アトを始めとするクラン上位メンバーによるレベリングが日頃から行われていたものの、平均的な実力はソロなら上層レベル。4、5人が集まったパーティでようやく中層を安定して探索できる程度だった筈。
今回の募集要項の一つ、『中層(裏・中層含む)をソロで探索できる実力と装備を揃えている事』を満たしているとは思えないのだが……そういえば、『俺』は春葉アト──真崎遥香とは大学の先輩後輩の関係だった。……彼女に限ってそんな事はしないと信じたいが、まさか裏で何か言われたとかじゃないだろうな。
そんな疑いを込めた視線を向けると、『俺』は自分のスマホで一つの切り抜き動画を再生して見せた。
『──ぃよっしゃあ! ダンジョンワームの討伐完了ッス!』
〔お見事!〕
〔最近ラウンズの勢い結構あるよなぁ〕
〔前までは上層で満足してた感じだったよね?〕
〔配信も増えたし俺らとしては嬉しいけど〕
『あー……ほら、結構前の騒動でリーダーが謹慎された事があったじゃないッスか。……ラウンズの皆も、うすうす気付いてたんっスよ。リーダーが何か抱え込んでるって……だって、リーダーの実力を知ってれば中層で収まる訳ないなんて誰にだってわかるッスから。でもそんなリーダーにもあたし達は甘えてばかりで……だから皆で強くなろうって決めたんッス! 正直手遅れになってしまった感はあるッスけど、これからはあたし等もリーダーを支えられるようになろうって!』
〔ええ話や…〕
〔アトさん…見てるか?貴女の遺志はちゃんと継がれているよ…〕
〔いや生きてるよ!!〕
〔草〕
〔本人降臨!!w〕
『ぅえええぇっ!? み、見てたッスか!? って言うか聞いちゃったッスか!?』
〔そら見るやろwww〕
『ラウンズの後輩系ダイバー高野恋赤面集part2』と名付けられた動画にはそんなやり取りが乗っており、彼女達の急成長の理由を私に教えてくれた。
(そうか、あの一件を切っ掛けに……)
そう言えば、あの後しばらく中層でスキル集めをしていた時、度々騎士甲冑を纏ったダイバーの集団を見た気がする。
連携が上手く、苦戦している様子もなかったから助けに入る機会はなかったが……もしかしたらその時から彼女達の変化は始まっていたのかもしれない。
「──なるほど。確かに一人でダンジョンワームを討伐できている辺り、実力としては問題無さそうですね」
他のラウンズの応募者についてもそれぞれアーカイブで確認する必要はあるが、恐らく問題無いのだろう。
彼女達の場合は連携が出来る事も考えて、同じ日に集めた方が良さそうだ。そうなると、やはり『百合原咲』が参加する土曜日に組み込むのが一番か。
「あ、そういえば……」
「ん?」
「あ、いえ。一つ確認したいことがあったのを思い出しまして……」
脳裏に過った彼女の姿に、今日の配信後に彼女から聞いた話を思い出す。
それはあの部屋でユキが回収したスマホの事なのだが──
「……あのスマホが、百合原咲の物……間違いないのか?」
「あくまで可能性ですが、過去にダンジョンワームに捕食された際に紛失した物と同じ型だそうです」
ユキの言葉を信じるのであれば、あのスマホは発見時、血まみれの状態だったと言う。
ここ数十年間、渋谷ダンジョンで死者が出ていないと言う話を考えると、そんな状態のスマホが存在する事例は限られてくる。……信憑性は高いと言っていいだろう。
ダンジョン内で私物を落とすなんて、それこそ命を落とすか、腕輪の機能で慌てて撤退した時くらいだ。
「だが……状況を考えると、ユキはどうやってそのスマホを回収したんだ? 百合原咲本人が捕食されたのなら、十中八九スマホもダンジョンワームの腹の中だろうに……」
「そうですね……ユキ自身がダンジョンワームを狩る等しなければ、スマホは普通彼女の手元にはいかない筈。その経緯も気になるところではあるのですが、私が確認したいのは別の事です」
「別?」
「──ダンジョン内にあるGPSの位置を確認する方法はありますか?」
スマホには標準的にGPSが取り付けられている。
位置情報を利用したサービスに用いられたりするその機能を上手く使えば、もしかしたら今ユキが持っているスマホの場所が……奴らの本拠地が解るかも知れない。そう思ったのだが……
「残念だが、無理だ。確かに技術の進歩によってダンジョン内と地上での通信が可能なスマホも増えているが、未だにダンジョン内の位置情報だけは取得できない」
「……やっぱりですか」
まぁ、そんな気はしていた。なにせ──
(ダンジョンって、ただ地下にある訳でもないしなぁ……)
これは異世界でも一人の男の努力によって証明されていた事だが、ダンジョンは入り口こそ地上にあるものの、それ以降は全く別の場所──異界と表現すべき場所となっている。
ダンジョンの入り口と離れた場所から地下を掘り、ダンジョンを安全に攻略しようと考えた男は、気付けば到達しようとしていたダンジョンを通り過ぎていた。そんな逸話によって、ダンジョンには入り口以外から干渉する事が出来ないと証明されているのだ。
そもそもあんな広大なダンジョンが地下にすっぽりと収まっていれば、地下鉄や下水道等のインフラが整備できるわけもないしな。
ダンジョンの形は数年周期で変化するのだから、それを回避する事も出来ない。その上でこんな大都会に発展している時点で、ダンジョンは物理的に存在している訳ではないと証明されているようなものだ。
だが、もしかしたら……と。
ダンジョン内でもスマホでインターネットが可能な事に気付いて、或いは隔絶された異界であるダンジョン内でも位置情報の取得が出来るのではないかと期待しただけだったのだ。
「……あれ? でも腕輪の転送機能はどうなんです? アレって【マーキング】で記録した位置に飛ぶって機能ですよね?」
「うーん……正直、腕輪の機能に関しては分かってない部分が多いんだ。実際に作った奴が常軌を逸した天才だったらしくてな……でも、それも数百年以上昔の人物。確かめようがないんだよな……」
「そうですか……」
「まぁ……どっちにしても百合原咲のスマホももうとっくに充電切れだろうし、GPSは追えないと思うぞ」
「あ、そうでしたね……」
良いアイデアだと思ったんだけどな……百合原咲のスマホ、今は一体どこにあるのやら……
◇
「えぇ~!? あそこの境界、閉じちゃったの!?」
「そう驚く事でもないでしょ? ……あの蜘蛛も倒された今となっては用済みよ」
「ぅえぇ!? あの子やられちゃったの!? 誰に!?」
「うるさ……」
黒い石畳の上を、二人の女性が会話しながら歩いている。
二人は普通の人間には無い角と翼、そして尻尾を備えていた。
「まぁ、あの子も最近は役目を殆ど全うできていなかったし、近いうちに回収予定だったでしょ? 遅かれ早かれよ」
「勿体ないなぁ……昔のとはいえ、貴重な魔王個体の子孫なのに」
「魔王の直系と言っても、結局子孫はただの蜘蛛型の魔物だもの。本来の魔王には程遠いわ」
「ん~……そっかぁ……中々思うようにはいかないんだねぇ」
「魔王の力も受け継いでいれば、今頃計画も最終段階に入ってるでしょ。アレが完成すれば、地上に向かわなくても侵略は完了するんだから」
「それもそっか~。──あっ、それでさ! 誰だったのさ結局、あの蜘蛛を倒しちゃったのって!」
貴重であった筈の魔王の血が途絶えたにも関わらず、あっけらかんとした女性の態度にピンク色の髪の女性も先程まで僅かに抱いていた未練を即座に放り捨て、その溢れんばかりの好奇心の矛先を魔王の子孫の討伐者の方へと向けた。
淡い水色の髪の女性は彼女の視線に『ああ、これを話すと面倒な事になりそうだな……』と確信しつつも、話さなければ話すまで解放されないのだろうと言う事も同時に確信していた為、観念して口を開いた。
「──人間の二人組で……片方は貴女も知ってる相手よ」
「えっ」
「……オーマ=ヴィオレットよ」
「……えええぇぇぇぇっ!!!???」
「うるっさ……!」
「何で!? 何でオーマ=ヴィオレットちゃんがそっちに行ってるのさ! それで最近はずっと待ってても来なかったって事!? 何で教えてくれなかったのさぁ!!?」
「当日に知ったのだから仕方ないでしょ!? それに私も結構大変だったのよ……! こっちはこの『すまほ』を回収するだけのつもりだったのに、なんかあいつと戦う事になって──あっ」
「ずっるうぅぅいぃ!!! 一人だけ楽しんでたんだぁ!! あたしが一人寂しく黄昏てた時にィ!!」
うっかり口を滑らせた事を後悔しながら、肩を掴まれ揺さぶられる女性──ユキは、子供のように涙目で叫ぶ友人チヨをどう宥めたものかと思案に暮れる。そして──
「わかった、わかった! 奢るから……今日はお酒何杯でも奢るから……!」
「それで済まそうって積もりィ!?」
とりあえず潰れさせて静かにしてしまおうと言うユキと、そんな雑な対応に更にヒートアップするチヨ。まるで対照的な二人はその喧しさに周囲の注目を集めながら、街灯が照らし出す薄暗い街並みへと消えていくのだった。




