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第89話 一難去って

指摘を受けて前回の戦闘描写を一部修正しました!

展開についてはそれほど変化はないので、読み返す必要性はあまりないです

(駄目だ。ユキは追えない……!)


 見下ろした境界の中に浮いている無数の悪魔……その好奇の視線が私の脚を止めていた。

 悪魔の力量の平均値は不明だが……チヨやユキを基準に考えるならば、この数の悪魔に対して今の私達では到底勝ち目がない。

 ここで私達がとるべき行動はユキの後を追うのではなく、一人でも無事に地上に帰還し、対策を練る事なのだ。

 ……そこまで考えたところで、私はふと気づく。


(──襲ってくる気配が無い……?)


 こちらを見る悪魔はその視線をこちらに向けてくすくすと笑みを浮かべるばかりで、それ以上の動きを見せて来ない。

 こちら側に出て来るつもりが無いのか、或いは出来ないのか……それとも何か狙っているのか。

 奴らの目的の見えない不気味さに私も動けずにいると、やがて境界が動きを見せた。


「……っ! これは、境界が縮小している……!?」

「な、なんだって!?」

「!?」


 最初10m程はあった境界は徐々にその直径を狭めており、それに伴い内側から漏れ出す魔力も減少していく。このままでは恐らくここにある境界は消えてしまい、ユキの足取りを辿る事も出来なくなるだろう。

 私の呟きに正気を取り戻した他のダイバー達が、慌てたようにこちらに近付いて境界の中へと目を向け──


「クスクス……」

「クスクス……」

「ぐ……っ!」

「なっ、なんだよこいつら……!」

「こんな数、どう相手すれば……!」

「さながら万魔殿(パンデモニウム)だな……」


 そこに潜む悪魔達の姿に足を止める。


「皆さん、落ち着いて……解っていると思いますが、この先に足を踏み入れる事は自殺行為ですよ」

「は、はい……」


 パニックを起こして無茶をする者がいないとも限らないので、念の為に忠告する。

 ここでこの境界に飛び込むことは簡単だが、結果として待っているのは逃れられない死だ。その先の地へ足をつける事は無いだろう。

 奴らには羽があり、境界の中でも自在にこちらを攻撃してこれる。

 いや、寧ろ地面が無く全方位から攻撃を仕掛けられる分、境界の中と言う環境は私にとって不利と言えるのだから。

 いくら普段から無鉄砲だの脳筋だの言われる私でも、この先に足を踏み入れる決断は出来なかった。




「──境界、完全に塞がってしまいましたね……」

「……」


 数分後、私達が何も出来ずに見つめる中……収縮を続けた境界は、ついに跡形も無く塞がってしまった。

 『本当にこれでよかったのか』と問いかけるようなクリムの呟きに何も答えられないでいると、やがて今まで張っていた気が急に抜けた為か一人のダイバーが膝をついて荒い息を吐く。


「っ、はぁ……! はぁ……! な、なんだったんだあいつ等は……!」


 その言葉に明確な答えを返せる者はここにはいなかった。

 短い時間とは言え彼等もまたユキと戦った。だからこそ解ってしまったのだ……あの光景が示す絶望的な戦力差が。

 その事実が与えたショックが、彼らの中から未だに抜けきっていないのだ。


〔境界無くなっちゃった…〕

〔消える事ってあるんだな境界って〕

〔それよりも悪魔だろ…一人でもヤバいのにあの数は駄目だろ…〕


 コメントも似たようなものだ。目の当たりにしたあまりの光景に、この場全体に暗いムードが漂っている。

 そんな中、一人ぶつぶつと何かを考え込んでいるダイバーが目に入り……つい耳を凝らしてしまう。


「あのスマホ……まさかあの時の……? でもなんでユキが……」

(スマホ……? ユキが拾ったって言っていたあのスマホの事か?)

「あの……──?」


 気になって声をかけようとしたその時、私のドレスアーマーの裾が『くい』と引かれる。

 振り向くと、不安に揺れるクリムの瞳と視線が交錯した。


「ヴィオレットさん……渋谷ダンジョンの探索を進めていくと、いつかあんな数の悪魔達と戦う事になるんでしょうか……」

「……そうですね。恐らく、そうなります」


 いつに無く弱気になっている彼女に向けて、私は自分の考える現実を隠さずに伝える。

 心が弱っているところには刺激の強すぎる事実ではあるが、その場しのぎの励ましに意味は無いし……何よりクリムの声色から、彼女は薄っぺらい安心をくれる言葉を求めている訳ではない……そう感じたからだ。

 私の考えは正しかったようで、彼女は私の考えを正面から受け止めると、不安な気持ちを全て吐き出すような大きな深呼吸を一つすると──決意に満ちた視線を返した。


「──ありがとうございます。おかげで決心がつきました……私、次の探索で下層に行こうと思います」

「っ、クリムさん!?」

「あぁ、勿論下層を甘く見ている訳ではないんです! ……でも、中層でいくら鍛えても足りないんじゃないかって……今はそう思うんです」


 そう言ってクリムは、さっきまで確かに境界があった地面に視線を向けた。

 ……彼女の考えている事は、あながち間違いとも言えない。

 確かに中層で安全にレベル上げをするのは一つのセオリーだ。無理をせずに資金を貯めて防具を揃え、万全の状態で次のエリアに臨む。ゲームとは違って死んだらそこまでなのだから、賢明な考えだと思う。

 だが『強くなること』を目的とする場合、最終的な効率が悪いのもまた確かなのだ。

 そもそもレベルアップの本質は『自分の理想に近付く変質現象』……どうレベルアップするのかは千差万別で、その方針には個々の理想像が強く影響する。

 ゲームのシステムで例えるのであれば、敵を倒す毎に少しずつ得られるボーナスポイントを理想に合わせて振り分けているようなものなのだ。

 その中には『美しさ』や『声の良さ』、『若々しさ』や『身長・体型』、果ては『体臭の質』等……『強くなる事』を目的とする場合にノイズとなる『理想像(コンプレックス)』がどうしても含まれる。

 そして安定して魔物を狩る日々が続けば、人は『強くなりたい』という向上心をいつしか自然と忘れてしまい、代わりに『他の理想』がその隙間を埋めるように入ってくるのだ。

 『美しくなりたい』『若々しくありたい』等はその代表例と言えるだろう。

 だから強くなる事を忘れない内に、倒し慣れた魔物のいるエリアは早く抜けるのが強くなる近道ではあるんだが……


(リスクも当然あるからなぁ……)


 下層の魔物は中層と比べると格段に強い。

 エリアも広く、身を潜める場所や視線を遮る障害物も多い。常に警戒をしていなければダンジョンホッパーに魔物を呼ばれる為、精神的な負荷も高い。

 そして何よりの問題は、私が下層で配信をする度に襲ってきてはドローンカメラを壊していく厄介な悪魔……チヨの存在だ。

 近接戦闘でこちらを追い詰めながら、高威力の魔法を放ってくる彼女は正直言ってユキよりも格上なのだ。


(正直他の魔物はクリム一人でも対処できそうだけど、チヨだけはまだ彼女一人では無理だ)


 しかし、逆に言えばチヨにさえ警戒すれば下層で戦える者はそれなりに居ると私は踏んでいる。


(うーん……どのみち下層の探索に私一人では手が回らない訳だし、前から考えてたアレやっちゃうか……?)


 以前も配信で言った事だが、下層の広さに対して成長間隔が二年と言うスパンは短すぎる。

 だからダイバー全体の実力を上げる事で、下層の全体像をより効率よく解明し、最奥部を発見する……その為に考えていた企画があったのだ。

 それを考えると、今回のコラボ配信は非常に良い宣伝とも言えた。


(──よし、決めた! とにかく一回やってみよう! トラップスパイダー系の魔物がいない分、撤退自体は割と簡単にできるんだし!)


 そう思い立った私は、下層に行くと言いながらも心のどこかに未だに迷いが残っているクリムに対して告げた。


「下層に行くと言う事であれば……クリムさん、私も協力しますよ!」

「え!?」

「はぁっ!?」

「えっ!? でも、そんな私ばかり悪いですよ! それに、ヴィオレットさんだってご自分の配信が……!」

「その事にも関係するのですが……──皆さん、聞いてもらえますか?」


 周囲の一部ダイバーから『またこいつとコラボするのか』と非難──と言うか、嫉妬に近い視線を向けられたクリムのフォローも含めて、この場にいる全員に……そして、配信を見ている全員に伝える。


「次の土曜日、大規模コラボ配信を急遽やろうと思います! 具体的な募集方法や定員数は後でSNSに投稿しますが、内容は下層の探索です! 私のエンチャントをお貸ししますので、みんなで一緒に強くなりましょう!」

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「次の土曜日、大規模コラボ配信を急遽やろうと思います! 具体的な募集方法や定員数は後でSNSに投稿しますが、内容は下層の探索です! 私のエンチャントをお貸ししますので、みんなで一緒に強くなりましょう!…
なんか悪魔さん達、悪役っぽくしてねーって感じでクスクスとかしてた説? チヨちゃんあんなんだし……
閉じたか、蜘蛛の役目はこの境界を維持するためかな?。避けられない戦いならば強くなるしかないんですよね。
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