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第85話 vsユキ②

 キン、キン、と連続した甲高い金属音が部屋に響く。

 壁沿いに並べられた燭台の明かりに照らされて、ドレスアーマーを纏った少女と悪魔を思わせる軍服の女性が戦っている。


『ハァァッ!』

『く……!』

〔行け!攻め切れ!〕

〔弱ってる今がチャンス!〕


 オーマ=ヴィオレットが炎を纏うレイピアを用いて果敢に攻めれば、ユキはその猛攻を両手と尻尾で捌きながら後退を続ける。

 先程オーマ=ヴィオレットが看破したように現在のユキは転送魔法どころか、極低温を生み出す氷の魔法も碌に使えていないようだった。しかし……


〔掠った!〕

〔あのくらいのダメージは直ぐに回復されるからなぁ…やっぱり撤退出来れば一番良いんだが〕

〔腕輪の封印を解くだけの余裕がないんだよな〕

〔突き飛ばしてその隙に扉に逃げるとかできないのか?〕

〔ちょくちょく蹴りでそれ狙ってるっぽいんだよなぁ…ただ尻尾か脚で防がれてる〕

〔このユキって悪魔も強いんだよな…魔法使えてないのにこれか…〕

〔素のスペックが人間の上位互換だからなぁ〕


 そう。そもそも彼女は単純な身体能力で人間を凌駕する悪魔だ。魔法が使えていなくとも、背中の翼による空中での姿勢制御や尻尾の防御・カウンター等を用いてオーマ=ヴィオレットに決定的な一手を打ち込ませない立ち回りを続けられていた。そして──


『残念だけど、時間切れよ』

『っ! く……!』


 再びユキの指先が白い靄を纏い始める。

 早くも転送魔法で消耗した魔力の回復が完了し、再び魔法が扱えるようになったのだ。

 それを切っ掛けに、再びユキの動きがガラリと変わる。


〔攻めに転じてきた!〕

〔今度はヴィオレットちゃんが防戦一方に…!〕

〔これクリムちゃん間に合うか!?〕



「──くっ! まだ、まだぁ……ッ!」

「苦し紛れね。そんな攻撃、躱すまでもない」


 攻撃の合間を縫って放った突きが片手で軽くあしらわれ、思わず歯を食いしばる。

 魔力が回復して一転攻勢に回ったユキの攻撃は、無手の状態で放たれる両手の貫手が主体だ。そこに時折尻尾による搦手や不意打ちを交えて来ており、非常に対応が難しい。

 何せ体に直撃すれば、それだけでその部位が凍結するだろう即死の一撃なのだ。

 おまけにいざとなれば転送魔法での回避と言う保険があるからか、彼女の踏み込みは深く、一撃一撃が非常に重い。

 身体の大部分がドレスアーマーに守られているとはいえ、体勢を崩されれば致命的な一撃を回避できなくなる為そのどれも受ける事は許されず、反撃に転じる隙も少ない。


(かろうじて拾える程度の隙では、重い一撃は繰り出せない……!)


 かといってこの戦うには狭い部屋で防戦一方ではジリ貧になるのは確実。しかし、軽い一撃では今のように彼女の猛攻を止める切っ掛けにもならない……


「何か考えてるみたいだけど、逃げようとしても無駄よ。もう、扉も塞いじゃったから」

「っ!?」


 ユキの言葉にチラリと扉を見れば、いつの間にか扉を覆うように氷の幕が張っている。

 見たところ数cm程度の分厚さだが、取っ手が氷に埋まってしまっている以上、こちらから内開きの構造になっているあの扉を開ける事はかなり難しくなってしまった訳だ。


「──よそ見をしている場合じゃないでしょ?」

「っ!」


 私が扉に視線を向けた一瞬。

 ユキが腕をより深く引き絞り……次の瞬間、必殺の突きを放ってきた。


(──ここだ!)


 一瞬の油断と言うやつだ。

 私の誘いに上手く乗せられた彼女は、私が()()()()()()()()()()をくれた。この好機を逃す手はない。


「っ!」

「な……っ!」


 反撃に転じる事が出来るほどの隙ではない。ユキはそこまで露骨な隙を見せてくれない。

 だが──差し込む事は出来た。


「くぅ……ッ!」


 彼女の貫手に、私が脚を持ち上げて蹴りを合わせられるこの一瞬が欲しかったのだ。

 当然ユキの指先に触れた部位は凍り付いてしまったが、私の脚部はグリーヴで守られていて、そのダメージは皮膚に到達していない。

 吹っ飛ばされながら炎を纏ったレイピアで氷の表面を切り飛ばし、素早く氷を溶かし剥がす。そして、追撃を仕掛けようと迫るユキに接近されるよりも早く──


「──【エンチャント・サンダー】!」


 ローレルレイピアが炎のヴェールを脱ぎ捨て、代わりに激しく明滅する雷を纏った。


「!」

「このレイピアなら、いくら貴女でも簡単に触れる事は出来ないでしょう!?」


 転送魔法と言う保険があるユキに決定打を与えるには、先ずはその保険から引き剥がす必要がある。

 だが、当然その弱点を理解しているユキも、こちらの反撃に対して簡単に転送魔法と言う切り札を切る事は無い……だがもしも、その反撃を受ける事により無視できない隙を晒すとしたらどうだろうか。


「く……、小癪な!」

「それはお互い様! そして、これで状況はイーブンです!」


 互いに相手の一撃を受ければ即、敗北が見えるこの状況。

 先程と同様に互いを間合いに入れた攻撃の応酬は、しかし先程までとは微妙に異なる物へと変化した。

 ユキが不用意に深く踏み込む事は無くなり、こちらにも反撃を打ち込むチャンスが増えた。

 反撃の一つ一つが鋭くなり、片手であしらう事も出来なくなった。生身で触れれば感電してしまう為、魔力を纏った指先で捌くか回避するしかない為だ。

 そしてそれは私も同じ……状況はまさに千日手だった。


「一つ、聞きましょう」

「何よ」

「あのスマホ、どうやって入手したのですか?」

「それに私が答える義理はあるのかしら?」

「無いですね。ただ、それ程隠したがると言う事は、アレは貴女達の目的に関わると考えていいのでしょうか?」


 相手の思考を揺さぶるついでに、情報を引き出せないかと問いかける。

 いや、この際情報は下らない事でもいいのだ。これで上手く動揺を誘えれば、こちらの攻撃を当てるのに十分な隙が作れるはず……

 それは向こうも考えていた事なのだろう、ユキもこちらの思惑に敢えて乗る事でこちらの動揺を誘ってくる。


「そうね、アレを上手く使えば貴女達人間の事が解るもの。今頃、貴女達の世界は侵略されてしまっているかもね?」

「生憎ですが、私にそんな揺さぶりは通用しないんですよ」

(何せコメントがいつも通り流れているからな! ……だよな?)


 もしも地上で何か起きていれば、今頃コメントで何かしらの情報が出ている筈だ。……筈だよな。

 僅かに心が揺らいだが、ユキの言葉を否定するコメントが直ぐに表示される。


〔嘘だぞ!〕

〔何も起きてない!〕

〔戦いに集中して!〕


「ほっ……。──さぁ、本当の事を言いなさい!」

「ち……その変な機械ね……! まぁ、良いわ。アレはただの趣味……個人的な知的好奇心を満たす為のコレクションよ。魔窟で偶然見つけてね……ああ、もしかしたら貴女の知り合いの遺物かもね? 最初は血で汚れてたのを、綺麗に拭って取っておいたのよ」

「血で……!? ──くッ!?」


 つい一瞬固まってしまったところに鋭い突きを差し込まれ、ギリギリで回避する。

 首筋に氷を当てられたような冷たさが走り、ヒリヒリと痛み始めた。


〔落ち着いて!〕

〔冷静に!〕

〔揺さぶりに引っ掛かるな!〕

〔お前が仕掛けた心理戦だろうが!?〕

〔これ墓穴掘ってないか!?〕


「生憎、ダイバーに友人はひと……数人しかいないんですよ! その手には乗りません!」

「……そう」

「そんな憐れむような眼で見るなァ! ──【ブリッツスラスト】!」

「な……くッ!?」


 軽い挑発に乗ったように大振りな一撃をフェイントで放ち、その直後にカウンターを決めようと構えたユキに対して後の先を取る本命……最速の突きを放つ。

 反撃に移っていたところにこれまで以上の速度で放たれた突きが迫っていたユキは、たまらず切り札である転送魔法を使って回避行動を行った。


「──おっと、油断はしませんよ!」

「ち……ッ!」


 直後、背後に回り込んでいたユキの尻尾を跳躍して回避する。

 苦虫を噛み潰したような表情のユキに対し、私は冷静にローレルレイピアの切っ先を向けた。


「さぁ、ここからは私だけのターンですね」


 圧倒的優位に立つ私の、事実上の勝利宣言だ。


「……さぁ、それはどうかしらね」


 ……しかし、ユキの表情にはまだどこか余裕があるように思えてならなかった。

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― 新着の感想 ―
「そうね、アレを上手く使えば貴女達人間の事が解るもの。今頃、貴女達の世界は侵略されてしまっているかもね?」 ぶっちゃけアイドルでデビューすれば結構ヤバい気がするんだが…… ただ、侵略かぁ……
「生憎、ダイバーに友人はひと……数人しかいないんですよ! その手には乗りません!」 「……そう」 「そんな憐れむような眼で見るなァ! ──【ブリッツスラスト】!」 「な……くッ!?」 チヨちゃんには…
仲間を呼ばれたか?。負けないでは勝てんからどこかで勝負に出なきゃならないが、間に合うかな。
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