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第83話 扉の先に

「ダンジョンに扉ですか……私、初めて見ました」

「ええ……そうですね……」


 呟くようなクリムの言葉に同意を示しながら、私は眼前の扉を観察する。

 渋谷ダンジョンの『中層』『裏・中層』のように、人工物のような迷宮になっているダンジョンは実を言うとそれ程珍しくはない。

 部屋と通路が明確に分かれており、地面は均され、エリアも全体的に明るい為、魔物の知能が高い事を含めても比較的探索しやすい。……だがここまで人工的な建造物に近いダンジョンでも、『扉』と言う物が登場する事は私の知る限りでは確認されていなかった。

 それが当然だった為、今までは考えた事も無かったが──


(ゲームでは割と良くある事だけど……こうして見れば、魔物の領域であるダンジョンに扉がある事がどれ程おかしいのかが解るな……)


 外見は金属でできた鈍色の扉だ。表面に装飾のような物も見受けられず、取っ手が無ければ鉄板のようにも思えたかもしれない。

 そう。扉には『取っ手』がある……これは明らかに『人間』が使う事を想定された構造物なのだ。ダンジョンに自然に表れる特徴とは考えにくい。


(あの警告文を残した人間が設置した物であれば問題ないが……もしも、そうでなかった場合は──)


 人間と同等……或いはそれ以上の知能を持つ存在が、この先に居る可能性が高い。……そんなの、もうアイツの仲間としか考えられない。

 正直なところ引き返したい気持ちもあるが──


〔ダンジョンに扉なんてあるんだな…〕

〔これも新発見か〕

〔ヴィオレットちゃんいっつも何か見つけてんなw〕

〔扉の先どうなってんだろう〕

〔クリムちゃんもなんやかんやで色々発見してるよなぁ〕

〔いよいよ行くんだな!〕


 ……ここで撤退なんて選べばブーイングが飛びかねないな。

 それに扉の奥に境界があるのも確実な訳だし、先に進む為には避けて通れない場所でもある。


「……クリムさん、罠があるかもしれませんから気を付けて下さいね」

「はい……!」


 アイコンタクトを交わし、私が一歩前に進んでL字型の取っ手を握る。

 衣装の手袋越しに金属の感触と冷たさを感じながらもそれを捻ると、『ガチャン』と特有の重厚な音が響いた。

 ……鍵穴らしきものが見当たらない事からも想像はしていたが、施錠はされていなかったようだ。


「開きますよ」

「──っ」


 扉はどうやら押して開ける構造のようだ。


(──開けた瞬間に発動するような罠は無い……かな)


 慎重に扉を押し開けると『ギィィ……』と低い音と共に、その奥の光景が明らかになっていく。

 そして、それと同時に感じた特徴的な匂い。


(この匂いは……)


 その正体に気付くと同時に、内心で私の警戒が跳ね上がるが……今更引き返すなんて事が出来るはずもない。

 私はそのまま取っ手を押す手に力を込め……程無くして扉が全開になると、その光景がドローンカメラによってリスナー達にも共有される事になった。

 そこに広がっていたのは──


〔!?〕

〔書斎?〕

〔本棚の数すごいな〕

〔ここダンジョンだよな…?〕

(やっぱり、さっきのは本の匂いだったのか……)


 先ほど私が感じたのは、まさに大量の本が置かれた場所で感じる特有の匂い。……異世界で【聖域】の事を調べた時に忍び込んだ、王城地下の大図書館と瓜二つだったのだ。

 部屋全体の広さは先程の部屋と比べれば大した事はないものの、それでも書斎として見るのであれば十分に広いスペースがある。

 壁伝いに燭台を挟むように無数の木製の本棚が並べられており、それぞれの本棚にはびっしりと大小さまざまな本が並べられている。一部は装丁もされていない剥き出しの紙束も混ざっており、何らかの資料なのではないかと察せられる。


「これ……いったい誰が使ってたんでしょうか……」

「解りません……。ですが、これだけの本があるのです。探せば何かしらヒントがありそうですね」


 私はクリムの呟きにも似た問いかけにそう答えながら手近な本棚に歩み寄り、適当な本を無作為に取り出して表紙を見る。


(……背表紙にも表紙にも、題名や作者は記載されていない。最低限の装飾はあるが、これだけじゃ何もわからないな……)


 本の表紙には模様が一つ描かれているだけであり、それも別に魔法的に意味のある形という訳ではなさそうだ。魔力も感じない事から、本当にただの書物と言う事だけは解るが……


「ヴィオレットさん! アレってもしかして──」

「? 何か見つけましたか、クリムさ……ん……」


 クリムが指差した先を見れば、そこには本棚とよく似た木製の机が置かれていた。

 机の上にはテーブルランプが置かれており、近くにはこれまた題名の書かれていない本や、何らかの実験に使われそうなガラス製の器具が整理されて置かれている。

 だが、それらは今の私達にとって全て取るに足らない物として意識の外に追いやられてしまった。

 それ以上の衝撃を与える物が一つ、机の上でポツンと存在感を放っていたからだ。


()()()()()()()……!?」


 それは私達にとって非常に馴染み深い、現代の必需品だ。

 当然ながらダンジョンで発見されたという報告は、少なくとも向こうの世界では聞いた事も無い。

 一応こちらの世界であれば、ダンジョン内で落とし物として見つかる事は考えられるが……今私達がいるのは裏・渋谷ダンジョンの未踏破エリアだ。誰か他のダイバーがここに先に訪れたという可能性は無い。

 あの巨大蜘蛛と、その糸が今の今までこの書斎を封印していたのだから。可能性として考えられるのは……


「わ、私の物じゃないですよ!? ──【ストレージ】! ……ホラ!」

「ですよね……」


 短い付き合いとは言え、彼女の人柄は私なりに把握しているつもりだ。

 春葉アトのように何もかも見通せる訳ではないが、それでもこのような冗談を考えるタイプではないと信じている。

 だが、そうなればなおの事、このスマートフォンは不気味に映る。何せ──


「これ……古い型ではありますけど、ほんの数年前の物ですよ……?」

「一体、いつこんな物がここに……」


 つい最近まで裏・渋谷ダンジョンは攻略どころか存在さえ知られていなかった……だというのに、数年前のスマートフォンがここにある。

 勿論、数年前の端末だからと言ってここに置かれたのもそうだと言う保証はない。物持ちの良い人間なら、今でも使っている人がいてもおかしくはないからだ。

 だけど──


(もしもそうだとしても、この部屋に持ち込むルートなんて……)


 クリムが手に取った古いスマートフォンを前に、二人して考え込んでいると……──ふと、背後で物音がした。


「──っ!?」

「っ……!?」


 咄嗟に振り返り、ローレルレイピアを構える。

 クリムも一拍遅れて同様に槍を構えるが……


「えっと……ダイバーの方ですか……?」

「……」


 振り返った先に居たのが人間の女性である事を確認すると、構えていた槍の切っ先をわずかに下げて問いかけた。

 女性は淡い水色の髪をウェーブにして伸ばし、切れ長の目元に輝く同色の瞳は怜悧な印象を抱かせた。


「──それ……」

「は、はい?」

「その手に持ってるやつ。……私の物なの。返してくれる?」

「えっと……このスマホですか?」


 静かな……だけど冷たい声で告げる彼女に、クリムは手に持っている古いスマートフォンを見せる。


「すまほ……──ええ、そうよ。それは私の『すまほ』。だから……」

「──嘘ですね」


 彼女の言葉を遮り、そう断言する。

 すると女性は見定めるような視線を私に向け、動揺した素振りも無く口を開いた。


「嘘じゃないわ。それを証明する為にも、返してくれないかしら」

「証明ですか……一体どうやって?」

「目印がつけてあるのよ。目立たないところに、すごく小さい印をね」

「……? え、でもスマホなら、顔認証で証明できますよね?」

「……」


 クリムの疑問に彼女は答えられない。

 それもその筈。彼女はおそらく、このスマホがどんな物かも知らない。

 顔認証のやり方どころか、それがどう言う物なのかも見当がつかない事だろう。

 それは彼女の姿を一目見た時から、何となく察しがついていた。

 両腕に腕輪が見当たらない時点で、彼女はダイバーではない事は明らか。

 そして何より……一切の装飾がない、あまりにもシンプル過ぎるワンピースを着ている事から何となくその正体も察しがついていた。


「……クリムさん、撤退の準備を」

「えっ、ですが……」

「早く! 手遅れにならない内に!」

「──もう遅いわ」

「なっ……!?」

「く……っ!」


 女性が手を挙げた瞬間、私とクリムの腕輪に白い糸が巻き付く。

 白く細いこの糸は、中層で何度も倒してきたトラップスパイダーの物だと直ぐに分かった。


(しかし、一体どこから……!)


 糸の出所を目で追うと、それは私達の背後の壁に掛けられた燭台の上……中層の燭台の上には必ず開いている、通気口のような小さい穴に続いていた。


「あんなところに……!」


 元々気配が小さすぎて魔力感知にも引っ掛かりにくい魔物だ。あのようなところに潜まれては見つけられる訳もない。


「あの穴はね、子蜘蛛用の通路なのよ。それも知らずにここまで来れたなんて……やっぱり、チヨが興味を持つだけの事はあるわね」

「チヨ……その名前、やっぱり貴女も……!」

「え……!? ま、まさか……!」


 書斎の壁に並ぶ燭台に照らされた女性の姿が、私達の見る前でみるみる変化していく。

 側頭部から伸びた角は後頭部の方へと反り返り、まるで童話の東洋龍のように枝分かれしている。黒くゴムのような光沢を持ったしなやかな尻尾は、腰の辺りからずるりと生えるとゆらりと妖しく揺れる。背中から広がる一対の翼が一度羽ばたけば、バサリと被膜が音を立てた。

 ……それはまさに、かつて私が『俺』に正体を明かした時と全く同じ光景。

 私と同じように【変身魔法】で人間に成りすましていた彼女の正体は──


「初めまして。私は『ユキ』……貴女も会ったチヨの仲間と言えば、大体解るわね?」

「悪魔、ですか……!」

「え、ええぇーーーッ!?」

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― 新着の感想 ―
悪魔と魔族の美女率高いぞ……ユキさん、変身魔法で地上でショッピング楽しんでたら面白そう…
ユキさん、インテリ系っぽいぞ!!悪魔って皆脳筋じゃなかったんだな!!!(失礼)
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