第82話 隠されていた物
〔やっぱり何度もエンチャントして貰ったのが関係あるんじゃない?〕
〔それならヴィオレットちゃんのローレルレイピアが真っ先に魔剣になってないとおかしくね?〕
〔多分エンチャントの回数とか倒した魔物の数とかじゃないと思う。その手の条件ならほとんどヴィオレットちゃんが達成してるし〕
〔トレジャー武器は魔剣にならないとかの可能性は?〕
〔今日配信前のヴィオレットちゃんにエンチャントして貰った他のダイバーの武器はどうなったんだろ〕
……
「す、すみません……私の槍の所為で大変な事になってしまって……」
「あー……いえ、これは誰にも予想できない事でしたから気にしないでください」
私の配信のコメントを覗き込んだクリムが、申し訳なさそうに頭を下げる。
先ほどまでは魔槍に変化した自身の相棒を興奮しながら振り回していた彼女だったが、ふとコメントの様子から私にとって厄介な状況になってしまったことに気付いたようだ。
しかし彼女にも言ったように、今回の一件に関して彼女には何の落ち度もない。寧ろ、こうなる可能性に気付けたのは私だけなのだから、私が上手く対処するしかなかったのだ。
(と言っても、部屋全体が燃える中で逃げるよりも槍の回収を優先なんて普通はしないし、仕方なかったよなぁ……)
こんな事を考えている間にもコメントは武器の変質条件についてあれこれと考察をし続けており、まるで収まる気配もない。
多分私がここで何を言っても彼らは考察の場を他の場所……例えば掲示板やSNSに移すだけだろうし、しばらく彼らは好き放題に話し合っていて貰おう。
それらしい仮説が現れたり、或いは数分が経過しても結論が出なければ収まる事だろう。……多分。
「うぅ……すみません……」
「大丈夫です、何とかなりますよ。それよりも先ずは、この部屋の魔石の回収を済ませてしまいませんか?」
私はそう言ってその場にしゃがみ込み、地面に積もった蜘蛛型魔物の魔石を掌で掬ってみせる。
魔石の大きさは微妙に不揃いで、大きい物でもちょっとした小石程度のサイズではあるが、それでもこれだけの数だ。例え蜘蛛型魔物の魔石だとしても、中々の収入になる事だろう。
回収にかかる時間も考えると、早いところ手を付けた方が良い。
そう言外に伝えると、彼女も一先ずの優先順位を付けたようで「解りました」と頷いた。そして何かを思いついたように「あっ」と声を漏らすと、部屋の一角で存在感を放っている巨大な魔石を指さして告げた。
「では部屋の魔石の分配とは別に、あの巨大蜘蛛の魔石はヴィオレットさんにお譲りしますね!」
「おや、良いんですか? 貴女もこの先、色々と装備を整えた方が良いと思いますが……」
「それはそうなんですけど……私はホラ、この魔槍がありますから!」
そう言って、手に握る魔槍の柄を愛おしそうに撫でるクリム。
ちょっとした騒動の種にはなってしまったものの、やはり自分の相棒が名実共に掛け替えのない存在へ昇華された事が嬉しいのだろう。本心から満足しているのが表情からも伝わって来た。
確かにこの場はそう言う事で手を打っておいた方がお互いにとっても都合が良いだろうと考えた私は、彼女の提案を受け入れる事にして、最初に一番大きな魔石を回収させてもらった。
そしてその後に残された大量の魔石を、二人で半分こにする事となったのだ。
「──【ストレージ】っと。……さて、時間はかかりましたけど、今のでほぼ最後ですかね?」
「ですね~。……ふぅ、ちょっと疲れました」
魔石の回収の為に腕輪から外したロープもついでに収納し、一息つく。
巨大蜘蛛が長い時をかけて巣の内側に溜め込んでいたのだろう大量の魔石は、巨大魔石を収納した私の腕輪には分配された分の半分も入らず、ほとんどがクリムの腕輪に収められることになった。
〔お疲れ~!〕
〔雪かきした後みたいな疲労感が伝わってくるw〕
どうやら私達が魔石を回収している間に、コメントの雰囲気も普段の物に戻って来たようだ。
未だに数人話し合っている者もいるが……まぁ、実害もなさそうだし放っておくとしよう。
「ものすごい量でしたからね……手で掬って回収するのも大変でしたよ。でも──」
「はい、解ってます。……流石に、目立ちますからね。アレは……」
コメントが落ち着いてきたところで、私達は次の問題に取り掛かる事にする。
正直なところ、これに関しては私自身かなり好奇心を掻き立てられる物であり、厄ネタと知りながらもうずうずして居たのだ。
〔アレってさっきまで無かったよね…〕
〔無かったって言うか隠れてたんだろうな。蜘蛛の巣が張ってたし…〕
それは部屋に入って正面──奥の壁の一角に刻まれていた。
コメントが推測するように蜘蛛の糸で隠されていたと思しき『ソレ』は、長い時間の経過によって風化しかけており、一部欠損も見られるが……間違いなく人の手で掘られた文章だった。
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こ■■我■■を■■者どもへ■戒め■■
■ ■■の■を奉■ この■■の■■奥に■■■主■討ち■■■り
され■■■はな■■び■■■へ■■我■■の■■定め■■ごとし
■ま我■■■うち■■■■■■■も■あ■■ し■■■我が■■■■なら■■りぬ
ほ■■■我■■な■■■もの■■す■■
ゆゑ■■が■■■■者よ よ■■く■め
も■■■討た■ ■■■■そ我と■■■
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「……ボロボロですね」
「ええ。原型はそれなりに残ってますけど、ハッキリと読める部分は少ないですね」
蜘蛛の糸の下にこの文章が隠れていた事を考えると、相当昔の文章のはずだ。
文章の雰囲気も現代文とは少し違うようだし、私が解読するのは難しいだろうな……
と、いう訳で──
「リスナーの中に古代人の方はいらっしゃいませんか!?」
「あ、私も! リスナーさん、お願いします!」
こういう時にこそリスナーの助けを借りよう。
やたらと有名になってしまった私の配信だ。リスナーの中には昔の文章が読める人もきっといる筈……
そんな期待を込めて、私たち二人で壁に刻まれた文章を配信に乗せる。
〔古代人言うなw〕
〔流石に古代人は見とらんのよwww〕
〔劣化が激しいな…多分文語体だとは思うけど…〕
〔ウホウホ!ウホッホ!〕
〔国語成績底辺ワイ、低みの見物〕
〔文字がごっそり欠けてるとこもあるし解読するにも時間かかりそう〕
〔スクショ撮ってSNSに拡散した方が良さげ〕
「うーん……そうですか。出来ればすぐに内容を知りたかったのですが、仕方ないですね……ではクリムさん、一緒に投稿しましょうか」
「はい! えっと、スマホですよね──【ストレージ】!」
残念な事に、この場で解読とは行かないようだ。
まぁ、素人目にも文章の欠損が明らかだし、日本語だとしても昔の文章はまるで別の言葉遣いだったりするしな……
そんな訳で二人で文章を撮影し、タイミングを合わせてSNSに投稿した。
『 オーマ=ヴィオレット
@Ohma_Violette
裏・中層にてクリムさんと共に謎の文章発見!
解読出来た方は返信でお願いします!』
『 クリム
@Crimson
憧れのヴィオレットさんとコラボ中!
探索中に読めない文章が見つかったので解読出来た方は返信お願いします!』
「とりあえずこれで良し……っと──【ストレージ】」
投稿した画像と内容が拡散されていくのを確認し、スマホをしまう。
「クリムさんも投稿できました?」
「はい、バッチリです! ──【ストレージ】!」
クリムの方を見ると、彼女も満足そうにスマホを収納していたので問題無さそうだ。
後は私達の投稿した画像を見つけた有識者が、いつか解読してくれるのを待つしかない訳だが……
(気になるのはやっぱり一行目の文章なんだよなぁ……)
レンガに刻まれた文章は経年劣化によるものなのか、所々が欠けており解読不能な部分も少なくない。……だが、隣り合った文字からの想像で補完できなくない箇所がある。
(──『警告』……だよな、やっぱり……)
一行目の最後に刻まれた『告』の文字……その左の文字は画数の多さからか大部分が欠けているものの、意識して読めば『警告』と読むことが出来る形だ。
一体何に対する警告なのか……それがこの時点で分からないのが不気味だったからこそ、私は最初、リスナー達が解読できる希望にかけたのだ。
それが叶わなかった以上、私達は事前の情報が全く無い状態で挑まなければならない。
壁を覆っていた蜘蛛の糸に隠されていたもう一つの、そして最大の『厄ネタ』──そう、金属製の『扉』に。
文章に関しては文語体に変換するサイトで作ったものなので、正しい文語体になっているかはわかりません。
そう言った理由から実際にはそもそも読み解けないかもしれないので、雰囲気だけ感じていただけると幸いです。
‐追記‐
発見された文章の内容をよりそれっぽく修正しました。