第77話 白いミチ
「【フルスイング】! ──っとと……!」
「グァァッ!!」
「ブグッ……」
「ゴォアァ……ッ!」
風の魔力を纏ったクリムの槍が横薙ぎに振るわれ、正面に隊列を組んだ複数のミノタウロスをガードの上から真っ二つに切り裂いた。
しかし、後衛に控えていたミノタウロスの内の一体がまだ生き残っており……目の前で塵に還された仲間の仇を討たんと、クリムに対して手に持った大剣で襲い掛かる。クリムはその接近に当然気づいていたが──
「……ッ! ブオオォォッ!」
「おっと、させませんよ! ──【ラッシュピアッサー】!」
「ヴァアァァッ!!」
迫るミノタウロスの前に立ちはだかり、即座に【ラッシュピアッサー】のカウンターを突き入れる。
その全身に穿たれた無数の穴が致命傷となり、最後のミノタウロスもまた手に持った大剣ごと塵へと還った。
「ヴィオレットさん! 助かりました!」
「お気になさらず。こう言う事態を確かめる為のコラボでもありますからね」
今しがたの戦闘。本来の彼女の実力であればあのような隙を生む事もなく、切り返しの攻撃で襲い来るミノタウロスも問題無く返り討ちに出来ていた筈だ。それが出来なかったのは──
「……やっぱり、風の魔力は長物を振り回す時に制御が難しくなってしまうみたいですね」
「はい。追い風と真空の刃のおかげで威力は上がるんですけど、勢いが付き過ぎてしまって……」
彼女がバランスを崩した原因は風の魔力によって速度が上がった【フルスイング】による慣性、及び遠心力の増大に因るものだった。
これが突きや突撃系のスキルであればそこまでの問題にならなかったのだろうが、エンチャントの効果時間である二十分間を突きや突撃だけで戦う事になるのはリスクも大きい。
ダンジョンの探索に求められるのは、危機に対する柔軟な対応力なのだ。包囲された際の選択肢から横薙ぎが消えてしまうのは、あまりにも痛い。
これは比較的リーチが短く、軽いレイピアを扱う私では気づきにくい欠点だった。早速この有意義な検証結果をスマホのメモ帳に記録として残す。
「──よし、っと。他に何か気付いた事はありますか?」
「そうですねー……例えばこう、下から上に振り上げたときなんかは──」
〔はぇ~…こうしてみるとエンチャントも一長一短なんだなぁ〕
〔武器種や戦い方毎に相性の良し悪しがある感じか〕
〔やっぱ理想としては戦闘中に自在に切り替えられるのが良いんだな〕
コメントの様子をチラリと見れば、今回の探索配信もそれなりに興味を惹ける内容として映っているようで一安心だ。
コラボと聞けば結構派手ではあるが、今のところ地味な検証作業しか出来ていないからな……
「あっ、でもでも! 突撃系のスキルに組み合わせると本当に良い属性ですよ、風は!」
「フォローありがとうございます。ですが、やはり風は軽い武器にのみ付与した方が良いでしょうね……──今日付与した方々は大丈夫なのか、心配になってきました」
〔そういえばもう既に付与したダイバーも居るのか…〕
〔俺一人だけ複窓で見てたけど逆に勢い利用してコマみたいに回転して楽しんでたぞw〕
〔↑逆転の発想過ぎるwww〕
「そ、その手がありましたか……!」
「良かった……楽しんでくれているようで安心しました」
これでケガなんてされてしまったら大変だからな。その時はまたバイオになって治すつもりではあったけど、この感じならその必要もなさそうだ。
それにしても……やはり、なんやかんやで中層まで戦えるダイバーは不測の事態にも柔軟に対応出来ると言う事なのだろう。きっと他のダイバー達もそれぞれの発想と工夫で特色を出して配信をしてくれたに違いない。
……ちょっと配信後に彼らのアーカイブを一通り見てみようかな。
「ところで、クリムさんが扱ってみて一番強いと感じた属性は何ですか?」
「えっ、一番強いですか!? ──う~ん……」
〔それ気になる〕
〔やっぱ闇?〕
〔火だろ。風みたいな弱点も無いし〕
〔雷は?リーチ活かして感電で一方的に戦えるのはエグイぞ〕
〔槍と風は相性が悪いっぽいから違うだろうなぁ…〕
〔どこの界隈でも最強論争は起こるんだな〕
コラボ開始から既に二時間以上が経過している。その間に彼女が戦った魔物は約三十体。
……表の中層に対して異常ともいえるエンカウント率だが、これはこのエリアに誰も足を踏み入れていなかった事が原因の一時的な物だ。
これまで討伐されていなかった分魔物の数が多いのは当然であり、逆に言えばこの遭遇率も時間が経つにつれて落ち着いていく。検証するには実に好都合な状況だったと言えるな。
そんな状況で彼女が出した結論は──
「……やっぱり火属性ですかね? 傷口を燃やして魔物の再生を遅らせたりできましたし、裏・中層で一番危険なデッドエンドスパイダーの巣を燃やせたりも出来るでしょうからなにかと便利です! 体感ですが、これがあるだけでアイテム幾つも節約できますよ!」
「なるほど……」
〔やっぱりな〕
〔そういえば周囲が暗いエリアだと光源にもなるもんな…〕
〔文明の火かぁ〕
他の理由としては、やはり使いやすさもあるのだろう。
雷は案外効き目が薄い魔物もいるし、闇は装甲が貫けなければ無力。風はそもそも槍との相性が悪い中、実は火属性は大抵の武器と相性が良いのだ。……【チャージ】と組み合わせた時は視界が封じられるという弱点もあるが、あれはほぼ例外だろう。
私が最初に【エンチャント・ヒート】を選んだ理由もこれが大きい。折角公開する新ジョブの新スキルなのだからと、有用に映りやすい属性を優先したのだ。
しかし、それにしても──
(これは良い流れですね……一番使い慣れて欲しかった火属性を、まさか最初から気に入ってくれるとは)
これが闇や雷だったら少し大変だったかもしれないな……そんな事を考えながら、私はクリムに提案を持ち掛けた。
「──では早速、デッドエンドスパイダーに色んな戦い方を試してみましょうか」
「試し切りですね! 良いですよ!」
〔デッドエンドスパイダーくん逃げて〕
〔逃げられないんだよなぁ…巣に張り付いてるから〕
〔デッドエンド()〕
〔薄々解ってたけどやっぱり名前負けモンスターだったか…〕
検証を始めてからこれまで、デッドエンドスパイダーとの戦闘はなるべく避けていた。
これは奴が腕輪や武器を隙あらば奪って来ようとする危険な魔物だからだ……と、クリムやリスナーに対しては説明していたのだが、本当の理由は異なる。
「──早速居ましたね! ヴィオレットさん、火属性をお願いします!」
「はい! ──【エンチャント・ヒート】!」
「先ずは基本の──【ラッシュピアッサー】!」
「キィ……ッ!?」
クリムの放った連続突きが炎を纏い、デッドエンドスパイダーの巣を勢い良く燃やす。
突然装甲に覆われていない腹部が発火した事で慌てたデッドエンドスパイダーは怯み、体勢が崩れたせいで不自然にかかった負荷に耐えられなかった巣が崩壊。その奥から溢れた魔力がふわりと私の髪を撫でる。
──そもそも何故、デッドエンドスパイダーは通路を覆うように巣を張るのか。
実はデッドエンド(行き止まり)と言う名は、案外その存在理由を的確に表現していた。……間違っているのは、ダイバー側の認識なのだ。
「──おっと、次のデッドエンドスパイダーが早速! エンチャントの時間はまだ残っているので、このまま二体目の討伐行きましょう!」
〔行け行け~!〕
〔これから毎日蜘蛛の巣を焼こうぜ!〕
「今度はド派手に! ──【クレセント・アフターグロウ】!」
〔飛ぶ斬撃だ!〕
〔炎が飛んでる…〕
〔実質火属性魔法やん!〕
クリムが振るった槍の穂先の描いた奇跡に力場が生まれ、炎を纏って突き進む。
類稀な技巧と速度が開花させたクリムの奥義とも言えるスキルが、デッドエンドスパイダーの装甲の上からその脚を三本吹っ飛ばし、そのまま巣も焼き払う。
すると、その奥からまた溢れ出した魔力が波となって髪をわずかに靡かせた。
(やっぱり……だんだん、魔力が濃くなってきたな……)
彼らは『行き止まり』を作る為に巣を張る。
──ではそれは何の為か。
「まだまだ行けそうです! 次!」
巣が燃やされ、魔力が溢れる。
……最初は侵入者を拒む為だと思っていた。この魔物は奥へ進もうとするダイバーを足止めする為、こうして配置されたのだと。
しかし、考えてみればおかしいのだ。ダイバーの足止めだけが目的なら、何も通路を糸で覆ってしまう必要は無い。トラップスパイダーと同じような普通の形の巣で良い筈なのだ。
では何の為にわざわざ蜘蛛の巣の隙間を埋めるのか……その答えは──
(この魔力を……境界からの魔力の流れを堰き止める為……!)
リスナーは気付く筈もない。配信越しにこの変化は伝わらない。既に周囲の魔力は、下層と同レベルの濃度になりつつあった。
クリムは気付いているだろうか……いや、魔力を感知できないただの人間には確信なんて持てる筈もない。ただ──
「なんか……ちょっと嫌な気配がしませんか?」
「ええ。そうですね……」
彼女も何となく、脅威を肌で感じているようだ。
そして、次のデッドエンドスパイダーを倒し、巣を焼き払った時──
「! これ、って……!?」
〔うわ…〕
〔なにこれ〕
〔ヤバそう〕
〔これ引き返した方が良くない?〕
「──この先は、気を付けて進みましょう。クリムさん。そして、いつでも撤退出来るよう心の準備をしておいてください」
その巣、一枚を隔てた先の光景はこれまでと全く異なっていた。
迷宮の壁も地面も、天井も──
「これ全部……蜘蛛の巣ですか……!?」
煌々と燃える燭台を除いた全てが、純白の糸に覆われていた。




