第76話 初めてのコラボ探索配信
「──【ラッシュピアッサー】!」
「ギキィィーーーッ!!」
闇の魔力を纏った突きが、地面から飛び出した直後のダンジョンワームの頭部に無数の穴を穿つ。
体の大部分が埋まった状態で討伐したため、魔石は穴の中に落ちて回収不可能だろう。元々回収するつもりもなかったので、脚を止めずに迷宮を駆ける。
〔対処が早すぎるw〕
〔もぐら叩きかな〕
〔この速度のヴィオレットちゃんの正面に出てこれるダンジョンワームも十分ヤバいのにな…〕
〔どうやって感知してるのか気になるなぁ…〕
「感知は基本的に振動ですね。地面を蹴った時の反発に違和感があったので、ダンジョンワームが私を標的にした事はそれでわかりました。具体的にどこから出てくるかに関しては、奇襲するならここしかないなと言う場所に山を張っていた感じです──【ブリッツスラスト】!」
「グアアアァッ!!」
〔み、ミノタウロスくーん!〕
〔やっぱもう中層の魔物じゃ相手にならんのなw〕
コメントに返事をしながらダンジョンの探索を全速力で進め、角を曲がったところで襲い掛かって来たミノタウロスの攻撃よりも速くその胸の中心を貫いて返り討ちにする。
そして零れ落ちた魔石にはやはり目もくれず、ひたすらにダンジョンの奥を目指して脚を動かす。
(昨日見たアーカイブからすると、もうそろそろ追いついても良い頃合いなんだけど……っ! 居た!)
「──! 見つけました、クリムさん!」
「あっ! ヴィオレットさん! こっちですよー!」
〔!?〕
〔え!?クリムちゃん!?〕
〔やっぱり見た事あるルートだと思ったw〕
いくつかの角を曲がると、短めの赤いポニーテールが特徴的な後姿が目に入った。
早速声をかけると、満面の笑顔で振り返った彼女がこちらに手を振って応えてくれる。……と、その時──
「「!!」」
駆ける為に地を蹴った足から伝わる違和感……否、振動。地中を掘り進み迫り来る敵に対し、半ば反射的にレイピアを振り絞る。それと同時に、鋭い眼光で槍を構えるクリムの姿が一瞬見えた。
そしてその直後、私とクリムの間の地面が隆起。硬質な地面を食い破り、この日何度目かのダンジョンワームが姿を現したが──
「「──【ラッシュピアッサー】!」」
「」
体の前後から挟み込むように放たれた連続突きにより、断末魔の一つも発する間も無く、まるで弾けるようにその全身が塵へと還った。
〔ひえっ〕
〔ダンジョンワームが何をしたって言うんだ…〕
〔そら女の子同士の間に入ったらこうなるよ〕
〔ほな仕方ないかぁ〕
無駄に派手に散ったダンジョンワームの掘った穴をヒョイと飛び越え、私はようやく今日の配信の最初の目標であるクリムとの合流を果たした。
……ただ、彼女の身に危険が及ぶより前に合流できた事はめでたいが、結局予定の時刻は少しばかり過ぎてしまった。
特に上層の広さを見誤ったのは完全に私の落ち度であるので、先ずは素直に頭を下げて謝罪する。
「お待たせしてしまってすみません! 私から話を持ち掛けたのに……!」
「いえいえそんな、頭を上げてください! 私も配信を始めたばかりですので、全然待ってないですし! ──あっ! ほら、先ずはリスナーの皆さんにも説明しましょうよ!」
彼女はそう言って、横並びなった私達の前に自身の配信用カメラを移動させる。
確かに今は配信中でもあるのだし、謝罪を長引かせるのも良くない……という訳で、私たちは二人で改めて双方のリスナー達に向けて今回の配信の趣旨を説明する事にした。
「そうですね……既に私達がこうして並んでいる事から、リスナーさん達も察しがついている事とは思いますが──」
……それは遡る事、昨日の午後八時頃。
『──直前だと言うのに了承してくださり、ありがとうございます』
『いえ! 私こそ、こんなお誘いをかけてくれて嬉しいです! ……でも、良いんですか? 私の方から合流しなくても……』
『はい、そこまでご迷惑はかけられませんから。ただ、少しだけ探索の速度を落としてくれると助かります』
『そんな、迷惑なんかじゃないですよ! ……わかりました! それでは合流の予定時間は──』
今日の昼の配信の打ち合わせを、前日の夜に行う……あまりにも急な話にも関わらず、彼女の厚意により決定した今回の企画。それは──
「今日の配信は私、オーマ=ヴィオレットと!」
「私、クリムのコラボ探索配信です! イエー!!」
〔コラボ!?〕
〔それで急いでたのか!〕
そう。これこそが彼女の身の安全を確実に守る為の私の秘策──『コラボ配信で護衛作戦』だ。
裏・渋谷ダンジョンの特徴から考えると、この裏・中層に潜む脅威に対して彼女一人で挑むような事になった場合……私の予想では、彼女はその命を危機に晒す事になる。
対策は二つ。彼女に中層の探索を待ってもらい、その間に私が一人でその脅威を排除するか……或いはこうして彼女の探索に私自らが付き添い、直接彼女を守るかだ。
……前者の方法を選ぶ事も一度は考えたが、少し考えて取りやめた。
単純な経歴だけで言えば私以上に新人である彼女でも、既にその実力と知名度は一人前のダイバーだ。
だからいくら彼女が私を信頼してくれていると言っても、探索の楽しみや配信の取れ高を奪われるような提案は拒絶される可能性が高いと考えたのだ。
特に、今の彼女はいわば『ノリにノっている』状態……『そんな魔物が居るのなら取れ高になる』と、探索を速める危険性まである。
そうなれば、彼女の速度に私が追いつく前に私が合流できる可能性は極端に低くなっていただろう。事実として、今日の私は想定よりも合流が遅れてしまったのだから。
(私が裏・中層に降り立った時に感知した『強い魔力』の発生源は……うん。クリムの配信からそんな気はしていたけど、やっぱりかなり近付いてるな。ギリギリだが、間に合って本当によかった……)
彼女が普段のペースで探索していれば、きっと後三十分もかからずに『この魔力』の場所に到達していた事だろう。
下層で出会った、あの『装甲を纏ったダンジョンワーム』に匹敵する魔力の元に……
(今回の探索の大目標は、この魔力を放つ魔物を二人で倒す……あるいは、確認した後に安全に撤退する事だ)
探索のルートを誘導して接触させないようにする事は出来るが、それは一時しのぎにしかならない。
後日、彼女が『こっちはまだ行ってませんでしたね』と言ってその場所に向かってしまう可能性だってあるし、それが私の探索する土日以外であれば私が彼女を助ける事も出来ない。
もしもそんな事になれば、最悪の可能性が現実味を帯びてくる。だからこそ彼女には、最低でもこの脅威について認識してもらう必要がある。そして、できる事なら──
(この魔物は、私がいる今日の内に確実に倒したい……! クリムの槍の実力を考えれば、私のエンチャントを使いこなす事で十分に戦えるはず……先ずは手頃な魔物を相手に、エンチャントを使った戦い方を学んで貰わなくては)
第一段階としてエンチャントとスキルの組み合わせをいくつか試して貰い、エンチャントを使った戦い方を身に着けてもらう。
そして、第二段階でこのエリアに潜む脅威を共に倒す……今回のコラボの趣旨は、それらの目標を満たす為に調整したものだった。
「今回のコラボの目的ですが──私のエンチャントを他のダイバーに使用した場合、それがどの程度戦い方に影響を与えるのかを確かめる実験企画となっております!」
〔!?〕
〔それってクリムちゃんはエンチャント試し放題って事!?〕
〔羨ましい…〕
「勿論今回の企画を考えたのにも、彼女を選んだのにも理由があります!」
以前の配信で『配信準備中の私に話しかける』と言う条件で、一回だけ行うと宣言したエンチャントを使い放題……そんな事を言えば、不満の声の一つや二つ上がるだろう事は既に予想済みだ。
だから『それっぽい理由』を付け加える事で、多少なりとも納得を得やすい方向にもっていく。
「そもそも今回の企画は、私のエンチャントが他のダイバーさんの戦い方にどれだけの影響を与えるのかを直接確かめたいと思ったのが発端なんです。戦い方と属性が嚙み合わなかった場合、もしかしたら付与した属性が足を引っ張ってしまう事もあるかもしれませんから」
と、昨日の夜に考えた『それっぽいストーリー』を前置きとして説明し、続いてコラボの相手が『クリムでなければならない理由』を語る。
「そのお相手にクリムさんを選んだ理由ですが……先ず、彼女が既に一流の槍使いとして完成している事。これは普段からクリムさんの配信を見ているリスナーならよく解っている事と思いますが、彼女の槍捌きは既にダイバー全体でも上澄みレベルにあると思われます」
この説明に関しては嘘は言っていない。
彼女の槍の扱いは実際に卓越しており、年齢を考えれば恐らくは天性の素質だ。
公開されているダイバープロフィールによれば、彼女はダイバーになる前からいくつもの大会で優勝しており、その界隈では知らぬ者は居ないとまで呼ばれる神童だった。
〔槍の扱い上手いのは知ってたけどその域なのか…〕
〔でも実際レベルに対してメチャクチャ強いよなぁクリムちゃん。槍一本で攻防共に完璧にこなしてるし……〕
「いやぁ~……えっへへぇ……!」
〔クリムちゃん表情ちょっと引き締めてw〕
何やら私が話している内にクリムの顔がにやけ始めてしまったが、今は説明を続けることが先決である為、構わずに話を続ける。
「彼女ほど槍の扱いに長けていれば、多少の不測の事態があったところで対応ができると考えました。そしてダイバーになる前から培ってきた経験を即座にダイバーの戦い方に組み込む事が出来た彼女であれば、付与された属性が自身の戦い方に与える影響を直ぐに見抜き、順応できるとも思ったのです。一流の槍使いがエンチャントをどう扱うか……これが解れば他のダイバーさんの参考になると考え、それを説明した上で協力をお願いしました。ですよね、クリムさ……──クリムさん!?」
「えへへへへへへへへへへ……──ハッ!? えっと、なんですか!?」
〔クリムちゃん、表情ヤバい事になってたよwww〕
どうやら途中から上の空だったらしい。
……戦闘中にこんな状態にならないだろうな。そんな一抹の不安が頭を過った。




