第70話 後継機
悪魔にカメラを破壊され、探索を急遽中断した数十分後。
私は一度家に戻って着替えを済ませた後、『俺』を伴って渋谷の有名な大型家電量販店へとやって来ていた。
普段ちょっとした探索用品であれば一人で買いに来るのだが、今回私が買いたいのは耐久性や機能面の充実した最新のドローンカメラだ。
渋谷ダンジョン下層での戦闘に巻き込まれても傷一つ付かないような頑丈な物ともなれば、素材からして今まで使ってきた物とは違って来る。当然値段も相応にお高く、『俺』の腕輪で決済して貰う必要があったのだ。
「……こうして見ると、一口にドローンカメラと言っても色々あるんですね」
「ジョブによっては耐水性やら防塵とか、後は熱に強い必要があったりするからな。まぁ、駆け出しであれば支給される安物でも問題は無いんだけど……」
成程。どうやら『俺』の話を聞く限り、私はドローンカメラにかなりの無茶をさせていたようだ。
ダイバーに関するリサーチが足りなかった事を少し反省しながら、陳列された無数のドローンカメラの吟味を再開する。
(しかし、本当に色々あるんだな……)
飛行の速度に優れている物だったり、遠隔操作で偵察出来る機能があったり……変わった物だと、コメントを自動で読み上げてくれる物まであるようだ。……魔物に見つかるリスクが増えるだけな気もするが、売れているのだろうかこの製品は。
「──失礼ですが、ドローンカメラをお求めでしょうか……?」
「あ、はい。出来るだけ頑丈な物が良いんですけど──」
不意に声を掛けられたので振り返ると、そこに居たのはどこか緊張した様子の店員さんだった。
どうやら並べられている商品の紹介をしてくれるらしく、私自身どれにするか決めかねている部分もあったので素直に彼におすすめの物を見繕って貰う。
「でしたら、こちらの製品が現在当店舗で取り扱っている中で最も頑丈な作りとなっております。ただし、流石に渋谷ダンジョンの下層での戦闘に耐え得る物であると言う保証は致しかねますが……」
「……成程」
最後の方を声を潜めて伝えて来た事を考えるに、私が『オーマ=ヴィオレット』である事を知った上で声をかけてくれたようだ。
そして彼はその後、最初に見せてくれた最新式より少しだけ古いタイプのドローンカメラを手に取り、商品の説明を続ける。
「こちらの製品はやや旧い型になりますが、耐久性や機能面で安定しており愛用者も多い人気商品となっております。お値段もリーズナブルで、お買い得かと」
「うーん……では、こっちでお願いします」
少し考えた後に私が指差したのは、彼が最初に見せてくれた最新式の頑丈な物だった。
確かに下層の戦闘に耐えられるかは分からないものの、最初から壊れる前提で選ぶのもどうかと思った為だ。
それに、使ってみたら案外耐えられるかもしれないしな。
……と、言う事があった翌日の日曜日。
私は早速、新調したドローンカメラで配信を開始していた。
「皆さんごきげんよう! オーマ=ヴィオレットです!」
〔ごきげんよう~〕
〔ごきげんよう!〕
〔ちょっと待って!?そこもしかして森だった場所!?〕
〔えらい事になってて草枯れる〕
「あー……そうですね、先ずそこから話しますか」
今私が立っている場所は昨日の配信で探索し、悪魔と戦闘した座標ではあるのだが……あの戦闘の影響で周囲の光景はかなり様変わりしていた。
木が密集している所為で真っ暗闇だったこの場所も、周囲の木が切り刻まれた今では下層の天井に生えた結晶の光が届いており、少し薄暗い程度になっている。ランプ無しでも、どこに何があるのかを把握するのに苦労しない程だ。
そのおかげで戦闘の激しさを物語る痕跡の数々が、余すことなく配信に載っていた。
薙ぎ倒された幹の残骸、細かく刻まれて周囲一帯に敷き詰められたウッドチップ……そんな状態が半径数mと言う規模で広がっているのだ。
しかしあの後アーカイブで確認したところ、私と悪魔の戦いはこの光景を生み出した魔法のぶつかり合いのところで終わっていた。そのタイミングでカメラが壊れてしまったのだろう。
その為周囲の惨状についても、この瞬間までリスナーは知る由もなかったのだ。
〔悪魔の魔法エグイな…〕
〔って言うかちゃっかり悪魔が切り刻んだ残骸から木の枝は収穫したの草〕
〔転んでもただでは起きない令嬢〕
〔このケチ臭さ…本当に令嬢なのか…?〕
「う、うるさいですね! ふと周囲を見回したら至る所に枝が落ちてたんだから、拾うしかないでしょう!? カメラの弁償代として貰っただけです!」
ついでに周囲のスライムも消し飛んでたから拾い放題だったしな……けち臭いとか言われてしまったが、正直後悔はしていない。おかげで今月のノルマも達成できたし。
〔こんな惨状を生み出した悪魔にも勝ったんだよなぁ…やっぱすげぇよヴィオレットちゃんは〕
〔そう言えば悪魔に勝ったんだよね?魔石ってどうだった?〕
「あぁ、そう言えばその件についてまだ話していませんでしたね。実は──」
どうやら私が無事だった事等から、あの悪魔に勝ったと言うイメージが先行して拡散されている様なので、誤解を解こうと口を開いたところで……
「ヤッホー! 会いに来たよ!」
「うげ……本当にまた来たんですか……」
上空から昨日も聞いた声が響いた。
〔悪魔生きとる!?〕
〔倒したんじゃなかったのか!?〕
「一応競り勝ちましたけど、逃げられたんですよ……」
実際には見逃さざるを得なかったと言うのが正しいのだが、状況の説明が面倒だったので簡潔に伝える。
「ちょっと、何さその顔~! 連日ここに来たって事は、貴方もあたしに会いたかったんじゃないの?」
「それはとんでもない誤解ですよ……寧ろ私は──」
「まぁ良いや! あたし達が出会ったらやる事は一つでしょ!」
「ちょ……ッ! 本当にこっちの話聞かないですね貴女は! ──【エンチャント・ゲイル】!」
〔好戦的過ぎる〕
〔見た目かわいいのになぁ…〕
こちらの返事も聞かずに攻撃を放って来るチヨに、こちらもローレル・レイピアで応戦する。
昨日の彼女の言葉を信じるのであれば、コレは彼女の鬱憤晴らしや退屈しのぎだそうだが……こっちとしては冗談じゃない。
まるで初歩魔法のようなペースで放って来る風の刃はその一つ一つが重く、そして非常に鋭い致死の刃だ。ローレル・レイピアで捌くのにも体力や魔力を消耗させられるし、彼女は魔法だけでなく独自の体術も扱うのだ。
「──く……ッ!」
「おお、あたしの動きにも慣れて来たって感じ!? もしかしたらあたし達って気が合うのかもね!」
「あまり……ッ! 嬉しくは、ない……ですね!!」
〔良く捌けるなこんな不規則な攻撃〕
両手両足に加えて尻尾も交えたラッシュ攻撃に、反撃の隙を見いだせないまま後退し続ける。
前回は彼女の雷の魔法を利用して隙を作ったが、もう同じ手は二度と通用しないだろう。きっと彼女はもう私に対してあの魔法を使って来ないだろうし……
(あれ……ちょっと待てよ? だとすると、彼女がこの後使うだろう魔法って……)
「さぁ、コレをまた防げるかな!?」
そして彼女は私を昨日のように蹴り飛ばし──昨日のようにその手に凝縮した嵐を生み出した。
「──ちょっ!? 待っ……!」
〔あっ、待って!〕
〔終わった…〕
〔待ってください!〕
〔それだけは!〕
〔あかん〕
このままでは昨日と同じ事になる。しかし、現状彼女のこの魔法に対抗できる方法は一つしか無く……
「ド畜生ぉーーーーーーッ! ──【エンチャント・ゲイル】、【螺旋刺突】!!」
〔草〕
〔流石に草〕
〔令嬢の発言じゃないwww〕
〔配信中断RTA更新かぁ…〕
再び下層の森に嵐が吹き荒れた。
……そして、昨日買ったばかりの最新式ドローンカメラ君はお亡くなりになったのだった。
◇
『 オーマ=ヴィオレット
@Ohma_Violette
なんか下層に行くと悪魔に付きまとわれて配信にならないみたいなので、次回は裏の方に行こうと思います
あの悪魔絶対許さん 』
『草』
『仕方ないね』
『ド畜生ぉーーーーーー!!!(令嬢)』
『ド畜生!』
後継機(故)