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第66話 待ち受けるモノ

 渋谷ダンジョンの隠されていた通路の先……今は『裏・上層』と呼ばれるエリアにて、とある四人組のクランが魔物の群れと戦っていた。


「ギャイィン!」

「よし! コイツで最後だな!」

「ナイス、リーダー!」

「と言っても、相手はブラックウルフだからなぁ……」


 飛び掛かって来たブラックウルフの牙を危なげなくバックラーで弾き、右手で振るったショートソードが寸分狂わずその首を切り裂く。

 慣れた様子で素早い相手を返り討ちにした男性ダイバーは、今は『表』と呼ばれる事もあるルートに於いては中層まで至ったダイバーであり、その戦い方からも歴戦の風格が漂っていた。


「ん~……やっぱりこうも手応えが無いとマンネリしてくるよね~」

「危険は少ない方が良いんじゃない? 私達って今は準備期間な訳だしさ」

「まぁ、その準備もトレジャーが見つかるか次第なんだがな」

〔裏の探索はトレジャーで稼ぐには良いけどやっぱり魔石の効率は悪いよなぁ〕

〔出てくる魔物はトラップスパイダー以外は表上層と同じだからな…〕


 彼等の目標は中層に居た頃から変わっていない。中層から下層へ……今は『オーマ=ヴィオレット』が切り開き続けている最前線へと自分達も追いつき、いずれ追い抜く。

 この『裏』の探索も彼等にとってはある種の寄り道に近く、さっさとトレジャーを取り尽くして装備を調え、その後再び下層に挑もうと考えていた。

 しかし、彼等が裏の探索を開始してから早一週間。彼等は今だに裏の探索を継続している。


「しっかし、本当に広いな『裏・上層』。表の上層の倍近くは探索したと思うが……」


 その理由が裏・上層の広大さと複雑さだった。

 いくつものクランがそれぞれ自由に探索していると言うのに現在も未探索の箇所が残っており、さらにそこからトレジャーが発見される事もあるのだ。

 彼等もここで可能な限り稼ぎたいと言う思いもあり、探索が可能な日は欠かさずに裏・上層に潜っていた。


「もしかして、あの噂の通りこっちが正規ルートだったりしてね!」

「私達にも最前線チャンスあったりして! リスナーさんはどう思う?」

〔ありえないとは言えんよなぁ〕

〔最近は結局あの下層に繋がってるって説も出て来たけどね〕


 壁沿いに光源がある中層とは異なり、ほぼ完全な暗闇をランプの明かりで照らしながら進む一行。

 にも拘らずそのテンポは軽快で、慎重さとは程遠い。

 彼等は完全に油断していたのだ。自分達が中層ダイバーであると言う自負があるが故に。


「ん……? ──危ねぇっ!!」


 常に前衛に立って仲間を守ると言う役割柄、最低限の警戒を残していた騎士の男性だけがそれに気づいた。

 微かな気配の動きから行動に移すまでは一瞬で、咄嗟に仲間の風魔法使いの女性を押し退けるようにして立ち塞がった彼は、すかさずタワーシールドを構えた。のだが……


「きゃっ!? ちょっと、いきなり何……──って、アンタ、盾はどうしたのよ……?」


 次の瞬間、彼のその手からタワーシールドは忽然と消えていた。

 騎士の男性は唯一素肌が確認できる顔にびっしょりと汗をかいており、震える口で答えた。


「……タワーシールドを、奪われた……!」

「えっ!? あんな一瞬で……!?」


 明らかな異常事態に緩んでいた気持ちを一瞬で引き締め、即座に臨戦態勢を整えるクランメンバー。

 騎士の男性は腕輪に収納していた予備の盾を取り出し、フォーメーションに乱れはなかった。


 ──ギギッ……バキョン!


 分厚い金属が何か物凄い力で捻じ切られるような音に、より一層警戒を強めたリーダーの男性がランプを放ると……暗闇に巨大なその姿が浮かび上がった。


「「「「──うわあぁぁぁぁぁッ!!!」」」」







「裏・上層でそんな事が……教えてくれてありがとうございます」


 水曜日の雑談配信にて、リスナーから伝えられた情報に感謝を返す。

 彼等の話によると渋谷ダンジョン中層クラスのダイバー四人のクランが、たった一体の魔物相手に撤退を余儀なくされたと言う話だった。


(しかも、ここに来て新種の魔物……? 話を聞く限り、恐らく中層クラス……イレギュラーケースだとしても、何か気になるな)


 一体『イレギュラー』とは何なのだろうと言うペースでその単語を耳にするが、元々が数百年単位で隠されていたエリアだ。浅層にまで溢れ出したトラップスパイダーよろしく、今回の魔物もずっと前からそこに居たのかも知れないな。

 発見したクランのリーダによって付けられた名称は『デッドエンドスパイダー』。その意味は『行き止まり』……か。

 ここから先に進む事は不可能、そう言う警告の意味も込められた命名なのだろうな。


「それで、その魔物──デッドエンドスパイダーはどうなったのですか?」

〔昨日クリムちゃんに倒されたよ〕

「えっ、クリムちゃんですか!? へぇ~……短時間で凄い成長速度ですね……」

〔えへへ〕

〔本人居って草〕

「あ、クリムちゃん。デッドエンドスパイダーの討伐おめでとうございます!」

〔おめ~〕

〔おめでとう!〕

〔ありがとうございます!まぁ魔石は安かったんですけどね~〕

〔渋谷ダンジョンの蜘蛛ホント不味いなぁ…〕


 クリムの成長も凄まじいが、発見したクランの実力不足もあったのだろうか……

 だとすると『行き止まり』なんて名前を付けられたデッドエンドスパイダーも可哀そうに……これじゃあ完全に名前負けのネタ魔物の仲間入りじゃないか。


(……しかし、また蜘蛛の魔物か……)


 ──この時に頭の片隅に何か小さな違和感が引っ掛かった気がしたのだが、私は直ぐに今日の配信の本題に切り替えてしまった為、直ぐに忘れてしまった。


「まぁ、裏の探索は彼等に任せて、ボク達は現在の課題である森の攻略について話し合いましょう!」

〔それもそうだな〕

〔大量のレッドスライムをどう捌くかだよね〕

〔発注したドレスアーマーの機能でどうにか出来ない?〕

「残念ながら、発注したのが森に行く前だったのでそう言う機能は注文してませんね……兜も無いですし」

〔そっかー…〕


 こんな事なら顔が見える事よりも防御を重視すればよかったかも知れないが、過ぎた事はどうしようもない。反省も程々に、今用意できる手札でどうにかする方法を探して行こう。


〔グロテスクなビックリ箱の対策は必要?〕

「う……もうアレは勘弁ですね……」


 初見殺し系のトラップとは言え、アレは二度目以降もメンタルに来そうだ。

 そう思っているのは私だけではないようで、コメントにもチラホラと私と同じ意見が見受けられた。


〔思い出したら吐き気が…〕

〔もうあの森ごと燃やさないか?〕


 早速物騒な案が飛び出したが、流石にそれをやってしまうと枝の納品に影響が出てしまうので却下する。……本音を言えば、私も燃やしたいのだけどこればかりは仕方ないのだ。


〔一つ思ったのが、あの白い木って生木じゃん?そもそもあまり燃えないよね?〕

「あー……確かにそうかも知れませんね」

〔生木は燃えにくいって言うなぁそう言えば〕


 成程、そもそも森を燃やす事自体難しいと。

 逆に言えばスライムの弱点である火属性の魔力も、多少は扱えるわけだな……


〔あ!思いついたかも!エンチャント・ヒートを白い木に使えば良いんじゃない!?〕

「え……? あ、ああ! その手がありましたか!」


 成程、エンチャント・ヒートは火の魔力を付与するのであって、付与した対象を燃やしている訳ではない。現にロープにエンチャント・ヒートを付与しても、ロープが焼け切れる事はないのだ。

 しかし、魔力が付与された物体はそれに触れた物を燃やす事が出来る。『火の性質』を帯びているから。

 つまり、白い樹自体に火の性質を帯びさせてしまえば……


「白い樹は燃えないまま、樹上のスライムだけを焼けるんですね!」

〔天才が居たか…〕


 しかも協会の分析によれば、あの樹は魔力を非常に通しやすい。エンチャントとの相性も良い筈だ。


〔ただそれだけで倒しきれるかは微妙だよな…動きは鈍くなるかもしれないけど〕

「確かにそうですね。ですが、先手を確実に取れるいい案ですよ! この調子で色んなアイデアを集めて行きましょう!」


 一つの妙案が飛び出したのを皮切りに、この日の配信は多くの意見が飛び出した。

 難航すると思われていた森の探索にも、頼もしいリスナー達のおかげで一筋の光明が差し始めていた──



「う~……今日も来ないのかなぁ……──これでもう四日も待ちぼうけだよ~」


 渋谷ダンジョンの下層にて、一人の女性が空を漂いながら愚痴をこぼす。

 彼女はこの数日間、本来の巡回時刻以外にも積極的に下層を飛び回り、方々へと目を光らせていた。

 全てはあの巨大なダンジョンワームを倒した『誰か』に会う為に。

 彼女の退屈な日々を終わらせる為に……

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