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第59話 再戦

 レベルアップとは何か……確か以前もそんな事を考えた記憶がある。

 倒された魔物の身体を構成していた魔力がその制御を離れ、周囲にばらまかれた事でフリーな魔力になる。それを取り込んだ生物は、自身が望む理想に近付くように身体を変質させるのだと。

 異世界の人間の中には身の丈以上の鉄塊を悠々と振り回す者や、豹のトップスピードで何時間も駆ける者も居たが、それこそがこちらの世界で言う『レベルアップ』の恩恵なのだ。


 ──では、それを魔物が行えばどうなるか。

 ()()()()()()、単純に身体が大きくなる。

 生命維持に食事を必要としない魔物は身体が大きいと言うだけで生存競争に有利だし、何よりレベルアップをする魔物の殆どは『捕食』と言う行為でそれを行う。口や体積が大きい程『捕食』が捗る事もあり、低い知能で考え得る最適解がそれなのだ。


〔これダンジョンワームなのか!?〕

〔全然別の魔物じゃん…〕

〔一瞬龍か何かかと思った…〕


 ……しかし、目の前に現れたこのダンジョンワームはどうだ。

 体の大きさはそれ程変わっていない代わりに、その全身はかつての面影を残さない程の変化を遂げていた。

 それは『彼』がそう望んだと言う事。捕食よりも優先して、『私を倒す為に必要な力』を目的にレベルアップを重ね……そして手に入れたからこそ、今こうして私の前に現れたのだ。


(あの装甲……レイピアでは分が悪すぎる……!)

「ピギィッ!」


 私が息を飲む中、巨大なダンジョンワームは口に咥えていた通常のダンジョンワームを嚙み砕き……私の目の前で捕食した。


「■゛■゛■゛■゛■゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァーーーーッ!!!」

「く……ッ!」


 塵に還りながら口から零れ落ちたダンジョンワームの残骸には目もくれず、奴は全身を振るわせて落雷のような咆哮を上げた。

 ビリビリと空気が振動し、意識を手放しそうになりながらも両足でしっかりと踏ん張る。その次の瞬間──


「早……ッ!?」


 新幹線が突っ込んで来たかのような速度とスケールの突進。反射的に身を躱したが、もしもまともに食らっていれば私でも危なかっただろう。


(この隙に一撃!)

「──【エンチャント・ダーク】!」


 凄まじい速度ではあったが、一度回避しまえばその長い胴体は良い『的』でしかない。素早く闇の属性を付与した私は、直ぐ傍を通過している途中の胴体へとその流れに逆らうように全力の斬撃を放った。

 が……


 ──キィンッ!!

「弾かれ……ッ!?」


 金属のように見えた装甲は、事実金属であるかのようにローレル・レイピアの一撃を弾き返してしまった。予想外の結果による一瞬の思考の空白と、攻撃を弾かれた反動により体勢がぐらりと傾く。

 ……そして、地面が振動を始めた。


「ッ!」


 ダンジョンワームの突進した先を見れば、その頭部は既に地面に潜っていた事が分かった。次にどんな攻撃が来るのかも。


「──【エンチャント・ゲイル】!」


 直ぐに靴に風を纏わせて全力で跳躍した、その数秒後。何度か空中を蹴る事で十m程の高さに到達した辺りで地面が爆ぜ、土煙を裂いて奴の大口がこちらへと突っ込んで来た。

 しかしいくら速度があろうと、それは予想していた攻撃だ。地上程の小回りは利かないが、空中での回避行動が可能な私には当たりはしない。

 空中を蹴る事で起こした突風により余裕で回避し、もう一度空中を蹴る事で軌道を反転。直ぐに距離を詰め、前回のように反撃を加えようとローレル・レイピアを振りかぶり……


 ──ゾクリ

 その瞬間に感じたのは、間違いなく殺気だった。

 捕食しか考えていないとばかり思っていたダンジョンワームからの、『殺す』と言う強い敵意。


(拙い! ──()()()()()()……ッ!)


 眼前に聳える巨体が傾く。私の方へと。

 奴は迂闊に近付いた私をその巨体で地面へと叩きつけ、押し潰すつもりなのだと理解した。

 自分で起こした風により、それに気づいた今も奴への接近は急に止められない。サイドステップで躱すにしてもあの巨体だ。流石に間に合わない。

 地面に叩きつけられる事は避けられても全身を打たれる事に変わりはなく、今の装備では大ダメージを受けてしまうのは明白。そして衣装もボロボロになり、配信は中止となるだろう。明日の分まで探索すると宣言した手前、開始から一時間と経たずにそれは都合が悪い。

 思考が加速する。何をするべきか、一瞬の間にいくつもの案を模索する。そして──


 轟音と共に叩きつけられたダンジョンワームの身体により、下層が揺れた。




 ……


「ふぅ……流石に今のは危なかったですね……」

〔ヤバかった〕

〔もう駄目かと…〕

〔ダンジョンワームってあんなヤバい事になるのか…〕


 振動の余韻によって水面に生まれる波紋を眺めながら、溜息を一つ零す。

 あの一瞬、腕輪の機能で結晶の湖に退避していなければ、今頃私は撤退を余儀なくされていただろう。いや、下手すればもっと危うい状況に陥っていた可能性もあった。主に意識を失い捕食されたり、【変身魔法】を維持できずに正体がバレたり……考えると流石にゾッとするな。


「ォォォォォーーーーー…………!」

「! この声は……」


 脳裏に過った最悪の可能性に思わず身震いしたその時、遠くの方から先程のダンジョンワームの物と思われる咆哮が聞こえて来た。

 戦闘が終わった後にまるで遠吠えのように自らの力を誇示する行為はまさに──


「勝利の雄叫び、と言ったところでしょうかね……」


 そうか。私は負けたのか……そんな実感が、ダンジョンワームの遠吠えによってじくじくと込み上げて来た。

 正直、油断や慢心はあった。いくら頑丈になろうとも、結局はこれまで何度も倒してきたダンジョンワームなのだから行動を読める筈だと。

 明日の事に気を取られて少しばかり集中力も散漫になっていたり、決着を焦ったりもしていたかも知れない。……そんな言い訳が次々に脳裏に浮かぶが、結局事実は変わらない。

 私は奴を侮り迂闊に接近した結果、裏をかかれて撤退に追い込まれたのだ。それだけが事実。


(『オーマ=ヴィオレット』の初めての敗北か……)


 その事に少なからずショックを受けるが、しかし落ち込んでばかりもいられない。

 今は配信中なのだ。弱々しい姿を見せれば盛り下がるし、何より今後下層を探索する上であのダンジョンワームは必ず倒さなくてはならない宿敵となってしまった。

 必要なのは後悔ではなく、前進の為の模索なのだ。


「──敗因を洗い出しましょう」

〔え〕

〔ヴィオレットくんまさか…〕


 私の言葉にコメントがざわつくが、構わず宣言する。


「立ち回りを改善し、勝機を探り──今日中にもう一度挑みます」

〔今日中!?〕

〔それは無茶すぎる!〕

〔落ち着いてレベル上げたりスキルを習得してからでもいい筈〕


 予想していた事ではあるが、やはり宥めようとする声が多い。

 彼等は私のこの判断が、いつものような無鉄砲から来る物だと思っているのだろう。しかし、そうではないのだ。


「それでは遅すぎるんです。あのダンジョンワームは、一週間前に戦ったあの個体が成長した姿……たった一週間であれ程の変化を遂げたんです。例え明日配信が出来たとしても、その時にはボクとアイツの差は更に広がっている可能性が高い」

〔それはそうかも知れないけど…〕

〔一理あるか〕

〔本当にそうなったらそれこそ下層の探索は完全に止まりかねないな…〕


 そう。今こそが奴と私の差が一番近い時なのだ。

 ダンジョンワームはレベルアップする魔物……こちらのレベルアップを待ってくれる相手ではない。明日私が配信出来ない以上、今しか奴を倒すチャンスはないのだ。

 それが伝わったのだろう。その後の説得の甲斐もあって、リスナー達もさっきの戦いから得た情報から敗因と勝機を探る手助けをしてくれることになった。




「──これで、大体の対策は立てられましたね」

〔勝ち目が薄かったら撤退してね〕

〔無理だけは禁物!〕

「はい。作戦の立案から改良まで協力してくださり、ありがとうございました。……では、そろそろ行きましょうか! ──【エンチャント・ゲイル】!」


 深呼吸を一つ。心を落ち着けてから、靴に纏わせた風の力で空を跳ぶ。

 目指すは先程交戦した座標……奴はまだその近くにいる筈だ。

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― 新着の感想 ―
レベル測定不能なのに雑魚のボディプレスくらいで意識失うか? 無傷だと視聴者には不自然に映るかもしれんが
更新お疲れ様です。 前フリは有りましたが、想定を遥かに超えて強くなってますねミミズ野郎…!? ぶっちゃけ今のスキル編成でなんか有効的なダメージソースになるやつ持ってたかなぁヴィオレットちゃん? そ…
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