第57話 集合『恥』
「さて、先ずは詳しい企画内容を説明しますね」
〔楽しみ!〕
〔俺の考えた名前がヴィオレットくんのクラン名になるかも知れないのか〕
先ほどまで死にかけていた空気だが、企画の趣旨が実感として伝わるうちにコメントの雰囲気も良くなって来た。
それを確認した私は早速具体的な流れの説明に入るべく、スケッチブックのページをめくり簡単な図も添えて説明を始める。
先ず今回の企画だが、流石にコメントに投稿されるクラン名を一つ一つ追っていくのは先ず不可能だ。
眼で全てのコメントを確認する事は出来ても、コメントの速度次第ではまともに集計も出来やしない。そこで──
「SNSと連携した匿名メッセージサービス、『まかろん』を使います」
〔大丈夫か?〕
〔なんか不安になって来たぞ〕
〔おっと早速雲行きが…?〕
一瞬で立ち込める暗雲。彼等がこうも不安を抱くのには、ある種ミームと化したムーブメントが原因だ。
──『くそまろ』。
それは『まかろん』と言うメッセージサービスの匿名性が生み出した、悲しいモンスター。
一体いつからそれが生み出されるようになったのかは定かではないが、誰が投稿したのか分からない匿名性があるからこそ、投稿者は時にハジケるもの。
痛々しいポエム、スベリ散らす極寒ギャグ、最早なんだか良く分からない怪文書……これらはまだマシな方。酷い物だと普通にセクハラになる様な物まで飛び交う魔境が現在の『魔化論』──ではなく『まかろん』なのだ。
勿論、中には思わず笑ってしまう秀逸な投稿もあり、どれを拾うか拾わないか、拾った物を活かせるか殺すかは配信者の技量が問われる。
確かにリスナーの心配するように、今の私にはそこまでの技量があるとは言えないかも知れないが……結局のところ、危ない物は触らなければ良いだけだ。
セクハラめいた投稿だって、そもそも元・男である私には効かない。千年以上生きていて耐性が無い訳もないし、そう言った投稿は華麗にスルーして上手く捌いて見せようじゃないか。
そんな覚悟を胸に、私は企画の為に解説した受付ボックスのURLを画面に出して説明を続行する。
「ボクが開設した箱に皆さんの考えたクラン名を投稿して貰い、それをボクが読み上げてこのスケッチブックに書いて行きます。スケッチブックのページ一つが一杯になったところで募集を終了し、出揃った候補の中から一つのクラン名を選出すると言う流れです!」
〔読み上げるのか…〕
〔読み上げるのはやめないか?〕
〔ヤバいって…〕
「大丈夫ですよ! ボクにも触れてはいけない物の見分けはつきますから!」
そもそも『まかろん』には不適切なワードをAIが判別して伏せ文字にしてくれる機能も付いている。そう言う投稿を避ければ妙な事にはならないだろう。
「さぁ、皆さんの知恵を貸してください! それでは……スタートです!」
──数十秒後。
《熱中症》
《お兄ちゃん♪》
《令嬢ちん珍道中》
《†深淵へ誘われし闇の眷属†》
《湿ったチワワ》
《お■■■■!!!!!》
《■■■》
《■■■》
《お姉ちゃん♪》
《ホリゾー&クッコロ》
《大場カズキさん大好き♡》
《■■■■■》
《■■■》
スマホで確認した画面に並ぶのはいずれも危ない文字列ばかり。
多少の悪ノリは覚悟していたが、まさかこんな大惨事になるとは……
「ふぅ~……!」
〔もうヤバそう〕
〔俺はもうヤバいと思う〕
〔開始早々もう心折れてないか…?〕
〔まぁこの速度で送られてるものとなると殆ど熟考せずに投稿されてるものだし想像はつくなぁ…〕
確かにコメントで指摘してくれた人の言う様に、企画開始間もなく投稿される物なんて頭にパッと浮かんだ言葉が殆どだろう。
勿論私が企画の説明をしている間にも考えてくれている人もいるだろうけど、納得できるクオリティの物はそうそう浮かばない筈だ。……多分。
だからこの惨状は仕方ない所もあるとは思うのだが……如何せんこれは配信だ。このまま時間を無為に引き延ばすのも良くないし……何か当たり障りのない物を一つくらい読み上げるかなぁ……
「えっと……『†深淵へ誘われし闇の眷属†』が一つ目の候補ですかね……」
〔草〕
〔中二過ぎて草〕
〔相当厳選してこれかぁ…〕
いや、ホントに候補が少ないのだ。そもそも明らかにクラン名関係無く、読み上げられたいだけの一文が多すぎる。セリフリクエストコーナーじゃないんだぞ。
(くっ、ちょっと認識が甘かったか……? とは言え『変な文章送って来ないでください!』って言っても逆効果かも知れないし……──! そうだ!)
この状況を打開する方法を模索している私の視界に、その方法がチラリと映り込んだ。
──瞬間、脳裏に奔る閃き。これこそ天啓と言わんばかりに、早速私は『彼』に呼びかけた。
……しかし、後になって考えればコレは間違いなく悪魔の囁きだった。
「すみません! ちょっと思った以上にまかろんが多いので、捌くの手伝って貰えませんか?」
〔ん?〕
〔他に誰かおるんか〕
〔あっ(察し〕
私に声を掛けられた彼は、『えっ、俺?』とでも言いたげに自身を指差して無言で確認してくる。
その通りだと私が首肯で答えると、彼は『良いのかな……?』とあまり気乗りしない雰囲気のままこちらへと歩いて来た。
「皆さんに紹介するのは初めてですよね。この人がボクの兄さん……──ダイバーの『ソーマ』です」
「あ、はい。どうも、ソーマです」
〔お兄さん来ちゃったw〕
〔同じ部屋で配信してたのかよw〕
〔どうして今お兄さんを呼んだんだ…?〕
〔お義兄さん!妹さんを僕にください!〕
私に紹介された『兄』が配信に顔を覗かせると、コメントはにわかに加速する。
彼と私が兄妹であると言う情報が一足早くSNSで拡散されていた事もあり、特に強い拒絶は無いようで一先ずは安心した。……まさかこんな形であの拡散が役に立つとは思わなかったけどな。
彼をわざわざ配信に出した目的は一つだ。リスナーの中には既に察している者も居るらしく、少しばかり不穏な気配がコメントに混じる。
「さて、兄さん。ボク一人ではこの数のまかろんは捌き切れないので──『一部』、ボクの代わりに読み上げて下さい! 情感たっぷりに!」
「お、お前なぁ……」
〔あっ!待ってください!〕
〔草〕
〔待て、話せばわかる〕
〔話が!話が違う!!〕
〔露骨に慌ててる奴居って草〕
──数十分後。
「次は、これか……──『お兄たんと結婚すゆ!』」
「どうするんですか。皆さんが生み出したんですよこのモンスター……」
〔おまえじゃい!!〕
〔草〕
〔ヴォエッ!!〕
〔ごめんて〕
〔きっつ〕
〔これでも3つ前の奴より遥かにマシという地獄よ…〕
〔俺らが悪かった…〕
〔許して…〕
〔実の兄をモンスター呼ばわりwww〕
さらさらと無表情でスケッチブックに候補を書き込む私と裏腹に、コメント欄は阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。ついでに私の内心も共感性羞恥でボロボロである。なにせ前世の私とほぼ同じ顔と声の男性が晒す醜態を、直ぐ隣で体験しているんだからな……死なば諸共という奴だ。
(何だこの誰も得しないクソ企画……)
既に私の目は死んでいるだろうが、その甲斐もあってまともな投稿も少しずつ増えて来た。
手元のスケッチブックに並ぶ地獄のような候補の中に、そこそこ良さそうなクラン名があるのは良い傾向……と言えるのかもしれない。……かなり、ギリギリだが。
そんなこんなでスケッチブックに並んだ集合恥……ではなく、集合知をカメラに映し、リスナーに共有する。
「はい。これがリザルトです──どうですか?」
〔すごく…酷いです…〕
〔字、綺麗ですね…〕
〔現代に生み出された地獄〕
〔俺 達 の 罪〕
〔↑勝手に巻き込むなw〕
私自身、改めて見ていくと本当に色々と酷いラインナップだ。そもそもクラン名として不適格な物があまりにも多い。
「──と言う訳で、この辺は予選落ちと言う事で……」
〔仕方ないね〕
〔残当〕
〔あああ!俺の会心作がぁ!〕
〔↑お巡りさんこいつです〕
候補を絞る第一段階として、『俺』に読んでもらった物全てにペンでバツ印を付けていく。
──そして候補は以下に絞られた。
・『†深淵へ誘われし闇の眷属†』
・『虹色の魔剣 卍レインボーソード卍』
・『蛮族令嬢ゴリラ旅』
・『脳筋のすゝめ』
・『閃変万華』
・『シン・フロントライン』
・『トワイライト』
・『全人魅踏』
・『ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ』
「……まぁ、候補はこんな所でしょうか」
〔†深淵へ誘われし闇の眷属†残ってて草〕
〔脳筋要素多いなw〕
〔この中からランダムで選ぶの?〕
「ランダムは嫌です。怖いので」
ここで残したのは、あくまでもクラン名として使えそうと言うだけのラインナップだ。流石の私も配信開始時に『"蛮族令嬢ゴリラ旅"のオーマ=ヴィオレットです!』とは名乗りたくない。
なのでこの中から私の好みに合わせてさらに絞って行くのだが……
「実質三択ですね、コレ……」
・『閃変万華』
・『トワイライト』
・『全人魅踏』
〔バッサリ行ったなw〕
〔脳筋&ゴリラ全滅!w〕
〔シン・フロントライン駄目だったかぁ〕
「あの一件に良い思い出は無いので、アレの後釜みたいになるのは嫌です」
〔そりゃそうよ〕
〔ア レ〕
〔せやな〕
ここで一度スケッチブックのページをめくり、最後に残った三つだけを改めて書き出してそれぞれの名前について考える。
恐らくだが『閃変万華』と『全人魅踏』は、それぞれ『エンチャント』と『渋谷ダンジョン下層』を指し示している名前と推測する。
クラン名と言うよりは私の特徴や功績を表す物である為、複数のダイバーが集まるクラン名らしくはないが、実質私一人のクランでもあるので問題は無いように思える。
一方で『トワイライト』の方だが……
「トワイライトって夕暮れ時の事ですよね? ボクの配信時間とは合わないと思うんですが……」
〔確かに13時か19時開始がほとんどだしイメージと違うか?〕
〔トワイライトって響きかっこええやん?〕
〔多分だけど逢魔が時とオーマでかけてるんじゃないの?〕
「あー! そう言う事でしたか!」
〔はぇ〜ちょっと捻ってるんやな〕
〔これ解説されるのも辛いのでは…?〕
確かにこのままだとせっかく考えてくれたリスナーに対して、伝わりにくいギャグの解説をされるような居た堪れない感覚を与えてしまうかも知れない。
配信開始からそろそろ一時間経つし、早いところ結論を出してしまった方が皆の為だろう。
「個人的には『トワイライト』が一番馴染む気はしますね。ボクのダイバー名もカタカナですし」
(何より四字熟語の捩りって口頭では伝わりにくいしな)
〔確かにそうかも〕
〔衣装もファンタジー風だしな〕
〔トワイライトのオーマ=ヴィオレットか…割と似合うかも〕
コメントの雰囲気からしても割と良さげだと判断できた私は、スケッチブックに書かれた『トワイライト』の文字に赤いペンで大きく丸をつけ、採用をアピールした。
「──と、言う訳で! 今後ボクはクラン『オーマ&ソーマ』改め、『トワイライト』のリーダーとしても活動していきます! まあ、活動内容に特に変化は無いと思いますが、今後ともよろしくお願いしますね!」
〔よろしくー!〕
〔次の探索配信も楽しみに待ってます!〕
〔ドレスアーマー完成も楽しみ!〕
いつもの配信終了時刻が迫っているからか、それとも私が纏めに入ったことを察してか、コメントも配信終了の雰囲気を作ってくれる。
やっぱり悪ふざけで無茶苦茶なクラン名を送ってくる彼等も、なんやかんやで私を推してくれているのだとこう言うところで実感できる。だから私は配信が好きなんだろうな……何となく、そんな事を再認識した。
「それでは皆さん、また土曜日の探索配信で会いましょう! オーマ=ヴィオレットでした!」
それはそれとして、もう二度と配信でまかろんなんて使わない。そう心に強く刻みつけた一日だった。