第291話 vs魔都⑤
「──機は熟したわ」
唐突にボクの部屋に現れたあの方は、開口一番にそう言った。
それは作戦開始の合図。これまでボクが手塩にかけて育てて来た『お兄ちゃん』の、たった一度の大舞台。
「ドウシタンダ? マイ。誰カ来タノカ?」
「ううん、何でもないよ。だからおやすみ、お兄ちゃん♪」
様子を見に来た彼にそう言って軽く魔力を流すだけで、『お兄ちゃん』──ブレイドはカクンと意識を失った。
ボクの術式を幾つも打ち込まれたこいつはもう、ボクの操り人形同然だ。記憶も感情も、意識の有無まで思い通り。
言葉と魔力で少し誘導してやるだけで、思い通りに操れる。
「見事なものね。ここまで出来るとは予想以上よ」
「お褒めに預かり光栄です。……ボクとしては、少し残念ではありますけどね」
何せ、ここまでボク好みに育て上げた玩具は中々存在しない。
前に椅子にしていた金色の椅子くんは確かに従順だったけど、如何せん魔物は言葉を理解できないからそこまで楽しめなかったし。
その点、ブレイドは最高だった。初めて手に入れた(元)人間の玩具。手放すのが惜しくないと言えば嘘になる。だけど──
「でも、代わりの玩具がそこまで来てるんだから、少しの我慢と割り切ります」
既にあの方から次の玩具が貰える事は確定してるから、彼を手放す事に躊躇は無い。
そっちの『新しい玩具』の方がボクももっと楽しめそうだし……流石にブレイドとの兄妹ごっこも飽きて来た頃だったしね。
さて……寝て貰ったばかりで悪いけど、『お兄ちゃん』には早速目を覚まして貰おうかな。
もっとも──彼にとっては、目を覚ました時が悪夢の始まりなんだけど。
◇
「う……ここは……? 俺は、寝てたのか……?」
目覚めたばかりでボーっとする意識のまま、仰向けの姿勢で視界に入った『天井』を見つめる。
確かさっきまで俺は『妹のマイ』と、『俺の部屋』で『遊んでいた』。そこに誰か来客があって、『妹のマイ』が『玄関』に向かったんだよな……。
(ここは……『玄関』前の『廊下』か。……なんでこんなとこで眠っちまったんだ?)
『記憶がはっきりしない』。だけど、意識を失う前に『とんでもない物を見た』ような……
「──っ!!!」
そこまで『思い出して』、ハッと跳ね起きる。
『鼻に絡み付くような鉄の臭い』、『視界を染める赤』。そしてその中に横たわる『小さな人影』……
「ま、マイーーーッ!!」
それは『間違いなく』『妹のマイ』だった。悲鳴にも近い絶叫を上げながら、おぼつかない足取りで駆け寄る。
そして、震える手で抱え起こそうとして……思わず躊躇した。
『妹のマイ』の身体には『無数の切り傷が深々と刻まれており』、『迂闊に触ればそれらがバラバラになってしまいそう』だったからだ。
「な、なんで……なんでこんな事に……!」
いや、違う。『原因は分かってる』。
『完全に思い出した』。俺はその光景を『この目で見た』……そして、その『あまりの凄惨さに意識を失った』のだ。
「──オーマ=ヴィオレットォォ……ッ!!!」
アイツがどんな理由でこんな事をしたのかは知らない。
だが、アイツがいつも使っている二本のレイピアが『妹のマイを切り裂く瞬間』を……その『口が不気味な笑みを浮かべていた』事は間違いない。
沸々と堪えようのない憎悪が湧き上がる。
『最愛の妹』を理不尽に殺されたこの怒り……もう俺には『復讐しかない』。
「オーマ=ヴィオレットオオオォォーーーーーッッ!!!」
怨敵の名を叫びながら『家』を飛び出す。
地を蹴り、『地元の街』を駆ける内に、自分の身体が次第に人間の物ではなくなっていくのが分かった。
金属光沢を放つ黒い皮膚。筋肉が異常に肥大化した腕に走る、紅く輝くヒビのような無数のライン……俺は再び怪物に戻っていた。
『これも全部、オーマ=ヴィオレットの所為だ』。
『俺の平穏を壊すのはいつだってオーマ=ヴィオレットだ』。
「ゥゥウオオオオオオオオオォォオオォオォォオオォォォーーーーッ!!」
獣のように吠え、オーマ=ヴィオレットの姿を探してひた走る。
かつて嘆いた怪物の身体が、今は天が与えてくれた加護のようにすら感じられた。
◇
「……──ぷっ、くく……っ! アッハハハハハッ! 見ました? 今のアイツの怒りっぷり! 『オーマ=ヴィオレットー!』だって! くっくく……!」
怨嗟の声を上げるブレイドの後姿を見送ったボクは、物置小屋の影で腹を抱えて嘲った。
何せ彼が先程妹と認識したのは、ただ床に置いただけの枕だ。悲壮な声を上げて枕に駆け寄り声を震わせるブレイドは、最期にボクに最高の笑いを提供してくれた。これだからボクは彼が好きなんだ。
ボクの隣に立つあの方にもこの面白さを共有したかったんだけど……どうやらあの方はボクと笑いのポイントが違うらしく、冷静にブレイドを見送った後に問いかけてきた。
「今のアイツはちゃんとオーマ=ヴィオレットを判別できるのよね?」
「……ええ、大丈夫ですよ。途中で視界に影響する認識阻害は緩めましたから。ただ、ブレイドがオーマ=ヴィオレットの姿をどこまで覚えているかはボクにもわかりませんけど……」
一応事前にハイシンって奴で見せて貰った『アイツ』の姿のイメージは叩き込んでやったけど、流石に本人が見間違えてしまったらボクにはどうしようもない。
そこが確かに作戦の不安な点ではあるのかも。
「そう……まぁ大丈夫だとは思うけれど、念には念を入れましょう。貴女は直ぐに彼を追って、引き続き動向を観察しなさい。オーマ=ヴィオレット以外にアイツを殺させちゃダメよ?」
心配性だなとは思うけど、仕方ないか。
何せこの作戦が成功すれば後はとんとん拍子で計画が進むのだ。
直接的な戦闘能力が低いボクが今の街に出るのはリスクも大きいけど──
「はーい! 確認なんですけど、この作戦が上手く行ったら……」
「ええ。前にも言った報酬──新しい玩具を約束するわ」
あの方が言う報酬は、そのリスクを背負ってでも手に入れたい物だから頑張ろう。
だって、ボクに残された仕事はあと一つだけ。
ブレイドを確実にオーマ=ヴィオレットにけしかけ、オーマ=ヴィオレットにブレイドを殺させる事……
あの方から聞いた話では、何故かアイツは敵を倒す度に人間になっていく──つまりは弱体化していくらしい。
ボクが生きた魔力タンクとして育て上げたブレイドをオーマ=ヴィオレットが殺せば、その瞬間アイツは一気に無力な人間になるという寸法だ。
そして、それが成功した暁には……
「貴女にはティガーをあげる。その代わり、私にはオーマ=ヴィオレットを頂戴ね?」
「もっちろんです!」
無力になったオーマ=ヴィオレットと、ついでに前にこのボクに生意気な口を利いてくれたチビをあの方が捕らえ、そこにボクの術式を幾つも打ち込むのだ。
そうすれば従順な玩具が二つも増える。『お兄ちゃん』は無くなっちゃうけど、今度は生意気な娘の人形が手に入る訳だ。
──『人のダチにこない悲鳴上げさせよって、覚悟出来とるんやろなァ!』
──『そないに面倒なら大人しくこっちに返して貰おか。──そうしてくれたんなら、見逃したるで?』
あの方からの指令を邪魔してくれたあの人間……当然覚えているとも。
アイツを術式で支配したらどうしてやろうかな。ボクの言う事を何でも聞く下僕にしても良いけど……
「……決めた。顎を指で撫でる度に喉をゴロゴロ鳴らすような、従順なペットの虎にしてやろう」
人間のままだと直ぐ術式で魔力使い果たしちゃうだろうし、魔石を十個くらい食わせてやろうかな。そうすればもしかしたら、虎耳くらいは生えるかもだし。
……本当はオーマ=ヴィオレットも欲しかったけど、アイツは計画に必要だから仕方ない。たまに遊ばせて貰うくらいにしよう。
「あぁ、妄想が止まらない! 楽しみだなぁ~……二人にボクの術式を打ち込んで、好き放題に改造するのが……♪」
やっぱりこいつが一番『悪魔』やってるかもしれない……




