第263話 関西クラン、集合す
「おう! 皆、鍛えてるか~!? 今日も配信やってくぜ! せーのッ、パッシィ~ブ?」
「「「「マッシィーーーーブッ!!」」」」
〔マッシーブ!〕
〔マッシィーーブ!!〕
筋骨隆々とした一団が、ボディビルダーが良くやるポージングと共に配信開始の挨拶をする。
彼等はクラン『パッシブマッシブ』のメンバーであり、今日は新入りダイバーの顔見せも兼ねた下層探索配信を行っていた。
「早速だが、新たな筋肉の卵を紹介するぞッ!! ネイト君だッ!! 皆、よろしくしてやってくれッ!!」
「ど、どうも~……」
〔よろしく~〕
〔また新入りか!最近多いな(歓迎)〕
〔初々しい筋肉だ〕
『筋肉の卵』と紹介された青年がやや落ち着かなさそうな物腰で挨拶をすると、パッシブマッシブのリーダー『Mr.マッスル』はガハハと豪快に笑いながらネイトの肩をバンバンと叩く。
「彼は俗にいう細マッチョと言う奴だなッ! 我々と比べるとまだ未熟なバルクだが、心配する事は無いッ!! 我々が直ぐに彼の様な、立派な筋肉を開花させて見せようッ!! なぁ、フリーゼ君ッ!!」
「イエス、マッスル!!!」
「……」
〔フリーゼくんもすっかりゴリマッチョだなぁ〕
〔ネイト君ドン引きで草〕
〔フリーゼ君ナイスバルクッ!〕
Mr.マッスルに声をかけられたフリーゼは、そう言って自慢の筋肉をアピールする。
彼もこのクランに入るまではネイトと同じ細マッチョで、爽やか系のダイバーとして売り出そうとしていたのだが、『パッシブマッシブ』に入ってからほんの数週間ですっかり染まっていた。
その変貌っぷりを知るネイトは既に後悔しかけていたが、しかし比較的安全に下層を探索する為にこのクランの協力を求め、迎え入れて貰った身だ。
配信も始まってしまった今、「やっぱり無しで」なんて言えるはずもない。
こうしてむさくるしい一団の下層探索が、今日も始まろうとしていた。
のだが──
「──むッ!? 君達は確か……?」
「あん?」
「げっ……『猛虎』がなんでここに……」
配信開始した中層から下層へと降り、入り口の洞窟を抜けた直ぐそこで数十人ほどで屯するダイバー達に遭遇した。
じろりと視線を向けられたネイトの表情が歪むのも無理はない。
彼女達は『猛虎』。現在この下層にて、良くない意味で話題の中心にいるクランの一つなのだから。
猛虎達は洞窟から出て来た彼等にとって完全に通行の邪魔となっており、ネイトはその評判の悪さからつい身構える。
「……チッ」
しかし何かしらいちゃもんをつけられるのではないかというネイトの警戒をよそに、猛虎のメンバーは小さく舌打ちをすると、モーセに割られた海の様に道を譲った。
「……どうやら、我々の邪魔をする意図は無かったようだなッ!! ではありがたく通らせて貰うぞッ!!」
「やかましいなぁ、早よ通れや」
単純にMr.マッスルの声量が煩わしいのだろう、片耳を塞ぎながら猛虎の一人が先を促す。
すると『パッシブマッシブ』達は自らの筋肉をアピールするようなポージングを次々に決めながら、暑苦しく猛虎の群れを通過するのだった。
「……一体、猛虎はあそこで何をしてるんでしょうか?」
「さあなッ!! 我々には分からんが、彼女達には彼女達の理由があるのだろうッ!! 他者に迷惑をかける行為でなければ、そこは自由だッ!!」
「まぁ……それはそうなんですが……」
「それよりもッ! 君はどの筋肉が好きだッ!? 私はエネルギッシュな僧帽筋こそが戦いの中で最も──」
Mr.マッスルの熱弁を聞き流しながら、ネイトは遠ざかる猛虎をチラリとみて考えていた。
(妙に剣呑な雰囲気だったし、何かまた面倒ごとを起こすんじゃないだろうな……)
と。
「──もうそろそろ、やな……」
「ええ……」
「ティガーさんとの組手……ウチら、勝てるんでしょうか?」
「秘策は用意してきたやろ。どんな攻撃やろうと当てさえすればウチらの勝ちっちゅう簡単なルールなんや……やったろやないか」
猛虎の面々は時折忙しなくスマホの時計を確認しながら、闘志を滾らせる。
ティガーから提案された、猛虎側にとって圧倒的に有利なルール……彼女達はそのルールに全力で乗っかり、とにかく何でもいいから攻撃を当てようという作戦でここに臨んでいた。
約束の時間が迫って来るほどに高まる緊張感。
先程『パッシブマッシブ』の乱入によって一度は水を差されたものの、彼等が去った今彼女達の間には再びピリピリとしたムードが漂っていた。
そんな時、洞窟とは反対側──下層の方から、彼女達に勝るとも劣らない規模のクランが近付いて来る。
直ぐにそれに気付いた猛虎は、先程とは違い敵意たっぷりにその一団に食って掛かった。
「あ? 何やお前ら、ウチ等に何の用事や!?」
「はぁ? ウチ等がわざわざアンタらなんかに会いに来る訳ないやろ。アンタらこそ、ここに何の用や? そこ、どいて欲しいんやけどなぁ?」
彼女達は『百華』。猛虎と共に現在この下層で良くない目立ち方をしている、もう一つのクランだった。
顔を見た瞬間に早速揉め始める『猛虎』と『百華』。直ぐにでも戦闘になりそうな緊張感を裂くように、一人の女性の落ち着いた声が彼女達の間に割り込んだ。
「──おぅ。逃げずにちゃんと来たみたいやなァ、お前ら」
「! ティガーさん! ちょっと待っとってください! こいつらすぐに追い払いますんで!」
「なんやと? やるっちゅうんなら相手したるで!?」
声の主はティガー。今回猛虎をここに呼び集めた張本人にして、クラン『猛虎』の現・リーダーだ。
彼女の姿を見て張り切ったのか、『百華』に対して更に敵意を剥き出しにする『猛虎』。
有言実行とばかりに喧嘩っ早いダイバーが早速飛び掛かったが──
「──ぶへぇっ!?」
突如目の前に現れた金属製の壁に顔から突っ込み、潰れたような声を上げて地面に転がった。
「……勝手に始めるんは止めて貰おか?」
彼女の攻撃を止めた壁の正体はクラン『百華』の現・リーダー、魅國の広げた鉄扇だった。
飛び掛かった猛虎のダイバーを冷静に対処する彼女の姿に、百華から歓声が上がる。
その一方で、同時に今の状況について説明を求める声が魅國に投げかけられた。
「魅國はん! これ、どういうことですか!? 何でここに『猛虎』の連中が来とるんです!?」
百華は今回、魅國から『下層の入り口である洞窟前に集まれ』と言われてここに来ていた。
目的は猛虎と全く同じ。魅國vs百華の組手を行う為の集合場所として、ここを指定されていたのだ。
そこによりにもよって猛虎が来ているというこの状況は、偶然と思えない。そんな百華のダイバーの疑問に答えたのは、魅國ではなくティガーだった。
「なんや、魅國も伝えた筈やろ? 組手すんねん」
「はぁ? アホ抜かすな。ここはウチらと魅國はんの──」
「ティガーの言うた事はホンマや。アンタらが確実に集まれて、且つ分かりやすい場所言うたらここくらいしか思い浮かばんくてな……」
「しかも、お前らやたら数多いやろ? それならせめて一所に集めた方が、周りの迷惑も少ななるからな。ウチと魅國で口裏合わせて、同じ場所で集まるようにしたっちゅう訳や」
ティガーと魅國が猛虎と百華を同じ場所に集めたという説明に、両クランから不満の声が上がった。
「まさか、こいつらと組めっちゅう事ですか!? いくら何でもそれは出来ませんよ!?」
「そうは言うとらんがな。ただ、待ち合わせ場所を同じにしただけや。あくまでも戦うんはウチと猛虎、魅國と百華なんは変わらん。勝利条件も前に言うたのと同じや。……ま、そっちが協力したい言うなら、それは止めへんけどな? その場合はウチと魅國も組む事にはなるけどな」
「なっ……誰があんな顔面百科事典と!」
確認するかのようなティガーの視線を受けた猛虎が、そう声を張り上げて否定する。
『虎華呼居』が猛虎と百華に分裂してからずっと、彼女達は犬猿の仲だった。今更組む事なんて考えられないという彼女の主張に、猛虎のみならず百華のダイバー達も頷いて肯定を示す。
「珍しく意見があったなぁ、ウチらも蒙古斑の付いたガキどものお守りは勘弁や。……ほな、ウチらも条件は変わらずでええんですね? 魅國はん」
「かまへんで。……見たところ、もう文句も無いみたいやし早う移動しよか? ここやと周りのダイバーの迷惑になるさかい」
「せやな。実際に組手に使う場所はもう目ぇ付けとるから、さっさと行くで。──しっかし、随分と数集めたなぁお前ら。一体何十人来とるんや……」
条件を改めて整理し、それ自体に対する文句が出ない事を確認した魅國がティガーに促し、二人が先導する形で猛虎と百華達が一斉に移動を始めた。
ぞろぞろとついて来るその人数に疑問を持つティガーだったが、それもその筈。
なんと彼女達の人数は猛虎五十五名、百華六十一名。総数百十六名に上る超大所帯だ。
これでまだ大阪と京都にはメンバーを一部残しているというのだから、関西で一、二を争う大規模クランの名は伊達ではない。
そんな彼女達と一人で、しかも圧倒的に不利な条件で戦う事になる筈のティガーと魅國だったが、しかし彼女達には敗北の可能性に対する緊張など微塵も無いのだった。




