第256話 天啓
「──こいつはまた、ひでぇ有り様だな……」
そう言って職人の男性が拾い上げたのは、私が以前使っていたドレスアーマーの破片の一つだ。
あの日ゲイザーの怪光線によって【変身魔法】を強制解除された際、私の身体はドレスアーマーを身に着けたまま魔族の姿に戻された。
その結果、体格の急激な変化や翼や尻尾が生えた影響もあり、ドレスアーマーは内側からの圧力によって盛大に破損してしまったのだ。
「う……す、すみません。一応大事に使っていたんですが、あの状況ではどうしようもなく……」
「……まぁ、良い。元々防具なんてのは、主を守る為に傷付くもんだ。お前さんを責めるつもりはねぇよ」
そう言って手に持っていたドレスアーマーの破片を、工房の地面に敷いたシートの上に戻した職人。
……聞けばこのドレスアーマーも彼の仕事だったらしい。それを聞いたからだろうか、シートに並べられたそれを見つめる彼の目は、まるで役目を果たした子を労っているように見えた。
「……──さて、アンタ。こいつに代わる、次の装備を求めて来たんだろう? また同じようなデザインのドレスアーマーで良いのか?」
「え? あっ、はい。甲冑部分の素材に関してはこちらで白樹を用意しましたので、WD製でお願いします。ただ、今後は魔族の姿での戦いがメインになるかと思いますので、改めて採寸からお願いしたいのですが……」
そう言って腕輪から前もって保管してあった白樹を取り出し、ドレスアーマーの破片が並べられたシートに置く。
職人の男性は置かれた白樹を一つ一つ手にとってはしげしげと観察し、品質や状態に問題がない事を確認したのか『うむ』と一度満足気に頷くと──ちらりと私の腕輪を一瞥した。
「確かに預かったぜ。……ところで嬢ちゃん。アンタ、もう一つ面白いモン持ってたよな?」
「面白い物?」
「配信で見せてただろ? 異世界から持ち込んだってぇ黒い布だよ。今、この場で出せるか?」
「あ、あぁ、アルケニーシルクですね。──【ストレージ】……はい、どうぞ」
内心で『この人配信見るんだ……』と若干失礼かもしれない事を思いながらも、言われたとおりに黒い襤褸切れのようになってしまったアルケニーシルクを取り出し、職人に手渡す。
彼はごつごつとした手袋を外すと、素手でアルケニーシルクに触れ、続いて間近に見て観察し始めた。
「ほぉ……シルクとはよく言ったもんだ。滑らかな手触りで、普通の布と比べてもやや軽いか? その割に……っ! うむ、素晴らしい強度だ。しかも──」
職人の男性は好奇心に目を輝かせながら、アルケニーシルクの性質を様々な方法で調べ上げていく。
先ずは優しく撫で、指先で掬い上げ、両手で軽く引っ張り──最後は指先で持ち上げたそれに魔力を流し、軽く動かして見せた。
「なるほど。確かに魔力で自由に操れる……! くくっ、異世界の素材たぁ、夢があるじゃねぇか……!」
「……驚きました。まさかそこまで滑らかに魔力を操作できるとは。職人さんも、もしかして元は……?」
「おぅ、こう見えて元・ダイバーよ。まぁ、生憎そっちの才能はそれほど無かったが……今は、あの経験あってこそ客が満足するもんを作れてると自負してる」
魔力の扱いに多少の心得を感じた私の質問に、職人の男性はそう答えてくれた。
L.E.O.が客の要望に限りなく近いデザインでオーダーメイド出来るのは、実際に使う立場の視点を持っている職人が手掛けているからか。
中にはかなり奇抜なデザインの装備を身に着けたダイバーもいるが、そのデザインによって探索に支障が出たという話も聞かないのは、彼がその辺りを上手い事調整しているのだろうな。
そんな彼の事だ。こうして素材の性質を完璧に把握しようとするのも、ただの好奇心だけではないのだろう。
(──! もしかして、彼は……)
私の脳裏に一つの可能性が過る。
アルケニーシルクを弄っていた職人の男性は、そんな私の内心を聞き取ったかのような絶妙なタイミングでこちらに向くと、こう尋ねて来た。
「なぁ、嬢ちゃん……この素材、もっとあるか?」
「! 服一着作れるほどの量はありませんが……──【ストレージ】」
もはや衣服としての再利用は不可能な程ズタボロになっていたが、それでも私がこちらの世界に持ち込めた分のアルケニーシルクは一応全て保管してあった。
腕輪にずっと死蔵していたそれら数枚の襤褸切れを全て取り出し、職人の男性に手渡す。
「確かに一つ一つはこのままじゃあまともに扱えねぇ状態だが……この布、一旦糸にばらしてもこの性質は残るんじゃねぇか?」
確信をもって投げかけられた彼からの問いかけに首肯を返す。
アルケニーシルクが持つ魔力との親和性の高さは素材本来の物だし、そこに私の魔力を馴染ませたのも布にする前──糸の時点で済ませた工程だ。
だからあの布をばらそうと、性質が失われる事は無い。そう職人の男性に説明すると、彼は真剣な眼で私に提案して来た。
「この異世界の素材……アルケニーシルクで、最高の仕事をしてみてぇ。この世界で……いや、アンタが居た異世界にも二つと無い、アンタだけの装備を俺に作らせてくれねぇか?」
まるで一世一代の告白をするような気迫。
そのまま彼が語った装備の完成系──そのイメージを聞き届けた私は、彼の提案を受け入れる事にした。
「──なぁ、本当に出来るのか? あの職人が言ってたような装備ってのは……」
アルケニーシルクと白樹を預け、採寸や装備の要望を伝えた後の帰り道。
後ろを振り返ってL.E.O.のビルを見下ろしていた『俺』が、心配そうな表情でそんな事を聞いてきた。
「そうですね……少なくとも私は、異世界でもそんな一品は見た事も聞いた事も無いですね」
「……大丈夫なのか? 異世界の素材なんて扱った事無いだろうし、いくらあの人の腕が確かでも──」
「大丈夫ですよ、きっと。あの提案は私ではなく、彼自身の口から出た物です。私には、あの人は出来もしないホラを吹くような、無責任な人には見えませんでしたから」
「……そっか。お前が信じたんなら、俺も信じるよ。それはそうと──」
私の言葉に納得したのか、『俺』はそう言って視線を正面に戻す。
そして風に靡く前髪を抑えるように右腕を翳し、僅かに震える声で尋ねて来た。
「……まだ、着かないのか? この光景は、俺にはちょっと怖いんだけど……」
「慣れると結構気持ちいいですよ? こういう体験に憧れる人も多いとか」
「それは、まぁ……そうなんだろうけどな……」
歯切れ悪くそう言った『俺』は、彼の脇の下から回された私の腕を不安げに掴む。
腰には私の尻尾も巻き付いており、現在彼の身体は私の正面側に固定された状態となっていた。というのも──
「昔の人は言いました。そっらを自由に、飛びたいな~」
「それ、言うほど昔じゃないだろ。近い事は言ってたのかもしれないけどさ……」
バサリと翼が空気を叩くと、ぐんと速度が乗って私達の身体が前進する。
──そう。私達は今、二人で空を飛んでいた。……まぁ、厳密には私が『俺』を抱えて飛んでいるのだが。
「本当なら兄さんも今の私と同じような姿に変身させて、一緒に飛ぼうかと思ってたんですけどね……」
「一度変身させてみて貰って確信した。あんな感覚、一週間あっても慣れるもんじゃない」
「えぇ~……?」
彼が言うには、どうも翼や尻尾の感覚がまるで掴めなかったらしい。
私は最初から自分の身体のように扱えていたというのに……いや、思えばあの時の私の中には、『アイツ』も居たんだっけか。
(『アイツ』が私の中に一緒にいたから、私は翼や尻尾を自在に扱えるようになったのかも知れないな……)
……何か、アイツに恩を感じるのも嫌な気分だし、この事について考えるのはもう止めておこう。
ともかくこれで、やっぱり魔都の攻略では私が上空の悪魔を対処する他無くなった訳か。
(『俺』が自由に飛べるようなら、春葉アトやクリムにも【変身魔法】で翼を生やして戦って貰おうと思ってたのに……)
頭の中で作戦を練り直す。
出来る事、出来ない事。用意できる物、出来ない物。一つ分かる毎に明確になっていく輪郭を、正確に形にしていく。
魔都の光景はアーカイブでもう何度も見た。上空の悪魔からの攻撃を避けるためには、やはり建物の影や狭い路地裏を利用する事になるだろう。
しかし、それでも最奥──城の前はそうはいかない。
『城門前広場』とでも呼べそうな、噴水を中心とした石畳の広場があそこにはあった。
数百メートルは軽く離れているだろう場所からでも、余裕でその存在を確認できる規模の広場だ。当然見通しは良く、そこを突っ切ろうとするダイバーは上空から見れば魔法攻撃の良い的になるだろう。
悪魔もバカではない。そこが最大の防衛ラインだと言う事は分かるだろうし、一番の狙い目だと知っている筈だ。
仮に私が上空で悪魔相手に大立ち回りをしたところで、地上を狙う悪魔全てを止めるのはまず不可能だ。何か対策しなければ……
「──おい、ヴィオレット! このまま行くと、ちょっと危なくないか!?」
「え? ……あぁ、確かにアレはダメですね。両親の家まではまだ少しありますが、そろそろ地上に降りましょうか。傘は持ってますか?」
「いや、適当なコンビニで買おう」
「分かりました。じゃあ……あの辺りに降りて、【変身魔法】を掛けなおしたら二人の【隠密】を解除しましょう」
「分かった」
正面に見えたのは、まるで巨大な壁のように聳える白い雲……この季節には珍しくもない積乱雲だ。
耳をすませば微かに聞こえる『ゴロゴロ』という雷鳴。雲の下は雨が降っている様子もうかがえたし、このまま飛んでいては二人とも大変なことになってしまうと言う事で私達は予定を変更して地上に降りる事にした。
【変身魔法】の掛けなおしや、【隠密】を解除しても周りにバレにくい場所……あの廃ビルの中で良いか。
(──ん? もしかして、これって使えるんじゃ……?)
その時、私の脳裏にまさに天啓が閃いたのだった。




