第241話 猛虎逆襲
「──おおきに、もう大丈夫や」
傷口の痛みが引いた辺りで、治療してくれとったラウンズのクレリックにそう告げて立ち上がる。
あの悪魔の舌槍に切り裂かれてもぉたインナーは戻らへんが、その下から覗く素肌にはもう傷痕も残ってへん。十数秒でこの回復……流石にえぇ腕しとるわ。
(軽く動かしてもつっぱった感じせぇへんし……これならすぐにでも戦えるなァ)
軽く腰を動かして動きや感覚に問題がない事を確認した後、ウチは足元に置いとった双雷牙の片方と旋風刃を手に、周囲の様子を再確認する。
(見たところ、今回出て来とる『ラウンズ』メンバーの内、ホンマに騎士系のジョブなんは……三人か。他は剣士系や槍使いのような前衛職が四人と……残りは後衛職やな。……何で全員騎士の格好しとんねん。分かりにくいなァ)
ラウンズの方針や特徴は噂で知っとったけど、即座に戦力分析が必要な時は案外厄介やで。これ。
……まぁ、ともかく、今一番押され気味なとこ──ウチが助太刀するべき箇所は見えたな。
「く……ッ、脚が……!」
「ギギギィ……──ギャッ!?」
「加勢するでェ! アンタ、右の脚ィクロコレオンにやられとるやろ! 今の内に治して貰え!」
「! ティガーさん……──ありがとうございます! 少しの間お任せします!」
右脚を負傷し、動きが鈍っとった剣士系のダイバーをそう言って下がらせる。
元々負傷したウチを守る為に陣を組んでくれとったんや。少しの間こいつら数体受け持つ程度、貸しにもならへんわ。
それにしても……
「ホンマ、さっきは随分とやってくれたなァ。こっからはウチもええとこ見せてかな、アカンよ……なァッ!」
「グッ……──ギィイッ!!」
鱗の悪魔の挑発も【騎士の宣誓】の影響も無くなった今、ウチのペースを乱すもんは何一つ無い。
久しぶりに思考が澄み渡った事で、視界までクリアになった気ィまでするわ。
せやけど……だからこそ、分かる。
この状況はちょいとマズいっちゅう事が……
「ティガーさん、復帰したんですね!」
「クリムか! 『アイツ』は何処や!?」
ウチよりも先に戦線に立っていたクリムに、合流ついでに確認を取る。
鱗の悪魔を春葉アトが追い詰めとる今、最も警戒すべきはアイツ──長舌の悪魔の透明化能力や。
クロコレオンと違って人間と同じ程度の体格で、しかも気配の消し方も攻撃の速さもクロコレオンより数段上……奴に奇襲されれば、誰かが重傷を負ってまう可能性は正直かなり高い。
だからこそ、戦線に立った直後から奴の気配を探っとるんやけど……
「すみません、私が気付いた時にはもう姿が見えなくて……」
「やっぱりか……!」
姿を消したアイツの気配は、攻撃の瞬間になるまで読めん。
位置関係によってはウチらのサポートも間に合わんし、何よりウチらを狙ってくる可能性もある。
(ここまで動きが無い事から、奴が狙っとるんは一撃必殺の筈……! 誰や……先ずは誰を狙う……!?)
ウチがアイツの立場なら、この場の指揮を任された『百合原咲』か、あるいは順当に実力の高い『クリム』かウチを狙う。
勿論他の前衛や、援護射撃を行っている魔導士系のダイバーや回復魔法に長けたクレリックが狙われる可能性もあるにはあるが……
(ウチとクリムはアイツの手札をよぉ知っとる。警戒してる相手にそう何度も通用するタイプの奇襲やない以上、アイツが狙うんは恐らく──!)
「クリム!」
「!?」
ウチはクリムの名前を呼んで目を自分に向けさせると、双雷牙の柄を加えて空けた左手でハンドサインを作り、百合原咲を守るように指示を出す。
直ぐにそのサインを思い出したんやろ。小さく首肯で理解を示したクリムは、リザードマンやクロコレオン達と戦いながら、それとなく百合原咲の方へと近付いていくようにウチの視界から消えた。
(百合原咲もクリムも、あの戦争に居ったんはラッキーやったな……)
おかげであの戦争の時に決めとったサインがそのまま使えた。
これでアイツに気取られんように百合原咲を守れるっちゅうもんや。
(ともかく、ウチも早いとこ合流しときたいなァ……さっきのダイバーの脚の治療、まだ終わらへんのか?)
ウチの脇腹の傷もすぐ治してくれたし、もうそろそろ完治しそうなもんやけど……と、背後をチラリと見た瞬間。
「──ッ!」
一瞬感じた強烈な殺気。
咄嗟に回避をしようとして、自分の背後に居るダイバー達を思い出し中断。手に持っていた双雷牙を盾にするように構えた直後、左手に伝わる重い衝撃で双雷牙がすっぽ抜けそうになった。
「ぅくッ……! まさか──ウチの方を狙うとはなァ……!」
(予想が外れたか……!)
今の不可視の一撃。何とか受け流してやり過ごしはしたが、攻撃の重さと性質から考えて間違いなく長舌の悪魔のもんや。
背後を守る必要があるウチの機動力は今、一時的に封じられとる。今の内に仕留めようっちゅう訳かいな……
「チッ、防がれたか……!」
「──そこやッ!」
攻撃直後の長舌の悪魔は、目には見えんが僅かに気配が残っとる。
ウチはヤツが再び気配をくらます前に、そこに向けて双雷牙を【投擲】した。
スキルの補正も受けて、狙い通りの位置に向かって飛翔する双雷牙。しかし──
「──ラッキー♪ 貰ってくよ!」
「!」
そんな挑発するような声が聞こえた思たら、双雷牙が空中で静止する。長舌の悪魔にキャッチされたとウチが理解した直後……双雷牙が影も形もなく消えてもぉた。
「な……! 手に持ったもんまで透明になるんか!?」
「はっ、当たり前だろぉ? オレの軍服だって透明になってんじゃねぇか、バーカ!」
どうやらクロコレオンとは違い、自分の身体以外の物も透明に出来るらしい。
このままやと、みすみす敵に武器をくれてやったようなもんや。
腕輪の機能で双雷牙を手元に戻す事も出来るが──
(……こんなチャンス、逃す手は無いなァ……!)
内心でほくそえむ。
勿論、双雷牙まで透明になってもぉたんは完全に想定外や。せやけど、その前──双雷牙を奴に掴まれる程度のリスクは当然想定しとった。
そしてウチは、そのリスクも想定したうえで作戦に組み込んだんや。
「なぁ、アンタ! もう脚は治ったよなァ!?」
「えっ!? は、はい! もう大丈夫です!」
「ほなウチは自由に動くで! ここは任せたわ!」
「ちょ……ッ!?」
治療を受けとったダイバーに確認だけ取り、ウチはすぐに天井に目をやると……
「──【エア・レイド】!」
強化した跳躍力で、五、六メートル程の高さにある天井付近まで跳び上がった。そして──
(さぁ、リベンジの時や。ひと花咲かそうやないか……──双雷牙!)
天井に突き刺さったまま放置しとった双雷牙を掴み、ぶら下がると戦場を俯瞰する。
眼下ではダイバーと魔物達の激戦が繰り広げられており、円陣を組んで後衛職を守りながら戦うラウンズの前衛職。その外でクリムと共に穂先からスパークを放つ槍を振るい戦う百合原咲の姿。
さらに少し離れたところでは鱗の悪魔を壁に減り込ませ、今まさに首を落とそうという春葉アトの姿もある。
(いや……春葉アト、ウチが思てたよりめちゃくちゃ強いなァ。悪魔を瞬殺しとるやないか……)
……ともかく、全体的な布陣では魔物がダイバーを取り囲んではいるものの決定打に欠け、趨勢はダイバー側が有利となっとるようや。
だが、ウチが双雷牙を掴んだのはそんな戦況分析が目的ではない。ウチの狙いは──
「──さぁ、姿見せェ! ウチと戦おうやないか!」
そう宣言すると同時に、左手で握る双雷牙に対して過剰な程の魔力を一気に流し込んだ。
長舌の悪魔は双雷牙の性質を知らん。ただ、隠密性を重視する以上攻撃の瞬間まで、双雷牙に魔力を込めへん事は想像に難くない。
そんな状態で、こっちの双雷牙にだけ魔力を込めればどうなるか──
「──グアアァッ!!?」
双雷牙は二つで一つの双剣や。込める魔力が等しくなければ、双方を繋ぐ魔力のパスを通して落雷が発生する。
天井に突き立った双雷牙から真っ直ぐ──地上のある一点に雷が落ちた瞬間、轟音に混じって長舌の悪魔の悲鳴が上がった。
「そこかッ! ──【エア・レイド】!」
すかさずウチは天井の双雷牙を引き抜くと同時に、雷が落ちた場所へ向けて跳躍。
落雷によって目標地点付近に立ち込めた煙を周囲の魔物ともども旋風刃で薙ぎ払いながら、危なげなく着地を成功させる。
そして未だに小さくバチバチと音を立てる方へ視線をやれば、そこには──
「グ……──ッ、クソがッ! てめぇ、何しやがった……!?」
「さぁなぁ。アンタが他人のもん盗ったから、おてんとさんがバチでも落としたんちゃうか?」
双雷牙を握る右手周辺を中心に、木の根が這ったような火傷を負った長舌の悪魔が憎らし気にウチを見とった。
ウチは殺気の籠った視線に軽口を返しながら両手の武器を構え、臨戦態勢を取る。
「もう逃げ隠れさせへんぞ……覚悟せぇや!」
ここまでの借り、利子たっぷり乗せて返したろやないか。




