第22話 狩る者は時にカモになる
「先ずは普通のチャージを試してみましょうか」
私を挟み撃ちにせんと近付く二つの足音を聞きながら、冷静にローレル・レイピアを構える。右手で握り、左手は柄頭に添えて切っ先を正面へ固定する。……普通のレイピアではこんな構えはまず取らないが、スキルの効果を考えれば切っ先がブレない事が重要である為、きっとこれが正解の筈だ。
「──【チャージ】!」
スキルを発動すると、【ラッシュピアッサー】の時と同様に私の身体が局所的に強化される。今回はどうやら体幹と走力を重点的に強化する配分の様だ。
強化された箇所と使いかたを確認した私は、魔物の攻撃を待たずしてブラックウルフの群れに向けてこちらから駆け出した。
(足が軽い……!)
まず感じたのはそんな感覚だった。
力強くも滑らかに動く脚が地を蹴って、加速した全身を包み込む風が髪を靡かせる。走る事に楽しさすら感じてしまう程、会心の疾走。
ずっと背負っていた重りを下ろした直後の様な軽やかさに、まるで雲になったかのような心地だった。
「──ギャンッ!」
「ガウッ!?」
「キャイン!」
気付けばブラックウルフの群れを撥ねていた。
レイピアの先端から生まれた半球状の力場がまるで衝撃波の様に魔物を弾き、洞窟の壁面に叩きつけたのだ。
(──ッ! そうだ、止まらないと!)
うっかり忘れそうになっていたが、まだこれは本番ではない。これはただの試し切り……実験の本番はここからなのだ。
急いで両足でブレーキをかけて振り返る。視線の先では、壁に叩きつけられていたブラックウルフ達がよろよろと立ち上がるところだった。
(なるほど、【チャージ】で発生する力場にはそこまでの威力はないのか)
ダメージが無い訳ではないが、魔法に比べると威力は低い……物理攻撃しか出来ないジョブであれば、多少攻撃の幅が広がる点で便利と言ったところだろう。しかし、そこに私の魔法を組み合わせたらどうなるだろうか。
「──【エンチャント・サンダー】!」
レイピアを再び構え直して、添えた左手から雷を纏わせる。
放電による発光で通路が満たされ、警戒して唸るブラックウルフ達を照らし出した。そして、ブラックウルフ達がこちらに飛び掛かる為に姿勢を低くした瞬間──
「──【チャージ】!」
「ヴル゛ル゛ア゛ァ゛……ッ」
「グガガガガガッ!?」
スキルの変化は一目瞭然だった。
レイピアの先端から発生する力場そのものが雷へと変化し、駆け抜ける途中ですれ違った魔物全てを感電させては塵に還していく。
その威力は勿論だが、攻撃の範囲も申し分ない。放電する雷が増幅され、この通路を完全に埋め尽くしている。どうやら直径4m程度の幅であれば、このスキルの攻撃範囲から逃れられる魔物はいないようだ。
その後数体のブラックウルフ達を巻き込んだ後、両足でブレーキをかけて制止する。最後にパリッ……っと、小さな音と共に小さく放電したレイピアを下ろして振り返れば、そこに残っていたのはブラックウルフ達の魔石だけだった。
「……いや、これ強すぎないですか?」
〔やばい〕
〔これはエグイ〕
〔通路で狩り放題や〕
コメントもどこか唖然とした雰囲気だ。
何せ、今しがた一網打尽にしたブラックウルフは『通路で挟み撃ちにする』と言う狩り方を積極的に行って来る魔物だ。普通であれば、攻撃を躱しにくい狭い通路で群れに挟まれれば苦戦は必至。攻撃を捌き切れず、怪我を負って止む無く撤退と言う事も多いだろう。
しかし、このチャージは通路全体を面で攻撃できるのだ。
ブラックウルフの攻撃は雷の力場に阻まれてこちらには届かず、通路の隅に逃げてもこちらの攻撃は躱せない。
彼等はこの瞬間、彼等の狩り方の所為で絶好のカモとなったのだ。
「──あはははは! これ凄いです! すっごい楽しいです!!」
〔はっちゃけてんなぁ…〕
〔鬱憤溜まってたからね…〕
〔まーじで羨ましいわエンチャント。俺もこれやってみたい〕
十数分後、私はご機嫌で上層を駆け回っていた。
何せ走れば走るだけ狩れる。向こうから勝手に、数まで揃えてやって来てくれるのだ。
しかもそれがさっきまでずっと嫌がらせの様に頻繁に襲って来た魔物ともなれば、この状況は楽しくて仕方がない。笑いが止まらないのだ。
「はーーー……っ、満足です……!」
これ程はしゃいだのは何時ぶりだろう。
上層で溜まりに溜まった鬱憤をすっかり解消し切った私は、満足気に大きなため息を吐いて腰を下ろした。
今私が居るのは、珍しくブラッドバットの巣になっていなかった広間の一つ。手ごろな岩を見つけた私は、この辺りで一度休憩を兼ねてリスナー達と話そうと考えたのだ。
〔良い笑顔w〕
〔ヴィオレットちゃんが楽しそうで良かったです〕
〔心なしかお肌つやつやで草〕
〔こっちは他のダイバー轢かないかとずっとヒヤヒヤしてたってのにこの笑顔よ〕
「あー……まぁ、ブラックウルフ達を倒す時にしか使ってませんし、ダイバーが居たらブラックウルフ達が先に気付くので大丈夫だと思いますよ。ブラックウルフ達を倒した後は直ぐに魔石回収の為に止まってますし」
それに一応、私も他のダイバーが居ないかは気を付けている。
魔物から身を隠しているダイバーもいるかもしれないが、私の感知から逃れられる程の隠密が出来る時点でそのダイバーは間違いなく上級者だ。こんな上層にはいないだろうし、仮にいたとしても大事には至らないだろう。
〔まぁ確かにそうか〕
〔ブラックウルフなんて特に感知能力高いもんな〕
〔そう言えば雷の方しか使ってないけど、火の方はどうなるん?〕
「あ、確かにそうでしたね。次は火属性のチャージも試してみましょうか」
すっかりブラックウルフ狩りを楽しんでしまっていたからな……そろそろもう一つの属性でどう変化があるのか、実験してみるか。
「……あっ! これマズいです! 炎の壁の所為で前が見えない!!」
〔草〕
〔それはアカンw〕
〔何でも組み合わせれば良いって訳じゃないかw〕
そう言う訳で、【エンチャント・ヒート】と【チャージ】の組み合わせは敢え無く封印となったのだった。
◇
(──う……俺は、一体……?)
岩肌の冷たさを頬に感じて目が覚める。
どうやら意識を失っていたようだ。……気絶する直前の事が曖昧だな。確認の為にも記憶を辿ってみよう。
「ここは、上層のようだな……」
ああ、そうだ。リーダーに言われて、中層に上がって来そうなダイバーが居ないか探りを入れる為に上層に偵察に来たんだった。
それでついでに、楽に狩れる魔物で小銭稼ぎでもしようかと持ち場をちょっと離れて……それから……
(……ああ、思い出して来たぞ! あの女!!)
そうだ……ブラックウルフに目を付けられると面倒だから『隠者の外套』で姿を消して、獲物を探していた時だ。
ブラックウルフの遠吠えが聞こえて、足音も近付いて来たから俺は壁際に寄ってやり過ごそうとしたんだ。
俺の持つトレジャー装備『隠者の外套』は視覚、嗅覚、聴覚等の感覚を誤魔化せる、最高ランクの隠密装備。いつもの様に目の前を通過するブラックウルフを見て、いつもの様にその後を追ったんだ。
(ブラックウルフが倒されるも良し、そうでなければ弱ったブラックウルフを不意打ちで狩れて良し、慌てたダイバーが何か金目の物を落とせばラッキー!)
それが俺の日常だった。
隠者の外套のおかげで最前線に迫る事が出来た俺は、この能力を買われてフロントラインにスカウトされた。
しかし、俺に回って来るのは今の様な偵察の仕事ばかりだ。適材適所と言えば聞こえはいいが、中層の探索に出ている連中は国からの報酬の他に中層のトレジャーや魔石で俺以上に儲けてやがる。
(再開放の日だってそうだ。あんな汚れ仕事を押し付けやがって……その所為で脚に怪我まで負ったしよぉ……!)
しかも回復用のポーションは中層の探索に必要だからと言って、俺には寄越さねぇと来た。ハッキリ言って不満だらけの毎日だ。
……だが、俺が最前線に入れたのは結局このトレジャー装備を運良く手に入れられたからで、魔物との戦闘を避けてこれたってだけだ。実力はハッキリ言って中層レベルには至ってないし、何なら中層にはこの装備でも誤魔化せない魔物が出てくる。リーダーを説得して中層に行けたとしても先は無いし、かと言って下剋上を狙っても勝ち目は無い。機嫌を損ねてクランから追い出されたら、フロントラインに支給されている国からの報酬も受けられなくなって良い事なしだ。
結局俺はどん詰まり……大成する未来も無いんだから、ちょっと持ち場を離れて小銭を稼ぐくらいは許されるべきだろう。……そんな考えが悪かったのだろうか。気付いた時には遅かった。
「──アハハハハハハハハハ!!!」
狂ったように笑う女が纏っている雷に打たれ、俺は声も出せないまま意識を断たれた。
不幸中の幸いか、他者に居場所がバレなければ効果が解除されないと言う隠者の外套の効果は継続していた為、俺は気絶している間も魔物に襲われなかったらしい。
……しかし、そうなって来ると逆に腹が立って来る。
(あの女……! 俺をこんな目に遭わせておいて、気付いてないだと……!?)
外套の効果が続いていたって事はそう言う事だ。勿論、中途半端に気付かれていれば俺は魔物に襲われてそれどころではなかっただろうが、ソレはソレでコレはコレだ。
(アイツが強いのは分かってる! そう遠くない内に、間違いなく中層に来るだろう。その時に思い知らせてやる! ──フロントラインのリーダーは……とにかく陰湿でねちっこくて性根が腐ってるって事をなァ!)
「──【ムーブ・オン "マーク"】!」
俺は早速あの女の事をリーダーに報告する為、中層へと向かったのだった。




