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第223話 『城門』

 金毛のミノタウロスの肩から飛び退いて回避しようとした悪魔の左肩に、デュプリケーターの刃が深々と突き刺さる。

 闇の魔力が傷口に浸透し、再生を阻害。更に浸食による激痛に悪魔の表情が苦悶に歪む。

 このまま一気に畳みかけるべきかと逡巡するが──


(いや、悪魔の頭部に魔力が集中している……! 術式を撃ち込んでくる気か!)


 私は即座に悪魔の腹部を蹴りながらデュプリケーターを引き抜き、両足のグリーヴに纏わせていた風で空中を跳ねる。

 それと同時に全身から魔力を放出、半径約三メートル程度の球状に維持する。

 これこそが『俺』と一緒に編み出した認識阻害の対策だ。

 放出した自身の魔力の形を感知する事で、それを阻害する物質を把握する。一種のソナーのような物だと考えれば分かりやすい。

 本来は認識阻害の術式を撃ち込まれた後でも、魔物の体格や攻撃の軌道を正確に把握する目的で編み出したものだが……


(! やはり、これなら不可視の術式の位置も正確に分かる!)


 悪魔の頭部から生えた黒い角──その先端から私に向かって撃ち出された不可視の飛翔体。

 通常の魔力感知では把握困難な微弱な気配を、私はひらりと空中で身を翻して回避する。


「な──ッ!?」

「もう同じ手はくらいませんよ! ──【ブリッツスラスト】!」


 驚愕のあまり硬直する悪魔の腹部に、再びデュプリケーターの刃が突き刺さる。

 既に発動していた【千刺万孔】の効果で複製された刃も併せて新たな傷口が二つ穿たれ、闇の魔力で固定。浸食が始まった。

 ここが最大の好機。一気に決着まで持って行こうとしたその時──私の背後で一つの気配が大きく膨らんだ。


「ヴォオオオォォオォッ!!」

「ッ、金毛の──!」


 全身の黄金の毛並みを逆立てたミノタウロスの親玉が、咆哮と共に瓦礫の下から自身の得物を抜き放った。

 それは彼の体毛と同じく黄金に輝く杖──王笏(おうしゃく)だ。武器の全長は約三メートル程だろうか。

 だが先程発動した【ブリッツスラスト】によって悪魔共々金毛のミノタウロスから距離を取っていた私は、既にその攻撃の射程の外にいる。

 悪魔を仕留めた後にでも相手すれば良いだろう……そんな私の想像は、しかし次の瞬間に覆された。

 金毛のミノタウロスが王笏をこちらに向けて振るったその時、『ジャラララ……!』と言う音と共にその先端が伸びてきたのだ。


「な……ッ! 鎖!?」


 ソナーで感知した奴の武器の形状は、三つの棒をそれぞれ鎖で繋いだ武器──三節棍のような形に変化していた。

 一般的な三節棍よりも大分長い鎖によって急激に射程を伸ばした王笏の先端を、アセンディアによって弾く。

 その隙に悪魔がデュプリケーターの刃から逃れた手応えを感じたが、もはや周囲はそちらばかりに注意を払ってばかりもいられない状況になっていた。


「オオオオオォォォッ!!」

「く……っ、でたらめな攻撃範囲ですね……!」


 王笏を縦横無尽に振り回す金毛のミノタウロス。

 元々重量が大きいのだろう。遠心力で増幅された破壊力の嵐が周囲の瓦礫を一撫ですれば、忽ちに頑丈な筈のそれが爆散。

 砕かれた礫が横殴りの雨のように降りかかって来た。

 【千刺万孔】で増やした手数を利用して弾いたり回避したりと被害は抑えているものの、影響は礫だけではない。

 部屋の瓦礫が細かく砕かれた事で、その下に生き埋めになっていたアビスミノタウロス達が次々に這い出してきているのだ。


(先に金毛のミノタウロスを仕留めるべきだったか!)


 ここに来て優先順位の誤りを認識した私は、こちらを迎え撃たんと振るわれる王笏の猛撃を掻い潜り金毛のミノタウロスの懐に入り込む。


「──【ラッシュピアッサー】!」

「グオオォォォ……ッ!」


 ここまでに増幅した【千刺万孔】攻撃回数は、両手共に約三十。

 刺突一回毎に三十以上の傷口を作るレイピアのラッシュが、金毛のミノタウロスの正面余すところなく叩き込まれた。

 だが──


「ヴフー……! ヴフー……ッ!」

「なっ、まだ耐えて……!?」


 ミノタウロス種は上位個体になる毎に異常にタフになる傾向でもあるのだろうか。

 もはや胸部から腹部にかけて闇の魔力が靄のように纏わりついた状態にも拘らず、彼は私に敵意を宿す眼を向け、王笏を振るって来た。


「──ならばッ!」

「グァッ……!」


 それならばと私は王笏の横薙ぎを回避した直後、アセンディアのオーラを伸ばして王笏を握る右手の腱を切り裂く。

 すると途端に握力が弱まった手から彼の武器はすっぽ抜け、王笏は部屋の壁面に突き刺さった状態で固定された。


(これでもうあの嵐のような攻撃は放てない! このまま一気に……!)

「椅子ッ! ()()()()()()()()()ッ!」

「──はっ!?」


 金毛のミノタウロスは既に瀕死の重傷。先に倒してしまおうとしたその瞬間、私の背後から悪魔の指示が飛ぶ。


「ヴルッ!」

「な……ッ!?」


 その命令を忠実に実行した金毛のミノタウロスの左手がデュプリケーターの刃を掴み、強く握られた。

 大きな手に握られたデュプリケーターの刃から『ミシミシ……ッ!』と、嫌な音が響く。


(マズい! アセンディアと違い、デュプリケーターは元々脆い! 魔剣化した際に多少頑丈になっていたとしても、構造上の弱点が完全に無くなった訳では……!)


 強引に引き抜こうとすれば完全に折れてしまうかも知れない……そんな不安から行動を躊躇ってしまった一瞬──それを悪魔は突いてきた。


「──隙ありッ!」

「しま……ッ!」


 魔力のソナーを裂いて、高速で飛んでくる悪魔の術式。

 デュプリケーターの柄から手を放して逃れようとした時にはもう遅く、私の右腕に着弾した術式は私の中に潜り込んでしまった。


(──まだだ! 奴の術式には着弾から暴走開始までに数秒間のタイムラグがある! 撤退する前に、せめてこいつだけでも仕留める!)


 一度奴の術式が暴走して認識を歪められてしまえば、私はこの金毛のミノタウロスを判別できなくなる。

 他のアビスミノタウロス達と比べて明らかに別格な強さを持つこの個体だけでも先に倒しておけば、この後撤退に追い込まれたとしても次に繋がる。そう判断した私は、確実なとどめを刺すべくスキルを発動した。


「──【螺旋刺突】!」

「ガァ……ッ!!」


 アセンディアが纏う闇が黒い竜巻のようにうねり、【千刺万孔】の数十の複製を伴って金毛のミノタウロスに突き刺さる。

 その結果金毛のミノタウロスの上半身は消し飛び……短い断末魔を最期に残して、彼は塵に還った。


(よし! 後はデュプリケーターを……)

「──うっ!?」


 金毛のミノタウロスの手が塵となり、解放されたデュプリケーター。

 それを回収しようと手を伸ばしたその時、視界が揺らぎ……私を取り巻く光景が──いや、『世界』が一変した。




「ここは……?」


 夕日に照らされ、朱に染まる空。

 風が頬を撫で、草木の匂いがする新鮮な空気が肺を満たす。


(外に転送を……!? いや、認識阻害の影響か!?)


 視界だけでなく、五感全てが狂わされているのだろう。

 術式を撃ち込まれた事実を知らなければ、私はここが現実だと認識していたに違いない。それ程この光景は真に迫っていた。


(撤退だ。こんな状況で戦える訳もない)


 判断は迅速に。デュプリケーターは腕輪に登録してある為、例えダンジョン外からでも腕輪の機能で回収できる。

 今はこの場を離れよう。直ぐに腕輪に指を伸ばそうとして──そこで私は、もう一つの変化に気が付いた。


「な……っ、この服は……!?」

(いや、そもそも()()()()()……!)


 今回の術式は前回まで撃ち込まれていた物よりも遥かに強力な物なのだろう。

 見下ろした私の身体は闇色のローブマントを纏っており、その袖から覗く腕は……青白い魔族の腕だった。


「──ヴィオレット」

「ッ!?」


 背後から聞こえた声に心臓が跳ねる。呼吸が荒くなる。

 胸の内側から複雑な感情が溢れ出し、嫌な汗が頬を伝う。


「はぁ……はぁ……!」


 恐る恐る振り返ると、まず目を引いたのは巨大な石材を組み合わせて作られた壁だ。

 ()()()()()。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 頑丈な造りに加え、簡単な魔法で整備や補修が可能な点も優秀なのも特徴だ。

 着工開始から二百年かけて完成させてからというもの一度も魔物の侵入を許しておらず、中に住む人々は魔物の溢れる世界でも安心して生活していた。()()()()()()()

 だって──()()()()()()()()()()()()()()()

 名を変え、姿を変え、城壁の着工から完成までを……それによって守られる人々の生活を見届けて来たから。


(そうだ……ここは……この場所は──!)


 覚えている。忘れられる筈がない。

 ここは、私が最も長く安らぎを得て、そして最も激しく拒絶された──王国の城門前だ。

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