第222話 強襲
「──はっ!」
脚に纏わせた風で跳び上がり、上下逆さまの体勢でアセンディアを振るう。
風の属性を付与されたオーラは私の意に沿い大剣の形になると、薄く研ぎ澄まされた刃が深層の地面に深々と無数の切れ込みを刻んだ。
「……っと、ここも良し。……後は、一層目で作戦を実行するだけですね」
いよいよあの悪魔を倒す為の作戦も大詰めだ。
準備は今ので殆ど完了し、最後の一押しをする為に一層目へ向けて歩を進める。
〔マジでやるのか〕
〔成功するかな…〕
〔上手く行けば凄い事になるなw〕
「多分大丈夫ですよ。それにもし失敗したのなら、また別の作戦を立てるだけです」
私自身ぶっつけ本番だ。上手くいく保証はない。
今は有志が作ってくれた地図の精巧さを信じて、計画を実行するだけだ。
「──よし、漸く見つけましたね……!」
深層は、似たような迷宮が縦に四つ重なった多層式の構造になっている。
その一番上──第一層目を歩き回って数十分。とうとう私は目的の魔物を発見し、迷宮の曲がり角で息を潜めて様子を伺った。
視線の先に居るのは二体のアビスミノタウロスだ。片方は槍を持ち、もう片方は大槌を持っている。
私の狙いはその片方──大槌のアビスミノタウロスだった。
(欲しいのは一体だけだ。槍のアビスミノタウロスは不要だし、仲間を呼ばれるのも邪魔が増えるだけだし……手っ取り早くやってしまうか)
私はアビスミノタウロス達の注意がこちらから逸れたタイミングを見計らって、曲がり角から飛び出した。そして──
「ハァッ!」
アセンディアを一閃。
同時に変形したオーラが二体のアビスミノタウロスの首に伸び、深々と傷を刻んだ。
「ヴォ……ッ!?」
「ガッ……」
声を奪われたアビスミノタウロス達は仲間を呼ぶ事も出来なくなり、自棄になったように襲い掛かって来たが……
「……よし、これで邪魔者は居なくなりましたね。──【ストレージ】」
今更その程度の攻撃を私が見切れない訳もない。
狙い通り速やかに槍持ちのアビスミノタウロスを切り伏せた私は、腕輪からあるアイテムを取り出した。
「──【エンチャント・ヒート】! さぁ、ついてきなさい!」
「! ~~~ッ!!!」
私は炎の魔力をそのアイテム──香炉に付与し、香の匂いでアビスミノタウロスから正常な判断力を奪うと、迷宮を駆けだした。
香によって興奮状態に陥ったアビスミノタウロスは、さながら闘牛士に誘導される牛のように私目がけて一直線に迫って来る。
大槌の猛撃をヒラリヒラリと躱し、途中で遭遇したリザードマン等の魔物を返り討ちにし、それでもアビスミノタウロスにだけはとどめを刺す事なく誘導する事約二分。
私は目的の場所に到着し──そこにあった鉄の扉を開けて部屋に飛び込んだ。
「~~~~ッ!!」
振り返ると、声の無い怒号を上げながらアビスミノタウロスが振るった大槌が、開けっ放しだったドア周辺の壁に叩きつけられたところだった。
「っと……予定通りとは言え、派手にやりますね……!」
二十センチはあったレンガの壁がまさかの一撃。
こちらに飛んできた無数の瓦礫を避けながら、私は地面に切り傷が刻まれた一角へと立つと振り返り──
「お~い! こっちですよ~!」
香炉を持った手をぶんぶんと振ってアピールすると、香の匂いに反応したアビスミノタウロスは更に全身の毛を逆立て、突進するように向かって来た。そして──
◇
「……ん? なんだ、この音……」
いつものように金色の魔物の上でぼーっとだらけていたボクの耳に、どこか遠くから『ガラガラ』とも『ゴロゴロ』とも取れる音が聞こえた。
あまり聞き慣れないその音にキョロキョロと目を走らせていると、続いてボクの身体が少し振動しているような感覚。
「椅子くん、どうしたの? 震えてるけど……」
「……?」
最初は金色の魔物が何かに怯えて震えているのかと思ったけど、反応を見る限りどうもそう言う訳でも無いらしい。
となると、残る可能性は──
(この周囲全体が揺れてる? ……でも、成長はまだ先の筈……)
ダンジョン内に多量の魔力が充満した際には。こう言った振動が発生して構造が作り替わる事もあるが……いくらなんでも早すぎる。
前回の成長もイレギュラーなタイミングだったけど、それから一年も経たずにまた成長と言うのは流石に考え難い。
(……近くで魔物が暴れてるのかな? めんどくさいな……)
気持ちよくだらけていたところに水を差されて少し気分を悪くしながらも、ボクはまた椅子くんの頭にもたれかかるように力を抜く。
警備だのあの人間の捕獲だのと仕事が山積みなのだから、アイツが来るまではこうしてだらだらしていても良いだろう。入り口は常に見ているし、アイツが近づいてくれば直ぐに術式を撃ち込んで今度こそ……
「──んん……? やっぱりうるさくない……?」
いくら何でも耳障りだ。これでは落ち着いてだらけられない。
いっそ原因の魔物を、ボク自ら処してくれようかと思ったその時──
──ピシ……ッ!
「ん? 何の音……」
そんな音が聞こえた方向……天井へ視線を向けると、次の瞬間、一瞬で天井全体に亀裂が入り──
「へ? ──おわぁあぁっ!!?」
『バガァッ!』っと音を立てて部屋の天井が崩落してきた。
大小様々な瓦礫が滝のように降り注ぐ。
(この瓦礫の量……どう考えてもここの天井だけじゃない! まさか、この真上の階層全部ぶち抜いて……!?)
普通なら、こんなこと起こる筈がない。
ダンジョンの壁はレンガだろうが岩壁だろうが、『そう言う物』として存在がある程度ダンジョンの魔力によって固定化されている。
故にそれらの強度は材質ではなく魔力濃度に比例しており、この最奥付近なら上層が崩れても床が抜けないほど頑丈な筈だ。
それがこうして連続して抜けたと言う事は──
「──さぁ、再戦と行きましょうか!!」
間違いなく瓦礫と共に振って来た、この人間の仕業だろう。
「くそっ! 何考えてんだこの人間はぁッ!!」
咄嗟に術式を撃ち込む為に照準を合わせようとしたが、奴は周囲の瓦礫……いや、空中を蹴ってジグザグに動いており中々狙いが定まらない。
その間にボクはみすみす奴の接近を許してしまい──
「──ぐゥッ!?」
奴の持っていたレイピアの片方が、椅子くんの上から離れようとしたボクの左肩を貫いた。
◇
(行け! ぶち抜け!)
一層目で大槌のアビスミノタウロスの攻撃を、予め傷を付けて脆くなっていた地面に誘導した結果、狙い通りに階層の崩落は発生した。
私は崩落に巻き込まれないように靴に付与した風で空中を蹴って跳躍し、瓦礫の後に続いて下の層へと向かう。
二層目、三層目の地面にも先程と同様に傷を付けており、かなり脆くなっている。そこに真上から瓦礫が降り注げば……
(よし! 二層目突破! これなら──!)
「──【千刺万孔】!」
計画の成功を確信し、決戦に備えて予めスキルを発動しておく。
三階層ぶち抜きの大崩落であの部屋のアビスミノタウロス達を生き埋めにし、動揺する悪魔をその隙に仕留める……それが今回の作戦だった。
(──よし! 狙い通りアビスミノタウロスの大半は瓦礫の下に消えた!)
見下ろした四層目。
パニックになったアビスミノタウロス達の半数以上が生き埋めになった事を確認し、私は空中を蹴って加速。瓦礫と共に悪魔の居る部屋──所謂ボス部屋へと突入した。
「──さぁ、再戦と行きましょうか!!」
「くそっ! 何考えてんだこの人間はぁッ!!」
流石の悪魔もこんな方法で強襲されるなんて思いもしなかったのだろう。
攻撃の照準を合わせられないように空中を跳ね回りながら接近する私に、全く対応できないまま接近を許してくれた。
「──ぐゥッ!?」
──そしてデュプリケーターの一突きが、ついに奴の身体を貫いた。




