第221話 決戦を思い描いて
今後ちょっとリアル事情の関係で更新ペースに影響が出るかもしれません。
もしかしたらそこまで影響ないかも知れませんが、念の為にお知らせしておきます。
「──これが、『深層の地図』ですか……!」
雑談配信の途中ではあったが、リスナー達から完成の知らせを受けた私は、早速届いたデータをパソコンで確認する。
現状把握できている深層の全体像だが、どうやら大きく四つの階層に分かれているようだ。
迷宮構造の整備された区画が縦に連なり、その外周を洞窟構造の区画が取り囲んでいる。
洞窟の通路は同じ層の迷宮の通路に通じていたり、上や下の層の迷宮との橋渡しになっていたりと一人称ではなかなか気づきにくいだろうに、よく作ってくれたものだと感動する程の出来栄えだ。
「この精度の地図を一週間で……本当にありがとうございます!」
〔ヴィオレットちゃんの協力もあったからよ〕
〔測量の真似事までさせてしまったからな…こっちも雑なもん作る訳にはいかんて〕
〔まだ埋まってない所もあるけど、ヴィオレットちゃんが今までに行った事がある場所はこれで全部の筈〕
〔はぇー…ガチの地図士すっご〕
確かにこの一週間の探索はこの地図の完成の為に歩幅を調整して歩いたり、洞窟の傾斜を見る為に水風船を割ったりと色々と変わった事をしてきたが……その全てがこの地図に集約されたという達成感が、これまでの苦労を吹っ飛ばしてくれた。
もしも彼等の協力無しで同じ事をやろうと思っても、これ程の物を作り上げる事は出来なかった確信がある。
「重ねてありがとうございます! この情報は絶対に攻略に活かしますよ!」
笑顔でもう一度感謝の意を伝え、私は配信画面に受け取った地図を表示して情報を共有する。
行き止まりや回り道など、探索する側の視点では中々入り組んだ構造になっている為気付けなかったが……こうして俯瞰できると案外分かりやすい構造なのかも知れない。
〔4層目の右上の方にボス部屋があるのね〕
〔結構虫食いだな…〕
〔深層はこれで全部なのかな〕
〔今後は地図を埋めて行く感じ?〕
「そうですねー……」
リスナーからの質問に対して答える前に、私は地図のある部分に目を通す。
私の今の目標は例の悪魔の討伐だ。
この一週間の調査中も何度か悪魔に挑み、奴の術式に関する情報も集めた。その度に魔力枯渇の苦しみを味わったが、おかげで対抗策もある程度形になってきている。
次からは──いや、次こそはその対抗策を活かして決着をつけるつもりだ。
そして、その為に立てた作戦を実行に移すにはいくつか下準備が必要なのだが、それもこの地図があれば進められる。しかし──
(肝心のこの部分が埋まってないのか……)
目星をつけていた箇所を含む、周辺の地図は未だに白紙状態。
他にも埋まっていない部分はぽつぽつと存在しているが、先ずはここだけでも完成させて作戦の実行に移したいところだ。
(悪魔の本拠地が何処にあるのか、どこから向かえるのかも分かっていないし……そう言う意味でも、地図の穴埋めは大事だな)
──そんな配信をした翌日。
私は早速、目的の場所の地図を埋める為に深層を探索していた。
「地図によると……この辺が空白になってますね」
スマホで現在地を地図と照らし合わせ、アビスミノタウロスとの戦闘を数回こなしながら歩く事、約三十分。
辿り着いた周辺の様子を配信に映しながら、頭の中で地図の空白を埋める。
〔通路と部屋があるくらいか〕
〔特に新しい通路がある訳じゃないみたいね〕
「ですね~……次に行きましょうか」
(ここは『良し』、っと……)
金属製の扉を開けて部屋の中も一通り確認し、他の出入り口が無い事だけを確認して通路へと戻る。
頭の中で計画を進めながら、歩みは止めずに迷宮から洞窟へ。三層目から二層目に上り、空白をさらに埋めて行く。
地図を用意する前には気付けていなかった未探索の通路や部屋、洞窟の形状を配信に収めながら、さりげなく確認しておきたかった箇所に目を通していく。
(──よし、ここで要所の確認は終了。これなら少しの下準備で狙い通りの成果が得られそうだ。後は深層のより奥へと続く通路も見つけられれば良かったんだが……)
今回の調査ではそれらしい物は見つからなかった。
それ自体は非常に残念ではあるのだが……実のところ、この結果を意外とは思わなかった。と、いうのも──
「この様子だと、深層の最奥はやはりあの悪魔の居る部屋の先ですかね……?」
〔たぶんそう〕
〔あそこの奥にも扉がもう一個あったもんね…〕
そう。最初に観察した時は金毛のミノタウロスの陰に隠れて見つけられなかったが……その後何度か悪魔の術式を検証する中で、私はあの部屋の奥にももう一つ金属製の扉がある事を確認していた。
その時からもしやと言う予測は立てていたのだが、やはり深層の更に奥に進むにはあの部屋を避けては通れない構造になっていると考えるべきなのだろう。
(……何を落ち込む事がある。あの悪魔が奴らの本拠地を守る番人だと考えれば、目的地はもう目前という事じゃないか)
『悪魔を倒す』、『本拠地を見つける』。二つの目的がセットになっただけだ。
私は内心で気持ちを切り替え、目標の達成の為に最後の準備に取り掛かり始めた。
◇
「──はぁ……」
いつものように金色の魔物の肩に座りながら、ため息を一つ吐く。
こう見えてボクは自分の仕事を……まぁ、面倒だから魔物達に押し付けてはいるけれど、一応は果たしているつもりだった。
だというのに、先日あの方に呼びつけられたかと思えば──
『──面倒な事してくれたわね。貴女の所為で私のかけた術式まで解けちゃったじゃない』
『えっ、あの、そんな話ボクは一度も……』
『言い訳無用。良い? 貴女に追加で仕事を与えるわ。あのダイバーが気付く前に、何がなんでも私の前に連れて来なさい。良いわね?』
『……はい……』
理不尽だ。役目は果たしているのに、どうして怒られなきゃならないんだ。
アイツに何か術をかけてたなら最初に言っておけよ。っていうか、それならそもそもボクをこの任から外すべきだろ。ボクの戦い方知らないのかよ。しかも仕事増やされたし。めんどくさいな。
そんなに急いでるなら、もう自分で動けばいいじゃないか。その方が確実だろ。あの方はボクの何倍も強いんだし。
(……いかんいかん、ちょっとイライラしてるな。ボク。一旦落ち着かないと……──っていうか、そもそもアイツって確か『絶対に殺すな』って言われてた奴だよな?)
どうしてアイツばっかり目を掛けられてるんだよ。ボク達と違ってアイツはあの方にとって敵の筈なのに……
一度考えだしたら、今度は顔立ちが似てるからって依怙贔屓してんじゃないのか、なんて不満も更に湧いて来た。
「──はぁ~……なぁ~んか、気に食わないよなぁ……。キミもそう思うだろ? 椅子くん」
「……」
ペシペシと金毛の魔物の頭部を叩きながら同調を求めるも、椅子くんは黙りこくったまま何の返答もしてくれない。
不愛想なのか、元々ボクの言葉の意味を十全に把握は出来ていないのか……まぁ、指示には従ってくれるからそこは良いか。
「……ねぇ、椅子くん。ボク、ちょっとあの娘嫌いになっちゃったからさぁ……今度会ったら、ちょっとわからせてやろうよ」
今までは認識狂わせても部下をけしかけて追い払うだけで済ませてあげたけど、次はそうもいかない。『連れて来い』って言われちゃったしね。
でも──
(命に別状無い程度になら、思う存分いたぶっても良いよね~?)
『殺すな』って命令は絶対だけど、それ以外は何にも言われてない訳だし……
──せめて、胸に湧き上がるこの鬱憤の捌け口にくらいは、なって貰おうかな。




