第220話 ロードマップ
キリの良さの都合で今回は短めです
「──皆さん、急遽予定を変更してしまいすみません。今日は探索配信ではなく、雑談配信をしたいと思います」
術式の解呪を確認した日の午後一時。
私は事前にSNSで告知した通りに急遽内容を変更し、自宅で雑談配信を開始していた。
事情についても告知の時点で軽く説明しておいた為リスナー達にも動揺は少なく、SNSの投稿を見ていなかったリスナー達にも待機画面の時点でコメントによって情報が共有されており、おかげで説明も最小限にスムーズに配信を開始できた。
〔大丈夫だよ!〕
〔ごきげんよう~!〕
〔体調は大丈夫?〕
「正直まだ結構気だるさは残ってますね。正直戦える状態ではないです……あの悪魔絶対許さん」
心配するコメントも多かったが、私がもう気だるさ以外の後遺症も無いことを伝えると、リスナー達も少しずつ落ち着いて来たようで、投稿されるコメントの内容も悪魔の攻撃に対する考察へと移っていった。
〔あいつの攻撃そんなにえぐいのか…〕
〔話聞く感じだと魔力切れに近いっぽい?私の時より大分酷いみたいだけど〕
〔もう視界は正常なん?〕
「ええ、一晩寝て覚めたら戻ってました。これは推測なのですが……」
ここで私は自身に使われた術式の効果について『あくまでも推測として』伝える。
最近は『チヨから魔法武器を作って貰った上澄みのダイバーが深層を目標に据えている』といった話もちらほら聞くようになった。
あの悪魔の術式は状況と噛み合えば即死級の脅威になる為、この情報の共有は急務だろう。
〔ヴィオレットちゃんの魔力勝手に使って維持する魔法ってヤバくね?〕
〔使われた時点で撤退しかないじゃん!?〕
〔性格悪すぎるだろあの悪魔…〕
「ええ。そこで次回の深層突入の為に何かしら対策を講じておきたいんですよね。今回の雑談配信はその為の相談も兼ねてます」
一応昨日の内に『俺』との検証で一つは『奥の手』を用意したが、それが上手く行く保証も無いので、今回の配信でもう一つか二つほど考えておきたい。
もっとも、チヨから聞いた話では悪魔のリーダーが私の配信を見ているとの事だったので、『奥の手』は秘匿させて貰うが……
〔ヴィオレットちゃんはあの魔法使われたの気付けなかったんでしょ?対策できるんか?〕
〔確かに。なんか予兆とかあれば良いんだけどな…〕
〔アーカイブ見返しても寝てるようにしか見えなかったぞ〕
〔術者がミノタウロス側って可能性は無いんかな?〕
「考えにくいですね……ミノタウロスは確かに一定以上の知能は備えていますが、あんな魔法を使えるとは思えません。まして無詠唱でしたし……」
色々な意見は出て来たが、しかし相手は未知の魔法だ。そうそう簡単に対抗策が出て来る筈も無い。
リスナーに説明したように術者がミノタウロスとも思えないし、何よりも周囲の生物が置き換わっていたのがあの悪魔である以上、術者は悪魔だという前提で考えるべきだろう。
だが私自身アーカイブで攻撃されたと思しきタイミングを見返したりもしたのだが、悪魔自身には何の動きも見られなかった。
だからこそ私はあの狸寝入りを見抜けなかったのだから。
〔盾とかで防げれば良いんだけどな…〕
〔ヴィオレットちゃんは回避型だからなぁ〕
〔どっちにしてもタイミングが分からんことにはな〕
「タイミングですか……」
……一応それについては『もしかしたら』と言う可能性がある。
昨日『俺』と共に検証した結果、あの術式による認識の歪みは魔力感知には及んでいない事は分かっている。
もしも深層の濃密な魔力の中で悪魔の魔力を判別できれば、或いは……
(問題は、あの魔法の一番厄介な性質──『起動前の術式を撃ち込んでくる』と言う一点だ。起動前の術式は魔力の感知が非常に難しい。深層の環境では多少工夫をしなければならないが……)
『俺』と共に編み出した対抗策が使えるかも知れないが、やはり検証が必要になる。
後数回、あの術式を受ける覚悟も決めなければなるまい……
(今日みたいな倦怠感を何度も? 正直勘弁願いたいな……)
〔いっその事魔法を使われる前に倒すとか?周囲のミノタウロス全部無視してさ〕
〔チヨとかユキを見る感じ厳しいだろ…悪魔って強い以上にかなりタフだぞ〕
〔部屋の入り口も一つだぞ。向こうはヴィオレットちゃんの侵入に気付かないってのもありえん〕
〔最初から照準もある程度定められるし暗殺とかも無理か…〕
(部屋の入口に……最初から照準を合わせている……?)
確かに、あの時私があの部屋の様子を伺っていたのは数秒だ。
その短い時間にこちらを発見し、術式を構築し、狙いを定めて撃ち込むというのは考えにくい。
普段から何度も人間を返り討ちにしていたのならともかく、深層に到達した侵入者──ダイバーは私が初めての筈だ。慣れてもいないだろうプロセスを、そんなにスムーズに熟せるだろうか。
最初から『敵が来るならここからだ』と当りを着けていたのだとすれば……
(──! 深層の構造! そうだ、それならもしかして……!)
脳裏に稲妻が走る感覚。
ここ十数回入り浸った深層の経験が、とんでもない作戦を私に発想させた。
(後はアイツを上手く利用して……そうだ、折角ならあの場所から……! いや、でもその為には先ず──)
一つの閃きが次の閃きを生み、それが一つのロードマップを脳裏に構築する。
やがてその始点が今に繋がり……先ず用意するべきものが見えて来た。
「──すみません! この中にダイバーの配信から下層のマップを書き上げた人はいませんか!?」
深層の悪魔攻略に繋がるロードマップの一歩目……最初に必要なのは──『地図』だ。




