第216話 黄金と黒
ひたひたと足音を消し、慎重に一歩ずつ足を運ぶ。
曲がり角から僅かに顔を覗かせて確認した先には、数体のアビスミノタウロスの巨大な黒い背中。
あの後、戦闘の気配を察知して駆けつけたアビスミノタウロスの追跡を上手く撒いた私は、帰って行く彼等の背後数メートルの所を付かず離れず尾行していた。
周囲の構造は洞窟から迷宮へと切り替わっており、その過程でいくつかの事が判明していた。
(どうやら、この深層……複数の迷宮の『階層』が洞窟によって繋がっているようだな……)
洞窟構造になっている区画全てではないが、その内の一部は緩い高低差があるようだ。
意識せずに探索しても気付きにくい緩やかな斜面により、私達ダイバーはいつの間にか下に、或いは上に移動している。
そして、階層構造になった無数の迷宮は、いずれもパッと見てそこまで大きな違いは無い。均された地面に、均一に並べられた燭台。そして直角に整備された曲がり角……要するに、自分の現在地の把握が非常に困難な構造なのだ。
(これではマッピングもかなり困難に──……っ!)
そこで自然と思考は中断された。
私の魔力感知に、明らかに異質な魔力が引っ掛かったからだ。
緊張に思わず力が籠った足先が、ザリっと地面を擦る。たったそれだけの物音に、私が尾行していたアビスミノタウロス達は反応。
踵を返してこちらに接近して来た。
(見つかったか……! だが──)
来た道を戻りながら腕輪に指を添える。
本来の予定では、彼等が帰る部屋までの道を案内して貰うつもりだったが──状況が変わった。
(これ程の魔力……もう彼等の案内も要らないな)
寧ろ、ここで少しでも部屋の戦力を削っておくべきだろう。
何せこの先にあるのはほぼ間違いなく、この深層のミノタウロス種のボス部屋だろうからな。
私はボス部屋から程よく離れた場所にあった十字路まで後退し、曲がり角の死角で振り向くと腕輪から武器を取り出す。
「──【ストレージ】。さぁ、さくさくっと倒してしまいましょうか!」
抜き放ったのはアセンディアとデュプリケーター。
もはやお馴染みとなった二振りを構え、私は曲がり角からぬっと顔を出したアビスミノタウロスの喉をオーラ斬りで一閃。初撃で声を奪う。
そして痛みに仰け反るアビスミノタウロスの陰から現れた一団──最初の一体を含めた合計五体のアビスミノタウロスを、十字路にて迎え撃った。
「──まぁ、こんな物でしょう」
ピッと両手の細剣を軽く払って、僅かに付着した塵を散らす。
私の正面に一つ、背後に四つ──今しがた倒し終えたアビスミノタウロスの魔石が転がっていた。
〔あっさり勝ったなw〕
〔これ普通のダイバーならもっと手間取るんだろうな〕
〔みんなは真似するなよな!〕
「あ、そうですね。実際はアビスミノタウロスの攻撃が地面や壁に当たる度に地面も小刻みに揺れるので、見た目ほど避け易くはないです。アークミノタウロスよりパワーが高い上にタフなので、下手したら本当に一撃で持って行かれますよ」
〔ひえっ〕
〔迷宮の壁や地面が一撃でボロボロだもんな…〕
実際周囲の様子を見回せば、コメントの指摘通り壁も地面も斬撃痕や大穴で見るも無残なありさまだ。
私のような回避特化型は回避の方向を間違えれば確実に足を取られるし、戦闘の途中では壁のレンガを抉る一撃で砕かれた瓦礫に混じって、ひしゃげた燭台も飛んできていた。分厚い大盾で防ごうにも、上手く受け流さなければ何の気休めにもならないだろう。
こういう危険をしっかり伝えておかないと、アビスミノタウロスを侮ったダイバーが命を落としかねないので、注意点を事細かに説明。発信していく。
「──と、ちょっと説教っぽくなってしまいましたが、結局のところ『いのちだいじに』って事です。無茶な探索は控えてくださいね。ホントに」
〔はーい〕
〔※ヴィオレットちゃんは特別な訓練を受けています〕
〔いつも注意されてるから多分みんな分かってる…筈〕
そんなやり取りをリスナーと交わしながら魔石を回収し、私は探索を再開する。
目指すのは先程異質な魔力を感じた通路の先──ミノタウロス種のボスが居ると思しき、巣の中枢だ。
「──あの部屋ですね……」
左右に分かれた丁字路の角から、その片方の通路の先を覗き込む。
今も肌にビシビシと感じる魔力は私の視線の先にある部屋から漏れ出ているのだが……その一室は、これまで私が潰してきたミノタウロスの部屋とは明らかに異なる様子だった。
(破壊された鉄の扉が転がっている……元々はあそこに嵌まっていた物だろうな)
それは元々存在した部屋の入り口をハンマーなどで破壊し、ミノタウロス種の巨躯が悠々と通れるように強引に拡張したような大穴だ。
周辺に散らばる無数の瓦礫は、役割を果たせなくなった鉄の扉と共に通路の端へと雑に寄せられており、破壊された当時の雰囲気をそのまま残していた。
(無数のアビスミノタウロス達の魔力に混じって、特徴的で格別大きな魔力がある。これがボスの魔力か……?)
緊張に一つ喉を鳴らし、慎重に大穴の傍まで近寄る。
そして、恐る恐る部屋を覗き込むと、燭台やオーブの輝きを受けてその巨躯が存在感を放っていた。
(金毛のミノタウロス……!?)
私が感じ取った魔力は、間違いなく部屋の奥で地面に腰を下ろすそのミノタウロスの方から漂っている。
座り込んだ姿勢で動く気配が無いが、アビスミノタウロスよりも更に一回り大きな体躯。より隆起した筋肉、そして魔力……間違いなく上位個体。
──だが、この個体はボスではない。
私が感じ取った魔力は、この金毛のミノタウロスの物ではない。
魔力の流れの源泉はあの金毛のミノタウロスの右肩──そこに黄金と対比になる様な、黒い小柄な人影があった。
(──悪魔……!?)
金毛のミノタウロスの肩に脚を組んで座るその女性は、チヨやユキと比べても全体的に小柄な悪魔だった。
軍服に包まれた左肘が肘掛け代わりに金毛のミノタウロスの頭部に乗せられており、頬杖で支えられた黒い癖っ毛のショートヘアが舟を漕いでいた。
(寝ている、のか……? 悪魔が……?)
魔族と違い、悪魔は眠る必要があると言う事なのだろうか……そんな疑問も浮かんだが、そこは考えても仕方のない事だと割り切り、一旦置いておく。
(最大の問題は、アイツが寝ているのが金毛のミノタウロスの肩の上と言う事だ)
しかも頭の上に肘まで乗せている。
私の眼には、金毛のミノタウロスがあの悪魔専用の玉座にすら見える扱いだ。
かなり雑に扱われていると言うのに、当の金毛のミノタウロスがそれでも大人しくしているところを見る限り、あの悪魔が金毛のミノタウロスを従えているのは間違いない。
元々ミノタウロス種のボスだった金毛のミノタウロスを従え、事実上のボスとして君臨している……と言ったところだろう。
(これは……流石に分が悪いな)
もしも今この部屋に踏み込めば、私が相手する事になるのは二十頭近い数のアビスミノタウロスに加え、その上位個体であろう金毛のミノタウロス。そして、手の内が全く分からない悪魔が一体。
多勢に無勢と一目でわかるラインナップだ。
(……あの悪魔が目覚める前に、一旦この場を離れよう)
そう判断するが早いか、私は足音を殺しながらその場を後にしたのだった。




