第215話 攻略は進む
壁面に並んだ燭台の光が照らし出すダンジョンの深層。ミノタウロス種が屯する一室に、剣戟の音が響く。
「──……ッ!」
最初十数体居た黒いミノタウロス──『アビスミノタウロス』はすっかり数を減らし、最後の一体が今まさに声無き断末魔と共に塵へと還った。
それと共に、右手に握ったデュプリケーターに宿っていた闇の魔力が霧散する。……どうやらこの部屋に突入して、二十分が経過したようだ。
この場に残ったのは私と、もう一体……動きが読みやすいと言う理由から対処を後回しにしていた、アークミノタウロスのみ。
「……!」
決着を焦ったのか、それともアビスミノタウロスが次々に倒される様子に恐怖を抱いたのか、アークミノタウロスが距離を詰めて戦槌を振りかぶる。
しかし、その動きは今の私にとっては緩慢そのもの。私はデュプリケーターに左手を添え、落ち着いて闇の魔力を再び付与する。
「──【エンチャント・ダーク】、【ラッシュピアッサー】」
戦槌が振り下ろされるよりも早く懐に入り込み、デュプリケーターを振るう。
闇を纏った連続突きが、アークミノタウロスの腹部から胸部へと駆け上がるように無数の風穴を穿った。
忽ち深紅の毛並みを持つ巨躯は力を失い、私の上に倒れ込むが……その身体が私を押し潰すことはなく、寸前で塵となって空気中に霧散する。
それと同時に、散ったアークミノタウロスの魔力が微風となって、私の紫色の長髪を揺らした。
「──ふぅ、今ので最後かな?」
顔にかかった髪を手櫛で軽く梳かしながら、油断なく周囲を見回す。
部屋にはもうミノタウロス達の気配も感じられず、魔石だけが散らばっていた。……どうやら、制圧は無事に完了したようだ。
ドローンカメラの方へ視線を移せば、今の戦いを見ていたリスナー達の興奮を示すコメントが高速で流れていた。
〔本当に勝ってもーた…〕
〔うおお!さっすが剣姫!やっぱつええ!〕
〔¥50,000 単騎殲滅おめでと代〕
〔速過ぎて何が起きてるのか全然分からんかったけどとにかくすげぇ!〕
〔最強のダイバーだからな…正直俺もほとんど動き見えんかった〕
「あ、プレチャありがとうございます! あといつも言っていますが、あまり私の真似で無茶しないようにしてくださいね」
流石に軽い気持ちで深層に来るダイバーはいないだろうが、念の為に釘を刺しておく。
なにもここに来なくとも、下層のミノタウロスで私の真似をするダイバーが居ないとも限らないからな……
その後もリスナー達と軽い雑談や、戦いの振り返りをする。
今の一戦は試験的にアセンディアの使用を最小限にしてみたのだが、終わってみれば危なげなく制圧まで持って行けた。
(いくつも『部屋』を制圧して慣れて来たし、アセンディアは喉を切り裂いた後は早々に収納しても良さそうだな……)
アビスミノタウロスの動きにもすっかり慣れた。
時々瓦礫を用いた面制圧の攻撃にはヒヤリとさせられることもあるが、それも『盾』には困らない為対処は十分に可能だ。
少なくともミノタウロスの部屋の制圧に関しては、オーラの節約の為にアセンディアの使用は最小限に留めよう。
「──さて、そろそろ次の部屋を探しに行きましょうか。暫くコメントには反応出来ませんが、ご了承ください」
〔了解!〕
〔頑張って〕
〔気を付けてね!〕
迷宮構造の一室から通路に戻り、歩くこと数分。
またも通路の構造が洞窟に切り替わり、壁面の所々から飛び出した結晶の輝きが私の影を方々に伸ばす。
影が曲がり角の先に伸びるのを見逃せば奇襲を受ける可能性もある為、結晶の配置や自分の影にも注意を払いながら慎重に深層を進む。
「……──!」
(あの一角、何か違和感がある……『クロコレオン』か……?)
例のカメレオンのような魔物は、少し前の雑談配信でそう名付けた。名前の元はそのまま『“クロコ”ダイル+カメ“レオン”』だ。
質の悪さや深層に現れると言う『格』に対して雑なネーミングだとツッコまれたが、しかしワニのような大顎とカメレオンのような能力を合わせた魔物を表す名前として、これ以上分かりやすいものもないだろうという理由で採用となったのだ。
これまで深層を何度も探索している私は、当然この魔物も幾度となく討伐しているのだが、その過程でクロコレオンの見分け方もいくつか発覚していた。
(オーブの光があるのに周囲が僅かに暗い……あのオーブの手前にクロコレオンが居る証だ)
クロコレオンは魔力で周囲の光景を体表に映し取り、姿を溶け込ませる魔物だ。
当然その際に空気中を漂うオーブも体表に描くのだが、彼にとって残念な事に『光そのもの』は再現できない。つまり、オーブが描かれているのに実際には光が遮られているため、周囲との明暗にわずかなギャップが生まれてしまうのだ。
こう言った情報は配信内で積極的に言及しており、既に多くのリスナーも知るところとなっている。
〔あそこ居る?〕
〔いるっぽい…多分〕
(──良し。これだけ周知されていれば、他のダイバーが深層に潜る際も不意打ちでやられる可能性は低いだろう)
コメントをチラリと確認。日頃の発信の成果に内心満足しつつ、私は腕輪に指を添えてアイテムを取り出した。
「皆さん、お見事です。では、正解発表と行きましょうか。──【ストレージ】」
取り出したカラーボールをクロコレオンが潜む場所に投擲すると、風景が僅かに歪み……魔力と殺気を感じた私がサイドステップした瞬間、空中でカラーボールが弾けた。
隠形がバレた事を察したクロコレオンが、私を攻撃するついでに舌でカラーボールの迎撃を試みたのだろう。溢れ出した蛍光塗料がクロコレオンに降り注ぎ、ワニによく似た頭部を鮮明に浮き上がらせた。
「──カッ!」
「!」
立て続けに数回。鋭く伸びる舌を軽快なステップで躱しながら間合いを詰める。
これも幾度となく戦った経験で知った事だが、元々じっと身を潜めて獲物を待つ習性からか、舌による攻撃の速度とは対照的に、クロコレオンの動きそのものは鈍い。
最大の武器である迷彩を破られたクロコレオンは、舌を躱しながら近付く私から碌に距離を取る事も出来ず、容易く接近を許してしまう。
こうなれば完全に私の間合いだ。顔の側面に回り込んだ私の攻撃を防ぐ術は奴には存在せず、こめかみへ向けて放ったデュプリケーターの刺突によって瞬く間に塵と化した。
「──【ストレージ】っと。まぁ、慣れればこんなものですかね。……ん?」
ゴロリと転がった魔石を慣れた手つきで回収し、デュプリケーターに僅かに付着した塵を払ったところで、私の耳が微かな足音の接近を察知した。
なるべく物音を立てないように配慮していたつもりだったが、どうやら今の戦闘の気配を感じ取られたのだろう。
(重量感やテンポから判断するに、これはミノタウロスの足音か)
恐らくは二体か三体。音の大きさから判断して、距離はまだ十メートル近くはあるだろう。
通路での戦闘とはいえ、この程度の数……アビスミノタウロスとの戦いにもすっかり慣れた今の私がその気になれば、仲間を呼ぶ隙も与えずに殲滅するのは容易いが──
(ここは身を隠してやり過ごし、部屋まで案内してもらうのが一番良さそうだな)
最初にミノタウロスの部屋を見つけた時のように、こいつらを上手く尾行すれば住処に案内して貰えるはずだ。
目的を考えるのなら、こっちの方が私としては『美味しい』。
(とは言え、奴らの嗅覚を誤魔化せるくらいまで距離を取る必要はあるか……)
「──【エンチャント・ゲイル】」
私はグリーヴに風を纏わせると足音を誤魔化す為に空中を跳ね、迅速にその場を後にするのだった。
今回の内容でようやく『第?話 ダンジョン配信者、ヴィオレット』に追いつきました。




