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第214話 背中を追って

久しぶりの登場かも……

 チヨチャレンジ──下層にて魔法武器を作って貰う為、チヨに挑む事を最近はそう呼ぶらしい。

 少し前まで『魔剣』『魔槍』等に代表される魔法武器と言えば、それは必然的にトレジャー武器の事を指していた。

 『魔力を流す事で様々な恩恵を受けられる機能』を、現代の鍛冶技術で再現できないからだ。

 それ故に魔法武器はダイバーの──特に近接ジョブの憧れの一つであり、代々家宝として先祖代々伝わっている物もあるのだとか。

 そんなまさに『宝具』と呼べる武器を『手加減したチヨに一撃当てられれば手に出来る』となれば、多くのダイバーが渋谷ダンジョンに集まるのも必然と言えた。


 ……しかし、彼等の多くは直ぐに現実を思い知らされることになる。

 地方ダンジョンとは比べ物にならない魔物の質、下層の広大さもそうだが──彼等はそれ以上に『手加減したチヨ』を侮っていた。


『──ぐっ、くそぉ……ッ! 嘗めやがって!』

『はぁ……それはあたしのセリフ。あんだけ挑発したんだから、もうちょっと楽しませてよ』


 何人ものダイバーがチヨチャレンジの果てに心を折られた。

 どれ程の前例を積み重ねようと、『自分はあいつらとは違う』『自分があんな風にあしらわれる訳がない』。これまで地元のダンジョンで成果を上げて来た者ほど陥りやすい傲慢。

 自信満々にチヨを煽り、直ぐに両手も使わせられずに敗北する姿を配信に載せるダイバーのなんと多かった事か。

 『チヨから戦いを挑まれない内は下手に関わるな』──そんなある種のジンクスが出来上がるまで、そう時間はかからなかった。


(チヨチャレンジなんて俺には関係ない世界の話……そう思っていたんだけどな)


 ……俺は自分を知っている。

 これまで下層に何度も潜り、ゴブリンとの戦争にも参加したが、そこで見る他のダイバーと俺の差は歴然だった。

 俺は先輩のように、強力なジョブやスキルに恵まれていない。クリム程、武器の扱いに長けていない。ティガーのように特異な動きを可能とする肉体を持っていない。Katsu-首領-のように常に戦いを俯瞰できる程、視野も広くない。

 ……紫織のように、器用に属性とスキルを使い分ける戦いなんて、出来る筈もない。

 だと言うのに──そんな俺の前に彼女は自ら降りて来た。


「君、ソーマくんだよね? 今なら結構楽しめそうだし……ちょっと暇潰しに付き合ってよ!」




 チヨが俺に対して提示したハンデは、尻尾と両腕以外の使用禁止だった。

 両脚を使えないチヨは自発的な移動もほぼ封じており、魔法も封じている事から距離を取れば自由に体勢を整えられるし、攻めるタイミングは全て俺が握る事になる。だと言うのに──


「──ぅオォッ!!」

「良いね! 良い踏み込みだよ!」


 まるで昔通った剣術道場の打ち込み稽古だ。

 速度をつけての切り上げも、振り下ろしも腕一本で軽くいなされる。

 背後に回り込もうとも試みたが、尻尾を使って体の向きを変えて対応された。

 突きを放てば人差し指と中指で止められた。その状態でどれだけ力を込めても、チヨは尻尾を地面に突き刺して自重を支えており、直立した姿勢は微動だにしなかった。


(まるで手応えが感じられない……! これが実力の差と言う奴か……!)


 俺が今も戦えているのは、ヒットアンドアウェイを徹底してチヨからの反撃を防いでいるからだ。

 焦って無理に攻め続ければ、痛烈なカウンターを貰って一撃でやられてしまうだろう。


(……とは言っても、このままでは埒が明かないか)


 手に持つ相棒──WD製のショートソードをチラリと見る。

 汚れ一つない白刃に、特有の銀の年輪模様が輝いている。……スキルの威力を高める性質も活かせないまま敗北を喫するのは、この武器を作ってくれた職人に対しても失礼だろう。


「スゥー……ふぅ……──ッ! ──【集中】!」

「!」


 俺は息を整えると、スキルによって集中力を強化する。

 そして、チヨの動きに目を光らせながら決意を込めて一歩踏み出した。

 安全圏からチヨの間合いへ、互いの武器が届く危険域へ踏み込み──同時にスキルを発動する。


「──【豪剣両断】ッ!」

「単純な力押し? そんなもの──」

「──【燕返し】! 【スピンスラッシュ】!」

「っ!」


 二連、三連と続けてスキルを発動し、強力な攻撃を畳みかける。

 【燕返し】による素早い切り返しに続き、剣を振り抜いた勢いを活かした回転切り。チヨの両腕が防御に手一杯になった瞬間……


(ボディが空いた……──いや、誘いだ!)


 蹴りを撃ち込めば俺の勝ち……そう思わせて、カウンターを狙ったのだろう。チヨの身体の陰で尻尾が妖しく揺らめき、その先端がこちらにピタリと照準を合わせたのが見えた。


「──く、っ!」

「おぉ……っ!?」


 ここが限界だ。バックステップで距離を取った瞬間、こちらに真っすぐ突き出された尻尾の一撃。

 ギリギリで俺の体を射程に収めていた一突きを、左手で構えたWD製の盾で受け流してやり過ごす。


(集中力を高めておいて良かった……! やはり深追いは禁物か!)


 チヨの反撃をギリギリのところで躱し、内心で安堵のため息を吐く。




 ──その、一瞬の気の緩みが不味かった。


「ん? ──なっ、ぅおおっ!?」


 ぐん、と強く左手の盾が引っ張られる。

 見れば盾の装飾にチヨの尻尾がかけられており、気が付いた時には俺の体は宙に投げ出されていた。


「かも~ん♪」

「くっ……──簡単にやられてたまるか! 【スピンスラッシュ】!」


 眼下で両手を広げて待つチヨに抗う為、スキルを発動。空中で何とか身を捩り、盾にかけられていた尻尾を振り払うと、縦回転の斬撃を放つ。


「おぉっと!?」

「まだだ! ──【燕返し】!」


 頭上に交差した腕で斬撃は防がれてしまったが、両足が地に着いた瞬間に更にスキルを発動。

 素早く切り返した剣先が、両腕を挙げたままのチヨの首を狙うが──


「はい♪ そこまで!」

「──うおぉっ!?」


 そこで俺の視界がぐるりと回転し、背中を打ち付ける。

 右脚を見れば、チヨの尻尾が足首に巻き付いているのが見えた。どうやら転倒させられてしまったようだ。

 そしてそのまま尻尾で身体を引っ張られ、目の前にチヨの拳が寸止めされた。……決着だ。




「……はぁ、やっぱり勝てなかったか……」

「いやいや! 思った以上に楽しめたよ! 特に最後の反撃は良かったよ~!」


 仰向けに倒れた姿勢から上体だけを起こしてその場に座り込む。

 無念のため息を吐く俺と対照的に、テンション高く肩をバンバン叩くチヨに視線を向けると、満面の笑顔のチヨと目が合った。

 ……分かってはいたけど、やっぱり距離感近いな。こいつ。


「実は少し前に君がヴィオレットちゃんの兄って話を聞いてさ、気になってたんだよね!」

「なるほどな、そういうことだったのか……で、どうだ? あいつと比べてみて。やっぱり俺は今が頭打ちか?」


 急に戦いを挑んで来た理由に納得する。

 大方、アイツが深層に行ってしまったことで戦えなくなったから、その代わりを探していたと言ったところだろう。

 だが、見ての通り俺はアイツと違って凡人だ。

 下層の探索は危なげなく熟せるようになったが、ここ最近は成長も止まってしまったような実感もあるのだ。

 しかし、チヨは俺の問いかけに対して指を顎に添えて少し考えると──


「うーん……確かにモチベーションは高くないよね。そもそもキミ、あまり『強くなりたい』って思ってないでしょ?」

「あー……まぁ、確かにな」


 そもそも俺の最終的な目標は、ダンジョン療法士になる事だ。

 俺のように先天的な病に苦しむ人を、俺がそうして貰ったように一人でも多く助ける事だ。

 その為に必要な実力は浅層で患者を庇いながら戦えれば十分で、今の俺でも過剰なほど……確かにこれ以上『強くなりたい』と思う理由も無い。

 しかし、チヨは言った。


「惜しいね。キミ、剣筋は悪くないし、攻め時を見切る眼も持ってる。強くなりたいってキミが思えば、多分まだまだ伸びると思うよ」

「……強く、か」


 左腕で存在感を主張するように、下層の結晶の輝きを鈍く反射する腕輪に視線を落とす。

 今でもおぼろげに覚えている恩人の腕にも、当然これと同じ鈍色があった。

 あの安心感を……それを与えてくれる力強い背中への憧れを、俺はいつの間にか忘れていたのかもしれない。


「──まっ、それを求めるかはキミの自由だけどね! でも、キミが強くなったらまた戦いたいな! それじゃね~!」


 そう言って飛び去る強者の背中を見つめながら、俺は決意を新たにするのだった。

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― 新着の感想 ―
ソーマはヴィオレットちゃんと特訓したら、一気に伸びる気がする、体内の魔力回路もほぼ同じだから、覚えようと思ったらエンチャントとかも習得出来そうなキャラだと思う。
更新お疲れ様です。 本当に久しぶりの登場ですねソーマ…。ヴィオレットちゃんとはいわば(性別変わってるけど)平行世界の自分が一番相応しい表現な関係ですが……なんかごくたま~にドラク○Ⅵの主人公(魂と肉…
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