第213話 検証
猛攻を受け流すべくやや斜めに構えた盾に、チヨの掌底が叩きつけられる。
こちらの狙いを看破されたのだろう。受け流しが出来ない角度と位置を狙い澄ました攻撃だ。
俺は盾を弾かれた衝撃によってたたらを踏んでしまったが、続くチヨの連撃に対しては長剣の腹を割り込ませることで何とか防御に成功する。
しかし、不安定な姿勢で攻撃を受け止めた事で、俺の体勢は致命的に崩された。
『そこ!』
『く……っ!』
せめて更なる追撃を躱すべく強引に重心を右に移し、ぐらぐらと覚束ない脚捌きでチヨの拳をギリギリ避けるが──
『う……っ、おぉ……ッ!?』
左手に持った盾の重量と慣性、攻撃を回避する為に無意識に後方へと傾けていた姿勢等、複数の要因が重なり、俺の視界はぐるりと一回転。
咄嗟にバランスを取ろうと伸ばした右手に握られた長剣も、その回転によってぐるりと大きく弧を描き──
『──えっ?』
『──えっ?』
気が付けば、一閃──なんてとても呼べない斬撃が、チヨの首を的確にとらえていた。
「──ふぅ……どうだ、慧火-Fly-。大体分かって来たと思うが……」
あの日チヨとの戦いに一応勝った俺は今、慧火-Fly-を伴って『浅層』に居た。
目的はとあるスキルの検証であり……いつの間にか覚えていたそのスキルこそ、俺がチヨに勝つ事が出来た理由の大半を占めていたのだ。
「あぁ、大分条件も分かって来たが……また、なんとも厄介なスキルを発現させたな。Katsu-首領-」
そう言ってスマホに検証の結果をまとめていた慧火-Fly-が立ち上がり、地面に置いていたランプを手に歩み寄って来る。
「全くだ。この検証をしていなければ、俺はもしかしたら何かしらの事件を起こしていたかもしれないな」
思い出すのは腕輪に記されたスキル名──『インサイト・カウンター』の文字。
今まで聞いた事もないスキルではあったが、その名称からカウンターを補助するスキルかと思って始めたこの検証……しかし、判明したのはある意味とんでもなく厄介な性質を持つスキルだと言う事だった。
「自動反撃か……実際に習得してみると、ここまで制御が利かないものとはな……」
「ま、多分その辺は大丈夫だろう。一応精神的なON/OFFは出来るみたいだからな」
「気楽に言うな……」
『インサイト・カウンター』は特定の条件を満たした攻撃に対して発動する、カウンター型のパッシブスキルだったのだ。
今回の検証で判明した発動条件を満たしてしまえば、俺の体は勝手に最適な反撃行動を起こしてしまう。
確かに慧火-Fly-の言う様に、ON/OFFに近い条件もあるようだったが……やはり不安は残るものだ。
「とりあえず、判明した条件をまとめてみた。目を通してみてくれ」
そう言って手渡された慧火-Fly-のスマホには、『インサイト・カウンター』の発動条件が箇条書きで記されていた。
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1.一度見た攻撃である事
2.一度防いだ攻撃である事
3.攻撃を視認している事
4.反撃が可能である事
5.戦意がある事
上記を満たした場合、反撃の意思に従って自動的に最適の身体強化と反撃行動を行う。
このスキルが発動した後の数秒間(約5秒)はクールタイムが挟まり、連続での使用は出来ない。
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「……なるほどな。確かにこんな感じだろう」
1と2の条件が近いように感じるのは、攻撃の防ぎ方によっては1の条件を満たせない可能性があるからか。
「俺の見た感じ、反撃の際にお前は無意識ながらも最適な方法を選んでいる節があった。石筍や鍾乳石に当たらない軌道で長剣を振っていたりとな。多分、仲間が周囲にいたとしても同じように巻き込まない攻撃を選ぶはずだ」
「……その検証は、気軽には出来ないな」
「信じろよ。たとえ無意識の判断でも、お前の判断だ。俺は信じてる」
「……そう、だな。ありがとう」
無意識の判断でも、俺の判断か……確かに、それを信じなければ戦えない。
慧火-Fly-の励ましに心が少し軽くなったのを感じ、礼を言う。
「あのチヨ相手に反撃を決められるスキルなんだ。無意識ってのは不安だろうが、強力な手札を手に入れられた事には変わりない。今後の立ち回りについても、クランの仲間達と話し合わないとな」
その言葉に、チヨにこのスキルが発動した際の事を思い出す。
アーカイブを見返して気付いた事だが……あの時のチヨは俺の攻撃を認識しつつ、回避が出来ないタイミングだった。
追撃の為に深い前傾姿勢になっており、更に両足が地面から離れていた一瞬。俺のカウンターが刺さったのは、そんな『ここしかない瞬間』に放たれた一撃だったからだ。
しかし──
(無意識でも俺の判断……本当にそうなら、俺はあの瞬間を無意識に認識していた事になる。──本当に?)
『直感』と言うのは本人の経験が積み重なった結果、思考よりも先に結論に至る事だ……そんな話を聞いた事があるが、俺の無意識はそこまで読み切っていたのだろうか。
疑問は残るが……先ずはやはり、信じるとしよう。俺がこれまで培ってきた経験も、判断力も。
その積み重ねがきっと、俺にこのスキルを発現させたのだと。
「さて……そろそろ帰るか? チヨに作って貰った魔剣の方は、検証する程の効果はないんだろ?」
「そうだな。刀身に電気を纏い、攻撃の際に敵を軽いスタン状態にするシンプルな物だ」
ティガーの双剣『双雷牙』は生まれた経緯から特殊な性質を持っているようだが、俺の魔剣に関してはそんなことは無い。
シンプルだが癖が無く扱いやすい。結果的にそれが俺に一番合っている気がする。
「今回は浅層って事で配信もしてないし……じゃあ、この辺で解散って事に──……ん?」
「どうした?」
「……いや、アイツら何やってんだろうと思ってな」
何かに気が付いたように一点を見つめる慧火-Fly-。
彼の視線を辿って行くと、暗闇の中にランプの光に照らされた奇妙な一団が見えた。
「……白衣? 見たところダイバーがする格好ではないが……」
それに、かなりの高齢に見える。パッと見た感じとても戦闘を熟せそうな雰囲気ではない。
浅層は比較的安全とは言え、命の危険がある場所にあの格好と言うのは確かに気になるな……
「──すまない、少し良いだろうか?」
「! 何者……って、Katsu-首領-さん!? えっ、なんで浅層に!?」
「慧火-Fly-さんも!? え、どうしよう!? 私、ファンなんですけど……!?」
慧火-Fly-と目配せし、二人揃ってその一団に歩み寄り声をかけると、白衣の男性たちを守るように数人のダイバーが間に割り込んで来た。雰囲気からして護衛のようだが……
「ちょっと検証の為に配信外で来ていたんだ。見たところ、そちらも配信中ではないようだが……一体何事だ?」
「あっ、実はですね……!」
「──碑文の調査?」
「はい。結構前に裏・渋谷ダンジョンでオーマ=ヴィオレットさんとクリムさんが見つけた碑文が、SNSで話題になっていたじゃないですか」
「あぁ……確かにそんなのもあったな」
確かスパイダーマザーの部屋で見つかった『警告文』のような物だったか。
スマホで見せて貰った画像によると、内容はこんな感じだった。
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こ■■我■■を■■者どもへ■戒め■■
■ ■■の■を奉■ この■■の■■奥に■■■主■討ち■■■り
され■■■はな■■び■■■へ■■我■■の■■定め■■ごとし
■ま我■■■うち■■■■■■■も■あ■■ し■■■我が■■■■なら■■りぬ
ほ■■■我■■な■■■もの■■す■■
ゆゑ■■が■■■■者よ よ■■く■め
も■■■討た■ ■■■■そ我と■■■
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この碑文が発見された時は、確かにSNSはこの解読を試みる投稿で盛り上がっていたのを覚えている。
しかしその後に立て続けに起こったユキとの戦闘や、大規模コラボ、ゴブリン達との戦争等ですっかり話題も流れてしまったと思っていたが……SNSと言う場を離れ、今でも一部で調査は進んでいたと言う事のようだった。
聞けば、白衣姿の彼等はそう言った古文書の専門家であり、SNSで見かけた碑文に大層興味を持ったそうだ。
コミュニティで情報と画像を共有し、これまで解読に明け暮れていたのだが、抉られた部分の解読に関してはやはり難儀していたのだと言う。
そこで現地に抉られた文字のヒントが無いか、護衛を雇っての調査に赴いたという訳だ。
「スパイダーマザーが倒されてからトラップスパイダーも減りましたし、自分達も一応中層ダイバーですからね。学者さん達も手続きを済ませて腕輪は支給されましたし、いざと言う時は彼等が逃げるまでの時間稼ぎくらいは出来ますよ!」
「なるほど……」
見れば、護衛に雇った人数は十二人と十分な数だ。
現地まで安全に到達できるかはともかく、いざと言う時に逃げる時間を稼ぐと言うのなら申し分ない。
ないのだが……
(随分緊張している様子だ。慧火-Fly-のファンも居るとの事だし、それが原因かもしれないが……妙に頼りなく見えるな)
少しばかりの不安を感じた俺は、慧火-Fly-に目配せを一つする。
俺の意図を察した慧火-Fly-は、『仕方ないな』と言いたげなため息を一つ。
了承を得たと判断し、『すまんな』と小さくハンドサインを示した後、俺は彼等に提案を持ちかけた。
「──良ければ俺と慧火-Fly-も護衛に同行させてくれないだろうか? 話を聞いて、俺もその碑文の内容に興味が湧いてしまってな」
「ほう! 我々としてもそれはありがたい申し出だが……因みに、依頼料はどのくらいかかるのかね?」
普段はダイバーの界隈に興味無さそうな雰囲気ではあったが、護衛に雇ったダイバー達の反応から俺達の実力を判断したのだろう。
やや警戒混じりの眼でそう確認して来た。
「私達は好奇心からの同行なので、道中で学者先生方から話を聞かせていただければ、それだけで構いませんよ。慧火-Fly-も、それで良いか?」
「アンタがそれでいいなら、俺はついて行くだけだ」
「ありがとう。……そう言う訳で、我々もどうか護衛に加えて貰えないだろうか?」
「勿論! ──あ、いえ、依頼主の先生方が良ければですが……」
「実力は確かなのだろう? なら、我々としてもありがたくその申し出を受けたい」
「了解した。貴方方の安全は保障しよう」
こうして、やや予定外の事ではあったが探索は継続となった。
──この判断が間違いではなかったのだと、俺は後になって確信する事になるのだった。
今回の投稿に合わせて過去の文章を一部修正しました。
と言っても碑文の内容を掘られた時代の文章により合わせただけなので、読み返す必要はありません。




