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第211話 新たな目標を見据えて

「──よーし! ここで一旦休憩にしようか!」

「了解~……」


 下層を征く騎士甲冑姿の一団──ダイバークラン『ラウンズ』のリーダーである春葉アトの声に、戦闘と探索の疲労が溜まっていたラウンズのメンバー達はその場にどさっと腰を下ろした。

 ガチャ、ガチャリと彼女達の鎧が短い音を立てる光景を見る春葉アトは苦笑し、傍にいた百合原咲に声をかける。


「……やっぱり、今回ちょっと張り切っちゃったかな?」

「そうね、流石に私も堪えたわ。でも、必要な事だもの……」

「あはは……──そうだね。本当に、大切な事だから……」


 激しい連戦を経験したにもかかわらず未だに余裕を残す春葉アトは一つ頷くと、百合原咲にも休憩を促した。


「咲ちゃんも休んでていいよ。見張りならあたし一人でも大丈夫──」

「私もやるわよ。見張り。──それとも……今の私でも、まだ足りない?」


 そう言って百合原咲は自身の持つ魔槍の先端に一瞬、スパークのような光を生んで見せる。

 彼女の握るこの魔槍こそ、彼女がチヨに認められた数少ないダイバーの証であり……彼女自身の実力の証明でもあるのだ。

 そう言外に示した百合原咲に春葉アトはフッと微笑むと、彼女に背を向ける。


「それじゃあ、あたしの背後は任せたよ。咲ちゃん」

「! ええ、任されたわ……アトちゃん」


 春葉アトの言葉に百合原咲の表情がパッと華やぎ、そして確かな覚悟と決意に引き締められる。

 それは一度ダンジョンを去ってしまった彼女が、もう一度と求め続けた信頼の言葉だった──




「「ふっ……」」


 少しして、二人同時に笑みを漏らす。そして……


「「──決まった……!」」


 これまた同時に呟いた。


「すご……っ! 生で初めて見た……アトサキコンビの()()()!」

「やっぱクオリティ高いわ~……ダンジョンってこう言うシチュ映えるよね~」

「休憩中にこれ見れるの贅沢っスよね~!」


 そう。今の一連のやり取りは、彼女達『アトサキコンビ』が共に探索をしている時に偶に見せる即興劇の一幕だ。

 春葉アトか百合原咲のどちらかが『あっ、このシチュエーション良いな』と思った時にそれとなくシリアスな雰囲気を漂わせると、相方が的確にそれを察知。状況に応じた騎士っぽい──否、『ラウンズ・サーガ』の一幕っぽい即興劇が台本も無しに繰り広げられる。

 元演劇部の演技力と、メイク無しでも整った容姿を持つダイバーである二人ならではの遊びだった。


〔888888888〕

〔っぱこれよ!〕

〔¥1,000 観覧料〕

〔実際の探索からシームレスに繋がるから臨場感エグイなこれ!?〕


 今回の探索はラウンズメンバー総出のコラボ配信であり、そのシチュエーションがまたこの即興劇を彩った。

 リスナー達もこの一幕を楽しんでおり、ラウンズファンの中にはこう言った即興劇を切り抜いて動画にする者もいる程だ。

 もっとも──


〔『必要な事』かぁ…〕

〔大切…まあ、大切だよなw〕

〔シリアスに決めてるけどこれ、ラウンズ・サーガのリアイベに備える軍資金稼ぎの乱獲なのよねw〕


 そもそも今回ラウンズのメンバーが疲労困憊のありさまなのは、彼女たち自身の軍資金集めの為の魔物の乱獲が原因である為、ツッコミの声もぼちぼち見られたが。


「あはは。ま~そこには目を瞑って貰うとして、折角だしちょっと雑談もしていこうかな?」

「良いんじゃない? 見張りは引き受けたけど……多分暫くは魔物も来ないだろうし」


 春葉アトの提案にそう答えて手に持っていた小さな魔石──ダンジョンホッパーの成れの果てを、腕輪に収納する百合原咲。

 ダンジョンホッパーは周囲の魔物をその鳴き声で呼び寄せる、生きたトラップだ。

 下層と言う広大なエリアにおいてその存在は、並のダイバーであれば下層の最大の脅威ともなるのだが……彼女達のような乱獲を求める実力者にとっては、魔物を呼び寄せる格好のアイテムでしかなかった。

 声が枯れるほど鳴かされ、それでも誰も来なくなるほどに周囲の魔物が狩り尽くされた時、彼らはこうして小さな資金となり果てるのだ。


〔どっちが悪なのだろうな…〕

〔こんな事してるから『逆スタンピード』って言われるんよw〕


「私達だって……本当はこんな戦い方、したくないよ……!」

「──そうね、騎士の本懐は『護る事』だもの。でも、必要な事だもの……割り切るしかないのよ」


〔即興劇に逃げるなw〕

〔高い演技力こんな事に使うなwww〕

〔……で、本音は?〕


「「ダンジョンホッパー超便利」」


〔こいつらwww〕

〔くっそwww〕


 そんな軽いノリでコメント達とのやり取りを暫く続けていると、やがてとあるリスナーから一つの質問が投げかけられた。


〔ラウンズって深層は行くの?〕

〔確かにアトネキなら深層でも戦えそう〕

〔魔槍持ちってくくりなら咲ちゃんも行けるかも!?〕


「深層かー……」


 その言葉に春葉アトが反応し、少し考える素振りを見せる。

 これは多くのリスナーや、ラウンズのメンバーも気になっていた事であり、それは春葉アトの実力なら深層でも問題なく戦えるだろうという確信があったからだった。

 しかし──


「うーん……あたしとしては、あんまり乗り気じゃないかも?」

「! そうなの?」


 逡巡の後に出した春葉アトの結論に、百合原咲が意外そうに声を挟む。

 彼女は頷き、その理由を話し始めた。


「ヴィオレットちゃんがここ数回深層の探索を進めてるから結構情報は知ってるんだけど、あたし的にはこの下層が一番良いかなって。ホラ、あたしって元々そんなにトップダイバーにはあまり興味ないし。それに、これが最大の理由なんだけど──」


 元々他者と競ってトップを目指そうという性格ではない彼女にとって、あくまでもダンジョン探索はラウンズ・サーガの推し活の一環だ。

 自分の理想とする騎士のように戦い、憧れた雄姿を体現し、そのついでに手に入れた資金で推し活する。これが春葉アトの──いや、クラン『ラウンズ』全員のモチベーション。

 深層と言う環境は、そんな春葉アトにとってあまり魅力的には映らなかったと彼女は言う。

 加えて彼女は更にもう一つ、大きな理由があるのだと言う。それは──


「……そもそもそんな時間も無いでしょ。今度のラウンズ・サーガのイベント、日本各地を回るんだから」

「それはそうね」


〔草〕

〔草〕

〔ラウンズ・サーガ>>>越えられない壁>>>深層〕


 結局どこまで強くなっても、これが『ラウンズ』なのだった。



 『深層に向かうのか』……これは、ここ最近実力者のダイバーのコメントに度々現れる定番の問いかけとなっていた。




「──深層? 勿論行きます! だって、ヴィオレットさんが居ますから!」


 迷わずそう断言するのはクリム。

 オーマ=ヴィオレットに憧れてダイバーになった彼女は、自分の実力が通用するのであれば深層だろうと当然ついて行くつもりだった。

 ただ……と、彼女は珍しく意気消沈した面持ちで続ける。


「まだ、もう少しだけ鍛えてからにしようと思ってます。ヴィオレットさんのここ一週間の深層探索の配信は欠かさず見てますけど、あの数はちょっとやりにくいかなって……」


 クリムの武器は今もなお『鋼糸蜘蛛の焔魔槍』だ。

 一般的な槍よりはやや短いものの、深層探索の要とされるミノタウロスの部屋の掃討においてその取り回しはオーマ=ヴィオレットの細剣よりもどうしたって悪くなる。

 クリムの持ち味でもある【マジックステップ】や、焔魔槍のワイヤーによる翻弄も活かしにくい状況である事も、クリムが『今の自分に深層はまだ早い』と結論付ける大きな要因だった。




「深層ぉ? まぁ、ウチも目指してはおるけどなぁ……」


 バチバチと激しくスパークする双剣──『双雷牙』の雷を鎮めたティガーは、質問を投げかけたコメントに渋い表情で答える。


「まだまだ新しい相棒が手に馴染んどらん。……ホンマ、とんだじゃじゃ馬になったもんや」


 チヨによって魔剣となった自身の相棒に視線を落とし、口の端を吊り上げながらそう呟くティガー。

 その全身は今、WD製の白い軽鎧の隙間から黒いゴム状のインナーが覗く装いになっており、白と黒のコントラストがどこか白虎を思わせた。


(まさか、スパークが激しすぎて自分の身体にまで電流が流れるとはなぁ……)


 これは彼女の武器が短剣に近いリーチである事も一因だが、それ以上に二つセットで魔剣にして貰ったせいで双雷牙が獲得してしまったとある特性が最大の原因だった。


(けど……上手く使えばこれは大きな武器にもなる。それを惜しみなく使う為にも──)

「先ずはコイツを使いこなして、もう一戦……いや、もう二戦か。──チヨに勝つんが最優先やな」


 そう目標を口にするティガーの表情は、それが言葉にする程簡単ではない事を確信したものだった。




「深層か……慧火-Fly-、お前はどう思う?」

「まだ様子見だな。Katsu-首領-の例の『新スキル』も、まだ未解明な部分が多い。それでもKatsu-首領-一人なら十分戦えるようになっているだろうが……」


 Katsu-首領-の問いに答えたのは慧火-Fly-。

 軽業師と言う珍しいジョブによる身軽な動きで敵を翻弄し、急所を狙う戦闘スタイルを得意とするダイバーだ。

 それ故に相手の隙を見切る観察眼に長けており、それを見込まれて今回Katsu-首領-の『検証』に付き合っていたのだが……そんな彼をして、Katsu-首領-がチヨに勝った際に発現した新スキルは謎が多い。

 他に発現例の存在しないKatsu-首領-だけのスキルと言う事もあり、解明が先決というのが彼の結論だった。


「やはり時期尚早か」

「いや、()()()()()()()()多分深層も行けるぞ。俺達が同行するなら検証が必要ってだけだ」


 そう補足を入れる慧火-Fly-だが……その内心ではKatsu-首領-がどんな決断をするかは理解していた。


「俺一人では決定力に欠ける。お前達が居てこそ、俺は戦えるんだ」

「……ま、そう言うと思ってたよ。それじゃあ、さっさと検証続けるぞ。発動条件は大体見えて来たし、次はクールタイムの検証だな」

「ああ、頼りにしている」




 実力者たちはそれぞれの考えで深層を目指す。

 タイミングや条件もバラバラで、当然他のクランと足並みなんて揃えようとは思っていない。


 しかし、彼等は知らない。

 深層の奥に渦巻く、悪魔達の計画を。

 その計画が成就すれば『世界がひっくり返る』のだと言う事を、彼等はまだ知らない。

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