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第210話 黄金

「──これで、最後ッ!」

「ヴォ──……ッ!?」


 振り下ろされた大剣を跳躍で躱すついでとばかりに、目の前に居た黒いミノタウロスの首を切り裂き声を奪う。

 今のが最後の一体だ。これで、この部屋のミノタウロス種は雄叫びを上げる事が出来なくなった。

 この状況を作り上げるまでにも、こちらの作戦を妨害しようと幹部クラスのミノタウロスを筆頭に無数の攻撃が私の身に降り注いだが……声を奪われた怒りと動揺からか、或いは単純に合図が出せないからか彼等の連携はガタガタで、回避するのは余裕だった。

 途中で雄叫びを上げようとするミノタウロス種も居たが、そう言う個体は大きく息を吸い込んだ段階で優先的にオーラ斬りを使って喉を切り裂いてやった。

 こうして何とか整えられた訳だ──この部屋のミノタウロス達を全滅させる準備が。


「さぁ……ここからは本格的な戦闘と行きましょうか!」

「──ッ!!」


 全身に降り注ぐ殺気に対して、こちらも殺気をぶつけて威圧すると……彼等は一瞬たじろいだ後、声無き雄叫びを上げながら一斉に突進して来た。


「甘いッ!」


 先頭に立つ黒いミノタウロスの懐に一瞬で飛び込んだ私の背後で、炸裂した鉄槌が地面を爆ぜさせる。

 飛散する礫がこちらにも飛んでくるが、私は飛び込んだ勢いをそのままに黒いミノタウロスの股下をスライディングして回り込み、飛散する礫を防ぐ盾とする事でそれらを回避する。

 回り込むついでに両足の腱を闇の魔力を纏う斬撃で断ち切ってやれば、声に続いて両足の力も失った巨体がその重量を支えきれずに頽れた。

 私は既に無力化したその個体に目もくれず、すかさず正面のアークミノタウロスの首へ向けて鋭い斬撃を放つ。

 突然正面に現れた私の姿に動転していたアークミノタウロスはその攻撃に反応も出来ず、あっけなく首を飛ばされ、塵に還る。

 周囲のミノタウロスに僅かな動揺が波及するのを確認した私は、混乱を更に拡大するべく群れの隙間に飛び込んだ。が──


「! 流石に学びましたか……!」


 身を竦めてギリギリ飛び込める程度だったスペースが、さながらモーセの海割りのようにザッと広がる。

 それによって転倒するミノタウロス種も多かったが、それでもスペースを空けてこちらを見失わない方が重要だと学んだのだろう。

 そして、この状況はまさに周囲を敵で囲われた四面楚歌。次の瞬間、全方位から彼等の武器が私の身に殺到した。しかし──


(やはり連携の精度が落ちている!)


 彼等の武器は個体によってまちまちだ。

 槍のように素早い刺突を繰り出せる武器もあれば、大剣や大槌のようにどうしたって大振りになる武器もある。

 例え同時に振るわれようと、魔力の探知でどこを狙っているのかを把握し、その速度の差を判断する余裕があれば──


「──当たりませんよ!」

「ッ!?」


 小刻みなステップと跳躍でミノタウロス達の攻撃を避け、その内の一つである棍棒の上に着地すると、ミノタウロス達の間に一際大きな動揺が生まれる。

 大方、彼等の眼には私が武器をすり抜けたように見えたのだろう。あまりに大きな隙を晒してくれた。


「アセンディアッ!」


 左手に握ったアセンディアに魔力を流しながら、全身を独楽のように一回転。伸びたオーラの刀身が、周囲のミノタウロス種の首を一斉に斬り飛ばした。


(──! やはり、純粋なオーラでの斬撃は消耗が大きいみたいだな……)


 最初のようにオーラの一部が砕けたりしなかった点では消耗は抑えられたが、やはり黒いミノタウロスの体毛はかなりの強度のようだ。

 オーラの刃毀れと言ったところだろう。アークミノタウロスを斬る時と比べて、分かりやすく消耗が大きい。

 しかし、少なくともこの部屋を殲滅するまでに使い切る様なペースではない為、今回は消耗量の検証も兼ねているという事にして遠慮なく使っていこう。


「! っと……この程度の不意打ち、魔力を探知する必要も無いですね」


 背後から迫った槍の薙ぎ払いを身を屈めて回避し、バックステップの要領で間合いを詰める。

 そしてデュプリケーターの一閃で腕の腱を片方断ち切り、直ぐにサイドステップ。直ぐ傍の黒いミノタウロスが振り下ろした大剣を躱し、直後にまた背後から襲って来た棍棒の横薙ぎをバック宙で避ける。

 そして棍棒を振るったアークミノタウロスと上下逆転した状態で視線が合ったその瞬間、その首が飛び、全身が塵へと還る。


「……っ!?」


 数で押したにもかかわらず、犠牲が増えるのは自分達ばかり──その事実に怯んだ黒いミノタウロスの姿を見て、私の脳裏にふとその可能性がちらついた。


(このミノタウロス……逃げるか……?)

「──【ストレージ】、【エンチャント・フリーズ】!」


 思いついた可能性を文字通り塞ぐべく、私は即座に腕輪にデュプリケーターを収納。代わりに取り出した無数の水風船に凍結属性を付与し、唯一の入口へ向けて投擲した。


「ッ!?」

「──やはり、逃げるつもりでしたね? させませんよ」


 私の投擲した水風船を視線で追ったミノタウロスが、炸裂した水が忽ち作り出した分厚い氷によって封鎖された通路に目を丸くする。

 流石に広い通路全てを塞ぐほどの氷にはならなかったが、元々黒いミノタウロスが通って多少余裕があると言った程度の穴だ。真ん中に分厚い氷柱が立っただけで彼等は通れない。

 そして、『破壊しようとすれば率先して狙われるだろう』、『仮に破壊に成功してもまた塞ぐ事が出来るだろう』という二つの事実を理解できない程、彼等はバカではない。


「~~ッ!!」


 この時点で彼等に道は無くなったのだ。『私を倒す』それ以外に彼等が生きる道は──




「……ふぅ、やってみれば案外何とかなりましたね」


 最後の巨体が崩れ落ち、黒い体毛の先端までも塵へと還っていく姿を見届け息を吐く。

 周囲を見回してみれば、壁と地面の至る所に残る破壊痕が彼等の武器による攻撃の激しさを物語る壮絶な光景が広がっていた。

 そんなボロボロの部屋に転がる無数の巨大な魔石達。それら全てを腕輪に収納し終えた私はドローンを操作し、非表示にしていたコメントを再表示した。


「どうでしたか? 私の戦いっぷり! これなら深層でもやっていけそうじゃないですか!?」


〔いやエグイんよw〕

〔作戦は聞いてたけどさぁwww〕

〔ヴィオレット最強!!〕

〔全然余裕じゃん!〕


 再表示された直後から爆速で流れ始めるコメント達。どうやら今の戦闘の光景は彼等も楽しめていたようで何よりだ。

 ただ一つ、補足しなければならないのが……


「ありがとうございます! ただ、全く余裕という訳ではないですね……ほら、見てください。アセンディアのオーラが随分と減っています。まだまだこれだけ武器の性能に頼ってしまっているんです」


 そう言って、ドローンカメラにアセンディアを映す。

 アセンディアのオーラはこの時点で三分の一程までに減少しており、最初の想定外の消耗を除いても使いすぎと考えるレベルだった。


「部屋一つでこの消耗だと、連続して二つ以上の部屋を殲滅するのは難しいでしょうね。アセンディアを休ませるという意味でも、またローレルレイピアにお世話になりそうです」


〔流石のヴィオレットちゃんでも簡単にはいかないか〕

〔今後の配信時間にも関わってきそうだな…〕

〔今日はもう配信終わり?〕


「そうですね。もう門限もちょっと過ぎちゃってますし、急いで帰らないと……マーキングはどうしましょうか……」


 配信終了に際してふと悩む。

 この場所にマーキングを置いたとして、次回開始時にここがまたミノタウロス達で埋まっていた場合即座に戦闘になりかねない。


(いざと言う時の撤退先には渋谷ダンジョンのロビーを使えば良いとしても、急な戦闘はリスクが大きいか……)

「──マーキングは今回は良いでしょう。次回はまた下層の山から開始します! それではみなさん、ごきげんよう~!」


〔了解!ごきげんよう!〕

〔ごきげんよ~!〕

〔ごき~〕

〔ごきげんよう〕



 ふらふらと黒い巨体を揺らしながら、牛頭の魔物は自らの部屋へと辿り着くと、尻もちをつくように腰を下ろした。

 その全身には黒い闇を纏う傷が無数に刻まれており、魔物の再生力を受け付けない異様なありさまだ。

 ……そう。彼は最初にオーマ=ヴィオレットが発見し、【ラッシュピアッサー】を叩き込んだ槍持ちの黒いミノタウロスだった。


(……? アイツの傷は一体……?)


 そんな彼の姿を見て疑問に思ったのは、この部屋の主にして、深層のミノタウロス達のボスだ。

 ボスは部下に指示を出し、傷だらけのミノタウロスまでの道を開けさせると、部屋の最奥に鎮座していた一際異彩を放つ巨体を立ち上がらせる。

 黒いミノタウロス達よりも一回り大きな体躯が傷だらけのミノタウロスの正面に立つと、その場にしゃがみ込んだ。

 そしてボスは黒い闇を纏う傷をまじまじと見つめ、内心でため息を吐く。


(──これは、面倒な事になるかもな……)


 傷だらけのミノタウロスの正面にしゃがみ込む巨体が、部屋を満たす結晶の光に照らされてキラキラと輝く。

 それは、秋の稲穂を思わせる輝きを放つ、金毛のミノタウロスだった。

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