第207話 打開策の代償
デュプリケーターとアセンディアを構え、二体の黒いミノタウロスに向かって駆けだす。
(まずは様子見だ。全速力は出さずに、向こうの出方を見る!)
攻撃の速度すらも分からない相手に対してこちらも全力で突撃すれば、反撃を躱しきれずに返り討ちに遭いかねない。
その気になれば一蹴りでバックステップを出来るギリギリの速度で、私は黒いミノタウロスとの距離を詰めていく。
そして、彼我の距離が五メートルほどにまで近づいた時──槍を持った方の黒いミノタウロスが動いた。
「──ヴヴォオッ!!」
「っ! この程度なら……──【エンチャント・ダーク】!」
一歩地面を強く蹴り出し、突進と共に突き出された槍の刺突。
アークミノタウロスとは比較にならない鋭さと速度であることには違いないが、それでもまだ攻撃の瞬間を見ていれば余裕で躱せる程度の物だ。
これならば遠慮なく攻撃に移れる……そう考え、地面を強く蹴り出そうとしたその瞬間。もう一体の黒いミノタウロスが吠えた。
「ヴオ゛オォォーーーッ!!」
「!」
「!?」
その雄たけびを聞いた槍持ちのミノタウロスが身体をずらすと、その奥に大槌のミノタウロスが控えているのが見えた。
視線が通った先──大槌のミノタウロスがその得物をゴルフのスイングのように振り抜けば、抉られた地面は忽ち爆散。槍持ちのミノタウロスすらも巻き込む散弾の嵐が、こちらへ向かって殺到した。
(これでは近付けない……!)
散弾による面制圧攻撃。槍持ちのミノタウロスが身体をずらしたのは、この射線を通す為だったのだ。
回避する隙間のないカウンターに、やむを得ず私はすぐさまバックステップ。自ら距離を空ける事で生まれた散弾の隙間に身を滑り込ませ、なんとかやり過ごす事に成功する。
「槍持ちのミノタウロスは……まるで堪えていないようですね」
アークミノタウロスの深紅の毛皮がそうだったように、あの黒い体毛も恐らく鎧のような強度を誇るのだろう。
私と違ってもろに散弾を受けたにも拘らず、気にした素振りもない。
『連携』……と呼ぶには少々どころでなく荒っぽいが、それでも確かにこちらの攻撃の機会を潰す為の意思疎通がされているようだ。
(しかし、それならばこちらにもやりようはある!)
「──ふっ!」
再び武器を構えて距離を詰める。
するとやはり槍持ちのミノタウロスが前に出て、私の迎撃を試みた。
「ヴゥンッ!!」
(──横薙ぎか!)
「甘いッ!」
姿勢を低くし、槍の刃のすぐ下を潜り抜けてデュプリケーターとアセンディアを構える。
既にその刃には闇の魔力が宿っている。後は斬りつけるだけだ。
──と、ここで当然動くのが、後衛に控えた大槌のミノタウロスだ。
「ヴオ゛オォォーーーッ!!」
「!」
先程同様に上がった雄叫びを合図に、再び射線を通そうと身体をズラす槍持ちのミノタウロス。
しかし、何度も同じ芸が通用する程度のダイバーが、こんな所まで来れる訳もない。
「──ッ!」
「貴方が私の盾になるんですよ!」
黒いミノタウロスが身体をズラすのと同時、私はその体の陰にピッタリと追従する。
この程度の動きなら下層で戦い慣れたダイバーなら軽く熟せるのだが、それを読めなかった辺り、この黒いミノタウロスの知能はアークミノタウロスとそこまで変わらないと言う事なのだろう。
槍持ちのミノタウロスの背後で地面が爆ぜる音が響いたが、砕かれた地面の破片はその巨体に阻まれて私に降りかかることはない。
そして、既に懐に入り込んだ私には、槍持ちのミノタウロスの攻撃も届く事はない。
「──【ラッシュピアッサー】!」
「ヴグッ、ォオ゛ォーーッ!!」
闇を纏う二振りの細剣による連続突きが、その巨体に無数の傷を穿つ。
しかし流石は深層の魔物だ。内包する魔力量が高い分、これ程の攻撃を浴びせても止めまでは持って行けない。
苦痛に呻きつつも拳を握り、反撃を試みる槍持ちのミノタウロスから距離を取ると、直後にはその鉄拳が私の目の前の地面を砕いていた。
「──ふぅ……っ、今のは決めるつもりだったんですけどね……」
槍の射程の外まで離れて息を吐く。
どうやら想像していた以上にタフな魔物のようだ。これは様子見もそこそこに、アセンディアのオーラによる攻撃も使った方が良いかも知れないな……
──私がそう思い直した時、再び大槌のミノタウロスが咆哮を上げた。
「ヴォオオオオォォォォーーーーーッ!!」
「っ!? うるさ……っ!」
これまでで一際大きな吠え声に、思わず顔をしかめる。
先程距離を取ったばかりだというのに、また散弾を撃って来るのか。一瞬そう警戒したのだが……どうにも様子がおかしい。
雄叫びを挙げたミノタウロスも槍持ちのミノタウロスも、こちらの出方を伺う様にジリジリと間合いを測るばかりで中々攻めてこないのだ。
(フォーメーションを変えた、という訳でもなさそうだが……狙いはなんだ?)
これまで見られなかった行動に警戒を強めたところで、ふと、私の脳裏に過る戦いの記憶があった。
(待てよ……? 確か、さっきの戦闘でも似たような事があったような……?)
初対面の魔物との戦闘。様子見。そして雄叫び……この流れは実は、既に一度この深層で経験している流れでもあった。
その時は、確か……
「──っ、まさか!?」
嫌な予感に汗が伝う。
直後、私の予感を肯定するように地面が微細な振動を始めた。
それはダンジョンワームが現れる予兆にも似ているが、全く原因の異なるものだという事を遠くから響く地鳴りが伝えている。
──ドドドドド……
そんな音が近づくにつれて地面の振動は大きくなって行き、その正体がついに視界に入った。
(ミノタウロス達の群れ……!?)
まだ遠くではあるが、アークミノタウロスと黒いミノタウロスの混成部隊のようだ。
洞窟にしてはかなり広いこの通路を埋め尽くす規模の群れが、土煙を上げて迫ってきている。
しかも、前方だけではない。後方からも同様の光景が確認できた。
「仲間を呼ぶ魔物しかいないんですか!? 深層には!?」
(最初のカメレオンくらいだぞ!? 仲間を呼ばなかったのは!)
文句を言いながらも戦力を把握しようとして、すぐに意識を切り替える。
どう見たって駄目だ。倒しきるまでに間違いなくアセンディアのオーラは使い切るだろうし、下手したら物量で圧しきられる。
こうなったら判断は早いに越した事はない。
「一時撤退します! ──【ムーブ・オン "マーク"】!」
私はそう宣言するが早いか、腕輪に指を添えて深層から帰還した。
「──いや、ああなったら無理ですって……」
〔俺らは何も言ってないがw〕
〔アレは仕方ない。マジで〕
〔仲間を呼ぶ前に仕留めるしかないか…〕
予めマーキングしていたポイント──下層の山の広場に帰って来た私は、リスナー達とコメントでそんなやり取りを交わしていた。
内容は勿論、先程の戦闘の振り返りと反省点の洗い出しだ。
「仕留めると言っても、アレで普通にタフですからね……上手い事片方倒せたとしても、その間にもう一体に仲間を呼ばれればおしまいですよ。結局その時点で深層から撤退しないといけなくなります」
最低でも二体同時に、且つ短時間に倒す必要があるのだが、アセンディアのオーラ斬りでもそこまでの威力を出せるかは疑わしい。
そんな魔物があんな数現れてしまえば、それはもう撤退一択だろう。
〔こうなったら何とかして巣を潰すしかないだろうなぁ…〕
「巣……コロニーですね。やっぱりそれが一番確実ですかね……」
ミノタウロス種は一定以上の個体で集まるとコロニーを形成する。
これはこの下層のアークミノタウロスや中層のミノタウロスでも時々見られる光景であり、ミノタウロス種共通の本能のようなものらしい。
〔コロニーか…あの群れの規模から考えてデカそうだな…〕
〔いや、俺はアレ一つの巣じゃないと予想するわ。条件が満たせないと思う〕
「ミノタウロス種のコロニーの条件……確か、『個体数が十体以上』『それが一所に集まれるスペース』『リーダーの存在』でしたね」
以前企画した大規模コラボに備えてアークミノタウロスの生態を調べた時にそんな情報を目にした記憶があるのだが、確かにあの群れが一つの巣に収まる規模とは思えない。
今居る下層のように一つの世界が広がっているようなエリアならばともかく、深層は洞窟と迷宮が溶けあったような構造だ。
通路が広い分、相応に大きな部屋もいくつかはあるだろうが……あの規模の群れが一カ所にと言うのは考えにくい。
それに、群れはあの時私の前方と後方から現れた。それを含めて考えるのならば──
「いくつかの場所に分散した巣が複数あり、更にそれらが一つの群れとして成立しているのではないか……そういう事ですね」
〔えっぐ…〕
〔それでああやって大声で仲間を呼んだ訳か〕
確かに想像もできない規模の大群だ。しかし、それらが普段は分散しているのだとすれば、まだやりようはある。
「こちらが先に彼等の巣を見つけ出し、一つ一つ潰していけば根絶も可能。という事ですね」
〔途中で仲間呼ばれない?〕
〔仲間が来るまでの時間でコロニー潰すって事…?〕
「いえ、仲間を呼ばれる前に闇の魔力のオーラ斬りで叫ぼうとした奴の喉を切り裂きます」
魔物の身体の構造は一般的な生物と異なるとは言え、声を出すメカニズムは同じだ。
声帯が無ければ声は出せない。闇の魔力で再生を阻害すれば、十分殲滅に必要な時間は稼げるだろう。我ながら完璧な作戦だ。
〔ひえっ…〕
〔えっぐぅ…〕
〔発想が怖いw〕
まぁ、代償は私のイメージなのだが。




