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第204話 『深層』

(──まさか、下層で境界が見つかるなんて……)


 暗く揺蕩う境界を見下ろしながら、私は内心でそんな事を考える。

 私はこの下層の何処かに渋谷ダンジョンの最奥があると考えていたのだが、それには一つの理由があった。

 それはリスナー達も同様だったようで、私の内心を反映したかのようなコメントが次々に流れて来る。


〔下層の先なんてあったんだ…〕

〔今までのダンジョンで下層の下って見つかってたっけ!?〕


 そう。コメントが指摘した通り、これまで下層より先のエリアは確認されていなかったのだ。

 『浅層』『上層』『中層』『下層』。それぞれのエリアの規模に大小の誤差はあれど、境界によって区切られているのはこの四つのエリアが最大……これが今までの常識。

 だから私は、ここにこそ悪魔の本拠地が存在すると思っていた。──だが、その予想は間違っていたようだ。


(悪魔の本拠地は、この境界を越えた先にあるエリアの何処かって訳か)

「……とりあえず一つだけ確実に言える事は、ここが下層の最深部だったという事ですね」


〔山頂が最深部って変な感じじゃない?〕

〔でも実際この先が次のエリアだから表現としては正しいな…〕


 ここに来て、私の今回の探索プランは完全に白紙に返ったと言って良い。

 『悪魔の本拠地を図らずも発見し、流れで攻略開始』という流れで進めようとしていたのに、見つかったのは次のエリアなのだ。流石の私も心の準備は必要だが……




「──覚悟を決めたら、行きましょう。予定を変更し、次のエリアの調査を開始します」


 私が迷わずそう宣言すると、忽ちコメントが加速した。


〔無茶だって!〕

〔脳筋が過ぎる…〕

〔今回は流石に落ち着こう!〕

〔中層の時は我慢できてたのに…〕


 どれも私の身を案じての物ではあるのだが、こちらにも当然考えがあっての事だ。


「この先のエリア──便宜上勝手に『深層』と仮称しますが、その規模と危険度だけでも図っておきたいんです。適切な準備の指標とする為に」


 リスナーは私を心配して『無茶だ』と指摘したが……ではどんな準備をすれば安全なのか、どこまで強くなれば無茶ではなくなるのか。──現状はその指標もないのだ。

 一つだけ言えるのは、深層は下層よりも危険な事だけ。それならばせめて、最初にそこを調査するのは今や下層で苦戦する事もない私であるべきだ。というのが、私の考えだ。


〔そうかも知れないけど…〕

〔確かに一番生還できそうなのはヴィオレットなんだよな〕

〔春葉アトとかの実力者とパーティ組むとかさぁ…〕


 確かにただの調査であれば、春葉アトやクリム等の力を借りるべきなのは間違いない。その方が確実に生還率は高くなるからだ。

 だが、今回の場合一つの可能性がある。


(境界を抜けた先がそのまま悪魔の本拠地だった場合──私でも周りの仲間を守りきれるとは、断言できない)


 チヨがその手の警告を一切しなかった辺り可能性としては低いと思うが、ゼロではない以上最悪を想定した上での最良を選択するべきだ。人命には代えられない。

 私一人であれば例え突然悪魔の本拠地に放り出されても、警戒する悪魔達に真っ先に気付かれても直ぐに殺されることはないだろう。

 チヨの言葉を信じるのであれば、今の私と同格以上の悪魔は奴らのリーダーだけだ。


「まぁ、流石に私も今回は様子見ですよ。深層の魔物と戦ってみて、連戦が厳しそうなら素直に撤退します」


〔言質取ったぞ〕

〔でもこの娘中層に初めて入った時も似たような事言って結局無茶したからなぁ…〕


 信用ないな。私は最近ダイバー最強として有名なのに。

 ──いやまぁ、実際にちょっと手古摺る程度なら慣れる為と言ってごり押しするつもりだけどさ……


「とにかく、様子を見ない事には何とも言えませんからね。皆さんと話している内に覚悟も決まりましたし……──行きます!」


 気合の宣言と共に、私はカルデラ湖のような境界に飛び込んだ。




(暗いな。──そして、深い……)


 先程まで居た下層と違い、境界の中はほぼほぼ純粋な闇だ。

 大の字になって広げた腕の先が、魔族の眼をもってしてもハッキリと視認できない。それ程の暗闇。

 ドローンカメラの周囲に浮かび上がるコメントが光っていなければ、全くの無明となり何も見えなかっただろう。

 やがて終わりの見えない落下感は次第に私の不安を増大させる。果たしてこの先、私が到達する『底』なんてあるのだろうか……と。

 しかし、途中から境界の様子に変化が訪れる。


「──光の玉……? これは……」


 暗闇の中に、突如としてぽつぽつとこぶし大の光球が漂い始めたのだ。

 色は下層で見た結晶の輝きと全く同じであり、何らかの関連性があるのだろう。

 手を伸ばせば触れる直前に空気に溶けてしまう繊細なそれは、間違いなく純粋な魔力の光であり、こちらに害のある物ではないようだ。


〔綺麗〕

〔この光の玉触れないのか〕

〔持ち帰れたらいいのになぁ…〕


「純粋な魔力が光を発しているようです。残念ながら、ここよりも魔力が薄い場所では一瞬たりとも維持できないでしょう」


 これは空気中の魔力が飽和状態にある時に起こる現象の一つだ。

 この状態に更に魔力を強引に押し込め、維持する事で【聖域】という現象が発生する。

 『言葉一つで世界を越える願いさえも叶える環境』……この先はそれに一番近い場所なのだろう。


 その後、数十秒にも及ぶ浮遊感を経て視線の先に黒い岩盤の地面が見えた。

 早速私は空中で姿勢を整えて足先を地面に向ける。そして──


「……到着、ですね」


 スタッ、と軽い音と共に、私は誰も知らない未知の領域──深層にその足を着けた。


〔あんだけ落ちたのに音軽いな…〕

〔足大丈夫!?〕


「はい。知ってる方も多いと思いますが、境界の中では落下速度が保存されるんです。傍から見ると信じられないかもしれませんが、実際にはせいぜい二メートル程度の高さから飛び降りた程度の衝撃しかありませんでしたよ」


 そう軽く説明した後、私は深層の様子をぐるりと見回す。

 いきなり襲われるという事は無かったのでもしやとは思ったが、やはりこの周辺には魔物は居ないようだ。

 降り立った場所は地面と壁面から大小さまざまな結晶が生えており、光源は確保されている。この点は下層と同じ……いや、寧ろそれよりも少し明るい程で、先程の山の火口と同じ程度の部屋にもかかわらず、部屋の隅々まで鮮明にその様子が観察できた。


 一転、見上げればそこに天井は無く、広がっているのは一面の境界だ。

 境界と言ってもこちらからは水面のような揺らぎは見えない為、壁面をそのまま真っすぐ縦に伸ばした印象だ。

 一言でこの場所を例えるとすれば、『ただただ巨大な穴の底』だろうか。

 ……しかし、ただの空洞には存在しない異物が、この部屋の壁面の一部でその存在を強く主張していた。


(また──『扉』か)


 ごつごつした岩壁から一転、その一角だけは黒いレンガ構造の壁面になっており、そこには鈍色の金属扉がはめ込まれていた。

 それは、かつて『裏・渋谷ダンジョン』の中層にて、悪魔『ユキ』と遭遇したあの部屋へ続く扉とそっくりだった。

いつもよりちょっと文字数少ないですが、区切りが良いので今回はここまでにします。

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