第200話 新しい相棒を手に
「──じゃ、次の勝負も楽しみにしてるよ! またね~!」
そう言って手を振りながら飛び去るチヨの背を見送った私は、彼女との戦闘開始時から非表示にしていたコメントを再表示して配信を再開した。
「すみません皆さん。戦闘に集中する為にコメントを非表示にさせていただいてました」
全ては本気のチヨとの戦いに全力で臨む為だ。
何せ初見殺しが通用する機会は今回の一戦しかなかったのだから、絶対に失敗は許されない。
少しでも意識が散る要因を排しておきたかったのだ。
〔やっぱりか〕
〔そんな気はしてた〕
〔チヨ相手だもんなぁ〕
〔ええんやで〕
〔¥50,000 チヨに勝利おめでとう!!〕
〔¥50,000 おめでとう!〕
改めて流れ始めたコメントは私の意図を理解してくれており、プレミアムチャットでお祝いの言葉まで送ってくれた。
その気持ちが嬉しくて、私もついつい笑顔になってしまう。
「お祝いプレチャまでいただいて、ありがとうございます! はい、勝ちました!」
〔勝ちましたかわいい〕
〔かわいい〕
〔¥50,000 おめでとう!〕
〔¥50,000 おめでとう!〕
〔¥50,000 かわいい〕
「み、皆さんお祝いの気持ちは嬉しいのですが、くれぐれも無理はしないで下さいね!?」
何やら競う様にプレチャが飛び交い始めたので、無理はしないようにと促す。
個人的に祝ってくれるのならば純粋に嬉しいが、競争心と勢いで……というのは流石に気が引ける。
お祝いムードと言うのも気分は良い物だが、そろそろ空気を変えた方が良いだろうと思った私は、今しがたチヨが作り変えてくれた新生デュプリケーターとアセンディアの事を思い出して口を開いた。
「そうだ! チヨに勝った事で魔剣となったこのデュプリケーターと、アセンディアのオーラ操作の試し切りと行きましょう!」
軽い素振りで重心やリーチは把握したが、実際の切れ味の確認は済ませていなかった。
元々良かったエンチャントとの相性もきっと更に良くなっているだろうし、新生デュプリケーターのスペック把握は実際大切だ。
〔いいね!〕
〔楽しみ!〕
(──よし、プレチャの応酬は止んだな!)
「それではまず、魔物を探しましょう! ダンジョンホッパーが見つかると楽なんですが……」
そうして再開した下層の探索。
残念ながらダンジョンホッパーは見つからなかったが、地中から飛び出してきたダンジョンワームで新生デュプリケーターの試し切りをする事になった。
「出て来たばかりで悪いですが、出番はもう終わりですよ! ──【エンチャント・ヒート】!」
「ギキィィーーァアアアッッ!!」
威力の差は歴然だった。
属性で弱点を突いたとはいえ、まるで素振りかのような手応えの無さ。
一撃で倒せるのはもう当たり前となっていたが、刃が触れた傍から発泡スチロールが溶けるように切り裂く芸当はこれまでのデュプリケーターでは出来ない事だった。
「なるほど……これは確かに良い剣ですね」
何よりも肌で感じるこの熱と輝きだ。
初めてデュプリケーターに【エンチャント・ヒート】を施した時にも刀身が炎になったような熱を感じたが、これはそれ以上……赤熱する刀身は陽炎を生み、それによって見た目もまた細長く揺らめく炎のようになっている。
〔なんかオーラ纏ったアセンディアみたい〕
「見た目は確かにそれっぽいですが……これは本当にただの陽炎ですね。エンチャントは出来ません」
あくまでもこの熱は能力ではなく、デュプリケーターが魔力を極端に流しやすい性能を持つが故だ。
元々魔力との親和性が高いWD製の剣が魔剣になれば、ここまで魔力と一体化するのは当然なのかもしれない。
〔アセンディアのオーラ斬りも試そう!〕
「! そうですね、そちらも試していきましょうか」
コメントに促され、次はチヨに教わったアセンディアの使い方を私なりにアレンジする事にした。
チヨはこのオーラを槍や槌等の別の武器を模倣するように使っていたが、私が使うならば……
「──はっ!」
先ずは素振りだ。
正面数m先にある岩を仮想敵とし、その場を動かずに突きを放つ。
それと同時にあの時の感覚を思い出しながら魔力を流すと、オーラは急速に伸びて行き、到底届かない距離にあった筈の岩を一撃で穿ち抜いた。
〔おお!〕
〔いや射程エグ〕
「私の弱点と言えば射程ですからね。そこを補うのに一番適した形状かと思ったのですが……」
一見成功したかに思える試みだが……
私はやや渋い顔で先程穿ち抜いた岩の元へと歩み寄り、その穴を近くで観察する。
(……やはり傷そのものが小さい。オーラの体積……と、呼ぶべきかは微妙だが、それ自体は増やせる訳でも無いようだ)
岩に開けられた穴は小指の爪でつけたのかと言うほどに小さく、これでは敵に届いたところで大きなダメージは期待できそうになかった。
勿論私の戦い方はエンチャントが前提である為、闇や雷、凍結を付与すればやりようもあるのだが……
(──思えばチヨが操作して象った大剣の刃も異常に薄かったな……アレは切れ味を重視した変化である事以上に、この制約によるところが大きかったのか……)
まぁ、この傷が小さいのは突きでつけた物だからでもある。他にも色々な攻撃を試してみよう。
その後も鞭状にしなる斬撃や、コメントの希望で蛇腹剣なども試してみたが、これらの操作はあくまでも私の意思と魔力で操作している為、無駄に魔力を消費する事が分かった。
オーラを組み合わせた戦い方を模索しながら魔物狩りも再開。有効射程の把握もしていく。
こうして色々と試して行く内に見えて来たのは、長い射程でも戦えるのは戦略の幅を広げてくれるが、敢えて射程を伸ばさない事でオーラと刀身で二属性のエンチャントによる同時攻撃をした方が一撃の威力は高いという事だ。
特に突きの度に伸縮させたりとオーラの形状を変化させるたびに魔力を消耗するので、結局はチヨがやったようにいくつかの形態を使い分けて戦うのがベストという判断に至った。
(とは言え、これは無駄足じゃない。効率は悪くとも実際にそれが出来る事を把握するのはいざと言う時の選択肢を広げるし、何故効率が悪いのかを把握するのは射程の把握と同じくらいに重要だ)
チヨが何処まで考えてあの使い方を私に教えたのかまでは分からないが、もしかしたら本能的にそう言うものだと言う事を察していたのかもな……
その後も魔物狩りをして新しい切り札を模索している内、一つのコメントが目に入った。
〔チヨに勝ったのにまだ鍛えるの?〕
「勿論です。今回使った手はもう彼女には通用しませんからね……対策されても勝てるくらいじゃないと完勝とは言えません」
今のところ私の最終目標はこの渋谷ダンジョンの完全踏破だ。
その途中には間違いなく、以前『裏・渋谷ダンジョン』の最奥で見た悪魔の軍勢が立ちはだかる。
境界から出てこなかった為あの悪魔達の実力がどれ程の物かは分からないが、チヨやユキと比べて弱いという希望的観測の元先に進むのは危険なのだ。……とは言え──
「ただ、そろそろ探索も視野に入れようとは思ってますよ。皆さんがやっているように、地図の未開放エリアを埋めて行くのも良いですね」
本気のチヨとの戦いで、初見殺しとは言え勝利をもぎ取った事で少し自信も取り戻せた。
研鑽にのみ時間を費やすのはこの辺りまでで良いだろう。私には人間に近付いていくという、タイムリミットもあるのだから。
(──そして、チヨに対しても勝率が安定したその時は……)
決意を胸に、遠くに聳える山を見る。
山と言ってもダンジョン内の物なので、地上に聳える物と比べて小規模だ。高さも恐らく数百メートル程だろう。形はどこか富士山に似た線対称、近くに他の山は無く、白樹の森が広がっている。
先程もチヨはあの山に向かって飛んで行った。
あの山の何処か……いや、恐らくは頂上に悪魔の本拠地がある筈だ。
(私の予想では、そこにこそダンジョンの最奥がある……悪魔達との全面衝突か)
もしかしたら『その時』は、私の思う以上に早く訪れるのかもしれないな……
とうとうタイトルの話数も200話突破です!
ここまで応援してくれた方々にこの場で感謝を!
もうちっとだけ続きますが、どうかお付き合いいただけると幸いです!




