第199話 シンカ
「──よしっ、これで完成!」
デュプリケーターへと魔力を注いでいたチヨが、明るい声でそう告げる。
彼女が持っている細剣はその姿形を僅かに変えて、私の手に返還された。
元々幅広とは言えなかった刀身は更にシャープに洗練され、しかしそれでいて力強い重厚感を感じる。刀身が削られたのではなく、圧縮されたような印象だ。
そして刃元から柄頭にかけてローレルレイピアに似せて作られた月桂樹の蔦を思わせる装飾は、葉の部分が省略されており、どこか悪魔の尾を思わせるしなやかなラインを描いている。
刀身から柄頭までの各部位も剣の形が変化する過程で完全に一体化。加えてWD製と言う事で白銀色だった色合いもどことなく黒っぽい光沢感を感じさせるものとなっており、まさにローレルレイピアと対となった形だ。
「おお……」
見た目、感じる力共に申し分ない出来だ。
私がつい感心の声を漏らすと、チヨは胸を張って自慢気に告げた。
「我ながら会心作! チヨちゃんラブラブソードと名付けよう!」
「今度ともよろしくお願いします、デュプリケーター」
「えぇっ、あたしの命名無視!?」
そりゃそうだろう。そんな名前の剣で戦いたくないぞ。私は。
(──と、まぁ。冗談は良いとして、だ……)
握った新生デュプリケーターに目を落とし、その力を深く感じ取ろうと意識を集中させる。
……が、やはり先程チヨが流し込んでいた魔力の気配は既に消えていた。恐らくはこの剣の変化にその全てを使い切ったのだろうが……
(相手に浸食し、好きなように作り変えるあの魔力……間違いなく、あの時『祭器』から感じた物と同じだった……)
アセンダーロードを生み出した祭器に洗脳されかけた時の事は今でも鮮明に思い出せるが、あの時私の精神を汚染しようとした魔力……この剣を変質させる為にチヨが注ぎ込んでいた魔力からは、それと同じ気配を感じたのだ。
しかし、私がこれまでチヨと戦う中であの魔力を感じたことは無かった。つまりアレはチヨ本来の魔力ではないのだ。
(……魔力による変質。ゴブリンキングがアセンダーロードになったような変化は、人間にも起こり得るか……)
まだ確証は持てないが、何となくチヨと言う悪魔の事が分かった気がする。
人間に妙に馴れ馴れしい事、人間を殺さないという宣言。その上で彼女に攻撃を直撃させるという条件はあるにせよ、人間に魔法武器を与えて強くしている点……
(『悪魔と人は絶対に分かり合えない』……この発言、チヨは彼女自身をどっちに置いているんだろう……)
「──ヴィオレットちゃん?」
「……いえ、何でもありません。少し素振りして感覚を確かめても良いですか?」
「勿論!」
私が考え込んでいるのが気になったのかチヨが声をかけて来たが、私は彼女に対する疑問をぶつける事はせずに飲み込んだ。
もしもチヨが私の想像通りの存在なのだとしたら、彼女が今の立ち位置に留まっているのも何らかの理由があっての事。
一度彼女を信じると決めたならばとことん信じ抜こう。そう自分を納得させ、私は新生デュプリケーターの具合を確認する為にチヨから少し距離を取ると──
「ハッ!」
アセンディアとの二刀流で重心の変化や握り心地などを確認していく。
外見上刀身が細くなっているにもかかわらず重心に変化はそれ程感じられず、握った手はまるで剣と溶け合ったかのような一体感だ。
風切り音が耳をくすぐる度に扱い方を指南されているように思える程、新生デュプリケーターはあっという間に手に馴染んでしまった。
「……良い剣ですね。元々これを作ってくれた職人さんに見せるのが怖いくらいですよ」
「ふふーん! こう見えて結構器用なんだよ、あたし!」
「この魔剣には何か特殊な能力は無いんですよね? アセンディアのオーラ飛ばしみたいな」
「うん。魔剣って言ってもあたしに作れるのはかなり下位の物だからね。魔力の通りは良くなってると思うけど、他には……まぁ、かなり頑丈になったかもくらいかな?」
まぁ、そうだろうなとチヨの返答に納得する。
一口に魔法武器と言ってもピンキリだ。アセンディアのように特異な能力を持っている物は数百億の値が付くが、これは恐らく一億にも満たない額だろう。
まぁ元々のデュプリケーターが一千万ちょっとだったから、それでも十分高いのだが……我ながら感覚がマヒしてるな。
「──って言うか、ヴィオレットちゃん。今、アセンディアの能力を何って言った?」
「? 何って……貴女も戦いの途中で見ていたでしょう。アセンディアのオーラにエンチャントすると、斬撃を飛ばせるんですよ」
既に戦いの中で見せた能力なので、隠す事なく打ち明けたが……もしかして、余計な事まで教えてしまっただろうか。
(もしもチヨがあの飛ぶ斬撃の正体に気付いていなかったのなら、まだ隠しておいた方が次に活かせたかな……)
等と内心で反省していた私に、次の瞬間チヨは耳を疑うような事を言い出した。
「いや、そうじゃなくて……──本当にそれだけだと思ってるの?」
「……えっ」
まるでアセンディアには更に隠された能力があるとでも言いたげな物言いに、私は思わず聞き返す。
するとチヨは少し考え込んだ後……開き直ったような笑顔で言い放った。
「んー……まぁ、良いか! 折角だし教えちゃおう! ちょっと背後失礼しますよっと!」
「えっ、ちょ……いきなり何ですか!?」
軽い足取りで私の背後に回ったチヨはまるで二人羽織のように私の背に身体を密着させ、そのまま私の手にチヨ自身の手を重ねるようにアセンディアを握る。そして……
「ちょっとの間力抜いててね~」
「わ、わかりましたよ……もう……」
慣れない感覚と耳をくすぐる囁き声に戸惑いながらも、仕方なく私はチヨに身を任せる。
チヨの言う『アセンディアの更なる秘密』が本当にあるのか、彼女に任せるだけで判明するのなら安い物だろう。
そんなことを考えていると、チヨの手から私の手を経由して、彼女の魔力がアセンディアに流れ込む。
すると、変化は直ぐに起こった。
「っ!?」
私の見ている前でアセンディアを纏うように漂っていたオーラがその形を変え、薄く、長く、幅広に……そう、まるで大剣のような形に変化したのだ。
「よっと!」
「え、うわぁっ!?」
そしてチヨが私の身体を操るように動けば、下層の地面へと振り下ろされたアセンディアのオーラが岩盤に薄く深い亀裂を刻む。
その際の手応えは恐ろしく軽く、オーラによる斬撃の切れ味の鋭さを物語っていた。
「まだまだ。他にもこんな風に……」
その後もチヨの魔力が私の手を通してアセンディアに流れ込む度、オーラは形を変える。
槍のように長く、ハンマーのように大きく、鎌のように奇抜に、斧のように力強く──まるで変化する事こそが本質であるかのように。
「──っと、まぁこんな物かな? 魔力の感覚も今のでわかったでしょ?」
暫く様々な武器の形に変わるそう言ってパッと私の手を放し、離れるチヨ。
確かに彼女の言うように、アセンディアのオーラの変え方は彼女の魔力操作を直接感じ取らされたおかげで良く分かったが……
「何故貴女がこの剣の力を詳しく知ってるんですか……?」
「ん~……知ってたって言うか、戦ってる時にも何度かちょっと変わってたよ? 形。気付かなかった?」
あっけらかんとそう言うチヨだったが、正直気が付かなかった。
多分変わってたと言っても、本当に微妙な変化だったのだろう。先程のように武器種が変わるほど大きな変化ではない筈だ。
それを戦いの途中で見抜かれていたというのか……
「……どうして私にこの能力を教えたんです?」
「勿論、ヴィオレットちゃんにもっと強くなって欲しいから! ──一回勝って満足なんて、寂しい考えは似合わないよ~?」
「──っ!?」
思わず、ぎくりと肩が跳ね上がる。……考えを見透かされたと感じた。
先程チヨをあそこまで追い詰められたのは、正直、初見殺しによるところが大きい。
『もう二度とあの段階までチヨを追い込む事は出来ないだろう』……自分の選択に悔いは無いが、それでもその事実は受け入れるしかないと考えていたのだ。
彼女が私にこの剣の能力を明かしたのは、私に挑戦を諦めさせない為なのか……
「……分かりました。また次に会った時も、きっと貴女を追い詰めてあげますよ。……今度は実力で」
「あはっ、良いね。すっごく楽しみ! でも、今日のが実力じゃないとは言ってないよ。初見殺しだって立派な実力だからね! 二度目は通用しないだけで」
「いっつも一言多いですね貴女は……まぁ、良いですよ。私も二度同じ芸を見せるつもりはありませんから」
今日の配信が終わったら、また作戦の練り直しだ。
……いや、それよりも前に進化したデュプリケーターと、アセンディアの真価を再確認するところからだな。
やる事は増えたけど……不思議とモチベーションが上がったのを感じる。
私はまだまだ強くなれるのだ、とチヨに解らされた気がした。




