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第196話 オーマ=ヴィオレットvsチヨ ①

「──ありがとうございましたー!」


 店員の言葉に見送られながら空調の効いた店を出ると、既に日が暮れているのにもかかわらずむしむしまとわりつく夏の空気が私達を出迎えた。


「はぁ……暑いですね」

「だなぁ。さっさと腕輪で帰って、買ったもの冷蔵庫に入れちまうか」


 そう言って手に持った買い物袋を軽く揺らして見せる『俺』。

 最近人間になりつつある私もその提案に同意し、腕輪に指を添えた。


「こういう時ダイバーって便利ですよね。店の外なら帰還用の転送使えますし」

「ま、その分定期的にダンジョンに潜らないと没収されるんだけどな。──【リターン・ホーム】」

「──【リターン・ホーム】」


 雑談もそこそこに一足先に帰った『俺』を追うように、私もすぐに帰宅用の転送機能で自宅へと転移した。




「──っと、これで全部だな。そっちの袋に入ってる小麦粉も、ちゃんとしまっとけよ?」

「ええ、早速アイス食べましょう!」

「そうだな。ほら、おまえの分」

「ありがとうございます」


 今しがたスーパーマーケットで買ってきた食材を冷蔵庫に入れた『俺』から受け取ったアイスを早速口に含むと、先ほど感じた夏の熱気も忘れられる清涼感が口いっぱいに広がった。


「部屋冷やしますね~」

「頼む」


 一言『俺』に断ってから魔法を使い室温を下げると、忽ち適温の環境が完成する。

 稼ぎが安定した今でもこっちの方がエアコンよりも手っ取り早いので、私が来てからというもの日中にエアコンが稼働した回数は数える程度しかない。


 そのまま部屋の真ん中にあるローテーブルに腰を下ろし、黙々とアイスを食べる私達だったが……やがて神妙な表情で『俺』が口を開いた。


「──明日のチヨとの戦い、勝てる自信はどのくらいある?」

「……そうですね。……彼女はまだ、全ての手札を出していない。だから、確実に勝てるとは言えませんが……──良くて、五分五分でしょうか」


 今日は金曜日。

 明日の探索配信でチヨが乱入して来た時が、私とチヨの決戦になるだろう。

 次の戦いで私は今持ち得る全ての作戦、全ての手札を使って勝負に出る。これでもし負ければ──そう思うと、やっぱりまだ準備した方が良いのではないか、なんて逃げ腰な思考も湧き上がって来るが……


(……いや、やっぱり今しかない。このままレベルアップが進めば、肉体は弱くなっていく一方なのだから)


 私の理想像──人間の身体に近付くほど、魔族としての身体は弱まっていく。

 その影響が『オーマ=ヴィオレットの活動』にどこまで出るのかは分からないが、少なくともよい影響にはならないだろう。

 少しでも可能性が高い内に、彼女とは決着をつけておきたいのだ。


「……今日、必要としていた最後のアイテムが揃いました。一度きりの作戦……必ず成功させますよ」

「わかった。……無理はするなよ」

「ええ、勿論です」


 口に含んだアイスが、胸の奥にこもった熱をゆっくりと冷ましていく。その感覚を確かめながら、私達は最後の作戦会議に入った。



「──皆様ごきげんよう、トワイライトのオーマ=ヴィオレットです! 今日も私の探索配信に来ていただき、ありがとうございます!」


〔ごきげんよう!〕

〔待ってた!〕


 翌金曜日、チヨとの決戦を控えた探索配信が始まった。

 胸の奥の緊張を隠しながら、私はいつも通りの挨拶をし、いつも通りに訓練と称して魔物を狩りながら彼女が現れるを待った。


 そして──その時は訪れた。


「ヴィオレットちゃ~ん! あーそーぼー!」


 上空からの気配に目を向ければ、遥か遠くから私の方へとまっすぐに近付いてくる一つの人影。


(……泣いても笑っても、この一回が勝負!)


 負けても殺される事はないだろう。だが、勝機が最も高いのはこの一戦……チヨが私の手札を知らない、たった一度の好機だ。


「! ──何か分からないけど、今日のヴィオレットちゃんはやる気だね~……!」

「っ、……気のせいじゃないですか? 私としては、無駄な戦いはしたくないですけど……」


 どうやら無意識に身体に力が入っていたのか、胸に秘めた決意が気配に漏れていたようだ。

 咄嗟に取り繕って見せたが、チヨの好奇の視線が変わらないところを見ると誤魔化せたかどうかは怪しいな……


(参ったな……警戒させたか?)


「ふふ……良いよ。ヴィオレットちゃんが何を隠してようと、やる事は一つだもんね!」


 私の秘策についてはバレようが無いにしても、策がある事はバレただろう。

 初見殺し狙いのこちらとしては若干辛いところではあるが……こうなったらやるしかない。


「……」


 私が無言で二振りの細剣──ローレルレイピアとアセンディアを構えると、それを見たチヨも勢いよく地面に急降下。

 ダンッ! と砂埃が舞い上がり、興奮に満ちた彼女の瞳と目が合った。


「さぁ! やろうよ、ヴィオレットちゃん!」

「……ッ! ──【エンチャント・ゲイル】」


 チヨから感じる、いつも以上に激しい気迫。

 ビリビリと肌が痺れるような感覚に気圧されそうになりながらも、私は流れるような動作でローレルレイピアを握ったままの左手で自身のグリーヴを撫でる。

 そして付与した風の魔力で地を蹴って、一足飛びに十メートルほどあった距離を詰めた。


「はぁッ! ──【エンチャント・ダーク】!」

「おっと……ッ!」


 身体の前で交差させた腕を振り抜き、両手をそれぞれの刀身に添えながら斬撃を放つ。

 魔力で守りを固めた両手の拳で攻撃を受けようとしていたチヨは、闇の魔力が付与された瞬間に回避へと対応を変更。ギリギリのところでバックステップし、斬撃を避けた。


「まだッ、これでどうですかッ!?」

「ふふっ……! 良いね、体術もしっかり鍛えてる!」


 私は勢いのままに追撃。

 風を纏ったグリーヴによる飛び蹴りは防がれたものの、発生した突風によってチヨの身体は更に後方へと押し出され、それによってチヨからの反撃を防ぎながら更に追撃。

 空中を蹴る事で突風を起こし、地面と水平に跳躍。

 即座にチヨに追いついた私は空中を踏みしめ、蹴り出すと同時に斬撃を放つ。こうする事で、本来踏ん張る事が出来ない空中でも力強い斬撃が放てるのだ。


「っ! あちゃー、掠っちゃったか……」


 すれ違いざまの斬撃がチヨの左腕を撫で斬る。

 チヨを追い越した私は直ぐに地面に足を付け、振り向きざまにこちらへと飛んでくるチヨの背に向けて斬撃を放つが……


「っと! 流石にそれは食らう訳にはいかないなぁ!」


 チヨは翼を一度羽ばたかせ、バック宙の要領で私の頭上を通過する。それと同時に彼女の伸ばした手が私のドレスアーマーを掴み──


「ぅ、おゎっ!?」


 私の身体は上空へと投げ飛ばされた。


「空中戦ならあたしの領分だッ!」


 そして私を追って飛翔したチヨの姿をぐるぐると回転する視界で何とか捉え、放たれた拳を私は咄嗟に放った蹴りで起こした突風で回避した。

 上下も分からない状態で放った蹴りは、私の身体を更に上空へ押し上げる。

 チヨの拳から回避させる事には成功したものの、依然として空中戦は継続……自在に空を飛び回れるチヨの主戦場だ。


(いま『奈落の腕』を使われれば流石に一巻の終わりだが……)


 しかし、これまでの経験から知っている。

 チヨはまだ『奈落の腕』を使わない。彼女はまだまだ戦いを楽しむつもりだからだ。

 『奈落の腕』を使うのは彼女が満足するか、使わないと負けるような状況に立たされてからだろう。それまでに地上に降り立たなければ……


「ほらほらっ! 守ってばかりじゃ勝てないよッ!」

「っ、く……ッ!」


 自由自在に飛び回るチヨの攻撃を捌きながら、反撃の機会を伺う。

 チヨほどの使い手に自分のペースに持ち込まれた場合、その状況を打破する事は困難を極める。

 ただ攻撃を防いでいたところで、彼女が自ら戦術上のミスを犯したり、隙を見せるというのは期待できない。

 だからこそ、自分でも少しずつ状況を誘導しながら、その上で慎重に機会を見極めるテクニックが必要になるのだ。

 そしてチヨにも気付かれない小さなズレを積み重ねていけば、一瞬の好機は訪れる。


(──ここだッ!)


 周囲を自在に飛び回るチヨの攻撃を捌き、いなし、空中での跳躍で少しずつ彼女の動きを制限、誘導し……何とか作ったチャンス。

 チヨが私の正面やや頭上に位置取ったこの瞬間、私の目がチヨの急所に鋭く狙いを定めた。


「──ッ!? ヤァッ!!」

「ぐぅ……ッ!」


 チヨはこちらの一瞬の視線の動きすらも見逃さず、私の魔力の動きすらもしっかり見ていた。

 ……だからこそ引っ掛かるのだ。このフェイントに。


「っ、しまった!」


 チヨに向けた魔力の動きは『突き』だった。

 近付いて来たチヨの急所──胸から喉元にかけてを鋭く穿つ、一撃必殺のカウンター。

 今回の彼女は私が何かしらの奥の手を秘めている可能性を予め考慮しての戦いとなっていた事も、このフェイントが上手く行った要因の一つだったのだろう。

 彼女は警戒しなくても良い私の魔力を──()()()()()()()()()()()を警戒するあまり、喉を庇いながら放てる飛び蹴りを撃ってしまった。

 しかし、私が実際に取った行動は『防御』。正面で交差させた二振りの細剣は、チヨの飛び蹴りをしっかりと受け止め……


「──はっ!」


 細剣を振り抜いた反動に彼女の蹴りの威力も利用することで、私はチヨの射程の外に逃れる事に成功した。


「ふぅ……っ、フェイントに引っ掛かってくれて助かりましたよ。チヨ」

「うぅーん、今のはやられたなぁ……警戒し過ぎたかも」


 リスナーへの説明も兼ねて、したり顔でそう言ってチヨを挑発する。

 これで私の秘策がハッタリだと思い込んでくれれば上出来だが──


「今のは奥の手じゃなかったかぁ……でも、絶対に何か隠してるよね~?」

「……期待し過ぎじゃないですか?」

「ううん、これだけは確信してるからね」


 流石にそこまで上手くは行かないか。


「さて……これで振り出しですね」

「だね! まだまだ楽しめそう!」


 戦いはまだ始まったばかり……チヨが『奈落の腕』を使うまで、まずは戦いを有利に運ばなくては。

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