第194話 締めの組手
「──この辺りが良さそうですね。地面の起伏もそこまでありませんし」
組手に適した場所を求めて歩く事、約十分。
壁や地面の起伏が少ない方へと進んでいくと、やがて程よい光景が開けた。
所々に生えた結晶が照らす一帯を見回しても壁や障害物になる様な物は見当たらず、地面の起伏はなだらかで魔物の気配も感じられない。
周囲の地形を活かすような戦い方は出来ないが、一日の成果を互いに確認する組手にはまさにうってつけの場所だろう。
その中でも特に起伏の少ない場所を選び、距離を置いて向き直れば、そこはまさに競技武術の試合会場のように思えた。
互いに一礼し、それぞれの腕輪からそれぞれの得物──配信の最初にも組手で使用した、訓練用の武器を取り出して構える。
「さて……それでは、全力で来て下さい。勿論、攻撃スキルは無しですよ」
「はい。すぅー……、ふぅーーっ……。……──行きますッ!」
深呼吸一つでクリムの意識が切り替わり、容赦の無い踏み込みで私に襲い掛かる。
(直線的な突進……ある意味、解りやすい作戦だ)
彼女の得物は私の持つ双剣よりもリーチの長い槍だ。
見え見えの誘導と分かっていながらも、対処しなければそのまま不利な盤面を押し付けられる相性関係。
止む無く私は向かってくるクリムに対して、左手で握った剣を向けて受け流す姿勢に入る。そして、いざその穂先を逸らそうと意思を向けたその瞬間──
(──やはり来たか!)
私の正面からクリムの姿が掻き消える。
彼女の得意とする【マジックステップ】によるかく乱だ。私の無意識の魔力の動きから行動を先読みされ、認識の空白にその身を滑り込ませたのだろう。
作戦を読んでいたにも関わらず、私は一瞬彼女の姿を見失った。
(末恐ろしい才能だ……今日手にした技術を既に、ここまで戦法に落とし込むか!)
しかし、魔力の感知能力で言えば私に一日の長がある。
魔族の特性も相俟って、私は彼女の攻撃の瞬間が手に取るようにわかった。
「っ! ──見えていましたか……!」
「いえ、完全に見失ってましたよ。ただ、魔力の感知で反応しただけです」
背後から迫る薙ぎ払いを振り向く事なく右手の剣で弾くと、クリムが驚愕に息を飲むのが気配で分かった。
やや強めに槍を弾いた事で僅かに体勢を崩したクリムに、ここぞとばかりに距離を詰める。片足に重心が寄っている今なら、【マジックステップ】は封じられている。
右手で放った斬撃を咄嗟に槍の柄を使った防御が阻む。しかし、それにより更に後方へと身体を押し込まれたクリムの姿勢は更に崩れる。
そこに追撃として左の剣で突きを放つと、その一瞬を狙っていたのだろう。クリムの目がギラリと光る。
しかし──
「──っ! 見切られた……!?」
「同じ手は何度も通用しませんよ!」
彼女のステップに合わせ、左手の剣がそのままうねるように襲い掛かる。クリムから学んで鍛えた、手首のスナップも取り入れたトリッキーな斬撃だ。
威力こそそれ程でもないが、牽制としては十分。【マジックステップ】の初動を止められたクリムは、再び槍を扱うには近すぎる間合いでの対応を求められる事になった。
「まだまだ! これくらい、不利にもなりませんよ!」
だがクリムも流石のもので、槍を短く持つ事で即座に適性距離を短く変更。
右手に至ってはほぼ穂先のすぐ下──逆輪と呼ばれる付近を持つという極端な握り方にもかかわらず、小刻みな【マジックステップ】の後退と閃くような槍捌きでこちらの動きに順応してくる。
(何て対応力……! それに、油断すればその瞬間にも回り込もうと常に隙を伺っているな……)
こちらが攻めているのに、逆にこちらを追い立てるような気迫を放つクリム。
もっと、もっと深くに踏み込まなければ、と逸る気持ちを抑えながらこちらも彼女の動きに目を光らせながらも攻める手は止めない。
──『カン、カッ! ガキン!』と、次第に剣戟の音が激しくなっていく。
こちらが放った強烈な一突きを防いだクリムの身体がひときわ大きく後退し、槍が弾かれる。
(ここだッ!)
堅牢だった彼女の防御ががら空きとなった一瞬──ここを攻め時と判断した私は、渾身の一撃を繰り出すべく地を強く踏みしめるが──
(──いや、違う! 誘いだッ!)
クリムの視線はこちらに向いている。
その目が言っているのだ。『隙あり!』と。
そしてクリムの手元をチラリと見た私は、彼女の攻撃の正体が分かった。
「──グゥッ!?」
突如として襲い来る、右側からの衝撃。
咄嗟に双剣を交差させて防いだものの、遠心力を伴った一撃に身体が浮き上がる。
(槍の柄……ッ! 遠心力があるとは言え、手首だけでこの威力を……!)
弾かれたように持ち上げた槍は誘い。
近接戦の為に逆輪付近を持っていた右手首のスナップにより、彼女は私の意識の外から奇襲を仕掛けて来たのだ。しかも──
(魔力の隠蔽……フェイントの一種まで織り交ぜて……!)
反応が遅れたのはその為だ。
攻撃の際に無意識に武器に流れる魔力を意識的に絞る事で、攻撃の瞬間を悟らせないテクニック。
魔力感知が出来る相手にしか通用しないが、それが出来る者ほど引っ掛かる技だ。
(まだ直接教えていない技術の応用だというのに、さてはチヨから盗んだな……!)
「──はっ……!」
「今度はこっちの番ですよ!」
感心ばかりしてもいられない。
これ程大きな隙を見逃すクリムではなく、今度は槍のリーチから鋭い突きの連撃が私へと襲い掛かる番だった。
「これは……私も負けていられませんね!」
経験で言えば後追いのクリムに急き立てられて、こちらも気が奮い立つ。
まだ一年も続けていないダイバー活動だが、それでも先輩としての矜持はあるのだ。まだまだ背を見せておきたい私は、クリムの連続突きに敢えて同じく連続突きで応戦する。
小刻みな金属音がまるで目覚まし時計のベルのように木霊し、無数の火花が私達の間で生まれては消えていく。
ダイバーとしてレベルアップを重ねた人間であるクリムと、魔族として超越的な身体能力を持っていた私の差がここまで縮まっているという危機感はあるが、今の私はそれ以上に──
(不思議な気持ちだ……付き合いなんてたった数ヶ月。その間に何度か彼女の成長を手助けしただけだというのに……)
妙に誇らしい気持ちになる。
彼女が真っすぐ尊敬の目で私を見てくれるからなのだろうか、まるで師匠にでもなった気分だった。
「──はぁっ!」
「くっ……! まだまだ!」
両手の剣を同じ方向に振り抜き、クリムの放った槍の一突きを弾くと同時に身体全体を回転させながら距離を詰める。
一瞬の──そして最後の駆け引きだ。
エンチャントもスキルも封じた今の私に出来る、全霊の一撃。
回転の勢いを乗せた、二本の剣の振り下ろし。
もしも躱されれば大きな隙を晒す事になるが、槍を弾かれた直後で重心が偏っている今のクリムは下手な動きをすれば転倒のリスクもある。
かと言って防げばそれこそ大きく体勢を崩される事になり、クリムは今以上の不利に立たされる。
手詰まりに思えるこのタイミングの私の攻撃に、それでも彼女は食らいついて来た。
弾かれた槍をその勢いで回転させ、逆手に握り直したことでその穂先がこちらに迫る。柔軟で強靭な関節を持つクリムならではのカウンター。
二人の武器が丁度中間で激突し──
──『バキンッ!』と、その力に耐え切れず、両者の武器が諸共に折れる形で決着がついた。
「──いやぁ~、まさか訓練用とは言え金属製の武器が折れるとは……」
「ここまで全力で打ち合う想定で作られてなかったんでしょうね……」
〔そらそうよ〕
〔下層トップダイバー二人の力に耐えられなかったんや…〕
〔ゴリラが二匹…〕
「今ゴリラって言ったの誰です~? 許しませんよ~?」
〔ヒエッ〕
〔草〕
いつものように笑顔で軽く凄んでみると、リスナーもいつものノリで付き合ってくれる。
……リスナーには言わないが、実はこのノリはそんなに嫌いじゃないんだよな。
気軽に凄んだり、からかったり……それらは全部、こっちの世界でしか出来ないコミュニケーションだから。
とは言え、今回はコラボ相手も巻き込んでいるので、そう言う意味の釘は刺しておくか。
「まったく……私は慣れてますけど、今回はコラボなんですから相手も巻き込むのは良くないですよ?」
「あはは、私は良いですよ? お揃いみたいで、ちょっと嬉しいです!」
〔かわいい〕
〔カワイイ!〕
ゴリラ呼びされたのにもかかわらず笑顔でそう返すクリムに、リスナー達も骨抜きだ。
……何だろうな、この扱いの差は。一応私も美少女なんだが。
まぁ、良いか。そろそろ配信終了の時刻も迫っている。
先に挨拶を済ませておこう。
「──それではそろそろ配信を終えようと思いますが……クリムさんは次の配信のお知らせとかあります?」
「あ、そうですね! ではこの場をお借りして……明日も私は下層に潜る予定です! 今回のコラボで私を知ってくれた方も、遠慮なく見に来てくださいね~!」
〔明日も!?〕
〔クリムちゃんこれで三日連続じゃないの!?〕
〔大丈夫なんか…?〕
「……なんか今、聞き捨てならないコメントが流れて行きましたが……三日連続ですか?」
「はい! 夏休みなので!」
いや、そう言う意味ではないんだが……
以前『俺』に聞いた話では、基本的にダイバーは週に二度潜れば十分だという話で……あぁ、いや、そうか。
(そう言えば、アレはダイバー始めたての初心者の話だったか……)
私がずっとそのスタンスを貫いているからすっかり勘違いしていたが、私達くらいダンジョンに慣れていれば精神的なストレスも少ないし、体力的に大丈夫なら何の問題も無いのか。
まぁ、それはそれとしてだ。
「──夏休みの宿題は大丈夫ですか?」
「う゛っ……!」
〔クリムちゃん?w〕
〔おっとこれは…〕
〔これやってませんねぇ!?w〕
何となくそんな気はしていたが、やっぱりクリムは溜め込むタイプだったか。
「ヴィ、ヴィオレットさんはどうですか!? 宿題! 多分私と同じだと思うんですが!?」
「失敬な、私は何の問題も無いですよ。自由研究も日記も全部ダンジョンで埋めれば何とでもなります」
「なるほど!」
〔ひっでぇ会話w〕
〔初日に絵日記埋めるのは常識だよなぁ!〕
〔それはもう予言の書なんよw〕
まぁ、戸籍も無い私は当然学校にも行ってないし、宿題なんて最初から無いのだが。
「クリムさんの宿題は置いておいて、私の配信予定はいつも通りですね。……あ、ですが今日の雑談配信はお休みです! 代わりに今回のコラボをやったって感じなので、次回は土曜日ですね」
〔はーい〕
〔了解!〕
〔お疲れ様やで〕
念の為に他にお知らせが無いかクリムに確認したが、他には無いとの事なのでいよいよ配信を締めるとしよう。
「それでは、今回の配信をお届けしましたのは私、トワイライトのオーマ=ヴィオレットと!」
「クリムでしたー! 皆さん、お付き合いいただきありがとうございました!」
「またそれぞれの次回配信でお会いしましょう! クリムさんのチャンネル登録、高評価もよろしくお願いしますね~!」
「あ、私からも! ヴィオレットさんのチャンネル登録、高評価もよろしくお願いします!」
「せーの……「お疲れ様でした~!」」
〔お疲れ様でした!〕
〔おつかれ!〕
〔せーのかわいい〕
〔お疲れ様ー!〕




