第192話 悪魔は弄ぶ
「──これで、今日もあたしの勝ちだ!」
「うぐ……ッ、アアァァーーーッ!」
私の左手に落ちて来たヴィオレットちゃんに直接雷の魔力を流し込み、感電させながら地面に叩きつける。
感電と強い衝撃によるダメージによって彼女の意識は絶たれ、この時点で私の勝利が確定する。
(……余計な傷は無いと思うけど、念の為に治療はしておかないとね)
地面に横たわるヴィオレットちゃんの身体に添えた左手から今度は癒しの魔法を発動し、一目見ただけでは分からない箇所も含めた全身の傷を癒していく。
ここ最近、ヴィオレットちゃんと戦った後は毎回やっている作業だ。
(ここの所はずっと私の勝ち続き……ヴィオレットちゃんからもモチベーションの低下は感じていたから、ちょっと不安に思うところもあったけど──)
私が『奈落の腕』を解禁してからというもの、ヴィオレットちゃんは私に一勝も出来ていない。
元々近接系の攻撃が主体の彼女にとってこの魔法は天敵と呼べる程に相性が悪いものだし無理もないが、その所為でヴィオレットちゃんの中にある種の『諦念』が芽生え始めていたのは想定外だった。
新しいスキルや立ち回りを覚えた事で勝率が高くなっていたヴィオレットちゃんの気を引き締め、『更に強くなろう』と言うモチベーションを高めるために解禁した魔法だったのだが……まさか彼女の心までも折りそうになってしまうとは思わなかったのだ。
(──でも、今日のヴィオレットちゃんと戦って少し安心したよ。貴女の心は、折れるギリギリで踏み止まってくれたんだね)
『奈落の腕』を発動した後のヴィオレットちゃんの目と、動きを思い出す。
最近の彼女は『奈落の腕』を発動させない事に全力を注いでおり、私が『奈落の腕』を発動した後はまるで消化試合かのように戦意が目に見えて減っていた。
水風船やナイフなどのアイテムを投擲して形ばかりの抵抗は見せていたが、その目には常に『どうせこれも通用しないだろう』と言う諦めが最初からあったのだ。
でも、今日は違った。
ヴィオレットちゃんの目は、私が『奈落の腕』を発動した後に一際強く輝いた。
彼女を強く引きつける重力に抗う様に空を跳びまわり、様々な角度から私の動きや重力の様子を観察していたのが良く分かった。
(やっと……この魔法に勝つ気になってくれたんだね、ヴィオレットちゃん)
あの目は、自分より格上と認めた相手に対しても勝ち筋を諦めず探る目だ。……いや、もしかしたら──ヴィオレットちゃんは既に勝ち筋を見つけているのかもしれない。
私と戦いながら、『奈落の腕』に抗いながら、彼女の脳裏では何らかのシミュレートが行われていた……この子の目から、私はそんな気配を感じ取っていた。
「太刀筋も更に洗練されていたし……次の戦いが今から楽しみだよ。──本当にね」
傷もすっかり快復し、静かに寝息を立てるヴィオレットちゃんの髪を軽く撫で、近くに落ちていたヴィオレットちゃんのハイシン用の球体を拾い上げるが……
「あちゃ~、壊れちゃったかぁ……最後の叩きつけの時、うっかり雷の魔力流しちゃってたもんなぁ」
これでは今日はハイシン出来そうにない。
多分近い内にクリムちゃんが帰って来ると思うのだが、それを待つのも暇だしなぁ……と、視線を彷徨わせた私が目を付けたのは──
◇
「──ヴィオレットさんの所に向かおうと思います!」
渋谷ダンジョンのロビーにて、ヴィオレットさんの配信を通じて戦いの行く末を見守っていた私は、彼女の配信が中断された事で決意を固めた。
〔待って!?〕
〔もうちょっとだけ待とう!チヨちゃんもヴィオレットちゃんを害する事はないから!〕
〔クリムちゃんが巻き込まれるのが一番不味いよ!?〕
引き留めるコメント達の言う事も分からなくはない。
今までだってなんやかんやヴィオレットさんは無事だったし、戦いがまだ続いていたら私の身が一番危ないのも分かっている。
だけど、何となく感じるのだ。今、私はあの場所に戻るべきなのだと。
〔なんとなくで死地に向かうな!〕
〔おバカ!〕
〔こうなったら頑固なんだもんなぁ!〕
説得はすれど、納得は求めていない。
私は私の直感に従い、腕輪に手を添える。そして──
「──【ムーブ・オン! ”マーク”】!」
ロビーへと避難する直前に下層のあの場所に置いた【マーキング】の座標へと、迷う事無く転移した。
「──何か静かですね。戦いはもう終わったって事でしょうか?」
〔ああ、悪魔の戦力は軒並み向こうに回してんのかもな…〕
〔向こうってどこだよw〕
〔とりあえず巻き込まれなくて安心か…〕
戻って来た下層の様子は静まり返っており、戦いが既に終わっている事を私に伝えてくれた。
しかし、きょろきょろとヴィオレットさんを探して視線を巡らせた先に入って来た光景を前に、私は一瞬息を飲んだ。そして──
「──あ~~~~~~~~ッ! ちょっ、何しようとしてるんですか!?」
そこには、こちらに背を向けて地面に腰を下ろすチヨの姿。
彼女の尻尾は身体の正面へと伸びており……そして、彼女の身体の陰から覗き込む紫色の髪の毛は、まさしくヴィオレットさんの物。
……ヴィオレットさんがチヨの尻尾によって身体を固定されているのだと理解した瞬間、私は大声を発さずにはいられなかったのだ。
突如として響いた大声に、ビクッと反応したチヨがこちらを振り返る。
「ビックリしたぁ……! なんだ、クリムちゃんかぁ……」
「なんだじゃないですけど!? 今、ヴィオレットさんに何しようとしてたんですか!?」
警戒しつつも肩を怒らせながら大股でチヨに近付いた私は、今も意識を失ったままのヴィオレットさんの姿を視界に収め……
「──お、おぉ……!」
再び息を飲んだ。
〔これは!〕
〔ええやん…〕
〔ツインテ!!〕
尻尾で身体を固定されたヴィオレットさんの髪型は、チヨの手によって何とも見事なツインテールにされていたのだ。
「どうよ……あたしとしては結構会心の出来……!」
「くっ、お見事です……! ──写真を取っても?」
「良いよ」
「ありがとうございます。──【ストレージ】」
〔スクショタイムや!〕
〔このシャッターチャンス、逃さない…!〕
あまりにも貴重でかわいらしいその仕上がりに、腕輪からスマホを取り出したところで──
「──あの、なに勝手に許可出してるんです?」
「ぅえぇっ!? ヴィ、ヴィオレットさん、いつの間に起きてたんですか!?」
〔起きてたの!?〕
〔たしかに寝てるにしては頭の角度とかちゃんと固定されてるなとは思ってたけど…〕
「いや、こんなに髪を触られていて寝てられる訳ないでしょう。最初から起きてましたけど……」
「えぇっ!? 何でされるがままになってるんです!?」
言われてみれば確かにそうだと思いつつ聞いてみると、どうやらヴィオレットさんが目を覚ました時は既にチヨによって髪型を色々と弄られており、身体も髪を弄りやすいよう、今の状態で固定されていたらしい。
一度解放しろと訴えたようだが、チヨが『勝利の景品って事で!』と押し通したのだと言う。
「まぁ、勝手に髪を切られない分には減る物ではないですからね……ムキになって逃げるのも大人げないでしょう?」
「う、う~ん……なるほど……?」
(これ多分、チヨに『ムキになって逃げるのって子供っぽいよ?』みたいな事言われたな……?)
何となくそう直感する。
……これでなすがままにされるって言う事実に、ちょっとヴィオレットさんが悪い人に騙されないか心配になって来たが、ここは折角なので私も乗っかっておこう。
「……じゃあ次は『おさげ』に──」
「チヨ。クリムさんも来ましたし、約束通り解放してください」
「は~い」
「えっ」
〔え〕
〔待って!?もう終わり!?〕
この貴重な機会に新鮮な髪型にしてみようと思った矢先、チヨはそんなヴィオレットさんの言葉で尻尾の拘束を解いてしまった。
「あの、約束って?」
「? ああ、髪の毛弄る時間制限みたいなものです。『十分間経過か、クリムさんが来るまで』って条件をチヨに提示されまして、それくらいならと許可を出してたんです。思ったより早く駆けつけて来てくれて、助かりました。クリムさん」
「……」
「うーん、次はポニテやりたかったんだけど、仕方ないか~。──じゃ、また今度戦おうね二人とも! バイバ~イ!」
と、何かを言いたげな私の視線から逃げるように、チヨはやや足早に私達の前から飛び去った。
下層の薄闇の向こうへとどんどん小さくなっていくその背中に向けて、思わず私は声を上げずにはいられなかった。
「お、おのれチヨォーーーーーーッ!!!」
〔草〕
〔草〕
〔草〕




