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第190話 いつもの

「アセンディアのオーラが消えている……」


〔これ不味いのか?〕

〔元に戻る?〕


 私の声につられてか不安気なコメント達を他所に、陽炎の様なオーラが消えたアセンディアを目の前に掲げ、じっくりと観察する。

 この状態でも特有の存在感は健在だが、やはりオーラを纏っていた時とはまるで異なる気配だ。一応普通の剣と同じ状態になっただけだと言うのに、今のアセンディアからはどこか弱りきったような印象を受けた。

 どうすればオーラが復活するのか、或いはもう二度とオーラは復活しないのではないか。そんな不安を胸に抱えながらアセンディアを見つめていると、やがてその表面に薄っすらと魔力の気配を感じる事に気が付いた。


(これは……)

「少しずつですが……オーラが戻って来ている……!?」


〔ホント!?〕

〔配信越しだとわからん…〕


 それはまだ最初の状態には程遠いほんの僅かな力だったが、感じる気配は全くの同質。

 どうやらオーラの枯渇は一時的な物だったらしく、この調子ならしばらく待てば完全な回復も可能かもしれないと希望が見えて来た。

 それと同時に、アセンディアがこうなってしまった原因がはっきりする。……と言うよりも、思い当たる節が一つしかない。


(まさか、エンチャントする度にオーラが減っていたのか……!?)


 刀身に対するエンチャントはチヨとの戦いで何度もしてきたが、今回の様な現象は起こらなかったと記憶している。

 それは即ち、オーラに対するエンチャントは刀身に対するエンチャントとは勝手が違うと言う事だ。


(……どう使ったらどんなデメリットがあるのか、まるで見えないと言うのは不安だな……)


 今回のオーラの枯渇は一時的だったが、もしかしたら取り返しのつかないデメリットを負っていた可能性もある。

 これは切り札である事以上に、オーラに対するエンチャントは慎重に扱った方が良いかも知れないな。

 そうこうしている内に、辛うじてその存在を肉眼でも確認できる程度にはオーラも回復してきたのだが……この状態のアセンディアに更にエンチャントをする気分になれなかった私は、アセンディアを腕輪に収納して代わりにデュプリケーターを取り出した。


「新技の練習はデュプリケーターでする事にして、アセンディアは暫く休ませましょう」


 少なくとも今はアセンディアの能力を一部とは言え把握できただけでも収穫だ。

 斬撃を飛ばす練習は風属性に限定される物の、一応デュプリケーターやローレルレイピアでも可能である為、暫くはこの剣で素振りや狙撃の練習をする事にする。

 そう伝えると、リスナー達もコメントで同意を示してくれた。


〔その方が良いかも〕

〔結構繊細な剣なのかもな…〕

〔アセンディアもっと見たかったけど仕方ないね〕

〔数百億の剣が繊細なの色々怖いな…〕


 その後は数十発程、下層の至る所に存在する岩などを的代わりに練習を重ねて行った。

 斬撃を放つたびに無駄な動きは削ぎ落され、私の身体が飛ぶ斬撃の適切なフォームを覚えていくのを感じる。

 そして、最初に比べてかなり正確かつ素早い動きで斬撃を繰り出せるようになった頃──


「──ヴィオレットさーん! 水風船のエンチャントが切れてしまいましたー!」

「……もう20分経ったんですね。わかりましたー! ちょっと待っていてくださーい!」


 クリムの声にスマホを取り出して時刻を確認すれば、確かに彼女に渡した水風船にエンチャントを施してからほぼ20分が経過していた。


(正確にエンチャントの時間切れを知らせて来たと言う事は、クリムも魔力の気配を感じる技術をモノにしたと言う事か……)


 つい先ほど魔力の感覚を覚えたばかりだと言うのに、驚異的な成長速度だ。

 ……もう水風船にエンチャントする必要性も無いのではないか。そんな事を考えながら、彼女の元に歩を進めていたその時。


「──ッ!」

「──! この感覚……!」


 私とクリムさんがほぼ同時に上空の一点へと鋭い視線を向ける。

 そこにいたのは……


「ヤッホ~! 二人とも~~! あーそーぼーーーーー!!」

「やっぱり来ましたか……チヨ」


 能天気な表情と声色でこちらに向かって一直線に飛んでくる、悪魔の姿だった。


「……これが、チヨの魔力なんですね……!」


 私の隣に並ぶように移動して来たクリムの首筋に、一筋の汗が伝う。

 先程の反応から分かっていたが……既にこの距離でチヨの魔力を察知できる程の魔力感知を会得しているようだ。……まぁ、これに関してはチヨの魔力の大きさも関係するとは思うが……


(問題は、魔力を感じ取れることで却ってクリムが委縮してしまわないかどうかだけど……)


 それとなくクリムの様子を観察するが、多少緊張状態にはある物の恐慌状態には至っておらず、大幅なパフォーマンスの低下には繋がらないだろうと予想できた。

 焔魔槍を構える腕が僅かにぶるりと震える様子も見えたが、この感じからすると武者震いだろう。

 もしかしたらチヨの強大さを感じられるようになった事で、却ってパフォーマンスが向上するまである。

 それを感じ取ったのだろう。クリムを見たチヨの目が、これまで以上に爛々と輝き始めた。


「良いね……! 良いよ、クリムちゃん! この短期間で凄く強くなったのがここからでもわかる!」


 恍惚とした笑みを浮かべながらそう言った直後、チヨはクリムの眼前に急降下し……そして、配信を見ているリスナー達全員を含め、私達全員が予想していたまんまの発言が飛び出した。


「今直ぐ戦おう! クリムちゃん! さぁ! さぁ、さぁ、さぁ!!」

「うぅ……これまで以上の押しの強さ……!」


 あまりの気迫に思わず引くクリム。

 これまでどんなに苦手な相手に対しても見せなかった、クリムの貴重なドン引きシーンだ。


(……待てよ? これって、今回私は戦わなくても良いのでは?)


 今までチヨはなんやかんや言って、一度戦えば満足して帰って行った。それなら先にクリムに彼女の相手を任せてしまえば──


「先ずはクリムちゃんと一戦! 次にヴィオレットちゃんと一戦! 今日はフィーバータイムだぁーっ!!」


 ですよねー……


「結局私とも戦うんですね……」

「当たり前じゃん! デザートなんて何杯でも食べられるもん!」


 私はデザート扱いか……まぁ、良い。

 油断してくれる程、足は掬い易くなるのだから。


「じゃあ……とりあえず私は少し離れたところで見てますね。クリムさん、健闘を祈ります」

「ヴィオレットさん……──はいっ!」


 今のクリムなら心配は要らないだろう。

 確実とは言い切れないものの、敵の攻撃の狙いが魔力の流れからも予測できる為、近接戦闘においても魔力感知の技術は有用なのだ。


(懸念点も一つあるが……──これは直接戦いで学んだ方が手っ取り早い)


 そう言う意味ではチヨの様な『殺意のない悪魔』との戦いは、今のクリムに最も必要な経験だったともいえる。


(……本当にクリムはツイてるな。普通チヨの様な都合の良い悪魔はいないぞ……)


 チヨは自分が満足できる相手を求め続けた所為なのか、人間を自ら育てている悪魔だ。

 その為リスナー達からの評判も悪くないどころか、ネットの何処かには彼女のファンクラブまであると言う。

 ……『悪魔は人間と分かり合えない』。その言葉を発した時の、彼女の目を知っている身としては複雑な気分だ。


(彼女は人間に信用されきっている。彼女は無害な存在なのだと。『悪魔は人間の敵だ』……そう言いきった悪魔であるにもかかわらず……)


 ──羨ましい。それが私がチヨに向ける、最も大きな感情だ。

 何せ、『人外の身と知られながらも人間に受け入れられている』今の彼女は、私にとってあらゆる意味で目標なのだから。


(あの言葉の真意は、本当に額面通りに受け取って良い物なのか……?)


 何よりも私自身、彼女の口から直接その言葉を聞いたのに、その時の彼女のあの眼を見たのに、その言葉を疑ってしまっている。彼女をまだ、心の何処かで信じているのだ。

 だからこそ、今もクリムを一人でチヨと戦わせるなんて事が出来てしまっている。


(私の見立てでは、今のクリムではチヨに対して勝ち目は無い。チヨが手加減をした状態であればそうでもないが、万が一彼女が翻意しクリムを殺しにかかった場合……この距離では救出は間に合わないだろう)


 チヨの立ち位置が分からない。

 本当に敵なのか。実は分かり合えるのか。

 悪魔とは何か。魔族との違いは。

 一体どれだけの疑問に蓋をして、私は今ここで二人の戦いを見ているのか……


(──いつか、『あの場所』に向かった時……この疑問にも答えが出るのかな……)


 そう考えを巡らせて私が視線を向けた先──チヨが今しがた飛んできた方向には、下層の中でも一際高く聳える山影が薄闇の中に微かに浮かび上がっていた。

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