第186話 組手
「──いつもより少し早めにごきげんよう! 『トワイライト』のオーマ=ヴィオレットと……」
「クランには未だ無所属のクリムです! ごきげんよう~!」
「夏休み中のコラボと言う事で、今日はクリムさんと一緒にお昼から探索配信やっていきますよ~!」
来たる水曜日の午後一時。私はSNSで告知した予定通り、下層での配信を開始した。
現在の私達が居る場所は、待ち合わせに指定した結晶のステージから数百メートルほど離れた荒野のど真ん中。周囲に比較的何もない場所を選び、配信を開始していた。
コラボと言う事でクリムと一緒に配信開始の挨拶を済ませた私は、早速今回のコラボの目的について説明を始める。
「今回のコラボに関してですが、私とクリムさんの実力向上が目的なので探索よりは戦闘がメインとなります。と言っても、ここ最近の私の配信はずっとそんな感じですが」
「目標は勿論、『打倒チヨ!』です!」
私が『奈落の腕』の攻略に行き詰まっているように、クリムもまたチヨに苦戦を強いられていた。
最初からクリムの実力を評価していたチヨは、彼女に対するハンデは春葉アトと同じで良いと判断。一部の魔法と飛翔のみを封じる以外はほぼ全力で戦っていた。
槍を用いた戦闘技術の完成度で言えば春葉アトを凌駕するクリムではあるが、やはり総合的な強さで言うと【ノブレス・オブリージュ】や【聖痕】を使用した春葉アトには及ばない。
チヨと戦う度に惜しい敗北を重ねており、私と同様に勝つ糸口を探っているところだったのだ。
「そんな訳で、『お互いにお互いを鍛えたりアドバイスし合おう』って言うのが今回のコラボの目的なので、探索は殆どしないと思います。探索を楽しみにして下さっていた方には申し訳ありませんが……」
〔大丈夫だよー!〕
〔二人のコラボならそれだけで楽しみ〕
〔寧ろコラボでただの探索だけって方が珍しいような…〕
私の言葉をフォローするようなコメントが流れていく。
勿論中には〔残念〕と言う感想や〔新しい発見は無さそうか〕と言った声も混じっており、そんなコメントを目にしたクリムが素早くフォローを入れた。
「でも、退屈させないようにちゃんと考えてきましたからね! 私達!」
「はい。折角のコラボですから、こう言う時でしかお見せ出来ない趣向を凝らした企画を用意してます。──【ストレージ】!」
こんな所でもクリムのダイバーとしての成長を感じつつ、私が腕輪から取り出して見せたのは二本の剣だ。
その二つの剣の刃渡りは私が普段から使っているレイピアとほぼ同じだが、分類としてはレイピアではなくショートソード。そして、何よりも目を引くのは──その剣には刃の代わりに衝撃を吸収する為のゴム素材が付いている事だった。
〔訓練用の剣?〕
〔剣術道場とかでよく使うタイプの奴か〕
「はい! 私も用意してきました! ──【ストレージ】!」
私に続いて、クリムも同じような訓練用の槍を腕輪から取り出すと、それを握って軽く振り回す。
まるでバトン選手の様に巧みに手元で回転させる様子からは、彼女がその武器にどれだけ触れて来たかが良く分かった。
「いやぁ、懐かしいですね! 私もダイバーになる前はこの槍で練習してたんですよ!」
「流石ですね。かなり長い武器なのにこうも自在に扱うとは……」
ダイバーになる前から実践槍術の大会で何度も優勝を飾るだけはある。まさに自分の腕の延長であるかのように、彼女の槍捌きには一切の淀みがない。
〔二人とも訓練用の武器を用意して来たって事は…!?〕
〔えっマジ!?〕
「──はい。既に予想しているリスナーの方もいらっしゃると思いますが、先ず私とクリムさんで一度全力の組手をします」
「あっ、全力って言っても攻撃用のスキルや魔法は無しです! エンチャントは動きの補助をする風だけって縛りなので、その辺りは安心してくださいね!」
あくまでもこれはお互いの実力や癖を把握したり、相手の動きから参考になりそうなものを学ぶための組手だ。
訓練用の武器でも深刻なダメージを負ってしまうリスクを無くす為に攻撃用のスキルやエンチャントは封じるが、それ以外は基本的に何でもあり。【エンチャント・ゲイル】で上空を跳ぶのだけは流石にダメと縛りはあるが、互いの攻撃が届く低空の移動であれば空中機動もあり。
そして勿論、なるべく防具の無い箇所へのクリーンヒットは寸止めすると言うルールだ。
〔楽しみ!〕
〔ダイバー同士の戦いか〕
〔そう言うの好き!〕
打ち合わせで想定していた通り、この企画の発表を受けてコメントも俄かに盛り上がり始めた。
ダイバーとチヨの組手に需要があるのだから、ダイバー同士の組手にもなんやかんや需要があるのではと思っていたが予想通りだったな。
「この組手でお互いの実力や弱点の洗い出しをするので、先ずは一戦やってみましょうか。全力で来てくださいね!」
「はい! ヴィオレットさんも遠慮は要りませんよ!」
「ええ、勿論です」
そう言って私達は、数メートル程の間隔を空けて対峙する。
互いのドローンカメラも自動追従モードに切り替えたので、それぞれの視点から迫力ある戦いの映像を提供出来る事だろう。そして……
「──【ストレージ】。この水風船が地面に落ちて割れたら、それが試合開始の合図と言う事で」
私が腕輪から取り出したのは、普段からよく使っている水風船。
それを上空へと放り投げた私は【エンチャント・ゲイル】で素早くグリーヴに風を纏わせると、二本の訓練用の剣を構えてその時を待つ。
向かい合ったクリムも油断なく訓練用の槍を構えており、この時点で彼女の実力の高さが気配からも伝わって来る。
彼女の装備は今や全身がWD製の軽鎧になっている。
重要な部位だけを守るようにする事で動きを阻害せず、彼女自身の滑らかな脚運びと柔軟な関節を活かす構造から考えてオーダーメイド製。クリム用にチューンナップされているようだ。
所々に私のドレスアーマーと似た意匠が散見され、甲冑が無い部位は防刃繊維の薄布で守っている所も共通点と言えるだろう。
スカート状の部分は無いが、多分私のドレスアーマーとほぼ同じくらいのお値段の筈だ。
(これだけの装備を作れている時点で、彼女の成長が分かると言うものだ。油断はできないな……)
……やがて、地面に落ちた水風船が『ぱしゃっ』と数秒間の沈黙を破ったその瞬間──
「「──ッ!」」
私達は同時に地面を蹴り出し、中間地点で激突した。
◇
『ガキン!』と、金属同士が激しくぶつかり合う音が響く。
訓練用とは言え耐久性や重心の都合から『刃』の部分以外は基本的に金属製だ。そして今回二人が用意したのは、頑丈さと言う一点においては下層でも通用する魔鉄鋼製。
実戦用の武器でなくとも、その戦いの迫力は本物だった。
〔うおお!〕
〔二窓の迫力すげぇ!〕
〔正面から見るとクリムの動きマジで読めねぇ!〕
〔何で今の攻撃見切れるんだよ…〕
攻撃用のスキルを排した二人の、純粋な近接戦闘の技量はほぼ互角。
相手の魔力の動きから先読みが可能なヴィオレットと、天性の直感と動体視力で動きを見切るクリム。
リスナーにはそんな二人の感覚こそ伝わらないものの、まさに超人と称して余りある実力は十二分に映像に収められていた。
〔この二人でも勝てないってチヨまじでヤバいな〕
〔俺がどれだけチヨに手加減されてたか良く分かるのが辛いぜ…〕
〔少しは解説できると思っていた中層ダイバーワイ、完全に別次元の戦いに口を噤む〕
〔下層で鍛えればレベルアップで俺もこうなれるんかなぁ…〕
リスナーの感覚が追いつかない反応速度で攻撃と回避、カウンターの応酬が繰り返される。
特にクリムの【マジックステップ】を使った変幻自在の動きはヴィオレットの反応も一瞬遅れる程に研ぎ澄まされており、その度にコメントは盛り上がる。
〔これ近接戦闘の技術だけで言えばクリムの方が上か!?〕
〔いや対応は出来てるから互角じゃないか!?〕
〔天辺が雲の上の塔の高さの比較なんてオレらにはわからんよ。地上からは見えんもん〕
〔それな。今はただこの光景を楽しんでおいて、そう言うどっちが強いか議論は後から切り抜きとかアーカイブでじっくり楽しもうや〕
リスナーにとっては最早、この『置いてきぼり感』もエンターテインメントの一つだった。




