第185話 展望
「──やっぱり、遠距離攻撃が必要になりますよね。この感じだと……」
夕食を終えた後の作戦会議。
チヨとの戦いの様子をアーカイブで確認しながらこれまでの負け方を探っていくと、その一点が大きな弱点として浮き彫りになった。
「俺は使われた事もないから分からないんだが、やっぱりあの重力ってのは相当強いのか?」
「そうですね……アレの重力は『奈落の腕』に近付くほど強力になるんですけど、多分触られるところまで行くと中層ダイバーくらいなら普通に骨がひしゃげるくらいの超重力になってると思います。近付いた上で攻撃するなんて、実質不可能ですよ」
刃の切っ先をチヨに向けるくらいは出来るだろうが、チヨは別にあの魔法を使っている間も尻尾やもう片方の腕を動かせない訳では無い。
直線的に落ちて来るだけの攻撃では、例えどれ程の速度だろうと対応されてしまうだろう。
「とは言っても、今出来る事は軒並み試してなかったか?」
「そうですね……一応これまでも手持ちのアイテムで何とかしようとはしてきましたが、成果は芳しくありません」
『奈落の腕』を発動している左腕を攻撃しようと、属性を付与した水風船や投擲武器等も試してみたが……それらは全て左腕に届く前に弾かれたり、捕まれたりして対処されてしまった。
以前帯電した水を差し向けたのも、捕まれたり弾かれたりする可能性を無くす為だったのだが……まさか感電を意にも介さずに『奈落の腕』を維持するとは。
結果的に私は半ば自爆の様な形で、自分自身のエンチャントで感電して気絶してしまう始末だ。
あの一連の流れは切り抜かれ、『自爆令嬢』とタイトルを付けられてしまった。おのれチヨ。
「だが、水にエンチャントするって考えは良いんじゃないか? 掴めないし、重力が勝手にチヨの左腕に水を落としてくれるだろ?」
「でも、それでチヨが『奈落の腕』を解除しなければ、最終的に私もその攻撃を受ける事になるんですよ。そしてチヨは、人間よりも遥かに頑丈な身体を持つ悪魔です。……あの時付与したのが炎でなくて良かったですよホント……」
雷だから感電して失神する程度で済んだものの、もし炎を付与していたらとんでもない地獄絵図だ。
生きたまま焼かれる私の映像が全国に流れたらトラウマになる人まで出て来るだろう。
「そう言う訳で、水風船は止めておきましょう。実際、雷以外は付与しても何の影響も与えられないでしょうし」
「あれ、氷って試したっけ?」
「えぇ……過冷却水にして左腕を凍り付かせようとはしたんですが、結局途中で完全に凍ってしまってただの氷の塊を投げつけただけになりましたよ」
「……そう言えばあったな、そんな回も」
しかもその氷もチヨの左手に届く前に粉々に砕け、チヨの左手を覆うだけに終わってしまったしな。
ちょっと冷たい思いをさせたくらいで、その後は普通に負けた。
……と、そんな感じで万策尽きかけているのが現状なのだ。ここらへんで他の遠距離攻撃の手段を考えたいのだが……
「──あ! アレはどうだ? 前にチヨとあのゴブリンキング──アセンダーロードが使って来ただろ、風の刃を飛ばすやつ!」
そう言って『俺』は片手で空中を引掻くようなジェスチャーをしながら、「アレも風のエンチャントの効果だよな?」と確認する。
確かにあの攻撃も風属性を付与した手……と言うか、爪が生み出した物だ。しかし……
「──アレは、細かく精密な動きが可能な指に直接属性を付与しているから可能な芸当なんです。剣でアレをやるとなると、相当な技術が求められますよ……」
具体的には『素早く、且つ細やかに引掻く爪の動作』を剣の切っ先で再現しなければならない。普通の斬撃では風の刃で斬撃が延長されるだけで、飛ばすには至らないのだ。
必要なのは手首のスナップと、素早く正確な居合の動作の融合だろうか……考えただけでも大変なこの技を、実際にはチヨの発生させた超重力への抵抗と並行して実行しなければならないのだから大変だ。
……しかも、成功させたところでチヨの『奈落の腕』の攻略に繋がるのかは微妙なところ。
(だけど……やってみない事には始まらないか)
現状を打破し得る切り札が手札に無いのなら、新しく用意するしかないのだ。
『飛翔する斬撃』……創作では定番だが実際にやるとなると困難なそれの扱いについて、幸いにも私には『師事出来る知り合い』がいるのだから。
──翌日。日曜日の配信後、私はその人物に連絡を取っていた。
内容は久しぶりの『コラボ』の打診。そして、例のスキルを習得した経緯やコツについて教わりたいと願い出た。
『彼女』の答えは……
『えぇっ!? そんなの、勿論良いですよ! ヴィオレットさんにはいっぱいお世話になりましたから!』
「あ、ありがとうございます。クリムさん。日程についてはどうしましょうか?」
『夏休み中ですし、いつでも行けます! 明日とかどうですか!?』
「急ですね!? ……明日は月曜日ですし、私は三連続の探索になるので流石に疲労が心配なんですよね」
実際はそこまで疲労は溜まっていないのだが、私の知る限りベテランのダイバーでも三日連続の探索をしている人はそうそう居ない。
彼等のペースが一般的なダイバーの平均だと考えるのなら、やはり数日は期間を開けるべきだろう。
そう考えた私が提案した日取りは……
「──それでは三日後の水曜日辺りではどうでしょう?」
『分かりました! 時間ってお昼で大丈夫ですか?』
(即答か……本当に大丈夫なのかな……?)
予定の確認もせずに答えていたようだが、ここはまぁ彼女の事を信じるとしよう。
「クリムさんがそれで問題がないのであれば。今回は教えを乞う立場ですし、そちらの都合に合わせますよ」
『じゃあ、午後の一時からでお願いします!』
「分かりました。……そう言えば、待ち合わせはどこにしましょう。下層だと待ち合わせ場所は限られますが──」
ここで私達は互いの【マーキング】の位置を共有する。
こういう時、有志が作ってくれている下層のマップは非常にありがたい。
アレからさらに増えたダイバー達の配信によってかなり明らかになって来たが、広大な下層の全貌はまだ完全に明かされてはいない。ただ……
(──何となく、チヨの本拠地は分かって来たな……)
以前から様々なダイバーにだる絡みしていたチヨ。
当時から私は手元に印刷した下層のマップに、チヨが飛び去って行く方向をメモしていたのだが……チヨが多くのダイバーと戦うようになると、彼女の動向はより分かりやすくなっていった。
彼女の目的は戦いを楽しむ事であり、恐らく見回りは趣味も兼ねた彼女の仕事。およそ18時頃まで下層を巡回して様々なダイバーと戦ったり配信に乱入したりして、満足したら帰路につく。
──その際に飛び去った方角に定規で線を引いていくと、ある一点でそれがぴったり交わるのだ。
(ここはまだ最新のマップでも地形が明らかになっていない……まぁ、当然か。なにせ、私が遠目から見た限りここは……)
──いや、今そこはメインではない。
悪魔の本拠地に乗り込むのは、最低でも『奈落の腕』の攻略を済ませてからだ。
チヨ一人に勝ち目がない今の状態で乗り込んでも、負けるのは確実なのだから。
『──なるほど、私達二人の探索の進行度からすると……一番近いのはあの結晶のステージですね! 待ち合わせはそこにしましょう!』
その後は企画の内容を詰めていく。
必要な物を整理し、大体の流れを打ち合わせし、話し合いが終わったのはそれから数十分後。
コラボ企画のお知らせはお互いのSNSでこの後──20時に同時に投稿する運びとなった。
「最後になりますが、こんな時間に連絡してしまいすみませんでした。改めて、当日はよろしくお願いしますね」
『いえいえ、今日の配信も応援しながら見させて貰いました! こちらこそ、よろしくお願いします!』
う……やっぱり見ていたか。
今回もチヨに良いようにやられてしまったので、あまりかっこ良くない絵面だったと思うが……まぁ、今回の負け分を取り戻す為にも、水曜日のコラボでしっかり新技を身につけるとしよう。
クリムにはまた何かしらの形でお礼をしないとな……今度何か一つくらいお願いを聞いてあげようかな。
『──そう言えば、折角あのステージで待ち合わせですし、一緒に踊ってみた動画撮りませんか!?』
「それだけは断固として遠慮させていただきます」
でももうMAD素材になりたくないので、その願いだけは拒否させて貰ったが。




