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第182話 『あの方』

 石造りの城の天守閣にて、二人の女性が傅いている。

 彼女達の正面には空っぽの玉座だけがあり、主の到来を二人の女性──チヨとユキ同様、待ち侘びているように見えた。


 やがて、玉座とチヨ達の丁度中間に転送魔法の光が溢れると、その中から一人の女性が現れる。

 魔力の流れに黒い長髪を靡かせる、気の強そうな長身の女性の顔は、ダイバー協会の会長その人だった。


「──お待ちしておりました、ご主人様」

「うん。出迎えご苦労、二人とも。頭を上げても良いよ」


 ユキの挨拶に軽い調子で答えた女性はそのまま玉座の方へと堂々と歩み寄り、憚る事無く腰を下ろして脚を組んだ。


「さぁ、先ずは近況を聞かせて貰おうかな?」

「はい。では──」


 立ち上がり、報告を始めるユキの声を聞きながら、同じく立ち上がったチヨはそれとなく女性を観察する。


(──前にこっちに来た時から数十年……これが今の『表の顔』か)


 女性は定期的にダンジョンへと戻って来るが、その度に最低限の確認だけ済ませて直ぐに人間界へと帰ってしまう。

 そして、次に来る時には姿も名前も変わっているのが当たり前だった。


「……そんなに見られると、緊張しちゃうね。何か用かな?」

「え……──まさかっ!?」


 女性の言葉に、ユキが焦ったような表情でチヨを見る。


「アンタ……ッ! また勝手になんかしたの!?」

「ご、誤解だって~! ただ『また顔変わったなぁ』って……」

「良いよ、ユキ。私は気にしてないさ」


 詰め寄るユキに両手を上げて弁明するチヨをそう言って庇う女性は、「それよりも」とユキの軍服のポケットから覗く物に興味を示したように指差した。


「──それ、ポケットに何入れてるんだい?」

「えっ、あ……す、すみません! これは個人的なコレクションと言いますか……!」

「いいから、見せてみな」


 ユキはここに来るのを焦るあまり、スマホを家に置いてくるのを忘れてしまった為、あまり目に止まらないように服のポケットにしまっていた。

 それがチヨに詰め寄った際の動きで少しばかり顔をのぞかせてしまっていたのだ。

 最初は渋っていたユキだったが、女性の有無を言わさぬ追及には逆らえず、ポケットから取り出したスマホを女性へと手渡した。


「へぇ~……スマートフォンじゃないか。こんな物、どうやって手に入れたの?」

「……以前、『回収用』のダンジョンワームが持ち帰ったのです。持っていた人間は逃げてしまいましたが──」




「──なるほどね。それじゃあ『腕輪』も?」

「はい、残念ながら。……なにか、不味かったでしょうか?」

「……いいや? でも、コレは良いね。誰の物かはまだ分からないけど、中々使えそうだ。ちょっとの間、私が預かっても良いかな? 向こうで直して貰って、返しに来るからさ」

「は、はぁ……? 私は勿論、異論はございませんが……」


 そう言って受け取ったスマホの割れた画面を見せながら尋ねる女性に、ユキが困惑した表情で了承を返すと、女性は口の端を釣り上がるようにして笑みを浮かべた。


「その代わり、今度役に立ってもらうよ。『これ』を使ってね」

「? はい、それは構いませんが、一体どのように……?」

「それは時期が来たらね。まだこれの使い方も知らないでしょ? 貴女。今度ついでに教えてあげるよ」


 「楽しみにしてて」と言いながら、女性は受け取ったスマホを転送魔法で人間界に存在する自室に転送する。

 その後も城の外に広がる街の発展具合を眺めたり、下層に増えつつあるダイバーの動向についていくつか確認をしていた女性だったが……それも十分ほどで切り上げると、チヨとユキの二人に向き直りこう告げた。


「今のところ計画は順調。日取りに変更は無いから、まだ暫くはのんびりしていて良いよ。って言っても、今年中には本格的に動く事になりそうだけどね」

「──!」

「今年中……! ついに、悲願が叶うのですね……!」


 女性の言葉に目を僅かに見開くチヨと、感激したように声を震わせるユキ。

 二人に向けて、女性は更なる指示を出す。


「チヨはもう何度も戦ってるからよく知ってると思うけど……オーマ=ヴィオレットを逃がさないでね? あの子は私達にとって『希望』なんだ。だから当然、殺すのもダメだ。良いね?」


 そう言う女性の眼は、愉悦に歪んでいた。




「──それで、ご主人サマ? もう帰るの?」

「ちょ……っ! チヨ、口調に気を付けなさいってば!」


 一通りの指示を受け取った後の事。

 女性にそう尋ねるチヨの態度にユキがすかさず食って掛かるが、またも女性が気にしていないとユキを宥める。

 そして、チヨの問いかけに対して、再び楽しそうな笑みを浮かべながらこう答えた。


「良いよ、ユキ。実はね……今日はもう一つだけ用事があるんだ。今回の視察はそのついでなんだよね」

「そうなのですか……?」

「うん。そろそろ『あっち』も完成した頃合いだろうからね……」







 ──時間は数日遡る。


「はぁ……はぁ……! あはっ、あはハ……ッ! これだけあレば……これだけ捧げレバ今度こそ俺ガ……!」


 結晶の洞窟の最奥部に、男の狂った笑い声が木霊する。

 男──無礼童は最後の配信後、リスナー達に「実力を付ける為に修行する」と告げ、以降は配信もせずに下層に入り浸っていた。

 この日、機は熟したと判断した彼はこの洞窟最奥部にて『祭器』を取り出し、これまで換金せずに腕輪に溜め続けた魔石を一斉に放出。その全てを今まさに、『祭器』に捧げ終えたところだった。


「ふへ、うへへへへへッ……!」


 もはや正気を保っているかも怪しい笑みを浮かべながら、大釜状の『祭器』に身体を潜り込ませた無礼童は、ついに彼の運命を決定付ける言葉を口にする。


「『捧げられし命の欠片よ、契約に従い今こそ器に満ち、我が身にその力を宿したまえ!』」


 一体何度この言葉を唱えたのだろう。

 すっかり流暢になった異世界の言葉が響くと同時、大釜の中に湧き出した液体が彼の全身を浸す。


 『一度に大量の魔石を捧げれば、それだけ大きな力を手に入れられる』……そう『祭器』に伝えられ、人間界での生活も投げ捨てて溜めに溜めた魔石の魔力が彼の身体に沁み込んでいく。


 ──その結果、彼はついに『越えるべきでない一線』を越えてしまった。




「──何だよ……コレは……」


 先程まで興奮していた彼の声は、今度は驚愕と戦慄に震えていた。

 彼が見ていたのは自分の腕だ。……いや、今の彼は『これが自分の腕なのだ』と言う現実が受け入れられなかった。


()()()()になるなんて、聞いてねぇぞ俺は……ッ!」 


 彼の腕は今や、身に着けていた黒鉄の甲冑と皮膚が一体化しており、漆黒の光沢を放っていた。

 腕だけではない。その全身が腕と同様の変化を遂げており、怒りによって眉間に罅が入ったその形相はまさに鬼そのもの。


「おいッ! 『祭器』! 俺を元に戻せ!! 人間に戻しやがれ!!」


 自分がどういう状態なのか……おぼろげながらに理解し憤慨した彼は、祭器に話が違うと掴みかかるが、祭器が送って来るのは『更なる魔石を捧げればより多くの力を得られる』と言うイメージのみ。


「~~ッ、クソがァッ!!」


 皮肉にも彼は今回の変質によって人間を外れた事で『祭器』の洗脳に耐性が付き、狂っていた頭も正常に戻っていた。

 『祭器』によって狂わされていた事実と、もう魔石を捧げても人間には戻れないと言う現実に憤った無礼童は祭器にやつあたり。文字通りの鉄拳と化した自身の腕で『祭器』を破壊する。


(くそッ! クソッ! どうすれば良い……! ──そうだ! 俺以外にも、同じような状況になった奴が居るかも知れねぇ! 俺だけがこんな目に遭うはずがねぇ!!)

「──ストレージ!」


 その可能性に思い至った無礼童は『こう言う事例』が他にも無いか調べる為、腕輪からスマホを取り出そうとするが……腕輪が彼の声に反応しない。

 いや、魔力が変質し過ぎた所為で『彼を持ち主であると判別できない』のだ。


「はぁ……、はぁ……っ!!」


 腕輪の故障かと、嘗てない動揺と焦燥に息が荒くなる。

 緊急脱出も出来ない今、状況の打開にはこの洞窟を正面から出ていくしかないと出入り口の方を見上げるが──


(駄目だ……! この直ぐ外は『あのステージ』……! 今日もダイバーが動画の撮影に使っている可能性が高い……!)


 ここを出た直ぐそこは現在『踊ってみた動画』の聖地の様な状況である事を思い出す。

 元々オーマ=ヴィオレットが発見した事でSNSを賑わせたそこは、やがて『踊ってみた』系の動画を撮影する女性ダイバーに人気のスポットとなった。

 そこに更に火をつけたのが、あのチヨだ。

 いつだったか『踊ってみた』の動画撮影に乱入したチヨが、ダイバー達に混ざって踊った動画が大バズり。今や悪魔の翼や尻尾を模したアクセサリーを身に着けた女性ダイバー達により、『ダンジョンダンス』と言う新ジャンルとして毎日のように新作が撮られている。

 朝方や深夜にはステージが空く事も多く、そう言うタイミングを見計らってここに来た無礼童だったが、今あのステージが空いている保証はない。


(自分が出て行けば、十中八九魔物として認識される! 最近はどこから来たのかも知らねぇ強力なダイバーも増えてやがるし、最悪の場合そいつらに殺されるかも知れねぇ……! クソが……ッ、スマホさえ見れりゃあ時間くれぇは分かるのによォ……!)


 腕輪が反応を示さない今、スマホも取り出せず、時間も分からず……出て行く事も出来ない彼は、そのまま洞窟の底に引きこもる事になってしまった。


 日の光も差さないダンジョンに長い事留まると、やがて時間の感覚が薄れていく。

 普通は空腹や疲労が最後の判断基準となるのだが……既に人間でなくなった今の彼には、そのどちらも訪れる事は無かった。


 そうしてダイバーが来ないように祈りながら、洞窟の奥底に身を潜めて数日が経った頃だ。


「──やぁ、君が無礼童だね?」

「アンタは……ッ! ダイバー協会の会長……!」


 無礼童の前に一人の女性が現れた。

 人間でなくなった今の自分を『無礼童』だと認識したその女性は、自分を救い出してくれる存在かも知れない……そう感じた無礼童の表情に、僅かに希望が帰って来た。

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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 人間側(勢力的には味方側?)のお偉いさんが、実は敵側のお偉いさんでした…ってオチか~。こういうのって主人公サイドが気付くの大体遅れるから、一番厄介なパターンなんですよね…権力的な…
何をしようとしてるのか見えてこないのが不気味ですが、魔族にご主人と呼ばれるからには相当な実力者なんでしょうね。無礼童、最後の最後で人間性が戻ったのかそれとも魔物になった事を受け入れたくないのか、どちら…
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